2012年02月04日
NO・2217「自国に失望しトルコを理想国と思うアラブ人」
最近トルコが行った、中東諸国での世論調査の結果が出た。その調査内容は『トルコについて中東諸国の人たちが、どう思っているか?』ということだ。
結果は、78パーセントの中東の人たちが、トルコについて、極めて好印象を持っていることが分かった。なかでも、トルコの政治手法を支持する人が、極めて多いという結果だった。
この調査は、トルコ経済社会研究財団(TESEV)が行ったものであり、中東の16カ国、2323人を対称にしたものだった。昨年も同様の調査が行われたようだが、今年の結果は昨年同様に、トルコにとって極めて、好意的なものだったということだ。
例外的に、トルコに対する印象が悪くなっている国は、シリアとイランであり、このことは最近のトルコ政府の、シリア内紛に対する厳しい対応を、反映したものと思われる。
これとは逆に、トルコに好印象を持つ人たちが、安定的に多いのは、トルコのイスラエルに対する厳しい対応が、反映しているものと思われる。このため、中東諸国なかでもアラブの人たちは、トルコがパレスチナ問題に、もっと関与してくれることを期待する、と答えている。
加えて、61パーセントの人たちが、トルコの政冶手法を、自国のモデルとしたい、と答えているということだ。これに反対し、トルコは自国政治のいいモデルとなり得ない、と答えた人たちが、22パーセントいたということだ。
トルコの対する印象が極めていいのは、トルコ経済が極めて順調なことと、対外政策が一貫していることに、よるのではないか。
他方、アラブの春を経験したアラブ諸国では、革命後の成果が、何一つ大衆の手に渡っていない。このことから来るフラストレーションが、ますますトルコを理想国家というイメージで、捉えさせているのかもしれない。
しかし、一部のアラブ人インテリのなかには、トルコがかつてのオスマン帝国時代のように、自国を支配下に置くのではないか、という懸念を抱いている人たちもいる。
だが、彼らの主張は極めて身勝手であり『トルコに指導されたくも、支配されたくも無いが、トルコにあらゆることで支援して欲しい。』というものだ。そのような甘えの構造が、アラブのインテリの間にある限り、アラブは独り立ちできないのかもしれない。
革命が第一段階を過ぎた今こそ、インテリが率先して自国の将来像を、作っていかなければならないはずだ。そのことを怠って『アッラーが全ての問題を解決してくれる。』という神頼みが、ムスリム同胞団やサラフィ組織の選挙での、大勝利に繋がったのであろう。
しかし、それはやり場の無い不満を、若者層に抱かせ、今回のポート・サイドのサッカー試合における、74人もの死者を出す大惨事を生み、続いてカイロでの暴動に繋がっているのではないか。エジプトについて言えば、状況は今後ますます、悪化していくものと思われる。それを止めうるのは、エジプトでは軍だけであろう。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 22:58 | パーマリンク
2012年02月03日
NO・2216「アーデル・イマーム氏を裁くムスリム同胞団の愚」
アラブ世界のなかで、エジプトは最も多くの映画と、テレビ・ドラマを制作している国だ。エジプト人の明るさと軽妙さが、その作品には表れている。そのため、アラブ世界でのエジプト映画やテレビ・ドラマは押し並べて評判がいいのだ。
そのエジプトの映画界で、最も人気が高いのがアーデル・イマーム氏であろう。彼は政治もの、社会ものなど、各種の映画に出演し、独特の味を出してきている。
ところが最近、エジプトの法廷は彼に対し、宗教侮辱罪で1000エジプト・ポンドの罰金と、3カ月の投獄という判決を下した。1000エジプト・ポンドは日本円にして2万円程度であり、大金持ちの映画俳優である彼には、痛くもかゆくもなかろう。
しかし、3カ月の投獄は、極めて不名誉なことではないのか。映画俳優はあくまでも、台本に則って役割を演じるのであって、俳優自らが台本を書くわけでも、映画を製作するわけでもないのだから、彼にそのような罪状が言い渡されること自体が、おかしな話なのだが、ご時世なのであろうか。
このアーデル・イマーム氏に対する裁判を仕切った裁判官はアスラン・マンスール裁判官だが、彼はムスリム同胞団との関係が、強い人物と言われている。もっと直接的な言い方をすれば、彼はムスリム同胞団のメンバーなのであろう。
アーデル・イマーム氏は72歳であり、エジプトの映画界では重鎮中の重鎮であり、映画のストーリーや制作にも、大きな発言力を持っていたろう。また、彼はイスラム過激派に関する、映画にも参加していた。
つまり、ムスリム同胞団にとっては、極めて不愉快であり、社会的影響力も強い人物であったことから、目の敵にしていたものと思われる。
しかし、いまエジプト社会では、ムスリム同胞団の異常なまでの台頭と、国会占拠状態の中で、世俗派との対立が表面化してきている。
そうしたなかで、今回の判決が下されたことは、世俗派にとっては、格好のムスリム同胞団攻撃の、口実となるのではないのか。アーデル・イマーム氏のフアンはエジプト国内ばかりではなく、アラブ世界全体に多数いるのだ。
彼は2010年に、カタールのドーハで開催された映画祭では、生涯賞を受賞しているのだ。
権力を握った側は、往々にして行動が横柄になるが、ムスリム同胞団もその類なのであろう。必ずや近い将来、アーデル・イマーム氏に対する判決が、ムスリム同胞団にとって、不都合な結果を招くものと思われる。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 15:29 | パーマリンク
2012年02月02日
NO・2215「きな臭くなってきたエジプトの世俗対イスラム」
革命が達成されたのは、昨年の1月25日だったが、以来1年間が経過した。そのなかで、ムスリム同胞団やサラフィ派は、次第に勢力を増している。先に行われた選挙では、ほぼ70パーセントがムスリム同胞団と、サラフィ派の手に議席が渡っている。
こうした状況を、革命の火付け役をし、しかも、犠牲者を大量に出した世俗派、なかでも若者層が黙っているわけがない。ついに世俗派若者によるムスリム同胞団に対する、反発の動きが始まった。
イスラム原理主義者が過半数となった、議会が開催され始めると、若者たちは議事堂へと集結し、反ムスリム同胞団の行動を起こした。この時、ムスリム同胞団は治安部隊に代わり、このデモを阻止した。
当然の帰結として、若者たちはムスリム同胞団に対する、非難を強めることとなった。彼らは『大衆はムスリム同胞団が失墜することを望んでいる』『ムスリム同胞団は革命を売った』などと叫んだ。
これ以外にも『革命は新たに始まる』『大衆よしっかりしろ』などと、いずれのシュプレヒコールも、ムスリム同胞団に対する非難だった。
ムスリム同胞団の結成した自由公正党は、新憲法で女性の服装に対して、規制をするつもりはないと語っているが、それは段階的な措置であって、最終的には、イスラムの法律に則ったものとなろうことは、誰にも想像がつこう。
現実に、ムスリム同胞団は憲法の基礎は、イスラム法(シャリーア)だ、と明言しているのだ。
エジプトのキリスト教徒であるコプト教徒に対しては、コプト教の法律で、裁くことを認めると語っている。そうなると、エジプトでは二つの法律が適用されることになるが、問題はないのだろうかと疑問が湧く。
エジプトのポートサイド市で開催されたサッカー試合で、アルマスリー・チームがアルアハリー・チームを破った後、観客同士が衝突し、73人(74人とも報じられている)の死者が出る、という大惨事になった。
エジプト国民の間では、サッカーは最も人気のあるスポーツで、過去にもエジプト人同士や、他のアラブとの試合で、暴力事件が発生し、死傷者を出したことが何度もある。
今回の場合は、そのことに加え、政治へのやり場のない不満が、サッカーの試合を通じて、暴発したのかもしれない。エジプトの革命はこれからだ、と捉えておくべきではないのか。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 13:23 | パーマリンク
2012年02月01日
NO・2214「アサドもカダフィと同じ運命を選ぶのか」
シリアの情勢が、どうやら最終段階を、迎えているようだ。国連安保理がより厳しい制裁を、シリアのアサド体制に突きつけることは、ほぼ確実であろう。しかも、それはシリアが所属する、アラブ連盟の要請によって行われるのだ。
トルコは今日の様な状況に、シリアのアサド大統領が直面することを予測し、5〜6年前から民主化を進めるよう、助言してきていた。しかも、その民主化は通常のレベルではなく、抜本的なもので無ければならない、とも説得してきていた。
しかし、アサド大統領はこのトルコの助言を、聞き入れることが出来なかった。それは、アサド大統領が頑迷だったからだとは思えない。彼を取り巻くシリアの権力者集団の、意向であったろうと思われる。
アサド大統領は父親のハーフェズ・アサド氏が大頭領の時代に、次男であったことから、政治ではなく医学の道に進むよう、イギリスに留学させられているからだ。彼には民主主義とはどのようなものなのか、実際に生活を通じて体験して、分かっていたものと思われる。
残念なことに、彼の兄バーセルの事故死により、彼は急遽帰国させられ、父の後を継ぐことを運命付けられ、大統領に就任している。マイノリテイのアラウイー派の権力集団は、彼をトップに据えることによって、安堵したものと思われる。
しかし、今は状況が全く変わった。アサド政権は風前の灯、となっているのだ。取り巻きの勧めによる強圧政策は、国民の反発を強め、既に後退出来ないところまで来ている。
アサド大統領が試みた、土壇場の妥協と政治改革は、ことごとく反政府勢力によって拒否され、妥協の余地は残されていない。アラブ連盟が送った調査団も、彼に味方してはくれなかった。
ここまで来ると、アサド大統領に残された道は、他国に亡命するか、力で最後まで勝負するしかあるまい。そうしたなかで『アサド大統領はカダフィ大佐と同じ道を選択するだろう。』という予測が出始めている。つまりシリアの国内で死亡するということだ。
彼の妻子と家族親族は、既に国外脱出を試みたようだが、失敗に終わっている。大統領宮殿からたった訳8キロしか離れていない空港に到着し、国外に脱出することが出来なかったのだ。
それは大統領宮殿から空港までの道が、既に反体制派によって、制圧されていたからに他ならない。彼の妻アスマ夫人は、才色兼備の女性として、国際的にも著名だが、彼女は二人の子供と共に、国外脱出することが出来ず、大統領宮殿に逃げ帰ったと伝えられている。
この段階に到っては、アラブ諸国もなかなか、受け入れると言い出す国が、出てこないのではないか。それは湾岸王制諸国が、こぞってアサド体制に、批判的であったからだ。それはアサド大統領と、湾岸諸国の宿敵であるイランとの関係が、強かったからであろう。
ロシアやイランは受け入れる可能性が高かろうが、問題は脱出手段が無いということだ。どこかの国あるいは機関が仲介に入り、アサド大統領が全面的に権力を放棄して、大統領の座から降りることを決断し、その仲介を受け入れれば、あるいは可能性があるかもしれない。
その場合、残されたアラウイー派の、権力中枢に位置している人たちと、彼らの家族の運命はどうなるのか。多分、皆殺しになる危険性が、高いのではないか。5000人を超える死者を出したシリアの革命は、残虐で悲劇的な結末を向かえそうだ。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 22:09 | パーマリンク
NO・2213「ムバーラクへのラブコールがこだまし始めた」
最近と言いうか、過去10日間ぐらいの間に、何本かの記事を目にした。それは押し並べて、ムバーラク前大統領を支持する内容のものであった。例えば、アードリー元内務相の裁判のなかで、ムバーラク氏がデモ隊に対する発砲を、命令したか否かをめぐるやり取りがあった。
これに対し、アードリー氏は『ムバーラク大統領は命令を発しなかった。』と答えている。付け加えて、ムバーラク氏の弁護士は、ムバーラク大統領自身からはその任を降りると語っていないのだから、現職の大統領だとも語っている。
デモ隊に対する発砲をめぐっては、軍も情報を知りえる立場にあったため、タンターウイ国防相も証言を求められているが、彼もムバーラク大統領からそのような命令は出ていない、と証言しているようだ。
そうなると、裁判はどう進むのであろうか。発砲に関する命令については、内務相が発したのであれば、彼がその責任を取ることになり、ムバーラク氏がその件で裁かれることはあり得ない。つまり、発砲命令については、ムバーラク氏は無罪になるということだ。
加えて、シナイ半島で生産されるガスの、イスラエル向け輸出についても、ムバーラク氏は関与していなかった、という証言がなされており、この件でも彼は無罪ということになる。それでは何を持って、ムバーラク氏を裁くのであろうか。
次いで、ムバーラク氏が妻に対し、彼の友人であった各国の元首に働きかけ、無罪になるようにしてくれと依頼した、ということも明かされている。もしかすると、カイロの街に出回っている、ムバーラク氏と彼の二人の息子アラーアとガマールとの、絞首刑のポスターに、恐れをなしたのであろうか。
つい最近では、月刊新聞がムバーラク氏擁護論を展開している、その内容の要点は次のようなものだ。
1:ムバーラク氏の尊厳を守り彼を釈放しろ。
2:革命は国家に損失だけを生み出した。
3:革命はムバーラクを追放できたがそのあとの状態はアナーキーだ。
4:マスコミも政治も分裂状態になりアナーキーな状態に陥っている。
こうしたムバーラク擁護論が出てくるということは、ムスリム同胞団の権力掌握に対する、不安や国内経済がムバーラク時代よりも、悪化していることに起因しているのではないか。
いまさら、ムバーラク氏が無罪になるとは思わないが、相当軽い判決が出ることもありうるのではないか、と思える昨今のエジプト事情だ。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 14:53 | パーマリンク
2012年01月31日
NO・2212「カダフィの財宝を探せ」
カダフィ大佐は革命闘争が始まる前の段階か、あるいはそれ以後か不明だが、大量のドル紙幣や金の延べ棒を、分散して隠匿していた。それは、カダフィ大佐にしてみれば、当然の対策であったと思われる。
カダフィ大佐は今回の革命闘争を、植民地支配をもくろむ、欧米の陰謀と断定しており、長期闘争に入る構えでいた。そのため、資金は分散して隠匿され、武器も同様に各地に隠匿されていた。
革命が終わった段階では、大量の武器がリビアから他の国に、密輸され問題化している。エジプト経由の物はシナイ半島を経由し、ガザ地区に密輸され、あるいは船でレバノンに密輸されたと言われている。そればかりか、アフリカ諸国にも相当量が、流れているものと思われる。
しかし、カダフィ大佐が隠匿していた武器は、それほどの価値にはならないだろう。闇で売られる武器の取引価格は、そう高くはないからだ。たとえばクラシニコフ機関銃などは、300~500ドル程度で取引されているという話だ。しかも、この武器の闇取引は危険がいっぱいであり、リスキーなのだ。
いま話題になり始めたのは、カダフィ大佐が隠匿していた、ドル札や金の延べ棒だ。その第一の隠匿先は、カダフィ大佐が居住していたトリポリの、バーブアズイーズイーヤの邸宅内だ。そこには幾つもの隠し部屋があり、そのなかにドル札や金の延べ棒が、大量に隠匿されているということだ。
しかし、その発見に手間取った反カダフィ側は、カダフィ大佐の二男サイフルイスラーム氏を現在収容している、ジンタンからトリポリに連れてきて、その在り処を明かすよう、命令しているそうだ。
バーブアズイーズイーヤの邸宅には、何百万ドルもの札束があり、金の延べ棒も隠されているということだ。ここ以外にも、リビア各地にも隠匿されているのだが、その在り処を知る者はカダフィ大佐の、側近中の側近たちだけだということだ。
そこで、サイフルイスラーム氏や元情報長官だったアブドッラー・サヌーシー氏などが在り処を知っているとして、追及されているのだ。
ところが無政府状態の現在のリビアでは、このカダフィ大佐の隠匿物をめぐっては、ほとんど宝探しの雰囲気なのであろう。探索現場では銃撃音が響き渡り、分捕り合戦が行われていることがうかがえるのだ。
考えようによっては、アメリカやイギリス、フランスに奪われるよりは、リビア人の手に渡る方が、いいのかもしれない。そうとでも考えなければ、死んだカダフィ大佐も浮かばれまい。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 12:57 | パーマリンク
2012年01月30日
NO・2211「チュニジアで始まった反イスラミスト運動」
世俗主義の若者を中心に拡大発展し、最終的に独裁体制を打倒することに成功した、北アフリカの革命運動がいま、第二段階に入り始めたようだ。それは、この革命の成果を横取りした、イスラム勢力が大衆の反発を、受け始めているのだ。
エジプトではすでに、ムスリム同胞団に対する不審の念が、強まっていることを報告したが、チュニジアでも同じように、あるいはエジプト以上に激しい、反イスラミスト運動が始まっている。
チュニジアの場合はナハダ党(イスラム原理主義)が、トルコのAKP ( 発展公正党)に似た、政治方針を採ることを歌い文句にし、先の選挙で大勝利しているが、その後の動向を見ていると、必ずしもトルコのAKPと、類似しているとは、言い難い部分が多いようだ。
問題は、ナハダ党がイスラム原理主義色を強めたというよりも、他のイスラム原理主義組織の動きを、規制出来無いでいるということだ。サラフィスト・グループ(イスラム原理主義組織)が次第に、イスラム色を濃く打ち出し始めているのだ。
例えば、女性がジーンズをはくことに対し、嫌悪感を口にして非難したり、女子学生が顔を全面的に覆う(ニカーブ)ことを、禁止した大学に対し、抗議の座り込みを、し始めているのだ。
当然のことながら、こうしたイスラミストの暴走に対し、世俗派のチュニジア国民が、抗議の姿勢を採り始めた。先週の土曜日1月29日には、チュニジアの首都チュニス市のボルギバ通りで、大規模な抗議デモが行われた。
そのなかには、多くの女性が参加していたことは述べるまでも無い。ボルギバ大統領が進めた、先進的で教育重視の方針が、いま完全に躓いているということであろう。これまで教員をしていた女性は『チュニジアを14世紀に戻す気か』と怒りを露にしている。
このチュニジアの動きは、やがてエジプトにも伝わるだろう。エジプトは何事につけ、アラブのなかで最も早く、一番前に出たいと考える国民性だからだ。先の革命運動でも、チュニジアに先を越されたことを、悔しがっていたが、今回もまたチュニジアに、先を越された感じになっている。
エジプト国民は現段階では、一日も早い権力の委譲を、軍から文民政府にと要求しているが、最終的に、エジプトの混乱を抑えうるのは、軍だということを熟知している。
言ってみれば、現段階の軍に対する、一部エジプト国民の反発は、駄々をこねているような、甘えの精神からであろう。チュニジアで始まり、やがてはエジプトでも始まる、イスラミストへの反発の動きは、革命の第二段階が始まったということか。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 23:40 | パーマリンク
2012年01月28日
NO・2210「世俗派とムスリム同胞団の対立開始」
1月25日はエジプトの革命記念日だったが、そこで新しい動きが、明確に表面化してきた。それは革命を成功させた若者たちの世俗派と、革命の成果を横取りしたムスリム同胞団との間に、明確な亀裂が見え始めたのだ。
当然のことであろう。若者たちにしてみれば、自分たちが命がけで成功に導いた革命の成果を、ムスリム同胞団が横取りしたのだから。しかも、革命後、世俗派は憲法改正後に、選挙を行うべきだと主張したが、ムスリム同胞団は選挙を先にして、憲法改正は後回しにすると主張した。
それは組織力と資金力を持つ、ムスリム同胞団が選挙で、確実に勝利できると踏んでいたからであろう。国会で多数派になってしまえば、ムスリム同胞団はどのようにでも好きなように、憲法を変えることが出来るからだ。
革命記念の日、その舞台となった革命広場(メイダーン・タハリール)には、世俗派の人たちと、ムスリム同胞団のメンバーが集まった。そこで世俗派の若者たちが、ムスリム同胞団のメンバーに対して『ムスリム同胞団は軍のリーダーと妥協した。』『お前たちは革命を売り飛ばした』と非難のシュプレヒコールを繰り返したのだ。
ムスリム同胞団の幹部が、舞台に上がって演説を始めると、世俗派の人たちは靴を手にかざして、抗議のジェスチュアーを示した。これをアズハル大学の教員がなだめ『我々は一体なのだから止めろ』と言っても聞き入れなかった。
革命は若者たちが始め、成功まで導いたのだ。その過程では何人もの若者たちが犠牲となっているのだ。しかし、ムスリム同胞団のメンバーからは、一人の犠牲者も出ていないのだから、若者たちが怒るのは当然であろう。
そして、革命後の選挙ではムスリム同胞団が、45パーセントを超える議席数を獲得しており、与党になり権力を手にすることは確実だ。時間の問題でムスリム同胞団はシャリーア(イスラム法)を、新たな法律のなかに、組み込んでいくものと思われる。
ムスリム同胞団の幹部は、シャリーアの施行については、段階を追って進めていく方針であろうが、もう一つのヌール党(イスラム原理主義のサラフィスト政党)がやはり、25パーセント以上の議席を獲得していることから、シャリーアの施行を急がなければならない状況に、追い込まれている。
ムスリム同胞団は述べるまでも無く、イスラム原理主義の組織であり、戦術的には緩やかなシャリーアの導入を考えていても、それを行わないということではない。やがてはシャリーアが、エジプトの主たる法源になる時が来よう。
それを急がせるのが、同じイスラム原理主義のヌール党だ。ヌール党は即刻イスラム法を採り入れ、実行することを強く希望しているからだ。そうなれば若者たちはますます、ムスリム同胞団とは相容れない、動きをしていくことになろう。
エジプト航空は4月15日から、カイロ〜成田便を、週2便飛ばすことを決めたようだ。しかし、これまで説明してきたように、エジプトはまだ観光に出かけることが出来る状態にまでは、安定していないのだ。エジプト政府はできるだけ早く、外貨を手に入れたいと思っていようから、安全だと主張しよう。
日本の旅行業者は現地ホテル代や、現地旅行会社の代金を、徹底的に叩けることから、以前にも増してエジプト・ツアーはドル箱コースとなっている。従って日本の旅行業者は、一日も早くエジプト・ツアーを始めたいだろう。
相手国政府の要請と、旅行業者の要請を受け、在エジプト日本大使館は危険度を、ワン・ランクもツー・ランクも、下げるのではないかと心配だ。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 22:49 | パーマリンク
NO・2209「エジプトは危険・観光は自粛した方がいい」
エジプト革命から1年が過ぎ、選挙の結果を踏まえ、一応民主的な政府も出来上がり、やがて大統領も登場するだろう。関係者たちは、エジプトは順調に回復に向かっている、と言いたいところであろう。
しかし、40年以上アラブを見続け、年に何度もエジプトを訪問している私に言わせると、エジプトの現状は、全く安全にはなっていない。各国のブログを見ていると、大半がエジプトの不安定を指摘し、第二革命、第三革命が起こる危険がある、と指摘しているのだ。
しかし、エジプトにしてみれば、一大外貨収入源である観光産業が、回復してくれないのでは、庶民の生活は苦しさを増し、その不満が再度の大衆蜂起を、生み出すことに繋がる。もちろん、観光産業が回復したからといって、エジプトが安定化に向かう、ということは無い。
エジプトが抱える、不安定と危険の原因は、おおよそ次のようなものであろう。
1:革命の成果は世俗派の手には渡らず、イスラム原理主義者の手に渡った。
2:イスラム原理主義者の政府はイスラム法(シャリーア)を、段階的に拡大していくだろう。
3:旧官僚はそのまま権力の座にあり、これを打倒したい、と世俗派は考えている。
4:軍は相変わらず特権を維持しており、イスラム原理主義者側は軍との連帯を、強固にしたいと思っている。
5:軍は世俗的な組織であり、イスラム原理主義勢力とは、水と油の関係にあり、やがては衝突しよう。
6:観光以外の外貨収入源は、出稼ぎ送金、スエズ運河通過料、外国援助、シナイ半島のガス輸出などだが、主な出稼ぎ先のリビアは、いまだに不安定な状況にあり、エジプト人出稼ぎ者が自由に入り込んで、仕事ができ送金出来る状態には無い。(革命前エジプトからの出稼ぎ者は100万人を越えていた)。
7:シナイのガスは、パイプ・ライン爆破テロが続いており、思うように輸出出来ていない。
8:世界の景気後退でスエズ運河の通過船は減少傾向にある。
9:企業が倒産し、失業率が上昇し、収入の無い人や減った人が相当数いる。
挙げればキリが無いほど、エジプトはいまだに不安定であり、危険な状態にあるのだ。何時もはにこやかに対応してくれるエジプト人も、ちょっとしたことで爆発する性格を持っていることは、今回の革命劇を見ていれば分かることだ。
エジプトが大好きで、年に3〜4回も訪問していた友人は、エジプトのホスト・ファミリーから、危険だからまだ来ない方がいいと言われている。
私のように情勢分析をする者は、そうも言っていられないが、普通の人は観光で行く時期ではない。
私の場合は元軍の幹部が、空港内まで迎えに来てくれ、車でホテルまで送ってくれ、次の日からはボデー・ガードも兼ねた運転手が運転する車が、ホテルに迎えに来てくれるのだ。しかも友人は常に、安全を確認していてくれるから、安全な時間帯に安全な場所に行けるのだが、それでも『今日はあそこの辺には行くな!』とはっきり言われる。
エジプト航空が4月15日から週二便、成田カイロを飛ぶことになったようだ。当然、エジプト側の要請と、日本の観光業者がドル箱ツアーを再開したいだろうから『エジプトは安全です』という観光旅行パンフレットが、間も無く印刷され、ばら撒かれるだろう。
そこで、中東情勢分析を長い間やってきた、私から一言申し上げたい。『貴方はルクソール事件の再発の、犠牲者になりたいのですか!』観光は時期が来れば出来るようになるが、命は一つしかないのですよ。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 15:32 | パーマリンク
2012年01月27日
NO・2208「大丈夫かヨルダンのガス電気料金値上げ」
ヨルダン政府はガス料金の値上げに続き、電気料金の値上げを検討している。その計画によれば、電気料金は9パーセント値上げされるようだ。9パーセントの値上げということは、ほぼ10パーセントであり、日本でもそんな値上げをしたら大騒ぎになろう。
ヨルダンは限られた数の富裕層と、もう一方にはパレスチナ難民を含む、多数の貧困層が居住しているのだ。彼らにとって、ガス料金の値上げの後の電気料金の値上げは、相当に家計に響くことは明らかだ。
ヨルダンでは発電の80パーセントのエネルギーが、ガスに頼っているが、そのガスは今までエジプトが供給してくれる、安価なものだった。しかし、昨年数カ月の間に起こった、10回以上ものガス・パイプライン爆破テロにより、エジプトのヨルダン向けガスは、何度となく停止している。
問題は、現在のヨルダン国内政治との絡みだ。ヨルダンは何度もお伝えしてきたように、国内は不安定であり、各派各層の国民が、政府に対する抗議デモを繰り返している。
最も用心深いムスリム同胞団ですら、最近では公然と政府批判を、行うようになってきている。そうしたなかで、ガス料金の値上げに続いて、電気料金の値上げが実施されるとなれば、反政府の動きはより活発なものとなることは、誰にも予想できよう。
サウジアラビア政府はアラブの春革命の動きのなかで、王制諸国を一つでも減らしたくないという立場から、ヨルダンとモロッコを湾岸諸国会議メンバーにするよう、働きかけてきている。
しかし、そうした動きよりも、サウジアラビアが取るべき手段は、ヨルダンに対するエネルギーの、無償供給ではないのか。カタールはガスの大生産国として、世界的に知られている.この国もアラブ・イスラム世界での、存在感を高めたいのであれば、ヨルダンに対して、ガスの供給を行った方が、いいのではないか。
こうした動きが湾岸諸国から起こってこないのは、あるいは第三国がそれを、阻んでいるのかもしれない。ハマースのトップがシリアのダマスカスから、ヨルダンのアンマンに移り住む方向で画策している。ハマースはアンマンに事務所を再開したい、とも伝えられている。
それはヨルダンの王制にとって朗報であろうか?あるいはその逆であろうか?おおよその見当は付きそうなものだ。
投稿者: 佐々木良昭 日時: 13:31 | パーマリンク