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2007年03月30日

No.539 イラン攻撃・湾岸諸国が懸念

 
  サウジアラビアの首都リヤド市で、アラブ・サミットが開催された。このサミットでは、イラク問題、パレスチナ問題、レバノン問題など、いずれもアラブ諸国の治安問題が主題とされていた。

  サミットから出てきた結論は、アラブが意思統一する必要があるということと、イスラエルに対しアラブの和平案を受け入れろというものであった。言ってみれば、ごく当たり前の結論であったということになる。

  しかし、主題とは別に、このリヤドで開催されたアラブ・サミットの機会に、湾岸諸国が共通の立場を打ち出している。それはアメリカやイギリスの、イランに対する今後の対応に関する不安だった。

  サウジアラビアが最初に、自国領土をイラン攻撃には使わせないと語り、次いで、アラブ首長国連邦がイラン攻撃への関与は拒否するという立場を表明し、湾岸諸国全体がイラン戦争に反対し、自国を戦闘基地にはしない、という立場を表明している。

  アメリカはイランとの緊張が高まるなかで、イランとの戦争が起こった場合、インド洋、ペルシャ湾など、海上からの攻撃に限定し、地域の国々を戦争に巻き込まないという立場を表明していた。

  しかし、実際に戦争の可能性が高まり、その時期が近づいてきていると思われ始めると、アメリカも湾岸諸国も、表向きのきれいごとの話ではすまなくなってきたのであろう。

  湾岸諸国はイラン攻撃に、なぜ自国領土にある軍事基地を使わせないと言ったのであろうか。この立場表明はアメリカに対するメッセージというよりも、多分にイランに対するメッセージであり、「わが国はイラン攻撃に反対である、したがって戦争になっても攻撃しないでほしい」ということであろう。

  サウジアラビアのアブドッラー国王は、イラン攻撃に反対するばかりではなく、「イラクに駐留するアメリカ軍は占領であり非合法だ」と主張した。これはイランに対する攻撃が始まった場合、サウジアラビアがイランによって攻撃される危険性が、非常に高まっているということではないか。

  アメリカ軍がイラクにいることは、非合法であるという表現を使ったのは、サウジアラビアとしては相当思い切った発言と思えてならない。

  そのことは、サウジアラビアもアメリカの中東戦略の真の目的が分かり始めてきたということであろうか。述べるまでも無く、日本にはイランと英米との間で拡大しつつある危険について、まったく関心も無ければ情報も無い、蚊帳の外だが。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 18:13 | パーマリンク

2007年03月29日

No.538 イギリス海軍はなぜ簡単に拘束されたのか

 
  イギリス海軍の兵士15人が、いとも簡単にイランの革命防衛隊によって拘束され、その後、イランの首都テヘランまで連行されてしまった。

  当然のことながら、多くの国々の海軍をはじめ、将校は「なぜ防御のための戦闘を展開しなかったのか。彼らは少人数ではあるというものの、火器を携行していたではないか」と言うだろう。

  アメリカの軍人のなかには、15人がイランと銃撃戦を展開し、最終的に全員が戦死することになれば、イギリスは正当に戦争を始められたではないか、とさえ主張する者もいる。イギリス兵15人は、イギリスが戦争を始める正当な理由のための犠牲という考えだ。

  最近では、アメリカが防御のための先制攻撃は、正当な行動であると主張し、相手の意図も確かめずに、一方的に攻撃を始めるケースが増えているだけに、今回のイギリス海軍の動きは、不思議とさえ思えてならない。

  もちろん、テヘランにイギリス兵が連行された後、イギリス政府は、即刻釈放するようイラン政府に対し強硬に申し入れている。在イギリスのイラン大使は、イギリス政府に呼びつけられてもいるのだ。

  イランは連行したイギリス兵を、早急に釈放するとは言っているが、イギリス側が種々の理由をつけ、引取りを遅らせるのではないか。そうしている間に、イランの今回のとった措置は非合法であるとして、イギリスは世界の世論形成をするのであろう。

  うがった見方をすれば、今回の出来事は、イギリスが世界を味方につけてイラン攻撃を始めるためのものであった、ということではないか。ヨルダン・タイムズ紙は、今回のケースがヘズブラによるイスラエル兵人質と、その後のイスラエル・ヘズブラ戦争に発展したケースと酷似しているのではないか、と分析している。

  アメリカの一方的な、国際コンセンサスを考慮しない戦争に、世界中から批判が高まっているなかで、イギリスは国際コンセンサスの形成に、十分な時間をかけるのではないかということだ。

  国際コンセンサスがどうできようが、これが英米のイランとの戦争に発展することには賛成できない。その戦争は、世界経済の破壊にもつながりかねない危険なものなのだから。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:41 | パーマリンク

2007年03月28日

No.537 エジプト憲法改正国民投票結果は危険信号

 
  去る3月26日、エジプトでは憲法改正を国民に問う国民投票が行われた。その結果は当然のことがなら「YES」であった。

  この憲法改正は以下の内容であった。

1:宗教をベースとする政治活動の禁止
2:選挙法の改<正
3:テロ対策の特別権限強化

  エジプト政府の発表によれば、これらの改正案は国民の75・9パーセントの支持を得たということだ。
 しかし、いったい何人がこの国民投票に参加したのかということになると、いささか疑問がわいてくる。政府の発表では投票に参加したのは27・1パーセントの有権者だというのだが、民間団体の発表では、5パーセント以下だということだ。

  キファーヤ(イナフ=もう十分だ、ムバーラク大統領は辞任しろ)運動組織は、この改憲が国民の自由を奪うものだとしてボイコットを呼びかけていたし、ムスリム同胞団も同様の立場をとっていた。

  政府の発表した27パーセントという投票率は、2005年の国民投票のときの投票率54パーセントに比べても下がっている。

  つまり政府に対する国民の信頼と支持は、この投票結果から下がっているということが明らかであろう。

  政府は国民投票の結果、改憲に賛成票を投じたのは75・9パーセントであり、結果は有効、改憲は国民によって承認されたということのようだ。しかし、この結果を見て、誰も国民が改憲を支持したとは思うまい。

  エジプトのインテリの多くは、結果的にエジプトはムバーラク大統領の権限を強化し、エジプトは王政国家になり、大統領の次男であるガマールが、後継者に就任する可能性を一層高くしたということだと受け止めている。

  今回の改憲で国民の政治活動は規制が強化され、民主主義は大幅に後退したということになると受けとめている。テロに関する改正では、警察権力は拡大し、戒厳令が恒久化したということだ。

  CNNのカイロ特派員は、一般のエジプト人の意見として次のように伝えている。

  「もしこのような状態が続けば大流血革命がエジプトで起ころう」

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:02 | パーマリンク

2007年03月27日

No.536 エジプトの憲法改正国民投票

 
  エジプトでは憲法の一部改正が議会で承認され、続いて国民投票が行われた。この新憲法(テロ対策権限強化・宗教政党の禁止)は、恒久的な戒厳令を正当化するものであるとして、内外から批判が寄せられていた。

  中東諸国をシャトル外交していたアメリカのライス国務長官も、さすがに問題ありと判断して、ムバーラク大統領に苦言を呈したようだ。しかし、結果はまったく逆のものとなっている。

  先の国会議員選挙時と同様の論法で、ムバーラク大統領はライス国務長官の批判をかわしたものと思われる。それは、エジプト国会議員選挙の前に、アメリカが民主的選挙の実施を強く求めた結果、第一回の選挙で当選した7割が、野党候補であったということだ。

  そのほとんどが、ムスリム同胞団のメンバーであり、イスラム政府の樹立を望んでいる候補たちだった。もちろん、エジプト国民のムスリム同胞団候補に対する投票は、ムスリム同胞団を支持するというよりは、政府に批判票を投じたと判断すべきであろう。

  ムバーラク大統領はこの選挙結果をアメリカ側に提示し、親米の中東の大国、アラブの盟主であるエジプトが、イラン同様のイスラム原理主義国家になることを、アメリカは望むのかと迫ったようだ。アメリカはムバーラク大統領の説得に屈し、第二回、第三回の投票では、民主的手法を強要しなかった。結果は野党議員の当選がゼロとなった。

  今回の憲法改正でも、投票に参加したのはごく一部(政府発表では23〜27%、人権団体の発表では5%程度)の国民であり、反対票を投じる可能性のある有権者は、投票からボイコットされたようだ。結果は述べるまでもなく、ムバーラク大統領の望むものとなろう。

  しかし、ここで考えなければならないのは、アメリカが真剣に中東の安定を考えているのかということだ。

  加えて、今回のエジプト政府の強硬策は、逆にエジプト国民の間に反発を強め、ムバーラク王朝の寿命を縮める可能性が出てきたのではないか。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 20:18 | パーマリンク

No.535 アラブ・サミット大きな期待と小さな結果?

 
  サウジアラビアの首都リヤド市で、28日からアラブ・サミットが開催される。述べるまでもなく、議長国はサウジアラビア、議長にはアブドッラー・サウジアラビアの国王が就任する。

  今回のアラブ・サミットは、内外から大きな期待が寄せられている。それは最近になって、アメリカのライス国務長官が中東和平再活性化に力を入れているからであろう。

  しかも、会議の開催国がサウジアラビアという大産油国であることに加え、石油価格が高騰していることもあり、決議に至るまで、また決議された後に、資金援助で相当強引な実施工作が行われるだろうと思われるからだ。

  今回のアラブ・サミットの主な議題は、中東地域全体の和平実現であり、レバノン問題、パレスチナ問題が主要議題となる。

  今回の会議のなかでは、2002年のベイルート・サミットの場で、サウジアラビアが提案したサウジ和平案が、再度話し合われることになりそうだ。

  パレスチナ側は今回の会議が、穏健派アラブをまとめ、資金援助を取り付ける絶好のチャンスと見ている。同様の立場は、レバノン各派にも見られよう。

  ライス国務長官の和平への再取り組み、サウジアラビアが議長国であるといったことから、大きな期待が寄せられているが、その結果はあまり期待できないのではないか。ただ、サウジの援助資金が相当動くであろうことだけは確かなようだ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 19:25 | パーマリンク

2007年03月26日

No.534 危険な選択−アメリカ

 
  アメリカ政府は、在米のイスラム教指導者を国外追放することを検討しているという情報が、アラブから伝わってきている。

  もしこの情報が事実であり、アメリカ政府がイスラム教指導者たちを追放するようなことになれば、幾つかの対応がイスラム教徒側から起ころう。

  アメリカ政府がこうしたことを検討する気持ちになるのは分かるが、あまり簡単ではなかろう。それは、アメリカの中にすでに800万人か、それ以上のイスラム教徒が居住しているからだ。しかも、そのうちの何割かは、アメリカ国民なのだ。

  予測されることは以下のようなことであろう。

:イスラム教徒が反発し、行動を起こす可能性がある。それがデモ程度で終わればいいが、それ以上の行動になった場合はどう対応するのか。

:イスラム教原理主義の指導者を追放するとした場合、彼らと彼らの支持者たちは暴力に訴えて抵抗する可能性がある。

:世界のイスラム教徒がアメリカの決定に反発し、在米イスラム教徒に呼応した、反米の動きを起こす可能性がある。

:穏健なイスラム教の指導者たちが、イスラム教徒過激派の危険にさらされる可能性がある。

:イスラム教の本格的指導者がいなくなると、知識の足りないイスラム教徒が指導するようになり、勝手にファトワ(宗教裁定)を発し、武力行動が頻発する可能性がある。

:イスラム教指導者の中には、自国から逃れ亡命している人物がおり、彼らは帰国すれば逮捕され、投獄されるわけだから、アメリカ国内に潜伏し、しかるべきより過激な指令を発する可能性高い。

  少し考えてみると、いくらでも危険性があることが分かろう。しかし、だからといって放置しておけば、それも危険ということになろう。アメリカ政府が実際に、イスラム教指導者の一部でも国外追放するとなれば、大きな問題となることは確かだ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 19:24 | パーマリンク

2007年03月25日

No.533 在テヘラン外国大使館は撤退準備検討

 
  先週の土曜日に、ヨルダン・タイムズが伝えたところによれば、イランの首都テヘランにある外国大使館は、来るべき戦争に備え、脱出の準備を検討し始めているということだ。

  脱出の際には、どのルートで国外に出るのか、どの種類の書類を持って出るのか、焼却する書類は、水と食料は、ガードは、妻子は何時帰すのかといった細かい内容のようだ。もちろん脱出に遅れ、当分の間、戦争の下に居続けなければならないということもあるだろう。

  今回、もし戦争が起これば、トルコのインジルリク空軍基地がイラン攻撃に使われる可能性があることから、イラン・イラク戦争の時のように、トルコが飛行機を飛ばして、助けてくれることは期待しないほうがいいだろう。

  中国がイランに愛想を尽かし、ロシアが核関連の支援を止め、技術者もイランから撤退させる、という一連の動きの中で、イギリス海軍の拿捕事件が起こっている。こうした状況は、アメリカ・イギリスとイランが戦争開始になる可能性がすこぶる高い、と判断したほうがいいのではないか。イスラエルもまた、イランとの戦争は不可避だと言い出している。

  人の好意で自分の安全を守ろうという考えは、北朝鮮問題で全く期待できないことが分かったいま、捨てるべきであろう。自分で自分を守る第一は、情報収集と分析、予測であろう。外務省は官民の駐在者の命がかかっているのだ、ということを実感しているのだろうか。外務省の人たちはイランとアメリカ・イギリス関係がどうなのか、真剣に分析を把握すべき段階を迎えているということを、肝に銘じておくべきであろう。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 19:22 | パーマリンク

2007年03月24日

No.532 イランが英海軍拿捕

 
  3月23日、イランがイギリス海軍の船舶と乗組員15人を拘束し、テヘランに連行したという情報が伝わった。イギリス側はイラクの海域で拿捕が起こったと主張し、イラン側はイギリス海軍の船舶が、イランの海域に侵入したので逮捕したと主張している。

  正確にどの地域で起きたのかまだ確認できないが、BBCのネットで紹介されている事件発生場所は、シャットルアラブ川(イラン側はアルバンド川あるいはアルバンドルド川と呼称)からペルシャ湾に出た、イラク海域に二つのマークがしるされている。しかし、このマークのある海域はイラン側にも近いことから、なんとも判断しかねる。

  イスラエルのネットでは、シャットルアラブ川で起こったという表現だが、そうであるとすれば、川の真ん中をイラク・イランの国境に定めていることから、イギリス海軍の船舶が、イラン側に入ってしまう可能性は否定できない。

  イラン政府は事件が起こったのは、アルバンド川(シャットルアラブ川)だとし、正当な行動であったことを印象付けている。

  イラン側は自国のとった措置が正しいことを、イギリスの船舶が衛星により、位置確認をしていたことで証明できるとしている。事実そうであろう。そのことはデータが残っており、どちらの主張が正しいかすぐにでもわかることだ。

  問題はイギリスがイランの提供するデータを受け入れるか、世界のマスコミがイランの発表を正確に伝えるかだ。

  イギリス側の報道では、先にイラクのエルビルで起こった、イラン外交官逮捕事件の、交換のカードとして今回の行動がイランによって行われたのであろうと推測している。

  つまり、アメリカ軍がイラク在住のイラン外交官5人を逮捕し、いまだに拘束していることに対し、彼らを釈放させるための交換要員を捕まえた、ということだ。

  イギリス側はイランが同様のことを、2004年にも行っているとし、イラン側が意図的にしかるべき目的を持って行ったのだ、という印象を強めようとしているようだ。

  問題は、イランが今後この15人に何を証言させるかだ。イギリス側は自動車の密輸を監視するために行動していたと主張しているが、イラン側はイラン側の軍事行動を監視することが目的であったと主張するのではないか。

  しかも、イラン側がイギリス海軍の15人を、いつまで拘束するのかも問題であろう。国連安保理ではイランに対する新たな制裁が決議された時期だけに、イランが簡単に釈放するという形にはならないのではないか。

  アメリカ側からはイラン人の証言として、イランがイラク人を数千人規模で軍事訓練し、武器、資金を与えてイラク国内でテロを行わせるシステムが出来上がっている、ということを報じている。

  イランの元軍高官の失踪事件も起こっている。イランとアメリカ・イギリス双方が、相手側の人間を捕まえ、自国に有利な証言をさせることが繰り返されているうちに、双方の緊張が高まり、戦争に発展する危険性を否定できない状況になっていくのではないか。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 19:20 | パーマリンク

2007年03月23日

No.531 焼け太りのパレスチナ・金は何処へ?

 
  パレスチナ政府への資金援助停止を口実に、各国に派遣されているパレスチナの代表は、それぞれの国で寄付集めを指示されていたのであろう。日本にいるパレスチナ代表も例外ではない。彼もまた日本の各団体や機関に対し、緊急寄付を依頼していた。

  それでは、パレスチナ政府やパレスチナの幹部は、本当に資金難に直面していたのだろうか。私はそのようなことは無いだろうと初めから思っていた。

  最近、パレスチナに送られた寄付金総額を国連などが発表したが、それによると、昨年2006年にパレスチナに送られた寄付金が、一昨年2005年よりも多いことがわかった。

  パレスチナに寄せられた、2005年の寄付総額は10億ドルだったが、2006年は12億ドルに達しているということだ。そのうちEUからの援助は、2006年には700万ユーロ(9億3千万ドル=1,116億円)に達し、この金額は2005年の寄付金よりも30パーセント多いということだ。

  ここで発表されている寄付金総額は、決して正しいものではない。パレスチナ政府の幹部が語るところによれば、イスマイル・ハニヤ首相をはじめとする、ハマースの幹部が、外国からの援助金を現金で、旅行カバンに詰め込んでガザに持ち込んでいるのだ。

  それらのイランやアラブ諸国、イスラム諸国からの寄付金額は不明だということだ。この寄付総額は今回発表された寄付総額には、ほとんど含まれていないものと思われる。

  もちろん、マハムード・アッバース議長側の持ち込んだ寄付金も不明だ。一体、昨年集められた寄付金の総額はどのくらいになるのだろうか。かつてアラファト議長の寄付集めを揶揄して『旅行カバンを下げた商人』という本を書いたアラブ人がいたが、まさにそのとおりであろう。

  国際的な制裁により、昨年はパレスチナ政府に対する援助が止まった、とパレスチナ政府のメンバーたちは大騒ぎしていたが、結果は前年よりも多かったということだ。

  それでは、その金は何処へいったのであろうか。ほとんどがマハムード・アッバース議長の個人と組織の銀行口座に納まったろうし、ハマースの幹部の銀行の個人口座に納まったものと思われる。

  パレスチナ政府への援助停止を口実に、幹部は金を集め、私服を肥やすが、パレスチナの将来につながる建設にはまったく投資されていない。

  ほとんどの金が治安部スタッフの給料に消えている。それはファタハもハマースも自派を強化するために必要な経費なのであろう。しかし、パレスチナ一般大衆は、厳しい状況に放置されたままでいるということだ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 16:44 | パーマリンク

2007年03月22日

No.530 パレスチナ統一政府という現実

 
  長い間マースとファタハの間で話し合われ、やっとのことで結成されたパレスチナ統一政府に対する、イスラエル政府とアメリカ政府の対応はいまだに前向きとはいえない状況にある。

  イスラエル政府は拒否の立場を表明しているし、アメリカは閣僚の一部との連絡は取る方針のようだ。イギリスを含むヨーロッパ諸国のうちの何カ国かは穏健派の閣僚とは連絡を取る方針だ。

  そうは言っても、イスラエル政府はマハムード・アッバース議長との間の連絡は、今後も継続する方向のようだ。イスラエル政府幹部は「個人的な関係は維持する」という表現で今後の関係を暗に説明している。

  イスラエル政府もアメリカ政府も、最初の段階では、やはり拒否の姿勢を示さないわけには行かなかったのではないか。なぜならば、統一政府のイスラエル対応の立場は、ほとんどハマースの考え方が通っているからだ。

  ハマース政府はこれまで何度となく、イスラエルとは長期間のホドナ(イスラムの戦略的停戦)をする用意があると繰り返してきた。この言葉の意味するところは、「イスラエルとは戦争する気がない」「イスラエルの存在は認める」しかし、パレスチナの置かれている現状を前に、立場上、「イスラエルを承認することは現段階ではできない」ということなのだ。

  したがって、長期的ホドナを交わすことにより、間接的にイスラエルを承認し、平和的な関係を構築したい。その上で時間をかけて、双方の将来の関係を話し合っていきたいということなのだ。もちろん、ハマース側には条件さえ有利になれば、イスラエルを追い込む意思は残っていよう。

  統一政府の新しいイスラエル対応の立場は、「新政府はこれまでもイスラエル・パレスチナ間で交わされた合意を尊重する」というものであり、「遵守する」とは表現していない。

  加えて、「パレスチナ側には占領に対する抵抗する権利を留保する」というものだ。またニ国家並立についても承認していない。しかし、この点については、現段階でパレスチナ国家が存在しないし、イスラエル側はパレスチナ国家を認めるとは言っていないのだから当然であろう。

  しかるべき前提条件の下に、イスラエル側がパレスチナ国家の設立を認めるということになれば、ニ国家並立がパレスチナ側からも語られよう。

  イスラエル側やアメリカ側は、パレスチナ統一政府がこの立場にある以上、やはり公式な形で相手にするには時間を必要としよう。相互の信頼関係を再度醸成する必要があるからだ。

  しかし、だからといって現状だけを見て、イスラエルとパレスチナが今後関係を悪化させていく、とは判断すべきではあるまい。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:35 | パーマリンク

No.529 イヤード・アラーウイ元イラク首相復活への動き

 
  イヤード・アラーウイはサダム時代に、イラクのムハーバラート(情報部)の重鎮であり、サダム政権崩壊の前にその職を辞し、アメリカがイラクを攻撃し占領したときには、アメリカの代理人になっていた。

  その後、イヤード・アラーウイはアメリカの指名で首相の座に着いた。しかし、アメリカの都合で辞任するように言われると、彼はあっさりとその職を離れた。

  このアラーウイという男が、簡単に首相の座から身を引いたということは、何らかの計算があってのことであろうと思っていたし、そのことをだいぶ前に中東TODAYに書いた。

  どうやらその推測は、あまり外れていなかったようだ。最近になって、イヤード・アラーウイが、再度イラクの権力の中枢に向かい始めているのだ。彼は275名からなるイラク議会の議員のうち、傘下に80人以上を抱えている。

  そして、イラク南部バスラを中心とする地域の、15議席を有するシーア派ファデーラ党も巻き込もうとしている。そのことに加え、スンニー派議員44名を自派と連帯させようとしているのだ。

  さらに、クルドの議員55名も彼は抱き込もうとしている。イヤード・アラーウイはすでに、クルドのKDPのリーダーであり、クルド地域の大統領(?)であるマスウード・バルザーニと連携の話し合いをしたようだが、それは成功しなかった。その話し合いが失敗した理由は、同じクルドのPUKのリーダーであるタラバーニの反対があったからのようだ。

  述べるまでもないが、タラバーニは現在イラクの大統領であり、そう簡単にはマリキー首相を蹴落とすことにつながる、イヤード・アラーウイの動きを支持するわけには行かないのであろう。

  しかし、アメリカのブッシュ大統領は、マリキー首相の政治担当能力に嫌気がさしてきている。イランとの軍事衝突も計算の中にあるブッシュ大統領にしてみれば、もう少し政治力と決断力、行動力のある人物が、イラクの首相に就任してくれるほうを望むだろう。アラーウイは首相時代、ファルージャ対策で断固とした決断をし、行動をとった経緯がある。そのことをブッシュ大統領は忘れていまい。そうだとすれば、思ったよりも早い時期に、イヤード・アラーウイの首相職への復帰があるかもしれない。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:34 | パーマリンク

2007年03月21日

No.528 イスラエルがシリアと和平を結ばない理由

 
  平和な国の日本に住んでいる人間からすれば、なぜ何十年も経過してなお、中東和平が締結されないのか、ということが不思議でならないだろう。
  しかし、中東の当事国の人たちからすれば、それはしごく簡単な理由によるのだ。

  最近、イスラエルの国家安全研究センターのエイランド研究員が、シリアとイスラエルがなぜ和平交渉を真剣に進めようとしないのかを、次の5つの点を挙げて説明している。

1:シリアとの和平は、イランやパレスチナとの関係をなんら改善しない。また67年の国境ラインまでの撤退と領土返還を伴うし、レバノンとの問題も解決しない。したがって何の役にも立たない。

2:シリアとの和平合意は、アメリカになんのメリットも生まない。

3:シリアとの和平は、シリアのアサド大統領体制の安定にはつながらず、ムスリム同胞団が権力を掌握する可能性が高まる。ムスリム同胞団政権になれば、和平合意が遵守される保証はない。

4:和平に伴いゴラン高原をシリアに返還することは、イスラエルの安全上危険である。

5:ゴラン高原はイスラエルの領土だ、とイスラエル国民は考えており、シリアへの返還を拒否する。ゴラン高原は水源であり、農地であることも重要な点だ。

  それにしても、平和の方がいいではないかと思うのは、平和に慣れすぎた日本人の発想であろう。世界では領土の回復は、血の代償によってのみ実現するのだから。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:29 | パーマリンク

2007年03月20日

No.527 シラクの本音?イスラエルが暴露

 
  元駐仏大使を務めていたニッシム・ズビッリ氏は、イスラエル軍のラジオ放送のインタビューの中で、極秘と思われる情報を暴露している。

  彼の話によれば、フランスのシラク大統領はイスラエルに対し、シリアを軍事攻撃しダマスカスに侵攻し、バッシャール・アサド大統領の体制を打倒しろ、と秘密のチャネルを通じて、イスラエル側にけしかけたというのだ。

  もし、イスラエルがそうするのであれば、フランスはイスラエルとシリアとの戦争で、全面的にイスラエルを支持する、と語ったということだ。

  シラク大統領がイスラエルに対して、シリア攻撃をけしかけたのは、シリアがレバノンのヘズブラに対し、イスラエル北部を攻撃させるよう命令している、という判断を下したからだということだ。

  その頃、イスラエルのシャロン首相は、レバノンのヘズブラを支援しているのはイランであり、シリアが主体ではないという判断をしていたようだ。

  シラク大統領はレバノンのハリーリ首相暗殺も、シリアには直接的に責任があると判断していた。また、ヘズブラに直接命令しているのは、あくまでもシリアだということだ。

  フランスがイスラエルとヘズブラとの戦争後、いち早く軍をイスラエル・レバノン国境に派兵したことは事実だ。このことからも、シラク大統領がヘズブラやシリアに対して、強い敵意を抱いていることが想像できよう。

  シラク大統領の「シリア憎し」の感情は、暗殺されたハリーリ首相が、シラク大統領の個人的友人であったことに起因しているとのことだ。

  さて、この話は実に意味深いのではないかと思えてならない。常識的には、外交官がつい最近のことを、こうもあからさまには語らないのではないか。そうであるとすれば、この話をニッシム・ズビッリ大使が明かした裏には、イスラエルとフランスとの間に、何かがあるということではないか。

  つまり、あまり芳しくない問題が、今フランスとイスラエルとの間には存在する、ということではないか。考えられることは、アメリカのイラク対応に、ヨーロッパ諸国が反対していることと、アメリカがイランを軍事攻撃することに、フランスを含むヨーロッパ諸国が、反対していることにあるのではないか。あるいは、イスラエルのシリア攻撃を正当化するために、シラク大統領の発言をテコにするつもりなのか。

  イスラエルの立場からすれば、アメリカがイランを攻撃してくれることは、自国の安全保障上大きなプラスであろう。それに反対する国は、間接的にイスラエルの安全保障上の敵国ということになろう。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 11:34 | パーマリンク

2007年03月19日

No.526 砂漠に放置されるパレスチナ難民

 
  パレスチナ人とは、なんと不幸な人たちであろうか、とつくづく思う昨今だ。パレスチナの地ではハマースとファタハに分かれ、パレスチナ人同士が殺し合いをし、権力と金の奪い合いをしている。

  レバノンの難民キャンプでは、レバノン軍や警察の不満解消の対象が、パレスチナ難民になっている。彼らパレスチナ難民は、いつ殺されたり、負傷させられたり、逮捕されるかわからない状態にあるのだ。

  リビアでも、以前報告したように、カダフィ大佐の気まぐれで、何千人ものパレスチナ人が追放されかけている。

  イラクでも同様に、内戦の中で行き場を失い、危険から逃れ、シリアの国境にたどり着いたパレスチナ難民は、そこで立ち往生させられている。

  1990年に起こった、イラク軍によるクウエイト侵攻の後には、1991年アメリカを中心とする合同軍によって、イラク軍がクウエイトから追い出されると、クウエイトに住んでいたパレスチナ人たちは、クウエイト人によって暴力を受け、逮捕され、追放されることとなった。

  パレスチナ人がイラクや、その他のアラブ諸国に難民として逃れ、あるいは仕事を求めて移住したのは、1948年、1967年、そして1990年以降だった。述べるまでも無く、そのいずれの時期も、中東では戦争が起こったときだった。戦争は、パレスチナの難民の数を確実に増やし続けているのだ。

  イラクに移住したパレスチナ人はサダム・フセイン大統領の政治宣伝として利用された部分もあろう。クウエイトから逃れたパレスチナ人の行き先は、ヨルダンかイラクだったのだ。

  サダム・フセイン大統領は、彼自身がパレスチナ人の庇護者であることを、アラブ全体に印象付けようとしたのだ。実際にその効果は十分にあったといえよう。サダム・フセイン大統領が逮捕されたとき、処刑されたときに、嘆き、悲しみ、怒ったパレスチナ人は少なくなかった。

  パレスチナ人は、クウエイトではイラクの手先と言われ、イラクでは今、スンニー派の協力者として、シーア派政府から弾圧を受けている。

  イラクに移り住んでいたパレスチナ人には、イラクから出国するために必要な、身分証明書が無いのだ。彼らのパスポートあるいはレセパセ(パスポートに代わる国境通貨査証)は、職場に預けさせられていたのだ。

  今ではイラク政府職員の誰もそれを管理してはいないし、新たに発行する気はイラク政府には無い。優先順位はイラク人出国者のパスポート、ということになるからだ。

  シリア・イラクの国境地帯は、まもなく猛烈な暑さに襲われる時期が始まる。イラクの戦火を逃れ、外国に向かおうとする彼らが、生きて脱出できるか否かは、周辺諸国の善意と国連の救援のみにかかっているのであろう。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:45 | パーマリンク

2007年03月18日

No.525 亡命シリア・ムスリム同胞団リーダー語る

 
  イギリスに亡命している、シリアのムスリム同胞団リーダーとの、ロイター通信のインタビューは、時期が時期だけに非常に興味深い。

  彼の名はアリー・バヤヌーニといい、1982年にシリアのハマ市で起こった住民虐殺事件の前にイギリスに亡命した人物だ。このハマ市での虐殺で、少なくとも1万人の住民が犠牲になっている。

  アリー・バヤヌーニは来月行われる予定の選挙で、バッシャール・アサド大統領体制が自由選挙を実施しないのであれば、シリア国民に選挙ボイコットを呼びかけるとともに、税金の不払い運動、デモを呼びかけてもいる。

  シリアのバッシャール・アサド大統領は、2000年に父親のハーフェズ・アサド大統領が死亡した後、指名で大統領職に就任したが、何事も無ければ今回の選挙の後にも、大統領に指名されることになろう。そうなれば、バッシャール・アサド大統領は新たな7年間の任期を務めることになるのだ。

  アリー・バヤヌーニに言わせれば、そもそもEUのソラナ代表が、バッシャール・アサド大統領と会見したことが問題だというのだ。バッシャール・アサド大統領はレバノンのハリーリ首相暗殺に関与しており、EU諸国は彼と正式なコンタクトを取るべきではなかったということだ。そもそもソラナ代表がバッシャール・アサド大統領と会見するに至ったのは、フランスがシリアに対するボイコットを取り下げたからだというのだ。

  そして、このようなEU諸国の立場の変化は、シリアがイラク問題の解決にも、レバノン問題の解決にも役立つと考えたからだということだ。しかし、アリー・バヤヌーニに言わせれば、バッシャール・アサド大統領は問題の解決に役立つ人物ではなく、問題の一部をなしている人物なのだということだ。

  アリー・バヤヌーニは、もし世界が支援してくれるのであれば、シリア国民はバッシャール・アサド大統領体制妥当に立ち上がろうということだ。現在では、シリアの軍部も情報部も、現状に不満を抱いており、体制打倒の成功の可能性は高いということであろう。

  これまで沈黙していたアリー・バヤヌーニが、ロイター通信に対し、明確に体制打倒を語ったということは、これまでよりもバッシャール・アサド大統領を打倒する可能性が出てきたからではないか。少なくとも、イギリス政府の対応に、何らかの変化が生じ始めているのかもしれない。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:44 | パーマリンク

2007年03月17日

No.524 強者こそが傷つく

 
  イラクではアメリカが、パレスチナではイスラエルが強者の立場にある。彼らには法律がほとんど適用されず、勝手気ままなことができる。

  しかし、他方では強者であるが故に、アメリカの兵士やイスラエルの兵士は、被害者以上に傷ついているのだ。しかもその傷は浅くなく、心の奥底についているのだ。

  結果的に、アメリカ兵の間でもイスラエル兵の間でも、酒や麻薬がはびこることになる。当然の帰結であろう、非合法な占領が住民の反発を買い、周囲の誰も信頼できなくなったとき、そして自分たちが行っていることの正当性を見失ったとき、人間は孤独を通り越して、発狂しそうな状態に置かれよう。

  自分自身の中ですら、自分が行っている行動に何の正義も見出さず、多くの犠牲を払い苦しみに耐えながら、継続する任務を前に、彼らはどう自分自身に説明できるのだろうか。

  しかも、イラクではアメリカ兵の戦友が、3,000人以上も死亡し、その何十倍のアメリカ兵が重傷を負い、二度と社会復帰できない状態にあることを、アメリカ兵たちは熟知しているのだ。

  他のアメリカ兵と同じように、明日には自分も死ぬかもしれない、明日には自分も足を、腕を、目を、耳を失うかもしれない、そう思ったとき、彼らはどう自分の精神状態を正常に維持するのだろうか。

  何十人かのアメリカ兵が無残な殺され方をしたように、自分も何時かイラクのテロリストに捕まり、耳をそがれ、鼻をそがれ、焼けた鉄棒を突き刺され、最終的には、ガソリンをかけられて焼き殺されるかもしれない。

  そう思い始めたとき、アメリカ兵は正常な神経でいられるだろうか。だからアメリカ兵による無差別のイラク人殺戮が起こりうるのだ。アメリカ兵が残酷なのではなく、人間をそこまで恐怖に追い込む、戦争が残酷なのだということを忘れるべきではあるまい。

  アメリカ兵やイスラエル兵にとって、強度の不安から逃れられる唯一の方法は、できるだけ敵と思わしき対象物(ここでは敵は人間ではないのだ)を破壊することであろう。その対象物が老人であれ、女性であれ、子供であれ、かまいはしないのだ。

  もうひとつの方法は、自分も対象物も人間ではない、と思い込むことであろう。殺すべき対象物は人間ではなく、自分も戦争マシンあるいはケダモノだと思い込んだときには少しは救われよう。

  そうでもなければ発狂してしまうだろう。戦争で残虐な行動をする者は、もともと残虐だからではなく、精神的弱者がそうなりやすいのだということだ。

  戦争に参加した兵士がかかる精神病は、何種類もあるだろう。しかも、それは突然現れるのだ。ベトナム戦争後に、帰還兵士が森の中で、一人暮らしを選んだケースが多いようだ。

  彼らは自分が発作的に、周囲のアメリカ人を殺してしまうのではないか、という強迫観念に襲われたからそうしたのだ。彼らが森の中に住み着いたのは、帰還時に歓迎され表彰されなかったからではないのだ。

  パレスチナではイスラエル兵が、少女まで裸にして武器の有無を検査し始めたということだが、これはもう病的な状態といっていいのではないのか。

  被害者であるパレスチナ人には、イスラエル人に対する拭いきれない憎しみが蓄積されていこうが、他方のイスラエル兵は、精神状態が破壊されていくことになり、被害はパレスチナ人の何倍にもなるのではないのか。

  勝者の側こそが大きなダメージを受けるのが、戦争という異常事態なのだ、ということをもう一度真剣に考えてみる必要があろう。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:42 | パーマリンク

2007年03月16日

No.523 進展かPKK対策?

 
  トルコ在住のクルド人の間で結成された、PKK(クルド労働党)という名のクルド分離独立運動は、その後、オジャランを議長にテロ活動を展開してきた。しかし、シリア政府の庇護下にあったPKKのオジャラン議長も、シリアによって実質的にはトルコ側に引き渡され、受刑の身となった。

  以来、PKKはイラクのクルド地区(イラク北部)に拠点を構え、トルコ国内に侵入しては、テロ活動を継続していた。彼らはイラク北部のクルド人難民キャンプ・マフムール内に、拠点を構えて活動していた。

  しかし、トルコ政府の厳しいイラクとアメリカに対する要求があり、マフムール・キャンプ内のPKK拠点は捜査され、PKKのものと思われる、武器が没収されるにいたっている。

  アメリカにとってトルコは、NATOの重要なメンバーであることに加え、アフガニスタン戦争時にも、イラク戦争時にも、有力な支援国であったことが効奏したものと思われる。最近になって、アメリカ空軍のラルストン将軍は、PKK封じ込めを徹底すると語っている。

  アメリカ、イラク、トルコの話し合いの結果、マフムール・キャンプの閉鎖が決められたが、クルド難民の中には、トルコへの帰還を求めない者もいよう。彼らにどう対応するかが、今後の課題であると思われる。

  一連のPKK対策の進展は、昨年10月に行われたKDP(クルド民主党)のバルザーニ議長とトルコ、アメリカの話し合いの結果だ。現在ではクルド地域のPKK事務所は閉鎖されているし、フランス、ベルギーなどに居住するPKK支援組織による募金活動も、両国政府によって禁止されるにいたった。

  こうした一の流れは、なぜ進展を見たのであろうか。あるいは、アメリカのイラン対応も関係しているのかもしれない。そうであるとすれば、PKK問題への対応の進展は、イランとの緊張が高まってきていることと、表裏一体の関係にあるのかもしれない。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 14:44 | パーマリンク

2007年03月15日

No.522 リビアがパレスチナ人追放検討

 最近になって、リビアのカダフィ大佐が回帰現象を起こしていると書いたが、まさにその回帰現象の一つが現れ始めている。

 リビアでは最近、数千人のパレスチナ人居住者を追放するのではないか、といううわさが広がり始めている。このうわさは、単なるうわさで終わらないところが、リビアのカダフィ大佐の恐ろしいところだ。
実際に、1970年代にはリビア航空機をイスラエルが撃墜するのを、エジプト空軍が放置したということで、エジプト人が襲撃される事件があったし、パレスチナ人が追放される出来事もあった。

 1995年にパレスチナ人がリビアから追放されそうになったが、エジプト国境で、エジプト側がパレスチナ人の入国を認めなかったためにパレスチナ人が何ヶ月にもわたって、国境に留め置かれたということがあった。

 この追放のときに、一部のパレスチナ人は船でレバノンやシリアに入国しようとしたが、シリアもレバノンもパレスチナ人の入国を認めなかったために、パレスチナ人たちは長期間にわたって、下船できない状態におかれた。

 そのときのリビア側のパレスチナ人追放の理由は、パレスチナ・イスラエル間でパレスチナ自治合意が成立し、パレスチナにアラファト議長が帰還し、パレスチナ人による自治が始まったのだから、パレスチナ人はパレスチナに帰るべきだ、というものだった。

 一見、全く正論なのだが、当時も今も、パレスチナ人がガザにもヨルダン川西岸地区にも戻れないことは誰もが知っていることなのだ。

 アラファト議長のイスラエルとの合意は、彼の小さな満足を満たすものであり、イスラエルに対する大幅な譲歩であるだけで、パレスチナ人には何ももたらさなかったのだ。

 今回のリビア側のパレスチナ人追放の理由は「イスラエルとの屈辱的な妥協による合意の結果は、在外パレスチナ人をそれぞれの居住国の国民にするというものだ。したがって、リビアはそれを認めるわけには行かないから、今のうちに追放し、パレスチナ人にリビア国籍をやらないようにする。」というものだ。

 このうわさについて、パレスチナのファタハ組織の幹部であるジャマール・アッタイラーウイは「エジプトに追放したいのだろうが、国境に留め置かれるのではないか。イスラエルが入国を認めはしないのだから。」と語りカダフィ大佐が追放を思いとどまることを願うとも語っている。

 もう一人のファタハ幹部も「リビアの国内事情に振り回されて、パレスチナ人が犠牲になるだけだ。イスラエルはパレスチナ人のガザやヨルダン川西岸地区への入国を決して認めないのだから、彼らは砂漠に放置されることになろう。」と語っている。

 このパレスチナ人追放の悲劇は、しわ寄せは常に弱者にということの典型的な例であろう。

注:アメリカやイスラエル、ヨーロッパの多くの国々が構想するパレスチナ問題の最終解決法は、アラブ各国に居住するパレスチナ人を、アラブ各国が国籍を与え定着させるというものだ。

 したがって、パレスチナ難民のパレスチナへの帰還権は認めない、というものだ。当然、この点についてアラファト議長もマハムード・アッバース議長も口先では反対しているものの、実際には、何100万人ものパレスチナ難民が、ガザやヨルダン川西岸地区に帰還した場合、パレスチナ政府はその対応ができなくなろう。

 アラブ諸国に散らばり居住する、パレスチナ難民の数だけでも、何100万人という膨大な人数にのぼる。

 たとえイスラエル政府がパレスチナ難民の帰還を認めたとしても、彼らがパレスチナの地に帰還することになれば、パレスチナ政府は彼らに対する住居と食糧、職、教育、医療などを提供しなくてはならないが、それは膨大な資金がなければ実現不可能なのだ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 14:45 | パーマリンク

2007年03月13日

No.521 イラクの国際会議は緊張を緩和したのか

 
  去る3月10日、イラクの首都バグダッド市でイラクの治安をはじめとした改善のための国際会議が開催された。

  この会議には、現在敵対関係にあるアメリカとイラン、シリアが参加するとあって、大きな期待がもたれていた。

  会議が終了して以来今日まで、この会議に関連した情報が流れてくるが、どうも実際の内容を伝えているとは思えない。たとえば会議のホスト国であるイラクのズイバリ外相は非常に有意義かつ紳士的に会議が行われたと言うが、実際はどうであったのだろうか。

  アメリカやイランも、この会議が両国関係の正常化へのファースト・ステップだ、アメリカ・イラン関係の氷解の始まりなどと言っているが、他方では、相当厳しい非難の応酬があったということだ。もちろん、シリアやイランはイラクへのテロリストの流入阻止にも、武器の流入阻止にも、協力する姿勢を示さなかった。

  気になるのは、会議の開催中にバグダッドでは、イスラム教シーア派の巡礼者の集団が、帰途爆弾テロに遭遇し、何十人もの死傷者が出ているということだ。

  本来であれば、会議中は何時にも優る厳重な治安措置がとられ、このようなテロ事件がバグダッドおよびその周辺では、起きてはならないはずなのだが。

  シーア派はイスラム教徒が犠牲になったということは、スンニー派のテロだという単純な判断もできようが、最近の状況はそのような判断を信じさせてはくれない。

  何らかの意図を持ったグループが、会議の意義を低下させるために、テロ攻撃を行ったのではないかと思えてならないし、それが宗派間の対立の結果だとも単純には考えたくない。

  会議後の動きを追っていると、ロシアがイランに対し非常に厳しく、核開発を停止するよう働きかけ始めたこと、イランのアハマド・ネジャド大統領が国連での演説を強く望んでいることなどだ。

  加えて、イランのハタミ元大統領も、アハマド・ネジャド大統領に対し、異例とも言える強い調子で、イランは核開発で明確な約束を世界の強国に対してするべきだと主張している。

  つまり、バグダッドでアメリカ、イラン、シリア参加の会議が開かれたものの、アメリカとイランとの緊張関係はまったく和らいでいない、ということではないか。

  アメリカ国務省の高官がこのバグダッド会議の後、3月12日にシリアの首都ダマスカスを訪問し、シリアに流入するイラク人難民問題を中心に意見交換をした。これは、あからさまなイランに対する、孤立を自覚させるためのものであった、ともとれよう。

  現在の段階ではなお、アメリカ・イラン関係は改善されていない、と受け止めておくべきであろう。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 14:17 | パーマリンク

2007年03月11日

No.520 バルチスタンの重要性と危険性

 
  バルチスタンと呼ばれる地域をご存知の日本人はそう多くはあるまい。しかし、この地域が日本にとっても、世界にとっても、今後重要な地域になっていくものと思われるので、簡単にご紹介することにした。


  バルチスタン地域は、パキスタンの南西部に位置し、インド洋に面している。述べるまでもなく、そのことは、バルチスタンがオイル・ルートの要衝にあることを意味している。

  しかも、バルチスタンにあるグワダール港は、今後、軍事的にも経済的にも重要性を増していくことになりそうだ。

  グワダール港は水深が深く、大型船舶も停泊が可能であり、今後、中央アジアの石油、ガスの積出港としても脚光を浴びることになろう。加えて、中国とパキスタンとの関係が緊密であることから、パキスタン政府は中国の援助の下に、グワダール港の開発を始めている。

  もちろん、中国政府の目的は、グワダール港を将来の中央アジアの石油、ガスの積出港として使うだけではなく、インド洋に軍港を持ちたいという野望によるものだ。

  しかも、グワダール港を抑えることにより、中国はバルチスタンのマクラン海岸線から、インド洋で活動するアメリカ海軍をはじめ、湾岸、中央アジア地域で活動するアメリカ軍の通信を傍受できることになるのだ。

  もちろん、中国のこの地域に対する関心と行動は、パキスタン政府との協力の下に進められているのだが、今後、この状態をアメリカやイギリスが放置するとは思えない。したがって、両国はグワダール港を含む、バルチスタン地域に対する、積極的な行動を展開してくるものと思われる。

  そうした状況を考えると、バルチスタンについて、もう少し詳しく説明する必要があろう。

  バルチスタン地域とは、前述のようにパキスタンの南西部、インド洋に面した地域だが、この地域は、西はイラン、北はアフガニスタンに接している。当然のことながら、イラン国内にも400万人のバルチスタン人が居住しており、今後バルチスタン民族運動が活発化すれば、イランもその影響を受けることになろう。

  もし、バルチスタンの分離独立運動が活発化し、651万人のバルチスタン人がパキスタンから独立することになれば、パキスタンは最も多くの地下資源を有する地域を失うことになるし、領土の40パーセントを失うことになるのだ。

  それでは、現実にバルチスタン人の分離独立への動きはあるのだろうか。バルチスタン人はこれまで、分離独立までは主張しないが、自治権を要求する運動を展開してきたし、実際にその目的で、パキスタン軍との衝突を繰り返してきてもいる。

  バルチスタン人とパキスタン軍との武力衝突は、1948年、1958年、1962年、1973年から1977年にかけて起こっている。それでは、バルチスタン人が分離独立、あるいは自治権を主張する裏には、どのような根拠があるのであろうか。

  12世紀ミル・ジャラル・ハーンの主導の下に、この地域の44部族が統一され連邦化している。15世紀にはリンド・ラスカリによって、17世紀にはバルチスタン土候国が誕生したとされている。13、14世紀に起こったモンゴル、タタールの侵入も、多くの避難民を生み出し、民族アイデンティティ形成に影響を与えたようだ。

  イギリスのアフガニスタン侵攻に際しては、バルチスタンの部族長たちに対し謝金を出し、自治権を約束することにより、バルチスタン人によるイギリス軍のアフガニスタン侵攻に対する、反対運動を抑えたという経緯がある。

  エネルギー資源が世界で大きな問題となっている現在、バルチスタン地域は、パキスタンのガス、石油、石炭産出地域として重要であり、同国のエネルギー資源の40パーセントを産出している。バルチスタンで最初にガス資源が発見されたのは、スイ地域で1953年だった。

  しかし、ガスについて述べれば、バルチスタンで消費されるのは17パーセントに過ぎず、同地域の多くがその恩恵にあずかっていない。残り83パーセントは、バルチスタン地域以外であり、バルチスタン地域よりも低価格で消費されているのだ。

  バルチスタン地域はガスや石油ばかりではなく、金、銅、銀、プラチナ、アルミニウム、ウランまでもが埋蔵されている、という調査報告がある。ちなみに、アメリカが2002年にアフガニスタンを攻撃した際に使われたのが、バルチスタンの軍事基地であった。そして、現在ではイランとの戦争を想定し、バルチスタンの軍事基地の重要性が再評価されていよう。

  こうして考えてみると、バルチスタン地域がいかに重要であるかがわかるが、そこで思い浮かべるのは、バルチスタンが今後、どのようなきっかけで自治権獲得、あるいは分離独立に動き出すかということだ。

  そのきっかけは、インドとパキスタンとの武力衝突、イランに対するアメリカの軍事攻撃などではないかと思われるが、同時にアメリカ軍部が発表した新中東地図が、この可能性を裏付けているのではないか。あの構想の中では、明確にバルチスタンの分離独立が記されていたのだ。

  中国政府バルチスタン地域への台頭著しい今、アメリカやイギリスが手をこまねいているとは思えない。したがって、バルチスタンをめぐる顕著な動きは、非常に近い将来起こってくるのではないかと思われる。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 16:23 | パーマリンク

2007年03月10日

No.519 マハムード・アッバース議長の苦境

 
  以前に、パレスチナ大衆の間で人気を高めているのは、マハムード・アッバース議長ではなく、ハマース政府のイスマイル・ハニヤ首相だということを書いたが、最近になって、国際社会の中でマハムード・アッバース議長の信用度が低下してきているようだ。

  述べるまでもなく、アメリカはマハムード・アッバース議長が何とか、イスラエルとの間で良好関係を構築し、アメリカの望む形のパレスチナ・イスラエル和平を実現したいと望んでいる。

  しかし、イスラエルがパレスチナとの和平を進めるには、いくつかの難問がある。その難問の解決は、イスラエルによってではなく、ほとんどがパレスチナ側によるものだ。

  マハムード・アッバース議長が実力ある、指導力を持つ議長であれば問題はないのだが、残念ながら彼には人望も、実力も欠落しているようだ。

  第一番目に、彼が解決しなければならない問題は、イスラエル兵の釈放を実現することなのだが、人質をとったグループは、マハムード・アッバース議長の説得を聞こうとしない。

  これではイスラエルのオルメルト首相は、パレスチナとの和平交渉に応じるわけにはいかないだろう。たとえ、彼自身がよしとしても、イスラエル国民が受け入れるわけがないからだ。

  第二番目の問題は、ハマース政府にイスラエルの存在を認めさせることであり、過去のイスラエル・PLO間で交わされた合意を、受け入れさせることなのだが、これも容易ではなさそうだ。ハマース政府はホドナ(イスラム法に基づく戦略的停戦)であれば長期間でも受け入れるが、イスラエルそのものの存在を認めることを拒否しているのだ。

  結果的に、それらのいずれについても、マハムード・アッバース議長はハマース政府の説得に失敗し、イスラエルとの交渉は宙に浮いた状態になっている。

  マハムード・アッバース議長はハマースとの交渉により、統一政府を作ることに懸命なのだが、なかなかうまく進まないようだ。

  最近になって、マハムード・アッバース議長はオルメルト首相に対し、統一政府結成にもう少し時間の余裕を与えてくれるよう懇願した、とエルサレム・ポストは伝えている。

  たとえオルメルト首相がマハムード・アッバース議長に、統一政府結成の時間を与えたとしても、そう簡単にはいかないのではないか。これまで何度も、近く結成されると彼は繰り返してきたが、どうもそうは行かないのではないか。

  こうなると、アメリカはマハムード・アッバース議長の力量に見切りをつけるかもしれない。そして、ハマースがイランとの関係を強化しないように、ハマースに接近するかもしれない。

  もちろん、マハムード・アッバース議長のアメリカに対する信用が失われるということは、ヨルダンとの関係も複雑なものになっていこう。今までのところヨルダンのアブドッラー国王は、マハムード・アッバース議長支持の立場をとってきたが、そろそろ堪忍袋の緒が切れかけているようだ。アブドッラー国王の最近の演説には、マハムード・アッバース議長の無能振りに対する怒りが、あらわになってきているのではないか。

  中東地域でのイランの影響力の拡大と、シーア派のスンニー派への浸透の中で、ヨルダン王国も必ずしも安定はしていないのだ。スンニー派の間でシーア派が勢力を増している原因のひとつは、パレスチナ問題にある。

  スンニー派は世界の不安定化の原因が、パレスチナ問題がまったく進展しないことにもよるだけに、マハムード・アッバース議長に対する圧力は、今後ますます強まるものと思われる。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 16:18 | パーマリンク

2007年03月08日

No.518 回帰現象が始まったか?カダフィ大佐

 
  北アフリカのリビアといえば、カダフィ大佐の率いる国として、1970年代から80年代にかけて世界の話題をさらった。

  カダフィ大佐の言動が世界の耳目を集めたのだ。たとえば、訪仏時にはホテルに泊まらずに、テントを張ってすごしたとか、ラクダを連れて行ったという話も話題を呼んだ。

  同時に、カダフィ大佐が自分の革命を大きく印象付けようとして、世界中の革命家やテロリスト集団に、資金援助したことも話題となった。そのなかには、イスラム系革命組織やテロ組織に加え、アイルランドなど欧州のグループにもカダフィ大佐の資金が流れていた。

  その延長線上で、リビアは核開発、化学兵器開発に向かい、欧米から厳しい制裁を受け、アメリカには空爆されるにいたった。また、パン・アメリカン航空機爆破事件や、フランスのUTA機爆破事件にも直接関与していたとされ、最終的には巨額の賠償金を支払う羽目になった。

  2003年に起こったアメリカ軍によるイラク攻撃を機に、カダフィ大佐は、自分にも同じことが起こるのではないかという恐怖から、自国での核兵器開発を断念し、その関連機材すべてを、アメリカに引き渡すところまで妥協した。

  その後、リビアは完全に制裁を解かれ、自由な輸出入が欧米諸国をはじめ、世界の国々と出来るようになった。しかし、いまだに核兵器開発を断念したことに対する見返りはない。つまり、平和利用目的の核開発に対する、アメリカやヨーロッパの協力が得られないでいるのだ。

  さすがにカダフィ大佐も、この状況に腹が立ち、最近になって譲歩に対する何の見返りもない、と不平を言い始めている。それだけならば問題はないのだが、カダフィ大佐は以前と同じような、奇異な行動を取り始める気配が出てきている。

  最近、リビアではカダフィ大佐と欧米の学者との対話がもたれたが、カダフィ大佐は、1970年代に提案した第三理論を、再度世界に広めるという意向を示したようだ。

  もちろん、欧米の学者たちはそれが実情にそぐわない、という趣旨の意見を述べたようだが、ほとんど耳を貸さなかったということだ。

  「第三理論の提唱者」「革命の指導者」としてのカダフィ大佐の復活があるかもしれない。リビアはいま革命第二世代が中心になりつつある。カダフィ大佐とともに革命を起こしたメンバーらの息子たちが、次の権力を掌握しようとしているのだ。

  その権力掌握への最短コースは、カダフィ大佐の考えを、全面的に支持することであろう。リビアは石油価格の高騰で、経済的にも余裕がある。カダフィ大佐がやりたい放題活動できる条件はそろっているのだ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:45 | パーマリンク

2007年03月07日

No.517 シンベトのパレスチナ分析

 
  イスラエルから興味深い情報が届いた。それはイスラエルの国内情報機関であるシンベトがパレスチナに関する分析をしているのだ。

  そもそも、この情報はハマースがガザのメンバーをイラクやイランに送り込み、軍事訓練や武器の製造を学ばせている、ということを伝えることが主な目的だったものだ。

  しかし、その中には今パレスチナで選挙が行われれば、マハムード・アッバース議長が率いるファタハではなく、イスマイル・ハニヤ首相が率いるハマースが勝利するという分析が含まれているのだ。

  述べるまでもなく、現在イスラエル政府はマハムード・アッバース議長を支持し、イスマイル・ハニヤ首相の組織ハマースを完全に無視し、兵糧攻めにし、ハマース政府を打倒しようとしているのにもかかわらずだ。

  この分析は、シンベトのチーフであるユヴァル・デスキン氏によるが、彼はマハムード・アッバース議長が選挙で勝利できないと予測する根拠を、マハムード・アッバース議長がこれまで、ファタハの再活性化に何の努力も払ってこなかったからだと断言している。

  他方、ハマースはイランが物心両面から支援を送っていること、ハマースに対する経済制裁(資金援助停止)が、国際社会の中で次第に瓦解し始めていることを挙げている。

  確かに、最近ではロシア政府が公然と、ハマース政府に対する資金援助開始とハマース政府の承認を世界に向けて訴え始めている。

  しかし、それはハマースが妥協をし始めたからではない。ハマースはこれまで、頑なにイスラエルを承認しない立場を堅持してきている。

  ハマースがイスラエルに対して提案したのは、長期にわたるホドナ(イスラム法に基づく戦術的停戦)でしかないのだ。

  ハマースはファタハに対しても、統一政府の結成交渉を繰り返してきてはいるが、まったく妥協する姿勢を示していないのだ。

  ハマースがイスラエルに対しホドナを提案したのも、ファタハとの統一政府結成の交渉をしたのも、本当の目的は別だとユヴァル・デスキン氏は語り、ハマースの目的は、西岸地区における軍事的優位を、ファタハに対し勝ち取ることであり、イスラエルとの闘争の長期的戦略によるのだというのだ。

  こうしたハマースの非妥協的立場について、ユヴァル・デスキン氏は、ハマースがムスリム同胞団を母体に結成された組織であることを挙げて説明している。ハマースの思想の根底には、ムスリム同胞団の特徴がしっかりと収まっており、妥協は生まれないというのだ。

  ハマースの頑迷な立場に変化がなく、他方、マハムード・アッバース議長が無能だと判断しているイスラエルが、果たして真剣な交渉をマハムード・アッバース議長が代表するパレスチナと行うのだろうか。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:40 | パーマリンク

2007年03月06日

No.516 エジプトのPOWを殺害したイスラエル軍

 
  いま、エジプトでは国民をあげての、大問題が発生している。それは1967年戦争(第三次中東戦争)にかかわるものだ。

  イスラエルの戦争に関する自己調査グループによる研究の結果が、イスラエルのマスコミを通じ、第三次中東戦争のドキュメンタリーとして報じられたからだ。このドキュメンタリーに、エジプトのマスコミが注目し、2日続けて新聞の一面トップに掲載された。


  当然ことながら、この報道はエジプト国民を激怒させることとなり、エジプト議会でも大問題となっている。このため250人のPOW(戦争捕虜)を殺害したとされる、当時軍人で部隊の隊長であったイスラエルのベン・エリゼル・インフラ相のエジプト訪問は延期されることとなった。もちろん、ベン・エリゼル・インフラ相は、この出来事を否定している。

 彼がエジプト訪問を取り消したのは、エジプトの情報長官オマル・スレイマン氏のアドバイスによるものだといわれているが、オマル・スレイマン情報長官は、もしこの時期にベン・エリゼル・インフラ相がエジプトを訪問すれば、逮捕されることになる、と伝えたということのようだ。

  オマル・スレイマン情報長官がベン・エリゼル氏にそう語ったのは、彼がイスラエル側との交渉の責任者になっているからであり、もし、これ以上問題が複雑化すれば、エジプト・イスラエル両国関係は、悪化の一途をたどりかねないからであろう。

  オマル・スレイマン情報長官はイスラエル・パレスチナの和平と治安の仲介役、イスラエル・エジプトの関係促進に重要な役割を果たしている人物であるために、イスラエルとエジプトとの関係が悪化することを望まず、ベン・エリゼル・インフラ相に対しこのような助言をしたのであろう。

  これまでにも、1995年に同様の第三次中戦争当時の、POW(戦争捕虜)に関する調査が行われ、およそ1,000人のエジプト軍人がPOW(戦争捕虜)とされながらも、イスラエル軍によって虐殺されていたことが明らかにされている。

  エジプト議会では、在エジプトのイスラエル大使に説明を求めるべきだという声や、イスラエル側に対し、ドキュメンタリーの資料提供を要求すべきだという声が上がっている。

  問題が問題だけに、このことは今後、与野党双方が追求していくものと思われるし、その結果、今後のエジプト・イスラエル関係が悪化していくことが懸念される。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 16:47 | パーマリンク

2007年03月05日

No.515 難民を放置するな

 
  1948年、1956年、1967年、この年の羅列を見て、すぐに中東戦争と思いつく人は、すでに世界でも少なくなっているだろう。ましてや、これらの戦争の影で多くのパレスチナ難民が発生し、いまだに難民として生活しているという実態を、知っている人は少ないのではないか。

  そして今、新たな難民が大量に発生しているという事実を、どれだけの人が知っているのだろうか。2003年に起こったイラク戦争と、その後のイラク国内の混乱を逃れて、イラクの周辺諸国には大量のイラク人が流れ込んでいる。

  その数はすでに370万人にもおよび、その数はイラク人口全体の8分の1にも達しているということだ。これらのイラク難民を受け入れているシリアやヨルダンにとっては、イラク難民の流入は大変な問題になっているのだ。

  先日、ヨルダンは難民の激増を前に、「ヨルダン王国」が「ヨルダン難民王国」に変わるのではないか、という実情を皮肉った記事がアラブの新聞に出ていた。

  ヨルダンはパレスチナの難民を大量に受け入れてきた国だが、すでにヨルダン人の何倍ものパレスチナ人が、今ではヨルダン国籍を有し、定着している。


  湾岸戦争をきっかけに、ヨルダンには湾岸諸国に定着していたパレスチナ人が大量に逃れてきてもいる。

  このパレスチナ難民に加えて、イラク難民がヨルダンに殺到してきているのだから、ヨルダン政府は対応の仕様がないということではないのか。その難民の中には資金を持つ者もいて、定住あるいは長期滞在を前提とし、不動産の購入やアパートの賃貸契約をする者が増えている。当然のことながら、不動産価格は上昇し、他の物資の価格も上昇することになる。

  しかし、ヨルダン国民の所得が、そのことと比例して上がるわけではない。そのために、ヨルダン国民の生活は苦しくなり、難民との間に軋轢が発生してくることになる。

  同様の現象はすでにシリアでも起こっている。シリアでも物価が上昇し、一般国民の生活は苦しくなっているのだ。シリアにすでに流入したイラク難民の数は、100万人から150万人と言われており、流入のスピードは日増しに速まっているということだ(シリアでは食料品価格が3倍、家賃が6倍に急騰したといわれている)。

  アラブ諸国といえども、このイラク難民の大量流入を前に、同胞愛だけではすまなくなり、難民は就労機会を見出せず、子供たちは就学の機会に恵まれないという状態が発生している。アメリカのメディアですでに紹介されたことだが、経済的に苦しいイラク難民の女性の売春が問題化し、受入国のモラル破壊になると非難する者もいる。

  結果的には、イラク難民に対する受け入れ国民による暴力、イラク難民による犯罪行為ということが、常態化してくるのではないか。戦争という魔物が難民を生み出し、その難民が原因で暴力や犯罪が新たに発生する、という悪循環が起こるのだ。

  それにもかかわらず、イランに対する軍事攻撃が起こる可能性が高まっている。もしイラン攻撃が起これば、ここでも難民が発生することになろう。そのイラン難民がイラン国内にとどまるという保証はない。悲劇の連鎖を世界が止めなければなるまい。難民援助を送るよりも、難民発生を止めることのほうが先ではないのか。

  いま、日本人が知らなければならないのは、日本の資金が日本人の意図とは関係なく戦争資金の一部に充てられ、もう一方では難民救済資金に充てられているという現実だ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 16:13 | パーマリンク

2007年03月04日

No.514 アハマド・ネジャド大統領のサウジ訪問

 
  3月3日、イランのアハマド・ネジャド大統領が、サウジアラビアを訪問した。サウジアラビア側はアブドッラー国王が空港に出迎え、正式な受け入れを行なった。

  両国首脳はサウジアラビアの首都リヤドで、以下の点について対談した。

1:シーア派とスンニー派の対立解消
2:パレスチナの統一
3:レバノンの沈静化


  現在イスラム世界は、スンニー派とシーア派が対立し、シーア派の拡大が懸念されているだけに、今回のアハマド・ネジャド大統領のサウジアラビア訪問は、この問題の解決に向けた前進の一歩であった、と受け止められている。

  しかし、問題はそう簡単ではない。サウジアラビアはイランに対し、抜きがたい不信感を抱き続けてきているし、今後、イラン側はアラブ世界の中で、シーア派の影響力を拡大していこうと考えているからだ。

  サウジアラビアは1988年以来、イランとの外交関係を断絶し、その後、湾岸戦争が終結した1991年に復活したが、2005年にはアハマド・ネジャド氏の大統領当選により、再度関係を悪化させてきている。

  それは、アハマド・ネジャド大統領の対西側諸国、対イスラエルの姿勢があまりにも強硬だからだ。そして核開発にアハマド・ネジャド大統領が本腰を入れていることも重大な原因のひとつだ。

  イランの周辺諸国は、湾岸諸国をはじめ、近い将来、イランが核兵器を保有するのではないかという強い懸念を抱いて警戒しているのだ。このため湾岸諸国やエジプト、リビア、トルコなどが核開発に強い意欲を見せ始めている。

  イランはレバノンのシーア派組織ヘズブラや、スンニー派ではあるが、パレスチナのハマース政府に対し、積極的な支援策をとってきているし、シリアに対しても同様の対応をし続けてきている。

  アハマド・ネジャド大統領がサウジアラビア訪問を機会に、今後、シーア派の盟主であるイランが、アラブ世界への積極的な働きかけを押さえるとは思えない。

  逆に、サウジアラビアやアメリカが支援する、レバノンのスンニー派であるシニオラ政権を倒し、シーア派のヘズブラ政権を樹立したいと考えていよう。その予測を確信させる動きが、ヘズブラによって展開されていることは、アラブ世界では誰もが認めるところだ。

  パレスチナについても、イスマイル・ハニヤ首相が率いる現在のハマース政権を支援し続け、最終的には親米派のマハムード・アッバース議長を放逐し、明確なイラン派のパレスチナ国家を創出していく意思であろう。

  そうなれば、パレスチナはイスラエルと徹底的に対抗することになり、アハマド・ネジャド大統領が夢想しているように、イスラエル国家は将来、パレスチナとの闘争の結果、地上から消滅するかもしれない。

  サウジアラビアとイランは、ともにパレスチナの統一、パレスチナ人の連帯を希望しているとは言うものの、両国の思惑はそれぞれに異なっているのだ。

  イランは述べるまでもなく、イスマイル・ハニヤ首相の率いるハマース政府の下でのパレスチナの統一であり、サウジアラビアはマハムード・アッバース議長の指導の下でのパレスチナの統一なのだ。

  それでは、今回のアハマド・ネジャド大統領のサウジアラビア訪問は、何のために行われたのであろうか。

  考えられることは、近く国連から出されるであろう、イランに対する新たな制裁決議に、影響力を行使しようということであろう。

  サウジアラビアとイランという大産油国同士が意見の一致をみる、あるいは関係改善に動き出すということは、当然のことながら世界に対し、強力なメッセージを送ることになろう。

  もっとうがった推測をすれば、近く起こるであろう、アメリカによるイラン攻撃に際し、アハマド・ネジャド大統領はサウジアラビアに対する、非難の口実の種を植え付けに行ったのではないか(現に、訪問後まもなくレバノン対応をめぐって、サウジアラビアとイランとの間に、認識の違いが出てきているのだ)。

  イランのアハマドネジャド大統領が、今回のサウジアラビア訪問で、対立の種を植え付けることに成功すれば、今後、サウジアラビアに対する非難を始め、アメリカの攻撃が起こった段階では、サウジアラビアを真っ先に攻撃するのではないかと思われる。

  外交活動は、必ずしも平和構築、友好親善ばかりが目的ではない、ということもありうるのだ。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 19:28 | パーマリンク

2007年03月02日

No.513 トルクメニスタン新大統領就任

 
  トルクメニスタンのニヤゾフ大統領が死去したことに伴い、2月に新大統領選挙がおこなわれた。グルバングリ・ベルデイ・ムハメドフ氏が後継の大統領に就任することとなった。
私は新大統領の就任を祝う一連の行事に招かれて同国を訪問した。

  トルクメニスタンが世界第4位のガスの埋蔵量を誇る国であることから、ロシア、アメリカ、イギリス、中国など、世界の列強は同国に最大の関心を抱いている。

  このため、軍のトップも秘密警察のトップも、ほとんどの政治家も国民も、現段階で権力内部に亀裂が発生することを、一番恐れているのだ。その熟慮の結果として、選出されたのがグルバングリ・ベルデイ・ムハメドフ新大統領だということだった。


 
  新大統領、秘密警察のトップ、軍のトップに加え、外相のラシド・メレドフ氏との間で合意されたことは、これまでのニヤゾフ路線を継続することに加え、国内の安定を堅持すること、そして発展を望むということだった。

グルバングリ・ベルデイ・ムハメドフ新大統領の方針

1:教育重視(インターネットの必要性強調、世界に向けての開放政策の推進)
2:医療重視(医師と医院に対する支援策の実施、全国に高レベルの病院開設)
3:個人の生活基盤の尊重(都市開発に伴う住宅破壊を行わない、合意の上でのみ実施し、新住宅を提
  供した後に実施する)
4:スポーツと中小規模ビジネスの奨励
5:ニヤゾフ体制下で交わされた、外国との合意事項は遵守

  トルクメニスタンには、上記のアメリカ、ロシア、中国、イギリスに加え、ドイツやイラン、湾岸諸国も大きな関心を払い、接近策を進めている。イランは対米関係とガスの輸入問題があるし、湾岸諸国はトルクメニスタンへの投資を希望している。ドイツは述べるまでも無く、建設と石油、ガス開発への参加や貿易取引の拡大を考えているからだ。


ニヤゾフ前大統領が掲げられているセレモニー


佐々木主任研究員(左真中)、マハメドフ新大統領(右真中)と晩餐会


ラシド外相(左)、大統領(右)


投稿者: 佐々木良昭 日時: 17:01 | パーマリンク

2007年03月01日

No.512 トルコとクルドの微妙な関係

  最近クルド組織のひとつ、KDP(クルド民主党)のバルザーニ議長がトルコとの関係について語り、それをヨルダンのザ・ヨルダン・タイムズ紙が報じているが、その内容が実に微妙であり、現在クルドが置かれている立場を示していて興味深い。

  イラクは1990年にクウエイトに軍事侵攻し、結果的には1991年にアメリカをはじめとする合同軍によって攻撃され敗北した。

  以来、イラクの北部に位置するクルド地帯は、実質的に自治地域として平和と経済的繁栄を享受してきている。

  その中では、これまでとは異なり、教育にアラビア語ではなくクルド語が使われたため、クルド人の若者の多くはイラク国民というよりも、クルド人としての教育を受けてきた結果、アラビア語が話せなくなってきているということだ。

  イラクに対する2003年のアメリカ軍による攻撃で、サダム体制が崩壊すると、そのクルド独立の傾向はますます大きくなり、最近では、イラク国内の混乱の中で、クルドの独立が実現可能な話題となりつつある。

  しかし、クルド民族の独立はそう簡単には実現すまい。それはクルド民族がイラク国内ばかりではなく、イラクの周辺諸国にも居住しているからだ。トルコ、イラン、シリアがそれらの国々だ。

  もし、イラクのクルドが分離独立することになれば、そのクルド国家にはイラクの石油大産地のキルクークも含めたい、とクルドの人たちは望んでおり、すでにキルクークではアラブ・イラク人、トルコ系イラク人の追放が進められている。

  もし、新生クルド国家が莫大な石油埋蔵量を有するキルクークを領土内に含めることができれば、クルド国家は周辺諸国からの軍事的脅威に対抗すべく、軍備を早急に整えることになろうし、その軍事費は莫大な量の石油収入でまかなわれることになるだろう。

  他方、キルクークを含まないクルド国家が誕生するとすれば、その国は何の魅力もないものとなり、下手をすれば自壊していくことにもなりかねないだろう。

  いずれにせよ、クルド国家が誕生すれば、その国家はトルコやイラン、シリアで分離独立運動を展開している、クルド同胞を支援することになろう。そうならないようにするためには、周辺諸国は当然のこととして、クルド国家の誕生の前に、軍事攻撃をかけクルド民族の夢を押しつぶすことになろう。

  現段階では、クルド民族にトルコ、あるいはイラン、あるいはシリアと戦争を構えるだけの軍事力はない。

  こうした背景があるから、バルザーニ議長は「トルコとの平和的対話による、PKK問題の解決を図りたい」と言わざるを得ないのだ。同時に、PKKに対し一定のブレーキをかけると言わざるを得ないのだ。

  また、クルド民族内部から提案された、キルクークを併合するクルドの分離独立に向けた民族投票(国民投票)の実施が、今年末に予定されていたにもかかわらず、2年延長すると発表せざるを得なかったのだ。

  もし、クルド側が民族投票を強行するようなことになれば、トルコ軍のトップのブユカント将軍は、これを放置せず、クルド地域への軍事攻撃を断行すると警告しているからだ。

  そこまでトルコ側がクルド側に対して、強硬な姿勢を示しているのは、過去に37,000人のトルコ軍兵士が、PKKによるテロや戦いで犠牲になっているからだ。

  バルザーニ議長はこうしたデリケートな状況を踏まえ、トルコ国民と政府に向けて「連邦制の民主的現状が維持されるのであれば、クルドはイラクの一部であり続ける」と語っている。

  しかし、彼は「クルドが独立することは自然な形であろうし、それはイランやシリアに居住するクルド人にとっても同じだ」とも語っている。

  つまり、バルザーニ議長は現在の段階では、クルドが分離独立すると言えないが、状況が許す時が来れば、クルドは独立すると言っているのだ。

  そのことは、今後もクルドとトルコ、イラン、シリアとの間で、話し合いによる問題の解決が達成される可能性は、ほとんど期待できない、ということであろう。そしてクルドと周辺諸国との緊張関係は、今後も続くということであろう。

投稿者: 佐々木良昭 日時: 14:22 | パーマリンク

 
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