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   <title>中東TODAY</title>
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   <updated>2010-03-11T07:41:18Z</updated>
   <subtitle>中東の人々の本音を知るため、中東ニュースの重要項目を解説し、中東の未来を予測します。</subtitle>
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   <title>NO・１５１７イラク選挙後の状況・当分は安定か</title>
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   <published>2010-03-11T07:40:50Z</published>
   <updated>2010-03-11T07:41:18Z</updated>
   
   <summary>　イラクの選挙が３月７日に実施された。この選挙には有権者のおよそ６２パーセントが...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　イラクの選挙が３月７日に実施された。この選挙には有権者のおよそ６２パーセントが参加し、その投票総数は２０００万票とされている。
　前回、２００５年の選挙では７６パーセント程度の投票数だったが、今回はアメリカが関与せず、イラク人自身の手で実施されたということから、賞賛に値するものだ、というのが内外の評価だ。
　さて問題はこの選挙の最終結果が、いつ発表されるのか。そして、その投票結果が、今後のイラク国内にどのような状況を、生み出すのかということだ。当初、予定されていた中間発表は、水曜日(３月１０日)であったが、一日遅れて木曜日(３月１１日)になる模様だ。
　しかし、それは中間発表であり、最終的なものではない。選挙の最終結果は、３月末に発表されるという見通しだが、この結果発表の遅延をめぐり、種々の憶測が、飛び始めている。
すでに、INA(イラク国民同盟)はアメリカが投票数に、集計段階で関与し、得票数を操作する、という疑念を発表している。INAに言わせれば、３０パーセント開票段階での、中間発表が遅れたのは、アメリカが得票数を操作する、意図があるからだというのだ。
　アメリカに対する不信感は、INAばかりではなく、他の政党にもあろう。しかし、イラク国内諸政党間の問題は、当分は棚上げされるのではないか、と思われる。マリキー首相は拒否権を発動しないのであれば、内閣に参加できるとしているし、今回の選挙では前回とは異なり、スンニー派も積極的に、投票に参加している。スンニー派議員の内閣入りも、十分ありうる状況になってきている。
　シーア派の政党も、内閣入りを口にし始め、拒否権は発動しない方向であることを、明らかにしている。問題は、選挙後の治安がどうなるのか、ということだが、イラク内相は治安維持に問題はないよう、最大の努力をする、と語っている。
　こうなると、当分の間、イラク国内各政党各派は連帯し、新たな国造りに向かうということになるが、そうなると、アメリカ軍には一日でも早く出て行って欲しい、というイラク人の国民感情が、前面に出てこよう。
　アメリカはこのイラク国民の感情を受け止め、素直にイラクから撤退していくのだろうか。もしそうでない場合には、これまでとか異なる、イラク対アメリカの戦いが始まる、危険性があるということだ。

      
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   <title>NO・１５１６ハタミ元大統領出国禁止か？</title>
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   <published>2010-03-10T07:52:38Z</published>
   <updated>2010-03-10T07:53:16Z</updated>
   
   <summary>　イランの大統領を務め、日本でもよく知られるハタミ師が、いまイランからの出国を、...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　イランの大統領を務め、日本でもよく知られるハタミ師が、いまイランからの出国を、さし止めされている、という情報が流れている。この情報は革命防衛隊筋から、出てきているのだが、果たしてどうなのか。
　ハタミ師の立場は現在、決して政府から歓迎されるものではない。なぜならば、昨年６月の大統領選挙で、彼はアハマド・ネジャド候補(現大統領)ではなく、ムサヴィ氏を推していたからだ。
　選挙の後も、ハタミ師はアハマド・ネジャド体制に対する、批判を行ってもいた。その結果、アハマド・ネジャド大統領を支持する革命防衛隊は、ハタミ師に対して、厳しい見方をしているのであろう。
　イラン外務省高官は、この情報を否定し、ハタミ師が国外に出ることは、何ら規制されていないと語っている。事実、イラン外務省はハタミ師が最近、パスポートのページを増やす手続きを行った際に、何の問題もなくそれに、応じているということだ。
　しかし、イラン情報部の高官は、ハタミ師が国外に出ることを、禁止されていると語っている。つまり、それは公式には、ハタミ師の自由な出国が認められているとしながらも、実質は不可能な状態になっている、ということではないか。
　ハタミ師に対してそのような措置が、裏側でとられているということは、ムサヴィ氏やカロウビ師も、同じような扱いなのではないか。イラン国内では、アハマド・ネジャド大統領の体制が、日に日に反体制側の代表的な人士に対し、締め付けを強化してきている、ということであろう。
　そのことは、イランがいま国内的に、結束する必要がある、ということであろう。イランの核をめぐるアメリカの締め付け、イスラエルの追い込みは、否応なしにイランを、緊張させているのではないか。

      
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   <title>NO・１５１５アラブの自由選挙は建前・イラク選挙ははた迷惑</title>
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   <published>2010-03-09T12:14:45Z</published>
   <updated>2010-03-09T23:37:37Z</updated>
   
   <summary>　IAEAの事務局長として、世界的な活躍をし、ノーベル賞も受賞したムハンマド・エ...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　IAEAの事務局長として、世界的な活躍をし、ノーベル賞も受賞したムハンマド・エルバラダイ氏が、母国エジプトに帰り、大統領選挙への出馬の意向を明らかにした。
そのことは、この欄で何度か書いたので、多少の事情はお分かりいただけたろう。　つまり、アラブ世界の中で最も進歩的なエジプトですら、実は自由選挙はありえないのだ。
　湾岸の王国では、自由選挙どころか、選挙そのものが無い国も多い。あるいは、選挙は形式的には行われるが、ほとんどは国王の指名で決まる、というケースもある。共和国でも同様で、裏で大統領から指名を受けた者が、選挙の型式を踏んで、国会議員になる場合が少なくない。
　こうしたアラブ諸国の選挙事情から、今回イラクで行われた選挙をめぐり、周辺諸国からは、あまり芳しくない受け止め方が、なされているようだ。
　当然のことながら、アラブ各国の国民は、自由な選挙を実施して欲しいと願っている。しかし、政府はそうはしてくれないのだ。そこで、今回イラクで自由な選挙が行われたことが、アラブ各国の国民に少なからぬ影響を、与えることになったと思われる。
　もし、自由な選挙がアラブ各国で実施された場合、どのようなことが起こるのであろうか。第一には、立候補者には知性や教養というよりも、土地の名士が選ばれるということだ。もし、彼に対抗馬がいれば、金やモノを配って、買収するのは当然のこととなる。
　そして結果が出た段階では、落選者側の部族やグループが、当選者側のメンバーに対する、武力攻撃を行うこともあるのだ。あるいは、選挙の投票が行われる以前の段階から、武力衝突が起こることもあるのだ。
　共和国ではこうした事情から、指名による候補者の選出と、その後の選挙といった、パターンが生まれてくるのだ。つまり、政府は混雑や武力衝突を避けるために、事前に候補者を整理したうえで、選挙活動をさせ投票させるというものだ。
　残念だが、アラブ諸国では部族や血族の結束が、いまだに非常に強く、それが直接的に選挙に影響を及ぼすことになる。したがって、政府が薦める手法は、あながち間違いではない、ということになってしまうのだ。
　それでも、国民は自由選挙を希望する。したがって、今回のイラクの自由選挙は、アラブ各国政府にとっては、全くもって迷惑な話ということになる。
　イラクでは選挙が自由に行われたとは言うものの、立候補者は部族、宗派、グループなどによって選ばれたわけであり、選挙結果がその後の衝突を、生み出す危険性は、他の国の場合と同じだ。しかし、名目的であれ実質であれ、自由選挙が行われたことに対する、嫉妬は他のアラブ諸国の国民の間で広がろう。アラブは嫉妬の世界でもあるのだから。

      
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   <title>NO・１５１４パレスチナ自治政府の入植地への対応はザル</title>
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   <published>2010-03-08T05:23:17Z</published>
   <updated>2010-03-08T05:45:14Z</updated>
   
   <summary>　パレスチナ自治政府がヨルダン川西岸の住民に対し、二つの厳しい決定を下した。一つ...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　パレスチナ自治政府がヨルダン川西岸の住民に対し、二つの厳しい決定を下した。一つは、イスラエル人が住み着く、ヨルダン川西岸の入植地住宅建設に従事することを、禁止する決定だ。
　しかし、問題は入植地の住宅建設に、従事することを禁じた後、パレスチナ自治政府はパレスチナ人建築労働者に、新たな代替の仕事を与えることはできないのだ。つまり、入植地の住宅建設に従事することを禁ずるということは、明日からの生活の糧を得る道を、断つということなのだ。
　以前から、ヨルダン川西岸地区でのイスラエル人による、入植地建設で働く労働者の多くが、パレスチナ人であることに、何とも言えない挫折感を感じてきたが、パレスチナ人にしてみれば、それ以外に生きる術が無いのだから仕方がない、ということになるのだ。
　では、パレスチナ自治政府は今回の決定について、具体的にどうしようというのだろうか。実は入植地建設に従事することを、パレスチナ自治政府は禁止する決定を下したものの、この決定に従わない者を処罰する罰則は、決められていないようだ。
　つまり、世間体を考えた決定であり、実際にヨルダン川西岸地区での、入植地の建設を遅らせるとか、阻止することを狙ったものではない、ということになる。これまで入植地の住宅建設に、従事していたパレスチナ人たちは、今までと同様に建設現場に向かい、仕事を続けるということだ。
　もう一つの決定は、ヨルダン川西岸のイスラエル人入植地で生産されたものを、西岸のパレスチナ人の店では、販売してはならないというものだ。しかし、そうなるとパレスチナ自治政府は、周辺のアラブ諸国や欧米から、輸入しなければならなくなる。
　そうした場合、輸送コストなどを考慮すると、パレスチナ人は価格の高い商品を、買わなければならなくなるかもしれない。あるいはまた、鮮度の低いもの、古いものも買わざるを得ないかもしれない。パレスチナの商人やパレスチナ自治政府が、イスラエル人の入植地以外から輸入しようとすれば、イスラエル政府によって、通関で手間取らせられることも、十分に起こりうるのだ。
　現在、ヨルダン川西岸地区が西岸にある、イスラエル人の入植地から購入している製品の合計金額は、年間で２００億円から５００億円にも上るようだ。そうだとすれば、既に流通経路も確立しており、生産者と販売者、そして消費者の間に、信頼関係が成り立っている、ということではないのか。
　西岸で入植地の製品を、販売することを禁止しても、それは徹底できないだろう。もしも徹底した場合、物資の不足や流通に問題が発生するだろうが、パレスチナ自治政府には、対応のしようが無かろう。パレスチナ自治政府が入植地で生産された一部物品の、流通を抑えたと言われているが、それはごく一部にすぎないだろう。インドで起こった、イギリス製品ボイコットのような動きは、すでに便利さとぜいたくさを覚えてしまった、パレスチナ人には不可能ではないのか。

      
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   <title>NO・１５１３アルメニア人虐殺問題が米とトルコの緊張生む</title>
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   <published>2010-03-07T03:14:15Z</published>
   <updated>2010-03-07T03:32:55Z</updated>
   
   <summary>　いまから１００年ほど前に起こったとされる、アルメニア人虐殺事件がアメリカで再燃...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　いまから１００年ほど前に起こったとされる、アルメニア人虐殺事件がアメリカで再燃した。１９１５年にオスマン帝国時代に起こったとされる問題だが、これについては幾つもの解釈がある。
　トルコ側は虐殺ではないとし、トルコとロシアとの戦いの中で、一部はロシア側に付いたアルメニア人によって、殺害されたのだと主張している、もちろんアルメニア側は虐殺だと主張し続けてきていた。トルコはまた、アルメニア人によってトルコ人も、大量に殺害された、とも主張してきている。
　しかし、最近になりトルコの外交努力もあり、トルコとアルメニアはこの問題について、冷静な対応を採り始めている。つまり、トルコとアルメニアの学者専門家による共同研究で、事実を明らかにしようという動きだ。　
　こうした共同研究の動きが、双方から出てきたのには、それなりの理由がある。アルメニアはコーカサスの南、トルコの東に位置しているが、海へのアクセスが全く無い。周辺を完全に他国によって、囲まれている内陸国家なのだ。
　このため、アルメニアはこれまで経済発展をしようとしても、多くの難問に直面せざるを得なかった。しかも、周辺諸国とアルメニアの関係は、決していいものではなかった。
　トルコとの間には虐殺問題が、約１００年にも及んで横たわっており、東の隣国アゼルバイジャンとは、ナゴルノカラバフ問題を抱えている。南部はイランだが、この国との関係もよくない。加えて北に隣接するグルジアとの関係も、決していいものではないからだ。
　皮肉なことに、この地域でアルメニアに対して、比較的友好的な姿勢を示してくれ、経済的支援が可能な国は、虐殺問題を抱えている、人種も宗教も異なる、トルコだけであろう。
　アルメニアが最近、トルコとの関係改善を考え始めたのは、こうした事情からだ。まさに背に腹は変えられないということであろうか。トルコ側との国境が再開されれば、アルメニアの物資がトルコだけではなく、ヨーロッパ市場にも流れやすくなるのだ。
　トルコの建設技術や、多くの分野での開発技術は、アルメニアの産業振興、インフラ整備に不可欠であろう。トルコ人のビジネスマンが、アルメニアに進出してくれば、観光開発も可能となろう。
　そうしたアルメニアの事情を無視したような、今回の突然のアメリカ議会における、アルメニア人虐殺問題の復活は、当事者であるアルメニアにして見れば、いい迷惑なのではないか。
　誰がこの問題に火をつけたのか、という犯人探しをすれば、在米アルメニア人団体であり、それを支援するユダヤ人団体、ということになろう。在米アルメニア人団体にしてみれば、彼らがアルメニア人であり続ける上で、虐殺問題は団結の唯一のコアであろう。
ユダヤ人団体にしてみれば、虐殺がホロコーストだけではなく、起こったのだということになり、ホロコーストというユダヤ人の受けた、悲惨な過去がより明確なものに、なるからではないか。アルメニア問題がアメリカ議会で持ち上がった後、間も無くアラブのマスコミでは、ユダヤ人の策謀、という憶測ニュースが流れている。
結果的には、アメリカの下院議会はアルメニア人殺害事件を、虐殺事件と断定することを避けた。賢明な判断であろう。
もし、アメリカ政府がアルメニア問題を、虐殺事件と断定すれば、トルコはアメリカ軍がいま使用している、トルコ国内にあるインジルリク空軍基地の使用合意を、破棄したかもしれないからだ。それだけトルコにとっては、アルメニア人虐殺問題は大きな比重を占めている、歴史的な汚点ということであろう。

      
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   <title>NO・１５１２ムバーラク大統領エルバラダイ氏の立候補容認だが</title>
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   <published>2010-03-06T02:54:49Z</published>
   <updated>2010-03-06T03:00:20Z</updated>
   
   <summary>　エジプトのムバーラク大統領が８２歳の高齢に到り、しかも３０年にも及ぶ長期にわた...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　エジプトのムバーラク大統領が８２歳の高齢に到り、しかも３０年にも及ぶ長期にわたって、大統領職に留まってきていただけに、内外で、彼の任期もそろそろ終わりか、という声が高い。
　これまで、エジプト国内では何とか、ムバーラク大統領に辞任してもらい、新しい大統領に替わってほしい、という考えを持つ人たちのなかから、種々の試みが行われてきた。キファーヤ（イナフ=ムバーラク大統領は十分やったから辞任してくれ）という運動は、その典型だった。
　こうしたエジプトの国民的な雰囲気のなかで、IAEAの事務局長を勤め、ノーベル平和賞を受賞した、エルバラダイ氏が大統領選挙に挑む、という憶測が流れ始めた。本人も十分にその意志があるのかもしれない。ただし、彼の立候補には、エジプトの憲法が変わり、国民が支持してくれるなら、という条件が付いているようだが。
　つまり、エルバラダイ氏は、全てのお膳立てが済み、お座敷が整ったら、上座に据わってもいいという、極めて他力本願的な意思表示のようだ。それはやはり、国際舞台で重要な役割を果たしてきたという自負心と、彼の身の安全を、考慮してのことではないか。
　外国の報道を見ていると、エルバラダイ氏がエジプトの次期大統領選挙に立候補するのは、ほぼ確実であり、当選の可能性も、極めて高いような内容になっているが、そう簡単ではあるまい。ムバーラク大統領はドイツ訪問時に、エルバラダイ氏の大統領選挙立候補について、記者団に対し、明確な返答をしている。
　ムバーラク大統領は、エルバラダイ氏が大統領に立候補することに問題は無いが、あくまでも憲法の許す範囲で、立候補すべきだと語っている。つまり、いずれかの政党に加わって、その党の推薦で立候補するか、個人で立候補するかのいずれかだ。
　もし政党に加わって立候補するとすれば、エジプトの現状からすれば、与党が大半を占めていることから、野党各派を結集する必要があるということだ。その掌握力がエルバラダイ氏にあるのか、野党各党がエルバラダイ氏支持で結束しうるのか、という問題が残っている。
　単独で立候補する場合には、やはり国会地方議会の議員の多数の支持を、取り付ける必要があるが、それは簡単ではあるまい。ここでも、与党が最大政党であることが、ネックになってくるだろう。
　ムバーラク大統領は記者団の中から出た「エルバラダイ氏はエジプトの英雄なのか？」という質問に対し、「今のエジプトは英雄を必要とない。エジプト国民皆が英雄なのだから。｝と答えている。
　エルバラダイ氏は憲法の改正を、大統領選挙立候補の条件としているが、ムバーラク大統領はあくまでも、現行憲法で大統領選挙を行う方針だ。つまり、エルバラダイ氏とムバーラク大統領との間の食い違いは、変更されないということだ。そうなれば、エルバラダイ氏の大統領選挙への立候補は、立ち消えになるのではないか。
　唯一、ムバーラク大統領が大統領職を下りるとすれば、それは彼の健康問題であろう。彼が近く手術をする、という情報も流れ始めている。いまはムバーラク大統領が、健康を回復することを祈るのみだ。

      
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   <title>ＮＯ・１５１１パキスタンの元情報トップがアメリカの工作をばらす</title>
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   <published>2010-03-04T07:35:02Z</published>
   <updated>2010-03-04T07:51:27Z</updated>
   
   <summary>　アメリカのＣＩＡとパキスタンのＩＳＩは、共に国を背負って立つ情報機関ということ...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　アメリカのＣＩＡとパキスタンのＩＳＩは、共に国を背負って立つ情報機関ということで、緊密な関係を維持してきていた。特に、アフガニスタン対応では、アメリカにとってパキスタンの情報部(ＩＳI)は、最も信頼できるパートナーであった。
　しかし、ここ１−２年、両者の信頼関係には溝が発生し、お互いが邪魔しあったり、情報をリークし始めたりしている。アフガニスタンの原理主義者たちと、パキスタンの原理主義者たちの関係がいいことに加え、パキスタンの情報部は、アフガニスタンの各派との関係を維持しながら、対応を行ってきていた。
　最初のうちは、それはある意味では当然のこととして、アメリカも黙認してきたわけだが、だんだん我慢の限界に達したのかもしれない。あるいは、パキスタンの進め方と、アメリカのそれとの間に、食い違いが生まれてきたからであろうか。
　パキスタンの民間人に対する情け容赦のない、アメリカ軍の攻撃の仕方は、さすがに、パキスタンの軍人たちの琴線に、触れたのであろうか。
　パキスタンのＩＳＩ（情報部)の、元トップであるグル将軍が、最近になって、アメリカの情報部の手口をばらし始めた。いわく、イランの反体制派であるジュンドッラーは、ＣＩＡの支援を受けている組織であり、イラン内部の不安定化を、狙ったものだと語っている。
　グル将軍は、アメリカにはパキスタンとイランとの関係を、こじらせようという意思もあるとも語った。つまり、これ以上、アメリカの言いなりになっていたのでは、パキスタンは自国の利害を、侵されると思ったのであろう。
　イランのスンニー派の反体制組織である、ジュンドッラーを指導しているアブドルマリク・リギ氏が、キルギス行きの飛行機に乗っていたところを、イラン側に捕まり、ＰＴＶ(イランのプレステレビ)とのインタビューで、アメリカから無制限の支援を、約束されていたことを明かしている。
　アメリカと距離を置いたパキスタンの今後はどうなるのか、イランの将来と合わせ関心の持たれるところだ。
　


      
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   <title>　ＮＯ・１５１０イスラエルがマブフーフ暗殺で逆襲開始？</title>
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   <published>2010-03-03T06:39:37Z</published>
   <updated>2010-03-03T06:40:35Z</updated>
   
   <summary>　始めから裏があると思えてならなかった、ムハンマド・マブフーフ氏暗殺への各国の対...</summary>
   <author>
      <name>佐々木良昭</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　始めから裏があると思えてならなかった、ムハンマド・マブフーフ氏暗殺への各国の対応が、ここにきてようやく、表面化し始めたようだ。
　事件後間もなく、ドバイ警察はイスラエルのモサドによる犯行だ、と決めつけて、何度となく｢モサド犯行説｣を強調した。失礼ながらドバイ警察に、それほど迅速に犯人割り出しが、できるとは思えないのだが。
　イギリスなど容疑者が所持していたとされる、パスポートを使用された国々は、押し並べてイスラエル非難を始めた。イギリス、アイルランド、フランス、ドイツといった国々がそれだ。
　そればかりか、全ヨーロッパの国々が、イスラエル非難を始めてもいた。まさに、それまで抑え込まれていた、反ユダヤ感情を、ヨーロッパ人が一気に爆発させるには、うってつけの口実が、できたという感じさえしていた。
　こうしたヨーロッパ諸国の動きに対し、イスラエル政府は犯行を、認めも否定もしない、あいまいな対応をとってきている。イスラエル政府のそうした事件への対応が「ネタニヤフ首相暗殺部隊激励」｢ネタニヤフ首相暗殺部隊を激賞｣といった報道を生み出したのであろう。
　しかし、ここにきてイスラエルは、ハマースの幹部マハムード・ナセル氏の発言として｢犯行はアラブ｣ということを報じ始めている。情報元はアルクドス・ル・アラビー紙で、それをロイター通信が伝えたとしている。
　イスラエルのルサレムポストによれば、アラブのなかの穏健派諸国にとって、ムハンマド・マブフーフ氏は暗殺対象になっていた。エジプトやヨルダンの情報機関は、ムハンマド・マブフーフ氏の暗殺機会を、狙っていたというのだ。
　ムハンマド・マブフーフ氏はハマースの、武器調達の総責任者であり、イランとの関係が深く、ハマースばかりか、他のイスラム・グループにも、武器を調達していたということのようだ。
　ドバイ警察はＦＢＩにも、捜査協力を依頼しているようだが、これからどのような事実(?)が出てくるのか、興味がそそられる。どうやら、この事件に関わっているのは、ハマース、イラン、イスラエル、ドバイだけではなさそうだ。

      
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   <title>NO・１５０９エルバラダイ氏はエジプト政治変革に一石を投じたか</title>
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   <published>2010-03-02T06:49:50Z</published>
   <updated>2010-03-02T07:42:34Z</updated>
   
   <summary>　元IAEAの事務局長だったエルバラダイ氏は「エジプトの政治を変えるためには、憲...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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      　元IAEAの事務局長だったエルバラダイ氏は「エジプトの政治を変えるためには、憲法を改正し、自由に立候補ができるようにすべきだ、エジプトが変わるためには、エジプト国民皆が立ち上がらなければならない。」と語った。
次期大統領選挙に、出馬意向をちらつかせたエルバラダイ氏は、エジプト政治の変革に、一石を投じることができたのであろうか。エルバラダイ氏はエジプトに帰国し、多くの政治団体幹部や知識人と意見を交わし、自身の方針を明らかにしたようだ。
エルバラダイ氏の呼びかけに応じて、エジプトの主要野党である、ワフド党、タガンマア党、ナセル党、民主戦線党などが、合同会議を土曜日に開催し、憲法改正を実現する方法について、討議することを予定している。
エルバラダイ氏はインターネットやフェイスブックを活用し、できるだけ多くの国民層に、働きかけるべきだとも呼びかけ、特に青年層の活躍を期待した。もちろん、インテリ層に対しても、同様に期待している。
このエルバラダイ氏の呼びかけに応え、一部ジャーナリストの間からも「大統領職を、子息に継がせてはならない。｣と主張する動きが再燃してもいる。一部、エルバラダイ氏を推す知識層の間には、エルバラダイ氏が元政府機構の一員であったことや、彼がラジカルではないことを、好感する者もいる。
しかし、ムバーラク大統領の側も、このエルバラダイ氏を中心とする新しい動きを、ただ眺めているわけではあるまい。彼は高齢を推して、最近エジプト各地を訪問しているが、それは次期選挙に向けた、キャンペーンであったともとれよう。
　エジプト最大の発行部数と長い歴史を誇るアルアハラーム新聞の編集長であるアブドルモナイム・サイド氏は｢現体制が３０年にも渡る長い間、この国を統治してきており、十分にスマートでずる賢くもある。エルバラダイ氏はナイーヴ過ぎる、蜃気楼を見ているだけではないのか。｣と皮肉っている。
　また、アルマスリ・アルヨウム紙の編集長であるマグデイ・アルガッラード氏は｢いかにして野党各派と話し合うかだ。彼らと個別に話し合って、どう野党の勢力をまとめるかが重要だ。｣と語っている
いまの段階では、エルバラダイ氏の投げた一石が、エジプトの政治に大きな水の輪を作っていくのか、あるいは、大騒ぎしただけに終わるのか、判断のしようがない。
しかし、彼の動きにはもう一つ、自身の努力が欠けているように思えるのだが。エルバラダイ氏は｢私を支援することは、貴方方自身を支援することになる。それがエジプトの政治を変えるのだ。｣と語っているが、それだけではなく、彼自身の一層の努力が必要なのではないか。
エジプトに出入りするのではなく、エジプト国内に腰を据えて、政治と国家の変革に着手すべきではないのか。これまで多くの政治家たちが、その結果として逮捕されたり、弾圧を受けたりしてきていることを考えると、エルバラダイ氏が何の犠牲も払うことなく、大統領に当選するのは、夢物語のような気がするのだが。

      
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   <title>no・１５０８イラン体制側と反体制側どちらが正しいのか</title>
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   <published>2010-03-01T14:09:02Z</published>
   <updated>2010-03-01T14:09:42Z</updated>
   
   <summary>　ついにといっては何だ、がまさについにと言うにふさわしい発言が、イランの反体制側...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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      　ついにといっては何だ、がまさについにと言うにふさわしい発言が、イランの反体制側から出てきた。昨年の大統領に立候補して敗れた、ミル・フセイン・ムサヴィ氏が体制側に対して、最近、最も手厳しく最も過激な発言をした。
　ミル・フセイン・ムサヴィ氏は、イランの現体制を「カルト集団」だ、と非難したのだ。つまり、現在イランを統治している、ベラヤト・ファギ集団（イスラム法によって統治する集団）はカルトであって、正しいイスラム教に沿って国を統治しているのではない、と言い放ったのだ。
　ミル・フセイン・ムサヴィ氏は「このカルト集団によって、イランの民族主義やイラン主義は押さえ込まれたため、イラン国民は宗教の名によって行われる、カルト統治に寛容性を失ったのだ。」と語っている。この発言は「カラメ」という名のウエッブ・サイトとの、インタビューの中で語られたものだ。
　ミル・フセイン・ムサヴィ氏と対抗する側の、ハメネイ師は「昨年の６月１２日に行われた、大統領選挙の結果を受け入れない者は、政治に参加する資格がない。」と切り捨てている。つまり、反体制派のリーダーであるミル・フセイン・ムサヴィ氏やカロウビ師は、イランの政治について、語る資格の無い者たちだ、ということだ。
　そうである以上は、この反体制側の二人が主導する、体制に対する批判の運動は、全て非合法ということになり、これまで以上の弾圧が、反体制派の人たちには、行われるということであろう。
　イランの体制側は、昨年激しかった反体制派のデモを、首尾よく押さえ込むことに成功し、今年の革命記念日では、一部の小規模な例外を除いて、ほぼ完全に押さえ込めた、という自信があるのであろう。
しかも、最近ではイスラエルやアメリカとの間で、戦争の可能性が高まっており、イラン国内は緊張に包まれている。そうした折に、反体制運動も民主化運動も、国民の多数派によって、否定されると考えているのであろう。
そうだとすれば、アメリカやイスラエルが、激しくイランの体制を非難することや、戦争の可能性をちらつかせることは、かえってイランの体制を、堅固なものにするのかも知れない。
アメリカの力による他国への介入と干渉は、どうもこのところ、反発を強めるだけで、効果を生み出していないのではないか。アフガニスタンでもイラクでも、同様の反応が見られるのだが、そのことを、アメリカは全く意に介していないようだ。
アメリカは力による押さえ込みを、続ければ続けるほど、世界中でアメリカに対する反発を強め、アメリカ自身は経済的にも精神的にも、軍事的にも疲弊していくのではないか。そうであるとすれば、一度立ち止まって、世界への対応を、再考すべきではないのか。今となっては、アメリカの力による支配に、何の抵抗も示さずに、屈服するのは世界では、日本人だけなのかもしれない。

      
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   <title>NO・１５０７イエメン再分裂の動きと日本のエネルギー問題</title>
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   <published>2010-02-28T07:27:17Z</published>
   <updated>2010-02-28T07:28:23Z</updated>
   
   <summary>　イエメンは歴史の古い国であり、多くの歴史的出来事の中心をなしてきたところだ。そ...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　イエメンは歴史の古い国であり、多くの歴史的出来事の中心をなしてきたところだ。それだけにイエメン人のプライドは極めて高い。
　北イエメンは、オスマン帝国の領地として存在していたが、オスマン帝国が倒れた後は、イエメン王国として独立した形を取っていた。しかし、それはイギリスの強い影響下にあるものだった。
　その後、１９６２年イエメンは王制から共和制の国家に変わり、エジプトとの間で連合国家となっている。その後、サウジアラビアに亡命した王制派との間で、１９７０年まで内戦が続いていた。
　他方、南イエメンは１９６７年意イギリスから独立し、イエメン人民民主共和国となった。当時、南イエメンはソビエトとの強い関係にあり、援助で成り立っていたが、ソビエトの崩壊により、国家運営が困難となり、北イエメンとの合併に踏み切った。
　こうした経緯を、南北イエメンが辿ってきたことから、南イエメンの居住者たちの間では、北イエメンの主導による国家運営に、不満がくすぶり続けてきていた。それが最近の動きのなかで、再燃してきたということだ。
　南イエメンにしてみれば、北イエメン側が主導するイエメン政府は、アルホウシ部族の抵抗により、大きな損失を蒙っているし、国際社会のなかでも、イエメンが注目され、これまで関心を持たれなかった、イエメン国内の問題点が、関心を呼び、国際的に知られるようになった。
　イエメン政府は、アルホウシ部族掃討作戦による戦費の増大、アルホウシ部族の反乱によるイエメンの国内政治の透明化、その結果としての、問題に対する世界からの批判など、南イエメン住民にとって、分離独立運動を起こすに、好都合な条件が揃ってきていた、ということだ。
　あわせて、ロシアの地域への再台頭、中国外交の活発化などが、南イエメンの人たちをして、北イエメン主導に反旗を翻させ、始めたということであろう。そのことは、アメリカにしてみれば、ペルシャ湾の出口ホルムズ海峡とあわせ、黄海の出口に当たる、バーブ・ル・マンデブ海峡も、不安になってきた、ということではないか。
　日本人が忘れてならないことは、この二つの海峡が、不安定な状態に陥るということは、日本に対するエネルギー供給に、大きな影響を及ぼす危険性があるということだ。アメリカにとっては、アラビア半島のエネルギーに対する、依存の度合いは日本に比べ、非常に少ないということだ。
他方、日本は第一次オイル・ショックを経験した後、エネルギー供給諸国の世界への分散（多国化）を歌っていたにも拘らず、アラビア半島地域諸国に対する依存度は、逆に高くなっている。そのことを日本人は肝に銘じ、イエメンの動向を注視しておくべきであろう。

      
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   <title>NO・１５０６イラク選挙がらみのニュースいろいろ</title>
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   <published>2010-02-27T15:34:54Z</published>
   <updated>2010-02-28T02:19:59Z</updated>
   
   <summary>　イラクでは３月７日に、国会議員選挙が行われる予定だ。これまで、この選挙にスンニ...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　イラクでは３月７日に、国会議員選挙が行われる予定だ。これまで、この選挙にスンニー派が参加するか否かが、大きな話題になっていたが、最終的には参加することに決まった。
　当然といえば当然であろう。イラクンの現在の国内状況から判断すると、国会議員になるということは、各種の権益を得るということに、直結しているからだ。地方議員たちは、それぞれの部族を代表しており、国会議員になることにより、政府から予算を分捕って、自部族にばら撒く、というのが常識になっているのだ。
　もし、国会議員にならなければ、そうしたことは出来ないし、自分のガードすら付けられなくなり、きわめて危険な立場に、おかれるということだ。従って、今までスンニー派の立候補予定者たちが、選挙ボイコットの姿勢を示していたのは、よりよい条件を引き出すためのものであった、ということであろう。
　今回のイラク選挙で注目されるのは、かつて首相職にあった、イヤード・アッラーウイ氏が再度、首相のポストを狙っているということだ。このため、彼はイランに対しても、サウジアラビアに対しても、接近策を取っており、エジプトやヨルダン、カタールなども、訪問する予定になっている。
　イヤード・アッラーウイ氏はシーア派だが、彼は世俗代表ということで、スンニー派とより近い関係に位置しており、シーア派のマリキー首相と、対抗する姿勢のようだ。
　一方、マリキー首相はスンニー派が多数を占める、旧バアス党政権下の将校たちを、取り込む作戦を立てた。イラクのサダム体制が打倒された後、サダム色を一掃するということから、バアス党員は公職から追放されていた。なかでも軍人や秘密警察関係者は、最も危険視されていたのだ。
　しかし、今回の選挙の前に、マリキー首相は旧バアス党員である、軍人や情報関係者を、仕事に復帰させることを決めた。その数は凡そ、２万人とされている。もちろん、マリキー政権の報道官はこの旧バアス党員の、現職復帰と選挙とは、何ら関係ないと説明している。
　しかし、誰の目にも、この旧バアス党員の現職復帰の決定は、選挙に直結している、ということであろう。そして、不安なのはその結果、マリキー首相が選挙で勝利した場合、サダム・フセイン大統領と同じように、恐怖政治を部分的にでも、取り入れて行くのではないかということだ。

      
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   <title>NO・１５０５パレスチナの力量が試される西岸２聖地問題</title>
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   <published>2010-02-26T06:28:21Z</published>
   <updated>2010-02-26T06:29:01Z</updated>
   
   <summary>　現在のイスラエル領土にも、パレスチナの西岸地区にも、多くの歴史的な遺跡が残って...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　現在のイスラエル領土にも、パレスチナの西岸地区にも、多くの歴史的な遺跡が残っている。それらのほとんどは、単なる遺跡ではなく、宗教的な意味合いを持っているものだけに、問題が発生すると、解決は簡単ではない。
　今回、問題化したヘブロンのユダヤ族長たちの墓や、ベツレヘムのラシェルの墓は、ユダヤ教徒イスラエル人だけではなく、パレスチナ人イスラム教徒にとっても、宗教的意味合いを持つ場所であるだけに、今後の推移が注目される。
　ハマースのイスマイル・ハニヤ首相は、この問題に抗議して、西岸でインテファーダを起こすべきだ、と主張し始めている。マハムード・アッバース議長も問題を重視し、イスラエルに抗議するとともに、イスラム世界に支援を、呼び掛けていく方針のようだ。
　そこで問題なのは、イスマイル・ハニヤ首相を中心とするハマースや、マハムード・アッバース議長を中心とするファタハが、どこまでこの問題を国際化していけるのか、ということだ。
　同時に、どれだけのパレスチナ人を、この問題で結束させうるのか、ということだ。しかも、この問題を契機に、パレスチナの二つの組織は、それぞれに武力闘争にも訴えるだけの、心積もりがあるのかということだ。
　自分たちの犠牲は考えず、単に口先だけで、問題を叫びまくったとしても、何の変化も起こるまい。イスラエル側はやれるものならやってみろ、お前たちに何ができるんだ。何かをやる覚悟はあるのか、と思っているのではないか。
　パレスチナ人はこれまで、半世紀以上パレスチナ問題を叫び続け、世界中の好意を当てにしてきた。そして幹部たちは、私腹を肥やし続けてきた。しかし、問題は益々イスラエルの増長を許すだけで、何ら解決に向かっていない。それどころか、時間の経過とともに、状況はどんどん悪くなっている、というのが実情ではないのか。
　そうしたなかで、一般のパレスチナ人だけが、苦しみを背負い続けている。パレスチナをリードする立場の人たちは、いま一度真剣に自分たちの問題に、自分たちの力で取り組み、問題の解決を図る気持ちになる必要が、あるのではないのか。それが、イスラエルとの妥協であれ、あくまでも自説を貫く、武力闘争であれ。

      
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   <title>NO・１５０４やっぱり始まったドバイ暗殺・イスラエルの逆襲</title>
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   <published>2010-02-25T15:32:08Z</published>
   <updated>2010-02-27T15:39:28Z</updated>
   
   <summary>　ドバイで起こった、ハマース幹部ムハンマド・マブフーフ氏暗殺事件は、あっという間...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　ドバイで起こった、ハマース幹部ムハンマド・マブフーフ氏暗殺事件は、あっという間にドバイ警察が調査し、容疑者１１人を発表した。既に、マスコミでは何度も報じられているように、容疑者は６人がイギリス・パスポートを所持しており、他はフランス、アイルランド、ドイツなどであり、２人のパレスチナ人もいたということだ。
　皮肉交じりに、何時からドバイの警察は、スコットランド・ヤード並になったのか、と揶揄するアラブのマスコミ報道もあったほど、早い結論だった。そして、ドバイ警察は９９パーセント、イスラエルのモサドの犯行だ、とまで断言したのだ。
　これに対し、イスラエルは珍しいほど沈黙を守り通し、反論しなかった。このため、パスポートを使われたヨーロッパ諸国は、イスラエルに対して、怒りをあらわにし、EU全体がイスラエルとの関係を、悪化させていくことが、懸念されていた。
　こうしたなかで、イスラエルのネタニヤフ首相が暗殺を行う前に、暗殺作戦を了承し、激励したという報道や、作戦終了後に暗殺部隊員を賞賛した、という報道もあった。そして、イスラエルはこの暗殺に、関与していたのか否かについては、どちらとも取れる発言をしている。つまり、イスラエルは世界がこの犯行の首謀者を、イスラエルだと思い込むことを、待っているようなそぶりを、していたということだ。
　そしてしばらく経つと、イスラエルの逆襲が始まった。イスラエルは「何処にモサドが暗殺を行ったという、証拠があるのか。」と開き直ったのだ。確かにドバイ警察によって、映像や写真がどんどん流されていく中で、情報の受け手たちの多くは、イスラエルのモサド犯行説を信じ込んでいった。
しかし、殺人現場の写真やビデオが、発表されたわけではなかった。映像の怖さはそこにあるのだ。つまり、容疑者だという映像や、写真が何度となく繰り返して流されると、人は容疑者が犯行を行ったのだ、と信じ込んでいってしまうのだ。
イスラエルは世界中が、イスラエルのモサドが暗殺を行ったのだ、と信じ込むまで、待っていたのではないか。そして、その後に逆襲を始めたのであろう。イスラエルによれば、ムハンマド・マブフーフ氏を殺害したい、と思っていたアラブの国々や組織は多いし、パレスチナ内部にも、彼を狙う者が多数いたと言っているのだ。
確かにその通りであろう。パレスチナ内部に限っても、ハマースとファタハとの関係を考えた場合、ハマースの武器調達係であるムハンマド・マブフーフ氏は、ファタハの暗殺対象であったろう。
それ以外にも、過激派であるハマースの武器調達係であった、ムハンマド・マブフーフ氏は、穏健派アラブ諸国にとっても、ペルソナ・ノングラータ（歓迎されざる人物=危険人物）であったろう。
ドバイ警察によって、１１人の容疑者が発表されてしばらく経つと、彼ら以外にも、新たに１５人の容疑者が発表された。容疑者の数は合計２６人に達したのだ。こうなると、ドバイに入国した人たちのほとんどが容疑者であり、容疑者として発表された人たちは、運が悪かったということになるのではないか。
これだけ多くの人たちが、暗殺に参加する必要があったとは、とても考えられない。つまり、ドバイ警察の容疑者発表には、信憑性がなかった、という結論に到るのではないか。
そしてついに、イスラエルのリーバーマン外相は、重要な発言をするに到った。「容疑者はドバイからイランに逃れた。」と語ったのだ。これは何を意味しているのか、誰が考えても分かろう。大騒ぎしたドバイのハマース幹部暗殺に、イランが関与しているということを、リーバーマン外相は言いたいのだ。だがイスラエルはこれまで、イランがハマースに対する、最大の武器や資金の供給国だとも発言してきている。そこには矛盾はないのか？
いずれにせよ、その後に起こる世界の反応は、誰にも想像が付こう。もうこの段階になると、誰もがイスラエルではなく、他の国がこの暗殺に関与していたのだ、と信じ込みやすいということだ。
　



      
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   <title>NO・１５０３M・エルバラダイ氏もう一度・日本の報道？</title>
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   <published>2010-02-24T08:27:41Z</published>
   <updated>2010-02-25T15:45:11Z</updated>
   
   <summary>　エジプトにIAEAの事務局長が帰国したということで、彼を大統領に推す声が上がっ...</summary>
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      <name>佐々木良昭</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tkfd.or.jp/blog/sasaki/">
      　エジプトにIAEAの事務局長が帰国したということで、彼を大統領に推す声が上がった。それは、ムハンマド・エルバラダイ氏が国際的に知られる人物であったために、世界中で報じられた。
　日本のマスコミも例外ではなく、このムハンマド・エルバラダイ氏の帰国と、大統領選挙への彼の参加の可能性を報じている。しかし、他の国の場合と日本の報道が異なるのは、日本の場合はニュースの受け売りだけだということだ。
　ムハンマド・エルバラダイ氏が大統領に、本気で立候補を考えているのであれば、幾つもの関門を潜り抜けなければならない。彼の場合は、単独で立候補するわけであり、特定の党人ではない。そのことを考えた場合、彼の立候補は、限りなく不可能に近いのだ。
　個人で立候補する場合には、エジプト議会、評議会、地方議会の議員、２５０人以上の推薦が必要であり、それをどうやって、彼が取り付けるかだ。述べるまでも無く、エジプトの議会は中央も地方も、与党でほとんどが占められており、野党議員もムハンマド・エルバラダイ氏を、推すような動きになれば、政府から圧力がかかることは必定だ。
　しかも、エジプトの最大野党であり、組織力のあるムスリム同胞団は、ムハンマド・エルバラダイ氏とは、考えを異にしているようだ。それ以前に、ムハンマド・エルバラダイ氏が、どのような政治改革を考えているのかを、知る必要があると、ムスリム同胞団幹部は語っている。
　悪い表現が許されるのであれば｢ムハンマド・エルバラダイなんてノーベル賞を受賞した、世界的な著名人だが、どこの馬の骨か分かったもんじゃない。｣というのが、ムスリム同胞団の彼に対して抱いている、正直な気持ちであろう。　
　ムハンマド・エルバラダイ氏は「憲法が改正され」｢立候補者に対する規制が緩和されること｣を条件としているようだが、そんなことは期待できない、というのがエジプトの実情であろう。
　ムハンマド・エルバラダイ氏は、エジプト国民が政治に目覚め、立ちあがって彼を支援してくれることを、期待しているようだが、そんなことは起こりそうにない。それに、彼がエジプト国民を政治に、覚醒させる能力を持っている、とも思えない。つまり、砂漠の国の蜃気楼の話、ではないのかということだ。




      
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