ドルの低落―主権財産ファンド(sovereign-wealth fund)が台頭してきた背景 その1―(田代 秀敏 研究員)
更新日:2008/02/27
この研究論文は、『文藝春秋』2008年4月号(3月10日発売予定)に掲載予定の主権財産ファンド(sovereign-wealth fund, 以下SWF)についての論文とペアをなすものである。そちらも併せて読まれたい。
中東の産油国そしてシンガポールや中国などの外貨準備過剰国のSWFが台頭している。SWFの豊富な資金力が、情報開示の低さとあいまって、日米欧各国は歓迎と警戒とが入り混じった対応している。そこで、SWFが台頭している背景を探ってみる。背景はいろいろな要素があるが、今回は基軸通貨ドルの価値の低落をとりあげる。
SWFは各国様々な事情を背景として設立運営されている。しかし、共通する背景は、基軸通貨であるドルの価値の急速な下落である。ほかの通貨と自由に交換することができる通貨を「ハード・カレンシー」という。世界有数のSWFを持つ国々は、アブダビ、ノルウェー、シンガポール、サウディ・アラビア、クウェート、中国であるが、それらの国々の通貨はどれもハード・カレンシーではない。
したがって、原油や天然ガスの輸出にせよ、生産物の輸出にせよ、また、外国への投資にせよ、ドルやユーロやポンドや円といったハード・カレンシーを用いておこなわれる。とりわけ、原油の取引と対外投資とには、多くの場合、基軸通貨(キー・カレンシー)であるドルが用いられる。これは、アメリカはドルさえ印刷すれば石油をいくらでも買えることを意味し、ドルのシーニョリッジ(通貨発行による国家的な利益)の最大のものとされる。
自国通貨がハード・カレンシーではない国々の支配層や富裕層にとって、外貨建てとりわけドル建ての資産は重要である。そのドルの価値が下がり続けているのであるから大変である。

固定為替相場制が崩壊してからのドルの為替レートの推移を描いたのが、上の図表である。通常の二つの通貨の間での為替レートではなく、アメリカの各国別での物価水準の違いと貿易量の違いとを加味して集計した実質実効為替レートを、主要な先進諸国の通貨(円を含む)に対してと、主要な振興経済諸国の通貨(人民幣を含む)に対してとに分解して表示したものである。出所は、アメリカの中央銀行である連邦準備制度が発表しているデータ(http://www.federalreserve.gov/releases/H10/Summary/)である。
一九九五年四月十五日に、当時のルービン財務長官が「米国は強いドルを望む」と宣言したことで、先進諸国は投資資金をウォール街に投資し、そこから中国などの高度成長をしている新興経済諸国に再投資し、新興経済諸国は米国への輸出代金のドルで、米国の債券や証券を購入するという、米国が世界のマネーを集中一括管理するグローバル金融システムが構築された。このシステムのおかげで、ドルは他の通貨に対して強くなっていった。そのため、米国債などのドル資産に投資すると、為替レートの上昇分がリターンに上乗せされることになり、中東の産油国やアジアの純輸出国は余剰資金を米国へ投資し、このシステムはますます強化された。一九九七年にアジア通貨危機が起きると、アジアの各国は米国債を主とするドル資産を積み増していった。
しかし、二〇〇一年になると年初にITバブルが弾け、金利を引き下げたことから、ドルは実質ゼロ金利となっていたところに、九月十一日には同時多発テロが起きた。さらに、二〇〇二年元旦にユーロの紙幣と硬貨とが流通を開始し、二〇〇三年三月に米英軍がイラクに侵攻を開始することを経て、強いドル(為替レートが上昇するドル)は終わり、弱いドル(為替レートが下降するドル)が始まった。
二〇〇七年夏からサブプライム危機が生じると、弱いドルは加速し、二〇〇七年末の時点での主要な先進諸国通貨に対するドルの実質実効為替レートは、一九九五年にルービンが「強いドルは米国の国益」と宣言した時点よりも低くなっている。また、主要な新興経済諸国通貨に対するドルの実質実効為替レートは、アジア通貨危機が起きた一九九七年の十一月の時点よりも低くなっている。
一九七三年からの推移を見れば、現在はドルの底値であり、今後は反転して上昇するように思える。しかし、二十一世紀に入ってからの推移だけに注目すると、ドルの下落はまだ続くように思える。
自国通貨がハード・カレンシーではない中東の産油国や日本を除くアジアの輸出国は、ドル安によって米国債などのドル建て資産が価値を減らすことに対処しなければならなくなった。しかし、そうした国々の外貨建て資産の多くはドル建てであるから、ドルが急落することは自分たちにとって不利益である。したがって、原油取引や外貨準備をドル建てからユーロ建てに全面的にシフトすることは避け、米国債よりも高いリターンが期待できる外貨建て資産を運用するようになった。そのための機関がSWFであると考えられる。
次号では、原油価格の不安定さを考える。
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