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人材育成

現代の若者を育てるためのヒント −ブカレスト大准教授が見たルーマニアと日本の共通点−

更新日:08/09/16

東京財団では、奨学事業の一環として「日本語教育基金プログラム(NF-JLEP)」の運営を担当しています。このプログラムは、日本財団が各々150万ドルの基金を提供している世界6カ国8大学の基金校がその運用益を使って、当該国における日本語の普及、教育の推進、教材の開発等を行っているものです。

今回は、本プログラムにより約3ヵ月間学習院女子大学にて「若者文化と言葉」について研究されているNF-JLEP校ブカレスト大学(ルーマニア)日本語学科准教授、アンカ・フォクシェネアヌ先生のレポートをお届けします。


◇−◇−◇

現代の若者を育てるためのヒント 
−ブカレスト大准教授が見たルーマニアと日本の共通点−

アンカ・フォクシェネアヌ(ブカレスト大学日本語学科准教授)


ルーマニアでは、最近、マスコミなどで「昔の若者と違って二十歳を過ぎても未熟で遊んでばかりいる」というような若い世代に対する世間の厳しい発言をよく耳にします。

確かに10年にわたりブカレスト大学で日本語・日本文化などを教えて、また高校生、中学生の現実も目の当たりにし、最近の若者の趣味、考え方、勉強の仕方などについて、昔の若者とずい分違うことを感じます。日本の大学教員、教育者、会社内の新人トレーニングを担当している社会人にこの話をしたら、「日本の若者のことを言っているような感じがする」と言われ、驚きました。日本とルーマニアの若者には次の共通点があるようです。

日本とルーマニアの若者の共通点


■先生との「距離感」をあまり感じない
■理論的な勉強・科目を嫌い、実利的な勉強を好む
■正式な場面でも若者言葉を使用する
■特別な感受性を持っている

以下に詳しく述べます。

■先生との距離感
現在の若者は自分たちの立場と先生の立場の「距離」を感じておらず、言葉使いをあまり気にしません。ある日本の大学教授は、学生から「先生、レポートを読んでもらえます?」、「推薦状を書いてくれる?」と言われ、そのたびに訂正したくなるが、あまりに頻繁にあるので諦めていると語っています。

ルーマニア語には敬語はありませんが、普通は先生が学生に対して言うべきことを学生が先生に対して平気で言うことが多くあります。例えば、講義を聞いた後「先生は非常に上手ですね」、テスト日を決めていたのに「今日のテストを来週にしませんか」などです。
 
■実利的な勉強を好む
教えている側として一番困っているのは学生が理論的な勉強にあまり興味がないということです。抽象的な話になると集中力が落ちてしまいます。教師は、授業を聞いてもらうために具体例を多く取り上げ、余談話などをしなければなりません。長い講義を聴講しメモを取るという古いスタイルの授業は少なくなりつつあります。私と同じく言語学を教えている日本人教師は「グループワークなどを時々入れないと学生の集中力がもたない」と言います。もう一つ非常に喜ばれるのはビデオ・DVDなどの映像による情報・知識を与えてもらうことです。

■若者言葉
また、学校の授業でも若者言葉が頻繁に使用されています。ルーマニアの高校教師の間で特に課題になるのは、生徒がレポートや試験の答案にも携帯電話のメッセージのように省略語などをそのまま使っていることです。日本の場合も、高校生をはじめ、若者が「若者言葉」「学生語」「キャンパス語」などを頻繁に使い、それを直そうと大人や会社などが非常に困っているようです。最近顕著な問題は、後ほど触れるKY式言葉(K空気Y読めない等、若者の間で使われているアルファベットの略語)であるそうです。
 
話し言葉では強調を表す語を頻繁に使う傾向が強いです。日本語では「超」をほとんどの品詞に付けて自分の気持ちの程度を表しています。ルーマニア語では英語からきている super(発音は英語のと少し異なる)という語を接頭語として使用し、どんな品詞にでも付けています。

■特別な感性
教師としては、以上のように授業の内容や若者言葉の使用の悩みも多いのですが、そもそも若者とどう接すればいいのかを考えなければなりません。なぜなら彼らは特別な感受性を持っているからです。教師は若者の物の捉え方を理解しなければなりません。一番困るのは、注意することが効果的でなくなっていることです。例えば卒論などの指導をする場合には、褒めながら指導しないととても落ち込んでしまう学生がいます。

日本人の友達は、会社で後輩のトレーニングをする際、上司から「トレーニング中は絶対怒らないように」と言われるとぼやいていました。なぜ怒ってはいけないかというと、大学を出たばかりの新入社員は怒られたり、いやな思いをさせられたりすると仕事をすぐやめてしまうからだそうです。現在の若者の個性は、後輩に厳しく指導し成長させるという日本の先輩・後輩システムに影響を与えています。



教育者へのヒント


教師である私たちは、世間と同じように全部若者たち自身のせいにするわけにはいきません。このような若者を育てなければならない私たちはどうしたらよいでしょうか。

8月の北京オリンピックで一つのヒントがありました。それは日本の男子体操銀メダリスト、内村航平選手の姿でした。彼について9月3日の週刊文春付『スポーツ・グラフィックナンバー』のOlympic Games 2008, Special Issue(文藝春秋刊)に「19歳の素顔」「『KY』を力に変えて」というタイトルで次のことが書いてあります。

「しかしここで「19歳のくせに」崩れないのが内村の面白いところだ。精神的に強いという表現は当てはまらない。どちらかというといい意味で「KY」なのだ。自分が失敗しても気にしない。周りにミスが起きても流されない。(36ページ)」

印象的であったのは「いい意味で「KY」」という言い方でした。メダルを取った彼のことを誇りに思いながら、彼の軽い態度などを批判した大人が少なくなかったのです。マスコミも彼の子供っぽい「野菜が嫌い、チョコレートが好き」などをしばしば強調していました。しかしオリンピックでの彼の演技の素晴らしさを誰も否定できません。

さらに印象深かったのは同じ記事に載っている具志堅幸司監督の言葉です。内村選手について「まだ子供でヒヤッとすることもたびたび」と語っています。この短い言葉には内村選手を育てる監督の大変な思い、我慢強さ、愛情が溢れていると思います。今回の内村選手の銀メダルは、私は彼の監督の貢献も大きかったのだと思います。彼の潜在能力(KY)を力に変える方法を見つけたのですから。

教師、教育者へのヒントというのはまず今の若者たちは「KY」的な面があっても、彼らなりに才能、表現力、素晴らしさもあります。この教育しづらいと思われる若者たちを批判する前に、若者言葉をいっぱい使って彼らが何を伝えたいのかを考え、この弱点に見える特徴を活かすように教育を工夫する必要があります。具志堅監督の言葉にあるように、教育する側として今の若者は19歳になっても精神的にまだ子供であることを受け止め、彼らの個性を長所に変えていけばよいのだと思います。

何よりも大切なのは、若者たちに彼ら自身の力と才能を発見するチャンスを多く与えることです。内村選手の場合はオリンピックでしたが、日本語教育では、「習ったことが使える」「やればできる」という自信をつけさせるために日本語弁論大会のような行事に参加をさせるのもよいと思います。指導する際には、一方的に上から知識を与えるのではなく、同じ分野の経験者として、自分の体験を交えながら、彼らの動機を高めていったらどうでしょうか。

今回の記事から私が得たのは、大人とは非常に違った感覚、価値観を持っている今の若者にも、必ずよい教育ができるという自信です。これが現在の教育への大きなチャレンジであり、私たちの責任です。
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