トイレ・ビジネスがもたらす社会イノベーション ~アキュメン・ナイロビの画期的な活動~

このたび、ケニヤのナイロビを10年振りに訪問する機会があり、自分の目を疑った。筆者が10年前に1年住んでいた時は、町中のトイレは、行くのも、それについて話すのもタブーであった。治安面でも衛生面でも、筆舌に尽くしがたい状況にあった一般のトイレには、とても行く気が起こらず、外国人観光客が宿泊するようなホテルや企業の入っているオフィスビルのトイレに駆け込むことが多かった。人種や性別によってトイレへのアクセスの権利が差別されるべきでないと頭ではわかっていながら、恥ずかしくも、比較的きれいな施設を使える立場の外国人でよかったと何度思ったことかしれない。ところが、今はナイロビ市内に清潔な公衆トイレがあり、誰でもがそのトイレを使えるのだ。それは、アキュメンの活動がもたらした変化であった。

東京財団はアキュメンファンド(Acumen Fund。本部:ニューヨーク。以下、アキュメン)とパートナーシップを結んでいる。アキュメンは、発展途上国において雇用を生み出し、持続性が望める社会起業の設立や成長に投資することで、貧困問題の解決に寄付することを目指す非営利のベンチャー・ファンドだ。アキュメンの活動やその根底にある考え方、またインドでの活動については、当財団常務理事 松信章子の 「寄付だけが貧困解決への答えではない ~アキュメンファンドの新しいパラダイム~」を参照されたい。

公衆トイレがビジネスに!


ナイロビにおけるアキュメンの投資先の1つは、エコタクト(Ecotact)といい、清潔、美的、衛生的で、かつ便利な公衆衛生設備のサービスを全ての人たちに提供する事業をしている。創始者のデイヴィッド・クリア(David Kuria)は、社会起業家育成のパイオニアであるアショカ財団のフェローだ。地域社会から必要とされているサービスの提供を低所得者の仕事とし、その都市に暮らす全ての人々の暮らし全般を向上させるビジネス・モデルをイコトイレット(Ikotoilet)という公衆トイレで現実化した。エコタクトの情報によると、ケニヤ政府は、過去30年以上もの間、公共の公衆衛生施設へ費やす予算が全く計上されていなかった。トイレは改善すべきものだという認識がなかったか、または後回しにされてきたのだろうか。ところが、このエコタクトの活動を、アキュメン他、約10の団体が支援しており、その中にはナイロビ市の行政も巻き込んでいるのである。

第1号のイコトイレットは、ウフル・パーク(Uhuru Park)という市内の大きな公園の中に設置された。ウフルとはスワヒリ語で自由を意味する。創始者であるデイヴィッド・クリアがこのイコトイレットの構想を温めていた時は、誰もがその実現性を疑ったようだ。それでも、デイヴィッド・クリアは、モデルを1つ作れば証明できると、2008年6月に第1号を設置した。誰もが目を丸くするようなシステムが実際に稼働したのだ。現在は、ナイロビ市内と、近郊の街ナイバシャと合わせて、合計10のイコトイレットが設置されている。2009年中には、15の自治体に100のイコトイレットを設置するのを目標にしているという。

イコトイレット は、全ての人たちに常に清潔なトイレを提供する、という持続可能なシステムである。この公衆トイレ「Ikotoilet」の「Iko」 は、2つの意味を含んでいる。1つは、ケニヤの公用語であるスワヒリ語で、「ここにある」(there is) という意味。もう1つは、エコロジー(Ecology) のIko。つまり、エコ的なトイレがあると、誰にでも明白になっているのだ。トイレは有料で、使用者は入口で5シリング(約6円)の現金を払う。今日ナイロビで暮らす人びとにとって、5シリングは払えないお金ではない。(スラムに設置するイコトイレットは2シリングにするそうだ。)トイレは、水洗の和式トイレだ。この方が洋式よりも少量の水で済み、清潔に保ちやすく、病気なども感染しにくいという。トイレットペーパーが備え付けられてところもある。男性側の小便器は、水を流さなくてよい仕組みになっている。個室の外には、洗面台とハンド・ドライヤーが設置されている。一人が使う毎に掃除するので、いつ使用しても清潔なトイレが使えるのだ。

女性用には、上述した基本的なトイレの他に、お化粧直し用の鏡、全身の映る姿見、更にはベンチが設置されており、乳児のおむつ交換や、荷物を一寸置くのに使われている。荷物は私が見ておいてあげるから、と言わんばかりの雰囲気を漂わせながら、トイレを清掃している女性がしっかりと見守ってくれている。また、端の方には、日本ではあまり見かけないような種類の観葉植物が飾られている。トイレはインフォーマルな社交場で、身だしなみを整えながらちょっとした言葉を交わし合い、内外共にリフレッシュさせて、再び日常社会へ戻っていくのは、どこの国の女性でも同じなのかもしれない。


公衆衛生の概念の構築


公衆衛生に関する概念を変える働きかけもしている。例えば、ミス・地球(Miss Earth)というケニヤ人女性を毎年選出し、メディアで公衆衛生の大切さについて呼びかける。また、宗教グループの指導者たちも巻き込み、社会的宗教的な壁や境を超えた全ての人たちに公衆衛生を、という働きかけをしている。また、11月19日は「世界トイレの日」ということで、プロモーションするには絶好の機会だという。

さらに、以前のケニヤの社会ではあり得なかった設備が2つ設置されている。1つ目は、イコトイレットの隣りに設置されているキヨスクである。キヨスクでは、ソーダ類やバナナ等の果物類、スナック類、新聞、ちょっとした日常雑貨などが売られている。トイレが清潔に保たれているので、隣りのキヨスクは、純粋にキヨスクとして繁盛したようだ。それは清潔なトイレの宣伝になるだけでなく、治安面でも貢献しているようだ。


2つ目は、イコトイレットの裏側に設置されている靴磨きスタンドである。ナイロビ中心部の靴磨きスタンドの7つの席は、筆者が訪れた午前10時、スーツ姿のケニヤ人ビジネスマンで満席であった。彼らは、安くて30~50シリング(約35~60円)、高ければ100シリング(約120円)以上を掛けて靴を磨いてもらう傍ら、新聞を読むのだ。革靴なのに、紐を取り外し、泡を立てたスポンジでゴシゴシ洗ってしまうのだが、見違えるような仕上がりに、皆満足しているようであった。社会的に地位のある人たちの靴を磨くことは、社会の一員として社会に貢献・参画しているというプライドを持てる。人として正当に扱われているという自覚や、収入もある。靴を磨く方にとっても、磨かれる方にとっても 両方がプラスの関係なのである。

ケニヤで公衆衛生についての概念が新たに構築されつつある。エコタクトが目指しているように、イコトイレットが設置されている一角から、人びとが保ちつ保たれつの交流を通して社会全体が潤っていっているようであった。

アキュメン・フェローズ・プログラム


東京財団は、2008年の10月より、アキュメン2009~2010年期のアキュメン・フェローズ・プログラムの日本における認知を高め、日本からの応募を促進するPR活動をウェブサイト等で行ってきた。その結果、30倍の競争を勝ち抜き、日本からの応募者である岡本聡子さんが含まれたのは、喜ばしい。 (詳しくはこちら) このような活動をしている中で揉まれて過ごす彼女の一年は、刺激的なことは間違いない。彼女は、アキュメンに何を持ちこみ、また、何を学んで次のステップに進むのだろうか。楽しみである。

(文責:奨学事業部 プログラム・アシスタント 星野文子)