走れインドの救急車―インドレポート(4)―

2010-2011東京財団AFFPフェロー藤田周子さんは、ニューヨークでのリーダーシップ研修(2カ月)の後、2010年11月半ばからムンバイにあるアキュメン・ファンドの投資先Dial 1298 (Ziqitza Healthcare Limited)で研修を行っています。インドのパンジャブ州で受託した90台の救急車運用開始という一大プロジェクトを担当し、現地の人々を叱咤激励しながら走り続けた日々をレポートします。フィールドアサインメント10か月の、まさにハイライトともいうべき2か月です。

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活動概要

3-4月は、途中1週間のMid Yearミーティング(ナイロビ)を挟み、計7週間をパンジャブ州アムリッツァルで過ごした。州政府からPPP(官民連携)で受託した90台の運用開始に際し、稼働前3週間と、稼働後4週間のめまぐるしく(混乱とも言える)日々をプロジェクト当事者として経験する機会に恵まれた。



1. インド流 物事を動かすためのコミュニケーション

今回最大のチャレンジは、プロジェクトの期限が迫り、多数の人間が入り乱れる中で いかに思い通りに物事を動かすかという点。おそらく同じことを日本でやろうとしても大変だったとと思うが、そこにインドならではの要素が加わり、私にとってはチャレンジング且つ学びの多い体験になった。過去にもインドのパートナーとやりとりしていたけれど、あれはほんの序ノ口だったなと思う。時間的制約が厳しい上に、周囲は考えるより先に体が動く、口が開く現場一筋の面々が多かったこともあり、だいぶ荒っぽい日々。パンジャブ州のメンバーと働き始めてまもなく、最初の壁にぶつかった。
一度言っただけでは相手は動かない。強く主張したつもりでも、何も起こらない。まるで誰も何も聞こえなかったように。途中でZiqitzaのCEOともこの話をした。私と同年代の彼女は、インド生まれインド育ちのインド人。普段から大きな声で怒鳴ったり、電話口で取引先に向かってキレていたり、血の気の多い人だ、、、と思っていたら、「CEOになってから必要に迫られてこうなったのよ」と彼女は笑って言った。インド人でもそうなのか、しかも生まれつきの性格でもないのかと思ったら、私にもできるかもしれないとずいぶん気が軽くなった。その後は、遠慮や気遣いという言葉は忘れることにし、とにかく物事を進めるためのコミュニケーションに徹した。

 欲しいものは主張しなければ得られない。
しかも、繰り返し主張しなければならない。例えば、お願いした作業が終わったとの連絡が来ない。あまり急かすのも悪いなあとか、他のことで忙しいのだろうなどと気遣う必要なし。9割方、忘れられて、手つかずだと知った。しかもメールよりも電話、電話よりも対面。当時パンジャブのオフィスは2か所に分かれていたのだが、1日何往復したことか。でも、その労力を惜しんでは、やるべきことが達成されないのだ。

 怒っておかないと、真面目に取り合ってくれない。
日本の感覚だと「相当面倒なうるさいクレーマー」くらいの勢いで自分が求めるものを主張する。「今日までにやると言ったのに、まだできていないのはどうして!今すぐやって!」と大声で怒鳴る。相手の気持ちを推し量って気を遣うけど、それはあまり通用しない。現場スタッフになればなるほどむしろまずストレートに伝えて、そこから調整していく感じ。早い段階で、ガツンと言っておくと、「この人は騙せない、見逃してくれない」とインプットされて、指示されたことはちゃんとやらないとまずいな、と思うようだ。日本では要求されたことに100%応えようという意識があるが、インドの場合、個人も会社も初回は50%程度でしか応えず、さらに要求があれば60%、70%へと引き上げていく、という構図なのかもしれない。

 有益な答えを引き出すのは質問次第
部下は言われたことをできないとわかっていても、上司にできませんとは言わない。言ってくれればスケジュールを見直すことができて、あとでビックリ大慌てすることもなかったのに、と思うことしばしば。あんなに口数の多い人たちなのに、上司には反論どころか提案もなかなか持ち出さない。例えば「月曜日までにできる?」と聞くと、できないと答えたくないから、「はい。」と答える。そこで代わりに具体的な質問に切り替える。
「XXするには何日かかる?」「次に何をする?」「それには何日かかる?」といった具合に。
その流れで「え、月曜に間に合わないんじゃない?」というと、
「うん。間に合わない。」と(悪びれるわけでもなく)うなずく。
ストレスが溜まらないといったら嘘になる。でも相手を変えようとするよりも、自分の質問の質を上げようと思った経験でもある。

2. 学習スタイルの違い

 同期間中の私の役割の一つは、研修コーディネート。運転手約200人、救命救急士約200人、コールセンタースタッフ約50人、フィールドマネージャー15人等々の研修プログラムを企画し、スケジュールや会場のアレンジを担当した。マネージャーやコールセンタースタッフのトレーニングでは講義もした。その中で自分の学習スタイル(ひいては日本で一般的な学習スタイル)と、インド人スタッフたちの学習スタイルの違いが顕著なことに気づいた。
 日本では生徒はノートを取るのが常識。インドではマネージャーでさえペンとノートを持たずに講義にやってくる。ノートを取らずにどうやって記憶するのか。彼らは講師が言ったことを声に出して繰り返し、そして覚えるのだ。私が最初に講義をしたとき、理解してもらいたくて、何通りかの説明を試みた。だがどうも反応が悪い。そのあと別の講師の授業を見て気づいた。説明は短くていい。重要なのはそのあと質問すること。「xxxのとき、救命救急士は何をしないといけない?」といった具合に。するとクラス全員が大声で「診断書を医師に渡します!」と答える。できるだけ頻繁に、たくさん彼らが聞いたことを、自分の口で説明する時間を設けるのが効果的なようだ。

3. どこで満足するか


今回はインド救急車業界で最先端のITインフラを目指そうと、コールセンターソフトウェアおよび救急車搭載GPS情報端末を刷新した。私はソフトウェア開発プロジェクトの経験もあるので、今回もその責任者として日々社内外のスタッフと働いていた。稼働日が近づくにつれて私のストレスは上昇する一方、稼働後(ナイロビから戻ったときには)あまりの進捗の遅れに怒り爆発。よくもこんな状態で稼働日を迎えられたなと呆れた。今までの私の経験ではありえない。
その後気づいたのは、日本の場合、100%の出来(あるいはどんなに低くても90%)まで仕上げてから走り出す。それが今回は、50%程度で走り出して、その後4週間かけて70%まで引き上げたようなイメージ。
そもそもインドのように、組織内の階層が多く、分業が進み、各人のスキルレベルがばらばらで、マネジメントの仕組みも徹底していない状況では、計画通りに物事が実行されるはずがない。100%の出来はありえないと心のどこかで覚悟しておいた方が精神衛生上よさそうだ。適切なマネジメントもできるだろう。
同時に、これだけ経済が成長している国だから、ベストな判断でなくても、100%の出来でなくても、何かやれば成果が出る。失敗したときのリスクも小さい。
完璧を目指し、慎重に慎重を期す日本のやり方にはもちろんメリットがある。日本企業が世界的に成功したのもそのおかげだろう。でも、インドのような土地では少し基準を変える必要がありそうだ。
フェローシップのために日本を発つ直前、インドをよく知る方に頂いたアドバイスを思い出した。

敢えて「頑張ってください!」とは言いません。むしろ「あまり頑張らずに自分の出来ることだけをやってください」と申し上げます。インドでは自分の力の100%で走るのではなく70%程度の力でゆっくり走ることの方が重要だと思います。

すべてをコントロールしなければと思うのは初めから止めた方がよいのだろう。インドは果てしなく、(一見)秩序なく、ひとりの人間の限界を容赦なく突きつけてくる場所である。自分は自分のできることをやるという謙虚さ、70%の力でゆっくり、でも長く走り続ける余裕がないと、あのインドの底の見えない混沌に飲み込まれて、自分を見失ってしまうのかもしれない。

最後に、レポートを読み返して思うのは、これらの点はインドだけに特有のことではないということ。程度の差はあれ、どれも日本でも出会うことだ。インドだから、、、と切り分けず、これからどこに行っても当てはまる学びとして、心に留めておきたい。


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