ガーナレポート(1)-田代絢子

2012−2013東京財団AFGFPフェロー田代絢子さんは、2012年11月より、ガーナでの実地研修に臨んでいます。ガーナレポート第一弾をお届けします。


レポート目次ページ「自分と交わした3つの約束」
東京財団アキュメンファンド・グローバルフェローズプログラム(AFGFP)
ガーナレポート(1)-英語版- (英語版レポートはAcumen Blogにも掲載されています)


Life Comes Full Circle ~めぐりめぐってガーナ~


人一倍じいちゃんっこであった私は、夏が来るのが楽しみで仕方なかった。毎年恒例で、夏休みは家族みんなで宮城の祖父母のもとへ遊びに行っていたからだ。蒸し暑い東京を去り、北へと向かう新幹線の窓からは、緑色にちょっと金色が混じったような、なんとも表現しがたい色に染まった水田が見えた。まるで、その鮮やかで艶やかな色彩は、どこまでもどこまでも続いているかのように思えた。

祖父が愛情を込めて育てた野菜はどれも新鮮だった。東京のスーパーで整然と陳列されて売られているトマトは絶対に受け付けられなかった幼い頃の私だが、祖父の畑でとれた真っ赤な甘いトマトだけは不思議と食べられた。祖父のお蔭で、野菜嫌いを克服できたようなものだ。
しかし何よりもの自慢は、祖父の田んぼでとれたお米。そのまま炊いただけで、ふっくらつやつやしたごはんは、ほっぺたが落ちるほどおいしかった。祖父の作ったお米以外は食べたくなくなるほどだった。今でも私は、米の味には結構うるさい。

ある夏の午後、祖父がおやつに焼きおにぎりを作ってくれた。たっぷりと味噌を塗った、大きな焼きおにぎりだ。立ち込める香ばしい匂いにたまらず手が伸びそうになった私を、祖父は軽く制止し、ある話を聞かせてくれた。祖父が若くして出征を余儀なくされた、太平洋戦争当時の日本の農村の貧しさ。敗戦後、復興そして高度成長期を経て、この国が目まぐるしい発展を遂げたこと。今日、大多数の日本人が物質的な豊かさを享受する一方、世界に目を向けてみるとそれがいかに「有難い」ことであるか。だから、常に感謝しなさい。私が好きなものだけ選んでおなかいっぱい食べている一方で、世界にはいつもおなかを空かせている人々が大勢いることを忘れてはいけない。そして、大きくなったら自分が何をすべきか、何ができるのか、いつも考えなさい、と。

いつもより複雑な思いで、おにぎりに手を伸ばし、頬ばった。ひとくちひとくち、いや一粒一粒、とても大切に噛み締めた。
思えばこれが、世界の貧困問題に興味を抱いたきっかけだった。

あれから25年近く経った今、Acumen Global Fellowとして私は、なんとガーナでお米を作っている。全く思いもよらない展開だったが、ここにすっぽり落ち着いている。運命が、私を、辿り着くべきところに引き寄せてくれたに違いない。

ガーナ米事情:歪んだ市場構造と貧困のスパイラル

古来から日本人が主食として慣れ親しんできたお米だが、世界という大きなレンズを通してみると、色々興味深いトレンドが見えてくる。

ガーナでは古くから、キャッサバやヤムなどの芋類、またはプランテーン(調理用バナナ)などが主食として食べられており、現在でも農村部を中心にこれらが食事の主役である。一方で、近年、ガーナにおいて米は、特に都市部において飛躍的にその存在感を増している。背景として、ガーナ国内における中産階級の増加、そしてそれらの人口の都市部(首都アクラや第二の都市クマシ)への流入とそれに伴う生活スタイルの変化が挙げられる。ガーナ人の同僚の言葉を借りれば、米は「栄養価が高いが”ヘルシー”で、調理も簡単な”クール”な食材」という見方が、都市部では広がりつつあるのだ。結果として、ガーナにおける米の需要は年率40%というスピードで拡大している。

注意すべきは、ここでいう米とは「高級米」を指していることだ。近年米の魅力に開眼した都市部のガーナ人たちだが、米の好みに関しては既に相当うるさい。まず、彼らは日本人とは異なり、長粒米を食する。当然、精米の際に欠けたり割れたりしたような米は受け付けない。雑多な品種が混じっていてもだめ。しっかりとパッケージ包装されたブランド米がいい。そして何より、タイのジャスミンライスのような香り米を非常に好む。ガーナには、こうした都市部消費者の希望を満たす高級米を生産するスキルやキャパシティがまだ十分に備わっていない。そのため、米の国内需要の7割以上はアジア諸国等からの輸入に頼っており、その輸入総額は年間5億米ドルを超える。

一方、ガーナの人口の大半は農業に従事しているという現実がある。他のアフリカ諸国と同様、農業はこの国の基幹産業なのだ。それなのになぜ、ガーナは輸入に頼らなければならないのか。

ガーナの農業人口の大部分は、零細農民である。彼らは、限られた面積の農地で耕作しているため、大規模な収入を得ることは難しい。低所得層の零細農民のほとんどは、農作物の栽培に欠かせない肥料や除草剤などの農薬を購入するに足る資金を持たず、高利貸しからの借金を重ねても必要量以下のインプットしか賄えない状況にある。米にいたってはそもそも、消費者が好む特定の高級品種の種子を買うお金もなければ、大概その入手経路すら断たれている。加えて、多くの農民は灌漑施設へのアクセスもなく、雨水に運を委ねている。また、米の栽培とはまさにサイエンスそのものである(この点に関しては、別のレポートでさらに述べる)にも拘わらず、農民が正確な知識を得る機会はほとんどなく、生産過程で様々な誤りや非効率が生じている。生産性を高める農業機械は、買うことは到底ままならい。たとえ誰かからレンタルをしたくても、需要と供給が釣り合っていないため価格設定が高止まりしているか、あるいは何週間たっても自分に順番が回ってこない。よって、わざわざ季節労働者を雇うことになったり、機械を待っている間に思わぬハプニングが収穫直前に起きたりする。これらの事情が重なり合った結果、ガーナの零細農民の米の生産性は世界平均を40%下回る低さに留まっている。

ただでさえ収穫高が低いというのに、収穫後にさらなるロスが生じているという現状もある。脱穀機を使えない場合、手作業で脱穀を行うほかにないのだが、稲を板に叩きつける作業過程で米粒が粉砕する。生産量が減少するだけでなく、商品としての品質・市場価値も大幅に失われるのだ。こうなると、都市部の消費者向けの米としては売ることは不可能なので、結局農民は収穫物を地元の中間商人に不当な価格で叩き売る以外に生計を立てる道がなくなる。4ヶ月以上の期間、汗水たらし、必死に資金をやりくりしてやっと迎えた収穫なのに、諸々の費用を差し引くと儲けは手元にさっぱり残らない。消費者の需要、それもプレミアム市場が自国内に存在するのに、生産者としてその市場機会にアクセスすることは決してできない――そんな理不尽な貧困のスパイラルが、ここにはある。
この歪んだ市場構造は、長期的にはガーナの食糧安全にも影響を及ぼす懸念がある。

GADCOのハイブリット・ビジネスモデルが負の連鎖を打ち砕く

ガーナの食糧安全問題、そして貧困のスパイラルという二つの大きな課題を解決するため、GADCO- Global Agri-Development Company は誕生した。ガーナには、生産キャパシティが本質的に存在しないのではなく、そのポテンシャルを開放するためのシステムが欠落しているのだ。システムがないのなら、一から創り上げればいい――強い信念に基づいて、Iggy BassiとToks Abimbolaという二人の社会起業家の飽くなき闘いは始まった。


(Film by Acumen)

まず、零細農民が、ガーナ国内の消費者市場向けに生産し、然るべきリターンを得るためには、R&Dから生産、加工、マーケティング・ブランディング、および販売に至るまでのバリューチェーンの確立が不可欠である。GADCO設立以前、ガーナの米セクターのバリューチェーンは極めて細分化していた。まず、最初のR&Dの段階で、市場価値のある品種の種子が手に入らない、という決定的な問題があった。また、稲を生産しても、農民自身が精米することはできないので、精米施設にアクセスのある中間商人に売るしかない。精米後の米は、稲と比べて付加価値があるが、精米には加工コストがかかるため、中間商人が利鞘を確保するには、農民から稲を破格で買い付ける必要がある。また、中間商人が消費者に精米後の米を届けるには、流通業者を介する必要がある。流通業者も当然儲けを求めているので、中間商人からできる限り安価に米を調達しなくてはならない。この皺寄せは、最終的には生産者である零細農民に戻ってくる。よって、この一連の仕組みを根本的に改善する以外に、生産者が収入を増やす手立てはない。

生産者を市場に効率的に結びつけるための必要要件として、GADCOはR&Dから販売までの全てのビジネスステップを垂直統合することで自社のバリューチェーンを確立した。4年前にガーナ農村部の更地から出発したGADCOだが、現在GADCOの米農場は国内最大規模を誇るまでに成長し、消費者市場向けに高級ブランド米を年間を通じ生産している。農場では高収量品種の開発が継続的に実施され、またブラジルから最先端の大規模農場向け技術を取り入れるなど、生産性を最大限高めるための様々な取り組みが日々行われている。農場で収穫された稲は、高度な技術を備えた大規模な精米工場(2013年5月現在、生産規模の関係もあり第三者施設を利用しているが、今年以降の大幅な生産力拡大に備え、GADCO自社所有の工場を建設しており、その完成が間近に迫っている)で加工・ブランド包装された後、ガーナ国内で最大規模の小売ネットワークを持つ流通業者・Finatradeを通じて、国内プレミアム市場で販売される。GADCOは現在、ガーナで唯一、垂直統合された米生産バリューチェーンを持つアグリフード企業だ。


(写真:GADCO Farmのオペレーションの様子)

アフリカや南米の大規模プランテーションの経営が”land grabbing”であると国際社会やNGOから厳しい批判を受ける中、およそ1,000ヘクタールに及ぶ、最先端技術を駆使し高度に機械化されたGADCOの大農場は、新しいアプローチで規模拡大を遂げてきた。すなわち、地元コミュニティとの契約に基づいた農場経営だ。ガーナ農村部の土地の大部分は、資本投下がなされず全くの手付かずになっている更地である。地元の人々は、この莫大な土地をリソースとして活用することに慣れていない。たとえ利用しても、環境持続性を考慮せず焼畑を繰り返し、土地を不毛化させることも珍しくない。こうした現状を受けGADCOは、地元コミュニティと30年間の土地のリース契約を結び、農場の経営を通じた農村の人々の生活レベルの改善、および環境持続性の向上を目指している。特に画期的なのは、コミュニティとの”revenue sharing”だ。GADCOの売上は地元コミュニティと分配され、コミュニティの取り分は全ての家庭に再分配されるほか、学校や病院建設などの用途に使われる。また、農場での雇用の創出、教育・トレーニングの機会も、コミュニティの長期的な発展に寄与している。


(写真:GADCO Farmで、米作に関するトレーニングを受ける地元コミュニティのメンバー)

しかしこのアプローチでは、コミュニティの首長に留まらず、メンバーの一人一人と合意を取り付けることが必須なので、規模拡大に時間を要する。ガーナの食の安全の観点から、全ての輸入米を国産米に代替し得る生産規模を獲得するには、長い年月に及ぶ対話とさらなる大規模設備投資が必要となる。

そこで忘れてはならないのが、零細農民の生産ポテンシャルだ。彼らを、自社のブランド米の生産者としてGADCOのバリューチェーンに組み込むことができれば、生産規模の拡大加速が可能となるばかりか、GADCOのもう一つのコアミッションである貧困スパイラルの断絶にも取り組むことができる。

大規模中核農場の経営と、小規模自作農からの調達――この二つのアプローチを組み合わせたGADCOのハイブリット・ビジネスモデルが、ガーナの未来を変えようとしている。

ミッション:「“Copa Connect”を立ち上げよ」

Acumen Global FellowとしてGADCOに派遣された私のミッションは、この「小規模自作農からの調達ビジネス」を立ち上げること。名づけて、Copa Connect――Copaとは、GADCOの自社ブランドの名前、そしてConnectとは、Copaブランドを通じて零細農民を生産者として消費者市場に「繋げる」というコンセプトに由来する。目標は、ビジネスモデルのデザインからオペレーションのセットアップ、パートナーシップの確立とリソースの確保、小規模自作農向けテクノロジーの導入などに着手し、2013年内にまずは1,000人以上の生産者を組み込み、5年以内にその規模を8倍まで拡大すること。

お米に特別な感情を持っているとはいえ、新規ビジネス立ち上げの経験もなく、アグリビジネスのことも、米の生産過程のことも、はたまたガーナの農民たちのことも知らないわたしが、一体どこまで価値を提供できるのか。(写真:国内消費者市場向けに流通される、
GADCOのブランド米・Copa Riceのサンプル)

これは本当に、長い長い道のりになりそうだ。

・GADCOのホームページは こちら→http://gadcompany.com/
・ガーナレポート(2)はこちら