ガーナレポート(2)-田代絢子

2012−2013東京財団AFGFPフェロー田代絢子さんのガーナレポート第二弾をお届けします。


レポート目次ページ「自分と交わした3つの約束」
東京財団アキュメンファンド・グローバルフェローズプログラム(AFGFP)
ガーナレポート(1)-英語版- (英語版レポートはAcumen Blogにも掲載されています)


クラウチング・スタート?

目を開けると、見慣れない真っ白なコンクリートが視界一面に広がっている。体が痛くて、思うように動いてくれない。まるで全身が鉛に変わってしまったかのように重い。頭はがんがんと痛み、意識朦朧としながら視線を落としたその先には、点滴が繋がれた自分の腕。足の向こうには、緑色の網戸。カーテンもなければそれを揺らすための風もなく、外は眩しく、室内の空気はじわりと暑い。小さな部屋いっぱいに、アルコール消毒液の匂いが充満している。
ガーナに到着してから10日ほど経った11月最後の日曜日、私は赴任地Sogakopeで病院に運ばれた。ガーナの農村部では比較的大きな公立病院ではあるものの、週末で医師は一人もいない。
看護婦が病室に入ってくる。「目が覚めたのね。今日はお医者様がいらっしゃらないから、検査や治療は何もできません。でも、万が一マラリアでも手遅れにならないように、私が応急処置でキニーネを打ってあげるわね*」。看護婦がさっと注射器を取り出す。光る針が、こちらに近づいてきて、私は思わず彼女の手を押しのけた。

翌朝、首都・アクラに搬送され、医療設備の整ったクリニックで血液検査を受けた。マラリアではなく、何らかの理由で体内で炎症が起きており、一週間ほど治療を受けてしっかり休めば、快復するであろうとのことだった。

あまりに情けない走り出し。心配されればされるほどやるせなくて、穴があれば入りたいとはこのことだと思った。

一連の騒動から遡ること、1週間半――ガーナに来て2日目のことだ。アクラから2時間、タクシードライバーに連れられ、赴任地であるSogakopeのオフィスにひとり到着した。GADCOのオフィスは、GADCO Farmで使う大量の農薬や肥料が平積みになった倉庫の脇に取り付けられた階段を上ったところにある、ごく小さなスペースだ。ちょっと緊張しながら、扉を軽くノックするものの、特に返事はない。倉庫内の一角に構えられたワークショップでは、農機具や設備の製作や修理が早朝から行われており、そこから漏れてくる騒々しい音のせいで何も聞こえなかったのかもしれない。そう思い、扉を開けると、そこには数人のスタッフの姿があった。皆、一瞬手を止め、顔を上げてこちらを見たが、またすぐに作業に戻った。誰も、私がどこの誰であるか認識できないのはもちろんのこと、とりわけ興味もない様子だった。
「はじめまして。今日からGADCOチームに加わることになりました。Copa Connectという、零細農家との協働ビジネスを立ち上げる目的で赴任しました。どうぞよろしくお願いします」
すると、よろしく、と何人かが言って、少し恥ずかしそうに手を振った。

(写真左: GADCOの倉庫。オフィスはこの倉庫の一部に設置されている。/写真右: 「ようこそSogakopeへ」と書かれた看板。スポンサーはTigo。ガーナ国内においてTigoは、MTN、Vodafoneに並ぶ主要携帯キャリアで、ガーナではまだ普及が進んでいない電子マネーの分野では最大大手。)

しかし、やはり私が一体どこの誰で、どういった経緯でここにいるのかは、その後もしばらく明確には理解されていなかったようだ。理由はいくつか考えられた。まず、私直属の上司となる海外の経営陣から、現地のオペレーションチームに対して、正式な紹介がタイムリーになされなかったこと。Copa ConnectはGADCOの新規事業であり、GADCO Farmのオペレーションチームにとっては存在しないもの同然であるばかりか、「零細農家からのコメの調達」という大枠の概念すら共有されておらず、チームメンバーも当初は実質私一人であったこと。そして恐らく、初めての女性メンバーでかつ新入りの私が、シニアマネージャーという位置づけで突然登場したことに対する違和感。マネージャーの中には、自己紹介の後もなお、私のことを外部のコンサルタントかまたは人事スタッフ、あるいは短期のインターンだと思い込んでいる者もあった。
現地チームに溶け込もうと思う一方で、早く仕事そのものを通じて価値を発揮し、自分の存在意義を証明しなくては、と焦る気持ちがあった。それは、経営陣からのプレッシャーのせいだけではなく、着実に成果を出すことで現地チームからの信頼を勝ち取ることができ、結果的にそれが新規事業の成功に不可欠なサポートと協働体制の構築に繋がると信じていたからだ。とはいえ、稲作やガーナの小規模農家の状況はおろか、GADCOの大規模農場の運営のことも、チームダイナミクスも全く分からない。それどころか、物資やサービスが手に入りにくいSogakopeにおいて、自身の環境そのものを整えるのにも、ガーナの気候に適応するのにもてこずっていた。とにかく動き回り、現場に赴き、多くの人と話し、情報を集めて整理しなければ何も始まらないのは明らかだったが、それを実行する上でも様々な形でチームの助けを必要としていた。農業には週末などないので、ほぼ全員が週休ゼロで働いている中、自分のお願いごとがかさんで心苦しく、どんな些細なことでも実際に口に出すまで、心の中で葛藤する回数が増えていった。ストレスが大きくなるほど、心の余裕もなくなっていった。7-8人も集まれば座る場所もなくなってしまうオフィスは、常に色々な音に囲まれ、デスクワークに集中するのに適した環境とはいえない。ひとたび電気が止まれば、鉄筋作りの建物内には太陽の熱が急速に立ちこめるので、暑さで思考が鈍くなり仕事の効率が落ちてしまう。デスクでぐったりしているスタッフを見かけることもあった。特に苦心したのが、トイレだ。オフィスには水が通っていないので、当座のところ倉庫のすぐ外の地面に用を足さねばならないのだが、プライバシーを守るのは自分の首くらいまでの高さのトタン板3枚だけで、背後からの視界を遮るものはない。若干打ち明けにくい悩みではあったものの、海外にいる上司や他のスタッフに相談してみると、不都合に対する理解を示してもらうことができ、「ミッションを果たすことが重要なのだから、無理はせずフレキシブルに行動し、自分の環境を有意義にコントロールするように」とアドバイスをもらった。事実、他のスタッフも、仕事の性質上一日中オフィスにいるというわけではなかった。そして遂に私は、赴任一週間目にして、「特に目的のない場合は、オフィスでは仕事をしない」と腹を括った。目先の効率と引き換えに、他の大事なことの優先順位を下げたのだ。

2-3日ほど遠隔の村へ他のマネジャーと調査に赴き、ちょうどSogakopeに戻ってきた金曜の夜、コンパウンドの台所で同僚の一人と顔を合わせた。彼はまず、私が彼にフィールドへの同行を頼まなかったことに対する苛立ちを口にし、そして続けた――「君は、自分の環境を良くするために、他の皆の環境を悪くしていることに気付いているのか? 僕だって我慢していることはたくさんあるんだ。君だけ特別に扱われていいはずがない」。
この言葉は、私に重くのしかかった。自分のバンガローに戻り、猛暑だというのにブランケットにぐるぐるとくるまって寝た。同僚の言葉が脳裏でこだまするたび、(そんなつもりじゃなかったのに)と心の中で呟いた。翌朝、目覚めると顔が火照り、体は震えるほど寒かった。天井が、ぐるぐる回って見えた。一日中、激しい吐き気と腹痛に襲われまともに機能できず、そして明くる日曜、わたしは病院に担ぎ込まれたのだった。私には、クラウチング・スタートを上手にするだけの筋力が備わってなかったのかもしれない。もしかしたら、短距離走でもないのに前傾姿勢をとりすぎて、あっという間に疲れが出てしまったのかもしれない。これからまだまだ、先は長いというのに。

衝 突

1週間ほどアクラにて療養する間、私はガーナの米セクターや稲作そのものについての理解を深めるため、既存のレポートや研究資料を読み漁った。また、第1週目のフィールド調査で得られた一次情報を整理しながら、Copa Connectのコンセプトの具体化にも徐々に着手し始めた。体調が安定し単独で外出ができるようになると、通りに出て流しのタクシーを捕まえ、零細農家からの調達ビジネスなどに詳しいNGOなどを訪れ、話を聞きに行った。しかし何よりも大切にしたのは、新天地における自分自身の他者との関わり方を見直す時間だった。
その過程で、ニューヨーク研修の第2週目、Adaptive Leadershipに関する合宿での学びを振り返った。コラボレーションのプラットフォームを築くには、相手に共感することから始めなくてはならないということ。その人がなぜ、ある行動や発言をするに至ったのか、その背景にある価値観は一体何であるのかを理解すると同時に、その人が自分と関わったり、ある新しい方向性や環境を受容する上で経験するであろう”喪失”とは何であるのか、考えを巡らせる必要があること。その上で、最終的なゴールを共有し、一緒に達成するために「勇気ある対話(Courageous Conversations)」を持つこと――こう並べてみると、人間関係を育む上でどれも当然のような気がするのだが、この新しい同僚との衝突という一つの出来事を改めて体系的に分析してみることで、自分の渦巻く感情から一歩離れつつも、共感を持ちながら相手のことをよりよく理解しようと真摯に思えるようになった気がした。
ちなみに、この同僚はCopa Connectの主要メンバーとしてパイロット運営に大きく貢献し、零細農家の暮らしを向上させるため、その後何か月も共に奔走する仲間となった。

実は、Copa Connectの立ち上げにおいては、この後も数多くの「衝突」を経験することとなった。変化を生み出そうとする中で起こる価値観や利害の衝突の相手は、GADCOの同僚であることもあれば、プログラムを支援してくれている国際機関・NGO・インベスターなどのパートナーや、自分より数十年もキャリアが長く、豊富な専門知識も甚大なネットワークも持ち合わせたガーナの政府組織の高官であることも、プログラムの主役たる農民たちであることもあった。もちろん、そうした衝突は、私自身の内なる葛藤という形で立ち現れることも少なくなかった。私は、ニューヨークでの学びを生かし、「勇気ある対話」のプロセスを意識的に踏む努力をすることで、自らのミッションやゴールを効果的に共有することを目指すようになった。
ガーナで働く中、私が頻繁に出くわし、かつ最も我慢ならないのが "entitlement issue"である。何を実施するにも予め付与された権利や肩書きが必要で、たとえ不平等を是正する目的であろうがなんだろうが、既得権益を侵す行為はご法度であり、また自らの肩書きにフィットするような成果に関しては、その称賛は全て自分に帰してもらわないと困る……といった感じだろうか。このentitlement issueは、組織やコミュニティの上層にいけばいくほど、また高学歴だったり、社会階級が高ければ高くなるほど多く見られる。

例えば、ガーナの食糧農業省と協働し、政府灌漑施設に登録された小規模自作農にCopa Connectのパイロットを紹介しようとした時のこと。国内に点在する灌漑施設のうち、ある一つのスキームの運営を任されているマネージャーが、「この灌漑施設に登録している農民たちは全て、私の管理下にある農民たちであり、彼らは十分なリソースとサービスを既に与えられているので、Copa Connectのようなプログラムに参加する必要はない。たとえ彼らが参加を希望しても、実際の参加の決定は私の判断に委ねられる。もし農民たちとの接触を私に許可してほしければ、私の認める内容で契約を結ぶ必要がある」と言って、プログラムを自らの利益に添う形でコントロールしようとした。そのスキームは、水の供給管理やマーケットアクセスなどに大きな問題があるためパフォーマンスが低く、農民たちが受けるサービスや支援も特にずさんであることは事前の調査から分かっていた。私は、スキーム・マネージャーとのミーティングを重ねながら対話を試みたが、見えてくるのは彼の利己的なモチベーションばかりであった。ガーナは、日本とは比較にならないほど顕著なピラミッド社会で、年功序列や権威主義の傾向が強い。そのため、スキーム・マネジャーの所属する組織の経営陣に直談判し、トップダウンの力をてこに現場での交渉を進めようともした。経営陣から喝を入れられると、彼の態度は当然大きく変わり、プログラムの導入が一気に進み始めたが、しばらくすると再び水面下で反発を始めたりと、たびたび協力体制から逸脱する様子が見受けられた。パイロットの成功には、スキーム・マネージャーが農民たちのプログラム参加をサポートすることが大前提であるにも関わらず、いつまでも煮え切らない――私は、不毛な交渉を打ち切ることも考え始めた。まずは他のスキームでのパイロットに全力を投じ、その結果をもってCopa Connectのインパクトを証明できれば、彼も意味のない悪あがきはできないだろうと思ったからだ。しかし、これまで出会った農民たちの期待に応えるためにも、また参加に対する「選択」をするのは彼ではなく、当事者である農民たち自身だという自らの信念に従うためにも、そこで諦めるわけにはいかなかった。

(写真:ガーナ到着後まもなく調査に訪れた農村にて。脱穀機など基本的な農機へのアクセスがないため、収穫後の処理は手作業で行われる。この過程で量・質ともに多大なロスが生じている。こうした手作業を中心に担うのは女性たち。「日の出前から日暮れまで肉体労働をし、家に帰れば家族のために働かねばならない」と苦労を語ってくれた。)

あるいは、GADCOのマネージャーの一人が、パイロットの立ち上げに際し、不必要なエゴを持ち込むのをいつまでもやめなかった時のこと。彼は、私よりも一回り年上で、地元コミュニティでも大きなプレゼンスを持っている人物だ。彼は、コミュニティとの連携役であったが、コミュニティの参加を促したいという思いからか、地元の農民と集会を行うたびに、まだチームで議論もしていない内容を思いつきで話し、約束してきてしまうことが多かった。結果として、彼のそうしたコミュニケーションは、後にコミュニティからの信頼関係にも影響を及ぼしたり、農民たちを混乱させてしまうこともあった。また、アイディアマンである彼は、新たなサイドプロジェクトを次々と提案する一方で、本来の職務が後回しになる傾向があった。自分の関心事項に気をとられ、打ち合わせやフィールド・ビジットをすっぽかすこともあった。プロジェクトを主導する立場として私は、Copa Connectのゴールについて、日々の仕事の優先順位について、そしてコミュニティとのコミュニケーションの方法を含め、やるべきこと・やってはならないことについて、彼と幾度となく話をした。しかし状況は改善せず、フラストレーションは溜まる一方だった。そうした感情は彼も同様に持っていたようで、ある週末、感情の爆発が抑え切れなかった彼は、電話越しで45分間私を怒鳴り続けた。彼は、この分野では豊富な経験と知識があり、「答え」は全て最初から知っているというのに、新参者の私が彼の指示をそのまま受け入れようとはせず、結果的にプロジェクトが間違った方向に進んでいるということ、私が彼から仕事を奪い続けており、功績を独り占めにしようとしているということ、が主な内容だった。彼の怒りはその後も収まらず、遂には収穫期の農民たちの前でも、私に対する不満を大声でぶちまけ、収穫と調達のプロセスに集中しようとする私たちのトラックを止めようとする事態にまで発展した。

こうした状況で私は、やはり「勇気ある対話」を持つべきだったのかもしれない。しかし現実には、怒りや遺憾を正直に表現し、正面から衝突することしかできなかった。最終ゴールに向かう上で、プライオリティが間違っていると強く感じているのに、それをそのまま遣り過ごすわけにはいかないと思ったからであり、また私に忍耐力が足りなかったからでもあると同時に、自分たちのすべき仕事には、一人一人のエゴに時間や労力をつぎ込む余裕なんてないほど、緊急性を伴うことだと認識していたからだ。

I am not here to be popular -- 嫌われたって、構わない

ずっと、現場で価値を発揮したいと思ってきた。しかし、夢を現実にする――いや、それどころか、これまでなら単純だと思えたことをただ着実に実行する時でさえ、一身に受ける摩擦は想像以上のものだった。途方もなく遠いところへ、ひとりで向かい風の中歩いている気分になることもたくさんあった。そんな中、支えになってくれたのは、9人のフェローたちだった。場所や、セクターは違えど、日々同じような気持ちで闘っている彼らの言葉は、何よりもの励みになった。
「私たちは、人気者になるためにここにいるわけじゃない」――20年以上続いた内戦から立ち直ろうとしているウガンダ北部の町・Guluで、35人のスタッフを指導し、50人のバイヤーを管理し、4万人以上の零細農家から有機栽培のゴマを調達するビジネスを任されているフェロー、Natalieの言葉だ。これまで起こせなかった変化を起こそうとする時、そこには必ずといっていいほど反発がある。零細農家の暮らしをさらに改善し、内戦で傷ついた地域社会でビジネスを拡大するため、サプライチェーンの効率を上げ、より効果的なコミュニケーションやチームワークのシステムを導入しようと奮闘していた彼女もまた、色々な衝突を日々経験していた。
自分はひとりぼっちだ、と思うことなんてしょっちゅうだ。だけど、自分たちはそもそも何のためにこのビジネスをやっているのかを考えれば、今、何が一番大切なのか自ずと明らかになるはず――だから、反発されようと、嫌われようと、孤独を感じようと、とにかく進み続けなくてはならない。


(写真:2013年4月、ケニアで行われたMid-Yearミーティングで、
9人のAcumen Global Fellows、Global Fellows ManagerのJohn、Global Fellows AssociateのAndreaと再会。)

最後に、Acumenのマニフェストを引用したい。
It starts by standing with the poor, listening to voices unheard, and recognizing potential where others see despair.
It demands investing as a means, not an end, daring to go where markets have failed and aid has fallen short. It makes capital work for us, not control us.
It thrives on moral imagination: the humility to see the world as it is, and the audacity to imagine the world as it could be.
It’s having the ambition to learn at the edge, the wisdom to admit failure, and the courage to start again.
It requires patience and kindness, resilience and grit: a hard-edged hope. It’s leadership that rejects complacency, breaks through bureaucracy, and challenges corruption. Doing what’s right, not what’s easy.
Acumen: it’s the radical idea of creating hope in a cynical world. Changing the way the world tackles poverty and building a world based on dignity.

たとえ向かい風でも、今まで存在しなかったことかもしれなくても、何回転んだとしても、正しいことを追求し続ける強さが、求められている。


*キニーネ: 副作用は強いが、第二次大戦中までは代表的な抗マラリア剤として使われており、現在でも熱帯熱マラリアの治療に用いられる。マラリアの中でも、ガーナなど西アフリカで多く見られる熱帯熱マラリアは、致死率が最も高く、迅速な診断・治療の開始がなされない場合、短期間のうちに重症化する。なお、ガーナを含めマラリアの感染リスクの高い国では、自分でマラリアの感染を診断できる検査キットを薬局などで購入できる。

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