ガーナレポート(4)-最終号-田代絢子

2012−2013東京財団AFGFPフェロー田代絢子さんのガーナレポート最終号をお届けします。


東京財団フォーラムで田代さんご本人の体験談を聞くことができます(2014年10月24日)
レポート目次ページ「自分と交わした3つの約束」
東京財団アキュメン・グローバルフェローズプログラム(AFGFP)
ガーナレポート(1)-英語版- (英語版レポートはAcumen Blogにも掲載されています)

3歩進んで、2歩下がる


ガーナに到着して早くも5ヶ月が経とうとしていた。気付けば年が明けておよそ3ヶ月間、週末も祝日も一切関係なく、毎日15時間のペースでひたすら働き続けていた。それでも課題は常に山積みで、息をつく暇もない――日々、3歩進んでは2歩下がる、ともすると昨日よりも振り出しに近いところに戻ってしまうこともあった。

西アフリカは、一筋縄ではいかない。

歯軋りを立てたくなる日もあれば、流れに必死で逆らってみる日も、そして時には開き直って流れに身を委ねてみる日もあった。ここでは、どんなに頑張ってみたって、自分ひとりの力ではどうしようもできないことがたくさんある。

例えば、仕事がしたくても、電気がない。ガーナは、恒常的なエネルギー不足に悩まされており、全国的に毎日数時間の停電があるのは当たり前、それに加えてその頃Sogakopeにおいては隔日で連続12時間の計画停電が実施されていた。最も辛かったのは、夕方6時に電気が強制断絶され、朝6時になるまで回復しないパターンだ。日中はフィールド訪問やパートナーとのミーティングに集中し、夜はひたすらパソコンに向かい粛々と作業を続ける、というワークスタイルが完全に崩れてしまうためだ。Sogakopeでは夕方6時過ぎには日が沈む。そうすると、漆黒の闇と静寂が辺り一面を支配し、風もない息苦しい夜がいつか去るのをただ辛抱強く待つしかないのだ。オフィスにも自宅にも発電機がなかったため、私は電気が消えた後もなおしぶとく作業を続けていた。暗闇の中で光るパソコンの画面に、そして汗だくになった私の顔に、羽蟻が何匹も飛びついては邪魔をする。我が家の天井に棲むヤモリ一家が、我が物顔で床を闊歩しているのが分かる(…というのも、何度も踏み潰しそうになった実績があるからだ)。背後の暗闇から、カサカサカサ、という不気味な音がする。外では、カエルが激しく鳴き始め、野良犬が負けじと遠吠えをする。しかしそれも、パソコンのバッテリーが落ちるまでの、たった1時間余りの出来事である。あとは何をできるわけでもなく、かび臭く湿ったベッドに寝転がるしかない。

目を閉じる。私は何があろうと眠るんだ、これをいい機会と捉えて体力回復に充てるんだから、と意気込んでみる。しかし、部屋に籠もった湿気と熱でそう簡単に寝付くこともできない――そもそも、まだ夜8時そこいらで暢気に眠れていいはずがない身分なのだ。やらねばならないことが山ほどあり、一日が24時間あっても足りないと思っているくらいなのだから。

ガーナの夜はとにかく暑い。あまりの暑さの中でじっとしていると、やがてふと気を失う。すると、必ず似たような夢ですぐに目が覚めた。エクセルを開いて、財務モデルの続きをひたすら作る夢を見ることも、食べ損ねた夕飯の夢(注 : ガーナでは、電気だけでなく、ガスや水の供給不足も顕著で、我が家では、やる気のない家政婦がこれを理由に家事を頻繁にサボり、気付けば仕事に夢中で食事を買いに出かけるのさえ忘れることが多々あった)を見ることもあったが、私を覚醒させるのはいつも、まだ出会ってもいないかもしれない農民たちの夢だった。

美しい黄緑色の水田の横を歩いていると、農民が一人、続いてもう一人、そしてさらにまた一人と駆け寄ってくる。そして私に詰め寄ってくるのだ。「いつになったら自分の水田もこんな素晴らしい緑色で一杯になるのか」、「隣の農家が育てている、あの高収量品種の種子はどうしたら手に入るのか。あんたと話せばもらえるって聞いたんだ」、「子供たちにおなか一杯食べさせ、それから学校にも行かせてあげたい。私の作ったお米を、買ってください」、「皆、夢のような話を持ちかけてはやがて去って行った。私たちの生活は、親の世代からずっと変わってなんていない。あんたのとこのCopa Connectも、そうなんじゃないのか。あんたたちも、一瞬だけ夢を見せたら、どうせ私たちのことなんて置き去りにするのだろう」、「どうなんだ、教えてくれ」。

そして、私ははっと目を覚まのだ。体中にじっとりと汗をかき、シーツが不愉快なくらいに肌にまとわりついていた。

インパクト


日が昇ると、私はすぐに冷たい水でシャワーを浴びた。朝早くから、収穫を終えたばかりのCopa Connectのパイロット農家を訪れる予定だったからだ。実はその日は、Copa Connect史上初めて、零細農家から収穫物を調達するという、記念すべき一日でもあった。

10トントラックの助手席に乗り込み、40分ほど揺られて着いたAfife。Sogakopeから近いこともあり、私が最も頻繁に訪れたフィールドである。Ericは、満面の笑顔を湛え、誇らしげな様子で私たちを出迎えた。そこでは、完璧なまでに美しい最高品質の籾米が綺麗に袋詰めされ、まるで私たちに買い取られるのを静かに待っているように見えた。



Ericの収穫高はおよそ9.3トン。1.6ヘクタールの田んぼからの収穫なので、単位面積あたりの収穫量は5.8トンである。Copa Connectの提供するジャスミン米の潜在的な生産力は単位面積あたり約6トンであることを考えると、彼はなんと、栽培品種のポテンシャルをほぼ100%引き出すことに成功したといえる。Copa Connectのパイロットに参加する前、Ericは、地元で流通している低級品種を育てていた。実は、低級品種は高級品種のジャスミン米と比べ、格段に高収量であることも少なくない。しかし、それでもEricの収穫高はおしなべて単位面積あたり3トン程度に留まっていたことを考えると、これがいかに圧倒的な快挙であるか簡単に想像できるだろう。

品質も、最高ランクに値する出来である。念入りな風選により、小石などの物理的な不純物は全く残っておらず、また前回の農作期まで育てていた低級品種の混在も3%以下。籾米の水分含有率も、最高の精米歩合が期待できる理想的な数値範囲に収まっていた。精米前の籾米の水分含有率が低すぎると、精米時に砕米が出現する確率が高くなる。一方で、高すぎると、精米工場の乾燥施設において追加の調整が必要となるため、コストが上昇する。また、大規模な施設では緻密な調整は困難であるため、逆に過度に乾燥をさせてしまうリスクもあり、結果として砕米の割合が高くなって歩留まりが悪くなる。さらに、Ericの水田では稲の倒伏も見られなかった――稲が倒れると、穂が田んぼの水につかって籾が発芽したり、刈り取りが困難になる。また、組織の損傷が起こり、屑米が増えるため、量・質ともにダメージを受ける。倒伏は、肥料の不適切な施用量や収穫期の遅れによって引き起こされる。そのため、倒伏を避けようと収穫を焦る零細農家もあるが、今度はその結果、未熟米の割合が増えてしまう。Ericのケースでは、こうした典型的な品質課題の予防・対処を適切に行ったため、GADCOの大規模農場で生産された米と同等の高い品質を達成することができた。

「こんなの、初めてですよ、」Ericは興奮で声を震わせていた。「これまで、20年近く米を育ててきました。でも、自分の田んぼが一面、あんなに美しい緑に染まったのも、収穫後にこれだけの数の袋が並ぶのを見るも、これが初めてです。」

大量の米袋が、トラックへ積み上げられた。私たちは、Ericにも一緒にトラックに乗ってもらい、GADCOの精米施設へ同行するよう頼んだ。4ヶ月以上もかけて丹精込めて育てた米が、これからどこへ向かい、どんなプロセスを経て、どんな製品になるのか、彼自身の目でしっかり確認してほしかったからだ。

道中では、トラックの通行許可と称して賄賂をしつこく要求する警官に何度も出くわした。精米施設にやっと到着するや否や、今度は停電によるシステムダウンに直面した。トラブルに見舞われながらも、充実した長い一日がようやく終わりに差し掛かった頃、私たちはサイロの裏の日陰で、サシェット・ウォーター*で渇いた喉を潤しながら、たくさん話をした。

「この何ヶ月もの間、農夫としてこんなにいい仕事ができたのは、あなた方のサポートがあったからです。勿論、Copa Connectのパイロットに参加することに不安がなかったといえば、嘘になります。これまで長年やってきたことを変えるのには、勇気が要りました。周りの皆にも、今に後悔するぞ、と事あるごとに言われていましたから。」

そしてEricは、Copa Connect専属の農学者として、これまで彼の生産活動を日々全力で支えてきた私の同僚に顔を向けた。

「初めてこのプログラムを私に紹介してくれた時、あなたは、”必要なものは全て、必要な時に、必要なだけ与えるから、何の心配も要らない。その代わり、アドバイスはしっかり受け入れて、精一杯働いてほしい。結果は保証するから”、と言いました。内心では、半信半疑でした。これまで、そういう甘い文句を語る人々には何度も出会いましたが、約束が果たされることはなかったからです。でも、あなたは違った。私がプログラムへの参加を承諾した翌日、最高品質のジャスミン米の種子を、本当に持ってきてくれた。だから私は、あなたの言葉を信じようと決めたのです。あなたは、その後も継続して週に何回もAfifeまで訪れ、私の田んぼの様子を見に来てくれましたよね。農薬を撒かねばならない日になれば、日の出前に電話をよこして私を叩き起こし、”今からそっちに行くから、それまでに仕事に取り掛かっているように”と言い残し、そしてその1時間後には本当に私のところに来てくれて。厳しい言葉をもらうこともありましたが、最高のお米を作るために最高の仕事をしよう、と一生懸命頑張ることができたのです。」

彼の眼差しは真剣だった。

「他の皆にも、私と同じ機会が与えられることを心から望みます。仕事というのは何であれ、汗水流さずしてうまくいくものではありません。でも、良い仕事をすれば、その努力は結果となって必ずや返ってくると思うのです。そのことを、皆にも改めて知ってほしい。」

*ビニールの小袋に入れられた濾過水。路上などあらゆる場所で売られている。ペットボトル入りのミネラルウォーターの方が安全性が高く、おいしいが、どこでも手に入るサシェット・ウォーターの人気は遥かに高い。一袋あたりの商品単価は安いが、実はかなり割高である。

勇気、信念、努力


数日後、私たちは再びAfifeに赴いた。Ericに、買い取った籾米の原価と精米後のプレミアムを支払うためだ。
取引対価の計算方法を、できるだけ噛み砕いて説明する。少し緊張した面持ちのEricの横には、彼の兄が座っており、懸命に耳を傾けている。
「これが、今回の取引の結果、あなたにお支払いする対価です。」
そう言って取り出された札束を目の当たりにしたEricの顔からは、一気に満面の笑みがこぼれた。
「これが、私の……。こんなにたくさんのお金、これまで見たことがありません。信じられない!」
受け取った紙幣の束を両手で大切そうに握り、Ericはその重みを何度も味わっているように見えた。

量・質ともに生産性が飛躍的に向上したことで、籾米の売上を通じた彼の今期の収入は、これまでの2倍近くにまで伸びた。さらにそこから支払われるべきその他諸費用(農機レンタル代、季節労働者に対する賃金)を差し引いた純利益は、なんとこれまでの4倍以上。Copa Connectに参加するまでは、収穫後に手元に残る現金は4万円強だったというから、年間の純利益は10万円にも満たなかったということになる。Ericより作付面積の小さな農家に至っては、その生産性はさらに低いはずである。
「これまでは手元に残る現金が少なく、借金を返すことも侭ならないので、生活は困窮する一方でした。そんな状況だったので、子供たちの教育のために十分にお金を遣うこともできずにいたのです。これでやっと、生活が立て直すことが出来ます…!」

私たちに対する感謝の言葉を繰り返すEricだったが、彼の成功は紛れもなく、彼自身の勇気と弛まぬ努力の賜物であったと私は思う。誰もやろうとしなかったことに自ら飛び込み、変化を恐れず、誰に何を言われようと揺ぎ無い信念を持って頑張り続けたのは彼自身に他ならなかった。例えば、私たちはEricに、GADCOの品質基準について口を酸っぱくして説明してきた。品種混合米は買い取れないので、ジャスミン米の栽培中にこれまで育てていた品種の稲が生えてくるようなことが少しでもあれば、とにかく田んぼから引き抜いて完全に取り除くよう伝えた。今まで収穫物の「量」しか気にしてこなかった零細農家にとっては、マインドセットの大きな転換と勇気を必要とすることである。通常、品種の切り替えをした後2-3農期の間は、地中に残った古い品種が発芽し続ける。そのため、消費者市場において高品質とみなされる純度100%の米を収穫するには、ひたすら間引きを繰り返さねばならない。収穫量だけを見れば、かなりの損失である。興味本位でEricの水田を見に来た近所の農民たちは、口を揃えて「もったいない!」と嘆いたと言う。それでも、彼は信じ続けたのだ。自分は、自分とその家族の未来を良いものへと変えるために、正しいことをしているのだ、と。そしてその夢は、現実のものとなった。


(動画:フランスのテレビ局が制作する"SparkTour"(世界各地の社会企業家のドキュメンタリー・シリーズ番組)の取材に答える田代さん-54秒-とEricさん-2分25秒-が登場します。)

それから


さらに2週間ほど経ち、3月下旬となった。私たちは、Copa Connectの事業本格化の第一フェーズへの参加農家を募るため、ボルタ地域を駆け回っていた。2013年上半期の目標は、600名の零細農民の加入。各地で行ったワークショップには地元農家から参加希望者が集まり、プログラムの説明と、質疑応答、地元の零細農家コミュニティにおける現状の課題に関する小グループディスカッション等の時間が設けられた。そこには、あのEricの姿もあった。自身の経験を自分の言葉で共有したい、と駆けつけてくれたのだ。何十人もの農民たちの前で、一際熱の込もったセッションを一人で牽引したEricの瞳は、自信とエネルギーに満ち溢れ、輝いていた。Ericの言葉に、食い入るように耳を傾ける農民たち。彼が頷けば皆も頷き、彼が笑えば会場中がどっと吹いた。これまで会場の隅で無言で座っていた農民も立ち上がり、積極的に質問をした。そうして挙げられる疑問のひとつひとつに、Ericは誠実に対応していた。

私は、彼の中の、真のリーダーシップを垣間見た気がした。こうした地元の人々の”トランスフォメーション”こそが、数値的に計測することこそ困難であれ、何よりも貴重なインパクトなのではないだろうか。そして、Ericのようなリーダーが、周囲の人々のロールモデルとして地元コミュニティに継続的に「変化」をもたらしていくのだと思う。

写真:2013年3月、Copa Connectワークショップで、他の農民たちに自身の経験を共有するEric。

2013年8月末現在、Copa Connectはおよそ600名の零細米作農民と協業している。第二期が始まる年末までには、参加農家の数を1,000まで引き上げる目標で事業展開を図っている。勿論、Eric一人だけとビジネスを行っていたパイロットとは全く異なり、これまでは見えてこなかった問題点が次々と浮かんできている。中でもロジスティクス上の課題の克服は、Copa Connectが今後、スケーラブルかつサステイナブルな事業として成長を遂げていく上で必要不可欠である。インプットの配布や生産物調達のシステムも、コミュニティのネットワークと結束力を活用した画期的なモデルへ転換していくことが求められる。また、前回のレポートでも述べたように、Copa Connectの参加農家がGADCOの求める厳しい品質基準に対応していくためには、エクステンション・オフィサーによる手厚いサポート体制が重要となるが、そのための人的資源の確保・訓練は喫緊の課題である。
とりわけガーナでは、古くから米が主食であったインドなどのアジア諸国とは異なり、消費者市場における米需要の拡大はごく最近のトレンドであるため、米作を専門として扱う人材の数が限定的であることも影響している。ガーナの米業界でパラダイムシフトを起こすには、セクターを超えた取り組みが必須なのだ。
挑戦は始まったばかりで、この先茨の道がまだまだ続くのは確かだが、自分たちがやらないで一体他の誰がやるんだ、という気概を持って頑張っている。第一フェーズのキックオフを皮切りにGADCOのCopa Connectチームも徐々に拡大し、頼もしい限りである。

写真:2013年6月、ボルタ地域中部の町Hoにて、地元のアグリゲータ(「集約業align="right" class="tkfd-image-right"/者」の意)向けに3日間のトレーニングを行った。内容は、生産プロトコルに基づく良い農業の実践、ICTの活用、ビジネススキルなど多岐に渡った。灌漑施設へのアクセスのない地域では、零細農家は広い地理的範囲に分散しているため、ロジスティクスやモニタリング制度の効率化のために、”ハブ”として、インプットの配布、モニタリング、収穫物の集約等の機能を請け負う存在(この場合、アグリゲータ)が各クラスターごとに必要となる。)

最後に: 社会起業家に求められるもの


貧困層の零細農家を生産者としてバリューチェーンに取り込むアグリビジネス、Copa Connect――その立ち上げ・オペレーションの展開を通じて、学んだことは計り知れない。中でも、ガーナをはじめとする途上国で、社会起業家が成功するために必要なことは何なのか、実体験を以って理解できたことは、私にとっての大きな「収穫」となった。
善意だけでも、熱意だけでも、洗練されたビジネスモデルだけでも足りない。それ以上に、必要なのは、レジリエンス――困難な状況や挫折からの回復力、あるいは変化にしなやかに対応し生き抜く強靭さ――である。言い換えれば、たとえリソースが不足した状況でも、または腐敗し、崩壊したシステムの中であっても、目の前の課題に向き合い、達成しなければならない日常ベースのタスクをやり遂げる根性。先行きの見えない恐怖と、自身の環境を取り囲む不確実性に屈することなく、一歩一歩前に進み続ける勇気。そして、自分のビジョンと世界観を信じ、適度なリアリズムとオプティミズムを持って、継続的にコミットする揺ぎ無い誠実さである。

こうした貴重な資質を持った人物に、この一年間様々な場所で出逢えたことは、私にとってかけがえのない大きな財産である。9人の同期、歴代のGlobal Fellowたち、ケニアで開催された中間報告会で時間を共にしたEast Africa Fellowたち、色々なイベントを通じて出会った数多くの社会起業家たち、そしてEricのように、自分の未来はきっと変えられる、変えてみせる、と希望を持って力強く生きる世界中の人々 ――彼らの存在は、私の心のガソリンだ。彼らと出逢えたこの一年があったからこそ私は、これまではリスクと思えたことにも挑戦できる気がするし、大きな課題解決に向けた小さな小さな一歩を胸を張って祝福する自信も、自分自身の弱さにもっと素直になる勇気も持てる気もする。
特に、9人のGlobal Fellows同期たちには、短い言葉では伝えきれないほど感謝の気持ちがある。皆と出会えていなかったら気付かなかったこと、克服できなかったこと、向き合えなかったことばかりだ。この一年、楽しい時も、辛い時も、泣きたい時も、怒れる時も、困惑した時も、国境や時差を越えて、いつも支え合ってきた――そしてそれは、多少形を変えながらも、これからも基本的にはずっと変わらないのだろう、と強く思う。

写真:2013年3月末、Wetaでのワークショップの視察に訪れたAcumenチームと。
左から、COOのCarlyle、私、西アフリカ事務所ディレクターのGodfrey、CEOのJacqueline。