ニューヨークレポート(1)-小早川鈴加

2013−2014東京財団AGFPフェロー小早川鈴加さんは、2013年9月より、ニューヨークでのリーダーシップ研修を受けました。レポート第一弾をお届けします。


レポート目次ページ
東京財団アキュメン・グローバルフェローズプログラム(AFGFP)


ニューヨークへ


9月の半ば、JFK空港。これからアメリカとナイジェリアで過ごす1年分の荷物を詰め込んだ大小二つのスーツケースを抱え、私はここでどんな人達に会えるのだろうかという期待に胸を膨らませていた。アキュメンに集うのは、「貧しい人とともに立ち、声なき声を聴く」という志をもち、「寛容・責任・謙虚さ・大胆さ・傾聴・リーダーシップ・敬意・誠実さ」という価値観を大切にする人達だ。彼らから学び、彼らの学びに貢献し、それによって自他共にどれだけ成長することができるだろうか――これから住むブルックリンのアパートに向かうタクシーの中で、私はそんなことを考えていた。

ブルックリンに到着し、賃貸契約書へのサインなどの手続きを済ませ、エージェントから鍵を受け取ってドアを開くと、これから一緒に住むフェローの数人が笑顔で出迎えてくれた。11か国から来た12名のグローバルフェロー達とは、アメリカに来る前からすでに何度も電話やメールでやり取りをしている。やり取りの過程でアパートを共同で借りるというアイデアがでて、それに同意した7人で9部屋ある家を一緒に借りることにした。その家は、それまでバーチャルなネット上でしか会話していなかった私達が実際に住む場所ということで、「リアル・ワールド・ハウス」と名付けられた。オンでもオフでも四六時中フェロー達と顔をあわせて過ごす2カ月が始まった。

研修開始

アキュメンのオフィスは、マンハッタンのグーグルビルディング内にある。営業時代の癖か、こういったビルに入ると、行き交う人を観察し、服装や会話からどんな人たちなのかを想像し、もしこの人達と何らかの取引をする場合はどんなアプローチができるのだろうか、などと入居している企業一覧に目を通しながら考えてしまう。オフィスのドアの前でそんな明後日な思考をしていると、前から歩いてきた男性に笑顔で「君はスズカだよね、確か以前はネパールで働いていたんだっけ、ようこそアキュメンへ!」と声をかけられた。初めて会う人に名前を呼ばれたことに面食らったが、聞いてみると、ホームページに公開された今期フェローの全員の顔と名前、簡単なバックグラウンドを覚えていると爽やかな笑顔で返された。その後もオフィスで会う人会う人、相手に与える印象の良さ、立ち居振る舞いの美しさ、ハイスペックなバックグラウンド、聞く力、相手を観察する力、思いやる力、言葉にする力、内面から滲み出る充実感を備えた人達ばかりだった。ブルー・セーターを読んでからぜひ会ってみたいと思っていた、アキュメンの創設者であるジャクリーンもそこにいた。私の目に、彼らはとても輝いて見えた。(写真)ブルックリンの公園

1カ月はあっという間に過ぎていった。昨年度のフェロー達に会って彼らの経験からアドバイスをもらい、TEDスピーカーからストーリーテリングの手法について学び、合間に読んでおく書類に目を通し、沈黙の重さに耐えながらリーダーシップについてとことん突き詰めていくワークショップを行い(詳しくは4期フェローの田代絢子さんのレポートに書かれています)、ファイナンスのトレーニングを受け、5ドルと地下鉄の切符だけを持ってニューヨークで貧困に直面する人たちと同じように過ごし、車椅子やアイマスクを使って地下鉄にのり、身体が不自由な人が利用しやすい公共交通機関のシステムをデザインし、という毎日だった。

自分を見つめ、さらけ出す?


2週間もすると、皆新しい環境にすっかり慣れ、お互いのことも分かるようになってくる。ちょうど、3週目の沈黙の中で考え抜くリーダーシップ・ワークショップを経たあたりで、一人のフェローから「君は強さや弱さといった軸で話をすることが多いね」との指摘を受けた。確かに、私はもっと強さが欲しいと思っているし、「弱いこと、力がないこと」はとても恐ろしい事態だと考えているので、そういった傾向がある。私にとっての強さとは、いわゆる腕力だけではなく、経済力や政治力といった社会的な強さも含まれるし、新たな知識やネットワーク、精神力、優しさや寛大さも含まれる。そういった「強さ」を追求することに対して私はとても積極的だったが、反面、アキュメンの研修でよく言われている「ありのままの自分で、弱い部分も含めてさらけ出す」というのは、私にはとても居心地の悪いものだった。(写真)ファイナンスのトレーニング

弱いことを恐れるようになったのは、おそらく、思春期に差し掛かる前の多感な頃からだったと思う。私はよく本を読む子どもで手当り次第に色々な本を乱読したが、その中には戦争や紛争、貧困や差別などの主題を取り扱った本もあった。放り投げられた赤ん坊が銃剣で突き刺される描写は恐ろしかったし、子どもが人身売買にあったり、自分と同じ年頃の女の子が人間としての尊厳を奪われるような生活を強いられたりすることが世界の別の場所では未だにあると知った時は信じられない気持ちだった。虐げられるのはいつも弱い女こども達で、弱いということはとても惨めなことだ、というのが十代前半のうちから私の意識に刷り込まれていた。思春期の頃に変質者にあって怖い思いをしたこともあり、私は女性に生まれた時点で「弱い側にいる」と考え、それに対する恐れから武道を習い始め、黒帯になり、プロテインを飲みながら筋肉をつけ、大会でトロフィーだの賞状だのを量産するくらい打ち込んでしまったわけだが、そんな価値観をもって育った私が、そうそう会ったばかりの、しかもきらきらしい経歴を持った人たちの前で本当の弱みなど見せられるはずもない。むしろ、武装してかからなければ、と思ってしまうくらいだった。

私は、自分自身の弱さをしっかりわかっているつもりだし、向き合ってもいるつもりだった。自分の弱さを認識しているからこそ、それをカバーするために努力もしてきた。まわりとの距離を縮めるために「計算の上で見せる弱み」のネタも用意している。それだけで十分なのではないか、と思っていた。それなのに、折に触れて同期のフェロー達は話の内容に深く突っ込んでくる。彼らは、本当の私を知ろうとしてくれていたのだと思う。また、勘の鋭い彼らは、私が表向きに表現していた綺麗ごとに気づいていたのかもしれない。けれど、私自身が認めたくないような内面に抱えているコンプレックス、臆病さ、浅ましさ、足りないと思っている色々な資質、自信のなさや利己的な部分を彼らに知られてしまうのが嫌で、更に、知られてしまえば相手を失望させたり嫌悪感を持たれるのではないかという恐怖があり、なるべくその部分に触れられないように、と人当たりの良さそうな笑顔を作って自分自身を守っていた。それでも、リアル・ワールド・ハウスではフェローの皆と毎日一緒に食事を作ったり、夜中まで語ったりしたので、表面だけを繕うことは難しかった。彼らはいつも、とても鋭い質問を私に投げかけてくる。言葉では表現できないような内面の機微を外国語である英語で説明すること、価値観の違いや考え方の違いについて相手を慮りながら説明すること、彼らが背負う過去や内面について話を聞くことは、アキュメンでの研修が終わってくたくたになった脳をさらに疲弊させた。毎日、疲れ果ててベッドに倒れこみ、次の日に必要な準備やリーディングをしているうちにいつの間にか寝てしまって朝を迎える、という日々を過ごした。

リーダーシップとは

誰しも、リーダーとはこういう人で、リーダーシップとはこういったものだ、というイメージをもっているのではないだろうか。私にとってそれは、人の可能性を引き出すことができ、それによってグループ全体のパフォーマンスや幸福感を上げることができ、物事を正しく見て判断することができ、多様な考え方や価値観の中にあっても様々な立場を尊重して調整することができ、スピーチが上手で、それによって人を動かすことができ、知識が豊富で、信頼でき、余裕があり、ネットワークもあり、人間的な魅力にあふれ……と自分自身がそうありたいと思う理想の姿だった。その理想の中には、私自身の脆弱な部分は含まれることはなく、私の中の弱さなど、リーダーシップには全く不必要な要素だった。なので、私は自分をさらけだすことよりも、ハード・スキルの習得の方に熱心だった。ファイナンスの知識、投資家とのネットワークづくり、効果的なプレゼンテーションやストーリーテリングのための話し方、チームビルディングのスキル、といったものである。

あるファシリテーターが発した「リーダーシップなどという概念は、幻想だ」「リーダーシップとは、アクション(行動)である」という言葉は、私の背中を押した。後になって考えると、これらの言葉には「固定概念にとらわれることなく、その場その場に適した行動をとる」という意味が込められていたと思うのだが、その時の私は、「ごちゃごちゃと概念について語るよりも、結局は行動なのだ」と勝手に納得をした。何かを変えるには行動を起こすことしかない、言葉よりも、行動だと。そして、私は強みを伸ばし弱みを克服することに力を置き、認識している弱みや人に見せたくない内面について言葉にする事には、敬して遠ざけるスタンスをとった。自分の中の弱さを受け入れないことで、苦い思いをしたのは、研修の後半に入ってからのことだった。