ニューヨークレポート(2)-小早川鈴加

2013−2014東京財団AGFPフェロー小早川鈴加さんは、2013年9月より、ニューヨークでのリーダーシップ研修を受けました。レポート第二弾をお届けします。


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東京財団アキュメン・グローバルフェローズプログラム(AGFP)


Good Society - 先人の智慧を訪ねる


『あなたを動かしたのは、Love(愛)だったの、それともFear(恐怖)だったの?』

良い社会に必要なものとは何かについて2泊3日かけて探究するGood Societyというセッションで、そうジャクリーンに問いかけられた私は、はたと考え込んでしまった。何が私を動かして、私は何故ここにいるのだろう? 例えばカースト制度などといった社会規範や、何をやっても結局変わらないという諦観などが原因で自らの能力や尊厳を信じることができない女性に、それは違うんだ、あなたは人としてとても大切な存在なのだと経験を通じて知ってもらいたいという願いや、自分の可能性や希望を見出した時のキラキラとした瞳を見たいという思いは「愛」に類する原動力と言えるだろう。でも、それだけで私はネパールまで行っただろうか?そう自分に問えば、答えは否である。私を最も強く突き動かしたのは、以前のレポートでも触れてある通り「恐怖」だった。怖い、という思いはずっと私の行動の原点にあった。強さを求めて自分を鍛えたのも恐怖からだ。恐怖がなければ、私はここにはいなかった。そこまで考えて、私は絞り出すように答えた。

「愛だと言いたいし、認めるのは抵抗があるけれど、私を最も強く突き動かしているのは、恐怖です。」

この時私達は、様々な政治哲学書などの文献を読み込み、権利と責任、自由と社会秩序、平等と社会正義の追求、生産性と富、コミュニティとアイデンティティなどについて自らの経験と照らし合わせながら、一つひとつディスカッションを重ねているところだった。世界人権宣言の理念を確認し、キング牧師の人の心を打ちながら動かす説得力を分析し、李光耀とアウンサン・スーチーの政治手法について議論し、リヴァイアサンの闘争について話したところで、私は冒頭の質問を受けた。恐怖や愛情、怒りや同情といった感情を政治的手法に取り込んで人の心を動かすことを分析的・俯瞰的に他人事のように見ていた視点から、一気に等身大の目線で物を見るように促された瞬間だった。そして、自分の内側に見たのは、「怖くてここまで来た」というリーダーらしからぬ答えだった。認めなくない、という気持ちが強く湧きあがったが、取り繕っている余裕はなかった。自分自身の考え方や、言葉の定義から認識しなおさなければならないことが頭の中をグルグルとまわっていて、それに追いつくだけで精一杯だったのだ。

文献は高校の倫理や大学の授業でざっとした内容を知っているものも多かったが、社会人として勤務したり、途上国で仕事をしたりした後だと感じ方が全く違う。時に立ち止り、周りの人や自分自身の声と経験に耳を傾けながら、哲学書や先人が書き記したものに回帰するのも大切なのかもしれない、と改めて思った。人が何らかの課題にぶつかるときというのは、ある種の普遍性があるものだ。これからも、折に触れてこういった機会を持とう、と思ったワークショップだった。2013年度に使われた文献の一部は、以下の通りである。

•Human Rights, Aung San Suu Kyi (平和、民主主義、人権の文化/アウン・サン・スー・チー)
•Conversation with Lee Kwan Yew, Fareed Zakaria(李光耀との対話/ファリード・ザカリア)
•Leviathan, T. Hobbs (リヴァイアサン/ホッブス)
•Social Contract, J.J. Rousseau (社会契約論/ジャン・ジャック・ルソー)
•Categorical Imperative, E. Kant (定言命法/エマニュエル・カント)
•Utilitarianism, J.S. Mill (功利主義論/ジョン・スチュアート・ミル)
•Republic, Plato (国家/プラトン)
•Nicomachean Ethics, Aristotle (ニコマキアン倫理/アリストテレス)
•The Muqaddimah, Ibn Khaldun (歴史序説/イブン・カルドゥン)
•Development as Freedom, A. Sen (自由と経済開発/アマルティア・セン)
•Equality and Efficiency Tradeoff, A. Okun (平等と効率の交換/アーサー・オークン)
•In the Name of Identity, A. Maalouf (アイデンティティ/アミン・マーロフ)

Lean Launchpad - 自分の中の脆弱さに向き合う


良い社会に必要なものについて考えるセッションの翌週のプログラムは、Lean Launchpad という新規ビジネス立ち上げの実践的トレーニングだった。Lean Launchpadは、直訳すると「引き締まった(痩せた)打ち上げ」で、日本ではそのままリーン・ローンチパッドと呼ばれ、新規事業立ち上げの手法の一つとして紹介されている。ビジネスを立ち上げる際に共通してみられる失敗の要因の一つに、顧客の要望にマッチしないものにコストや時間や労力をかけてしまうことがあげられるが、そういった無駄を省き、最大の効果を最短で得るためのメソッドとして、スタンフォード大学のスティーブ・ブランク氏により提唱された。社会起業では特に、事業のスタートアップにリソースを裂くのがむつかしいケースも多い。そこで、顧客からの頻繁なフィードバックを反映させながら、無駄な機能をそぎ落として、競争力と顧客請求力の高い商品に仕上げていくこの手法が着目されることとなった。詳細については、スティーブ・ブランク氏のサイトでビデオ講座を見ることができる。登録が必要だが、彼が大学で教えているクオリティの高い講座を誰でも無料で視聴することができる。

私達は、このリーン・ローンチパットの手法を取り入れながら、3人ずつのグループに分かれて、何らかの社会問題に対しての解決策となり、かつ事業を存続させるだけの利益を出すことができるビジネスモデルを1週間で作り上げるという課題をこなすことになった。仮説建て→商品・サービス・価格・販売チャネル・マーケティング手法の決定→顧客に意見を聞く→改善というサイクルを繰り返し、その進捗を毎日投資部門の社員や投資家にプレゼンテーションをしてダメ出しを食らうという目まぐるしい一週間が始まった。                        
私は、アメリカとアイルランドから来たフェローとの3人グループとなった。私以外の2人ともMBAを取得しており、リーン・ローンチパットについてもよく知っており、英語を母国語としている優秀な男性達だ。3人とも教育問題について興味があったため、低所得コミュニティの公立学校の教育の質を上げるために、一人ひとりの学びにカスタマイズできるテクノロジーを使った教育システムを頒布する仕組みを作り上げる、という課題に取り組むことにした。

チームメイト二人の仕事は早く、スマートだった。マーケットリサーチも、ネットと電話であっという間にきちんとしたデータを揃えてきてしまう。私もパワーポイントなどの資料を作るのは早いほうだと思っていたが、彼らはもっと早く、洗練された言葉で立派な発表資料をつくってしまった。しっかりしたリサーチによるスキのないロジックに思えたが、ディスカッションを進めるうちに、私はなんとなくしっくりこない何かを感じていた。その理由の一つは、私たちがターゲットになる人たちに実際に会いにいくことなくロジックを立てていたことにあった。日本にいる時に「いつだって答えはお客さんの中にある。とにかくお客さんのところに足を使って行け」という文化の中で営業としてしごかれた私は、対象となる人達が住む場所へ行き、彼らに会い、彼らの顔を見て、彼らが24時間どのように生活してどんな価値観で物事を決めていくのかということについてもっと知りたいという思いがあった。アメリカの低所得層地域の公立学校に通う子供やその両親がどういった人たちなのかについての私の知識不足もあり、ロジックでは納得しても感情の部分では納得できない部分があったのだ。

そこで私は一人ブロンクスへ行き、公立学校の前と公立図書館の中であった親子達に時間をもらい、彼らが子供の教育について感じている課題について聞いて回った。教師の経験がある人達の話を聞くときも、なるべく対面でその人の表情を見ながら聞くようにした。外出してのヒアリング、インタビューのまとめ、毎日のプレゼンテーション作成、プランニング、ディスカッション、と時間はあっという間に過ぎていった。限られた時間では、定性的な少数の意見を聞くことができても、定量的なデータをとることは難しい。私が「効率的でない」リサーチをしている間に、チームメイトはしっかりとした定量データを集めていた。

お互いが持ち寄ったデータから導き出される考え方も、対象とする年齢層、バリュー・プロポジション(顧客に提供する価値のこと)についての意見も、私と優秀な男性二人とでことごとく意見が分かれた。ディスカッションをすれば、必ず私が言い負け、相手を納得させるだけの説得力を私がもつことはできなかった。MBA脳の高学歴ネイティブ・イングリッシュの若僧よ、泥臭い営業をずっとしてきた勘がそれは違うと言っているんだ、現場経験を軽んじるでない、なんて思ったとしても、そんな体育会系の根性論が説得力をもつはずはない。英語で的確に表現できないことや、アメリカにおける教育問題についての自分の知識不足に苛立った。また、私の説得力のなさのせいで、実際に会って話を聞いた方々のニーズをバリュー・プロポジションに反映しきれないことにも申し訳なさを感じていた。

チームメイトは辛抱強く私の話を聞こうとしてくれたが、私は自分がチームのお荷物になってしまっているのではないかと感じ始めていた。そして、自分がそういった考え方をしていることにハッとした。もし私が逆の立場だったら、私はどうしただろうか? 十分に時間がない状況の中で、わかりが悪く、効率も悪く(私は時間をかけて現場に行くことは効率が悪いとは思っていないが、彼らにはそう映っていたと思う)、何かを説明するのにすぐに言葉に出来ずに言い淀む相手に対し、その人をお荷物と感じることなく尊重し、しっかりと話を聞くだろうか? そう考えた時、気が強く弁が立ち、人の話に耳を傾けず、自分の信じていることをまったく疑わずに突き進む、日本での自分の姿を思い出していた。私は、「強い立場」にいつも自分を置くことにこだわりすぎて、弱い立場に立つということについて、きちんと考えてこなかったのではないだろうか。過去の自分の言動を振り返った中で見つけてしまった私自身の傲慢さは、私を打ちのめした。

研修から得たもの


リーン・ローンチパッドのトレーニングが終わった頃、ニューヨークは急に寒くなった。私たちは、間近に迫ってきたフィールドへの出発に向けて、事前準備やビザの手配、投資家を集めて1年の成果を報告するインベスターズ・ギャザリングなどの準備と相変わらず忙しい毎日を送っていた。そんな中でも、私の中にある臆病さや傲慢さ、こうありたいという姿と比べて足りない様々な要素は私を苛立たせた。誰かの中に自分の中で見つけたのと似た弱点を見つけると、自分の代わりにその弱点を心の中で攻撃する傾向があることを認識するのも、いい気分ではなかった。

私が何か抱えていそうだということを、リアル・ワールド・ハウスにいたフェロー達はすぐに気付いた。結局はぐらかすことはできず、私は自分が抱えていることについて正直に話した。それに対してあるフェローが言ってくれた言葉は今でも心に残っている。「誰もがそういったものを内面に持っているし、完璧な人なんて誰もいない。あなたは素晴らしいものを沢山持っている。これはあなたがフェローだからそう言っているんじゃなくて、友達としてそう思っているから言っているの。まずは自分を受け入れないと、ほかの人も受け入れられないんじゃないの? 自分をもっと愛してあげて。」そう言って私を抱きしめてくれた彼女はとても暖かかった。ニューヨーク研修の何よりもの財産は、ここで出会った人達と自分を見つめなおす機会だったと感じている。