ナイジェリアレポート(2)-小早川鈴加

2013−2014東京財団AGFPフェロー小早川鈴加さんは、2013年11月より、ナイジェリアでの現地研修を受けました。レポート第二弾をお届けします。


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東京財団アキュメン・グローバルフェローズプログラム(AGFP)

ナイジェリアでの生活


ラゴスでの住まいは、会社のすぐ近くにある、厳重に警備された集合住宅だ。フェローの住まいは投資先会社が用意することになっており、渡航前に会社から「一人で住むのと、誰かと住むのとどちらがいいか」と聞かれたので、「安全性さえ確保されれば、その他には全くこだわりがないので、現地を良く知るあなたのアドバイスに従いたいと思う」という話をした結果、パガのプロダクト・マネジメントをしている女性の広い家のゲスト・ルームを間借りさせてもらい、一緒に住むことになった。趣味良く落ち着いた色合いでまとめられている彼女の家はいつも掃除が行き届いており、美味しいナイジェリア料理を作ってくれるお手伝いさんもおり、誰かと一緒に住むという安心感があり、さらにいつでも仕事・生活・ナイジェリア文化の話も出来るという、安全でとても過ごしやすい住環境だった。
(写真右:一緒に住んでいる女性と。彼女は、親切で、知的で、回転が速く、信心深く、責任感溢れる素敵な女性。)

一歩敷地を出てラゴス・ラグーンの方面へ少し行くと、掘立小屋が立ち並び、ラグーンでの水上生活者のスラムが広がる。そこでは、頭の上に大きな荷物をのせてマーケットへ向かう女性たちが行き交い、その横を廃車寸前のボロ車が真黒な煙を吐きながら走っている。空き地には動かなくなった黄色いミニバスが沢山並んでいて、そのミニバスの中でも人が暮らしている。ふと車から外を眺めると、ミニバスから出てきた人が歯磨きをしていたり、タライの水を使って体を洗っていたり、草むらで排泄しているのが見えることがある。

美しく整備された敷地内からゲートをくぐって外へ出るたびに、その格差に圧倒される。貧富のギャップをビジネスを通じて埋めることを目的にしているのに、自分だけ快適な場所に住むのは、感性や強い意志を鈍らせてしまうのではないかという不安と罪悪感が心をよぎった。

けれど、安全性には代えられない。ここにいると、外国人というだけでどうしても目立ってしまい、遠慮のない視線を多く受ける。もしも何かに巻き込まれたり、病気になったり、怪我をしたりすれば、迷惑をかけてしまうのは今お世話になっている周りの人たちである。新聞沙汰になるような命に係わる事件に巻き込まれれば、そのせいで批判を受けるのは日本にいる大切な家族であり、ニューヨークにいるアキュメンであり、サポートしてくれている東京財団である。生活にはどうしても慎重にならざるを得なかった。
(写真左:マーケットで商品を売る女性。毎日沢山の商品を運ぶ腕がたくましい。)

「騙された方が悪い」社会


「ジェームスがお金を強奪したわ」
ある時家に帰ると、同居している女性がそう言った。彼女はパガでマネジメントの仕事をしつつ、エージェントと呼ばれるパガのサービスを扱うお店も経営しているのだが、そこで顧客対応を任せていたのがジェームスという青年だった。エージェントは住んでいる集合住宅内にあり、実際にどのようにパガのサービスが利用されているのかを見ることが出来るので、私もよく顔を出していた。そこで働く彼と連絡が取れなくなった後、エージェント名義の口座のお金がどこかへ送金されていたことに気づいたという。被害額は、彼の2か月分の給与程度。毎晩の経理締めではしばしば彼による計算ミスや帳簿の不一致が見つかり、そのたびにジェームスはしきりに頭を掻いて計算しなおしていたのだが、悪い人には見えなかった(今となっては、それも単なる計算ミスなのか、ちょろまかしなのかは定かではないが)。パガのビジネスはとてもクールだ、やっていて面白い、僕は学校を途中でやめたけれど、お金をためてもう一度勉強してマーケティングの仕事がしたいんだと言っていた、あの純朴そうに見える青年がそんなことをするなんて。ショックだった。


ジェームスからお金を取り戻すのも、彼を訴えるのも、ここではとても難しい。彼にはもう連絡がつかず、たとえ捕まえても彼が知らないと言えばもうそれまでだ。ナイジェリアでは、軽犯罪に対する公的な司法ルールは機能しない、と言われている。例えば警察に捜査をお願いしようとすると、それにかかる足代、昼食代、必要経費など全ての費用を払わなければ彼らは動かない。捜査期間中に警官の親族の結婚式があれば、当然捜査は中断し、お祝い金を要求される。たとえ警察を動かすことが出来ても、こちらが支払うお金以上の賄賂を渡されてしまえば、相手は警察からの追及を逃れることだって出来る。そもそも、そんな費用を払っている時点で、失ったお金以上の出費となることは確実である。そうなれば、泣き寝入りするほかなくなってしまうのだ。
そんな国でお金に関する仕事をすることは、とてつもなく難しく思えた。もし何かあれば、お金がある人は解決策を模索できるかもしれないが、貧しい人へのネガティブ・インパクトはとても大きなものになってしまう。この仕事をすることは覚悟がいることだ、と改めて感じた。
(写真右:ジェームスがいなくなった、居住敷地内のパガ・エージェントショップ。会社が休みの土曜日は、私もここで店番をして顧客対応をすることがある。)


働けない


パガで働くにあたって、私自身も大きな問題を抱えていた。就労ビザである。私が入国したのに使ったのはビジネス・ビザで、ミーティングへの参加、商談や視察、アドバイザリーは許可されていたものの、パガの従業員として働くことはそのビザでは出来なかった。顧問弁護士からも「パガで働かないように」と書面ではっきりと言い渡され、私はあくまで投資元から送られてきた部外者として行動しなければならなかった。会議への参加は可能だったし、エージェントへの訪問は視察扱いになるが、行動は制限されるし、パガの一員としてチームメンバとして正式に働くことが出来ないのはつらかった。9カ月しか時間がないという思いも、私を余計に焦らせた。

ケニアやウガンダに派遣されたフェロー達も同じようなことはあったようで、厳しい場所だと出社すら許されなかったのをみると、私はまだいい方だったのかもしれない。ミーティングへの参加ということで会社に顔を出すことが出来たのだから。

私の就労ビザ申請は夏以前から行われていたが一向に進まず、ナイジェリアに来てからも、ラゴスから首都アブジャへ送られる私の書類は何故か何度も「紛失」した。恐らく、賄賂を払えば不可解な紛失もなく、何カ月も待たされるということはなかったのではないかと思う。宙ぶらりんな状態は、年が明けてもずっと続いた。

賄賂がないと進まない


賄賂というシステムには組みしない。汚職とはあくまで戦う。そのことはアキュメンで事前に何度も確認したことで、私もそれは当然だと思っていた。けれど、賄賂を拒否して生活することは予想以上に不便だった。

例えば、ある朝、私の乗っていた車が進入禁止車線から車線変更をしたという理由で警察に止められたことがあった。ライフルを持った、白目がどんよりと濁った警察官がドライバーと二言三言話した後、そのまま助手席に乗り込んで来て、予定していた場所とは違うところへ行くように指示した。警察官は後部座席に座っていた私の方を振り向いて、「マダム、大丈夫ですから、時間はかかりません」と言って笑った。着いた先は警察署。ドライバーが外へ出て警官と話し、しばらくして戻ってきて「彼らはお金を払えと言っている」と伝えてきた。それは賄賂なのか、それとも罰金なのか、いくらなのかと聞くと、賄賂だが値段はよくわからないから交渉しないといけない、と言う。そもそも侵入禁止レーンにいたのか私にはわからなかったので「違反はしていたのか」と問うと、彼は違反はしていないと答えた。であれば自分の正当性を主張すべきだし、賄賂を払うのは間違っているのですべきではないとドライバーに伝えたところ、その内容が警察に伝わってしばらくして車の下の方からプシューという音がして、車体が下がっていった。タイヤのエアーを抜かれたのだ。これで、警察署から動けなくなってしまった。

事態を会社に伝えた後、私はドライバーと車をその場に残して、タクシーで予定していたアポイント先に向かうことにした。大事な訪問予定だったので、時間に遅れるわけにはいかなかった。その後、ことの顛末を聞いたところ、ドライバーは一昼夜をその警察署で過ごした後、5万ナイラ(3万3千円)の罰金を支払い、エアーを入れなおして、戻ってきたとのことだった。

その事を周りのナイジェリア人に話すと、ある人は「そのドライバーはバカなんじゃないのか、そこでは間髪入れずに賄賂を払うべきだったんだ。綺麗ごとじゃなく、君もそうすべきだってわかっているだろう」と憤慨していた。私が賄賂を拒否したことで、その日その車を使って移動するはずだった全ての予定はつぶれ、ドライバーの月給を軽く超える罰金を払うハメになり、タイヤのエアーを抜かれ、ドライバーはその日家に帰ることが出来なかった。結果として、時間もお金も大きくロスすることになった。
(写真右:連れていかれた「警察署」。言われてもどこかわからなかった。見えづらいが、中央奥の白い番台に「POLICE」と書かれている。)

車が警察に止められた時点で私がにっこり笑って、「ごめんなさいね、このレーンから車線変更してはいけないとは知らなかったの。今は急いでいるから、このまま行かせてもらえないかしら。今度から気を付けるから。これで美味しいランチでも召し上がって」と1000ナイラ(650円)も差し出せば、こんな事態にはならなかった。ここで何かを成し遂げようと思うなら、地域の「慣習」と化している賄賂に対しても「賢い対応」をする必要があったのだろうか、賄賂を断固拒否するという意志決定は正しかったのだろうか。もし同じ事がまた起こったら私はどうするのだろうか、これがちょっとした違反の見逃しではなく人の命を助けられるような賄賂ならば、賄賂イコール悪と決めつけずに行動するのだろうが、軽微な違反に大きな代償の場合はどうすべきだったのか、などという考えが頭の中をグルグルとまわった。

大切なこと


?他の人が「それは困難だ」と思うことをチャンスだととらえる。
?そうしたほうがやりやすく簡単だからという理由ではなく、それが正しいからという理由で行動する。
?失敗しても失敗しても、また再スタートする勇気をもつ。
?どんなにつらいギリギリの状況になっても学び続けるという思いを持つ。
?諦めず、希望を持ち続ける。

出発前に、「こうしよう」と決めたことだ。耳に心地よく響くこれらの言葉だが、実際に思い通りにいかない状況になってもそう思い続けるには、鈍感なくらいのポジティブさと忍耐力が必要だ。日本に住んでいれば信じられないような事が普通に起こり、「やらない理由」「諦める理由」がこれでもかと出てくる中で、変えられる、出来ると信じ、心からの希望を持つ。実際に働いてみると、社内でもどこから手を付けていいのかさえわからないような事態に数多くぶつかり、自分の状況把握力、問題解決力、価値判断にフラストレーションを感じるのが常だった。それでも、前を向いて、諦めずに、環境を言い訳にせずに、何が出来るのかを考えて、一歩一歩進んでいかなければならない。

たまに同期フェロー達に「もうこんなのは嫌だ」とこぼすこともあった。アキュメンの同期達はどこまでも愛情深くおせっかいなので、そんなことを言うとすぐに大丈夫か、そんな時はこうしたらどうかと問題解決型の提案を含む長いメールが方々から来て、国と時差関係なく私のナイジェリアの携帯番号に国際電話もかかってきた。ありがたいなぁ、と改めて思う。大変な毎日ではあるが、大事にすべきことを日々身に染みて実感する、大切な毎日を過ごしていると感じている。