タイプ
その他
日付
2008/4/14

自治体職員能力養成をめぐる状況:底流と表層流

4月1日に掲載した「現代の自治体職員が求められる能力とは~リーダーシップとマネジメント能力~」(著:マーカス・イングル教授、ポートランド州立大学ハットフィールド行政大学院)に対し、同じく日本の自治体職員の能力養成について、早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科塚本壽雄教授 のご見解を紹介いたします。


本欄への寄稿において、ポートランド州立大学ハットフィールド行政大学院イングル教授は地方分権の時代の自治体職員能力養成上の課題として、「中空に城を建てること(リーダーシップ)」と「その下に土台を置くこと(マネジメント)」の双方の能力が必要であることを指摘された(「イングル教授の分析」)。その背景として、同教授は、国との関係での自己決定責任・権能の拡大と地域における行政サービス実施上の関係主体の拡大の同時進行をあげておられる。

たしかに、自治体の構造面と機能面の変化、そしてその下で自治体職員に新たな能力が求められていることについては関係当事者の共通認識となったようである。自治体職員の意識にも変化が進んでいる。しかし、現実には、能力養成への投資は期待されるほど進んでいない。いな、自治体が人口構造の変化や市町村合併など伴う業務量の増大、その一方での歳入不足という困難の中で、いま、自治体職員能力養成への取組はむしろ退歩しつつあるのではないかという大きな懸念がある。これは、危険であり、大きな誤りであると言わねばならない。人的投資は戦略的観点から短期的な便宜に左右されることなく持続的に行われなければならないからだ。

1.地方分権の進展と自立への意欲
地方分権は地方自治体の中央政府からの自立を意味し、その実現は誰もとめられない流れとなった。筆者の知る二つの現象がそれを象徴している。

(1)「地方政府」ということばの認知
ひとつは、地方政府という用語に関するものである。我が国では、法律・行政において、公の機会には、「地方政府」ということばは使われず、もっぱら地方自治体あるいは地方公共団体という文字が用いられてきた。こうした中で、2007年4月、内閣総理大臣の諮問機関である地方分権改革推進委員会の文書に「地方政府」の文字が現れた。筆者の知る限り官界では始めてのことである。これは同委員会が過去10年の第一期分権改革を受けた第二期分権改革の推進主体であることと無縁ではないであろう。

注目すべきことは、この文字の使用について、従来ならあったであろう委員会への各省庁からの反発のようなものが聞こえてこなかったことである。これは、いまや分権が地方自治体の自立を意味することは誰も抗うことのできない方向性であり、中央省庁も含め確立された認識となったことを象徴するように思われる。ただし、そのことと、各省庁の文書にまで「地方政府」の文字が現れることとは別である。

(2)「ローカル・マニフェスト」と地域のビジョン
地方自治体の首長候補者に出馬に当たりいわゆる「ローカル・マニフェスト」を提示させる運動の進展も地方自治体が「地方政府」であり、自己決定の権能を持つものであるという理解の拡大を示すものと言える。元三重県知事で現在早稲田大学公共経営研究科教授である北川正恭氏が2003年に始めたこの運動は、選挙を候補者の選択でなく政策の選択とすることを目的の一つとして、国政レベルと地方政治レベルで推進されてきた。

この運動は特に「民主主義の学校」である市区町村の選挙をターゲットにすることにより、有権者の意識改革を国全体に進めていくことがねらいとなっている。その説得論理のひとつは、市区町村が地方政府であるというならば、首長選挙は政府のあり方の選択の機会であり、候補者は、イギリスにおける国政選挙と同様に、政権のビジョンとその実現の工程等を有権者に明らかにして、審判を受けるのが自然であるというものである。

運動は着実に成果をあげており、いまや市区町村の首長選挙においては、マニフェストを掲げなければ当選のチャンスがないといわれる状況である。このいわゆるローカル・マニフェストにおけるビジョンは特定の地域の明日のすがたを描くものである。マニフェストは、住民に理解されるものであるためには、必然的にイングル教授の指摘される「地域の伝統と価値観を体現したもの。何を目指し、どのようなすがたを理想とするかを示すもの」でなければならない。これまでの経験は、まさしくそのような内容のマニフェストを掲げた候補者が住民に選択されることを示している。そして職員はそのマニフェストを具体化と実現に当たることになるのである。ローカル・マニフェストは、まさに同教授の言う鼓舞的リーダーシップが市区町村において発揮される時期が来ていることを示しているのである。

2.自治体職員における変化
上述した地方政府の用語の認知とローカル・マニフェストの定着はどちらかというと市区町村の首長レベルでの現象であるが、これに代表される地殻変動は、自治体職員にも注目すべき変化を引き起こしつつある。この4月私が参観した東京財団市区町村職員国内外研修プログラム第5期の初日にイングル教授の同僚西芝雅美助教授が行われたセッションはそのことを端的に示した。

このセッションでは、全国12市区町村からの13名の研修参加者が、研修で自分が何を得たいかの目標設定を共同で行った。彼らは、早稲田大学公共経営研究科での16週間の学習とポートランド州立大学幹部リーダーシップ研修所における7週間の研修を予定している。参加者は研修における直接の目標として、大学院やアメリカという異文化体験による新たな価値観の獲得をあげた。「価値観」が目標として提起されたこと自体、従来型の公務員を多く知る筆者には、大変新鮮かつ驚きであった。しかし、筆者が最も大きな印象を受けたのは、彼らの最終目標である。参加者は、「この研修を通じて得た知見とスキルをベースに市区町村のプロフェッショナル職員として自らが自立すること」を掲げた。さらに、いわばスーパーゴールとして、「自治体内外の関係者の協力のもとに、地域を住みよいところにすることに貢献すること」を加えたのである。注目すべきは、これは、まさに、イングル教授が指摘されたリーダーシップ及びマネジメントのコンピテンシーを発揮することに他ならないという事実である。各地から集まった参加者が自らの相互の議論を通じてここまでの意識と志を示したということは驚くべきことではなかろうか。これが示唆するのは、今や市区町村職員の間にも、ごく自然なこととしてプロの職員としての自覚とリーダーシップの必要性がインプットされ、あるいはそのことを理解できる用意があるということである。

3.人材養成をめぐる状況
このように見ると、自治体職員のリーダーシップ及びマネジメント・コンピテンシーの養成には好条件が揃っているかのようである。しかし、実際は、市区町村をめぐる最近の情勢にはその前途に大きな懸念を抱かせるものがある。分権自立への動きは決して磐石ではないことがうかがわれるからである。

今回の道路財源の一般財源化をめぐる騒ぎの中で、多くの自治体はなりふりかまわず中央政府依存の時代に戻るような姿勢を見せている。一般財源化は、道路至上主義の見直しひいては市区町村の予算編成における優先度決定における自立性を試すものでもある。しかし、一連の展開は、分権自立の理想も予算逼迫の現実には勝てないことを示すように見える。実はこのことについて自治体のみを責めるわけにはいかない。それは税財源の地方移譲の進度の遅いことが根底にあるからである。

今回のことは、市区町村の財政基盤の脆弱さが、自立と中央政府依存からの脱却の大きな障害となっていることを示した。いま、ほとんどすべての自治体で、2008年度予算は対前年度より減額となった。厳しい歳出削減がふつうのこととなっている。

いわゆる一般行政経費はその第一のターゲットである。とりわけねらわれるのは効果が表われるのに長年を要する経費であり、研修経費はその代表である。筆者の属する早稲田大学公共経営研究科にも多くの自治体が専門職学位課程(1年コース)に継続的に学生として職員を派遣し学ばせていたが、2008年度には半数近くが派遣を取りやめた。

分権自立は本来長期的な取り組みである。その時々の都合に左右されるべきものではなく、いわんやその結果として中央政府への依存の発想に戻るようなことは決してあってはならない。人材養成についても、状況が如何に困難であれ、最大限の配慮が払われなければならない。にもかかわらず市区町村の現状が、こうした人材への投資を容易には許さないのも事実である。

このような状況において、歯を食いしばりながら各種の研修に職員を送り続けている自治体とその首長には最大の賛辞が送られてよいであろう。東京財団の市区町村職員国内外研修プログラムは、そのような自治体に対して、職員のコンピテンシーの開発の機会を提供してきた。その成果は、全国の20以上の市区町村の延べ50人に及んでいる。同財団は先見性と自立への意欲のあるこうした自治体に何にもまさる支援の手をさしのべてきた。東京財団は、分権自治のための人的投資の暗黒の海における燈台のごとき存在として、自治体の自立を支え導く貴重な役割を果たし続けてきたのである。東京財団だけがそれをなし得た。

現下の財政制約のもとで、自治体において人材への資源投入に優先度が与えられる見通しは当面うすい。東京財団の役割に期待されるところは今後も大きい。

4.結論
イングル教授は、新たな地方分権・自立の環境下における自治体公務員のリーダーシップとマネジメント能力養成の重要性を強調された。人材養成及び能力獲得の必要性については、首長レベルでも職員レベルでも気づきが始まっている。しかし、現在の状況は自治体による人材への投資を困難にしている。このままでは、分権自立は単なるお題目に終わりかねない。こうした危機にあって、東京財団の市区町村職員国内外研修プログラムには国家的な意義がある。プログラムの継続的かつ戦略的な展開によって、東京財団は日本を代表する公益法人の使命を果たし、その存在意義を強く内外に示すことができる。

*本稿は4月1日に掲載した論文「現代の自治体職員が求められる能力とは ~リーダーシップとマネジメント能力~」(著:マーカス・イングル ポートランド州立大学教授)に対応したものです。イングル教授の分析も併せてご参照ください。