タイプ
レポート
日付
2010/9/3

公共交通先進都市 ポートランドに学ぶ

徹底したヒューマンスケールのまちづくりで都市再生を実現


東京財団研究員・政策プロデューサー
井上 健二


東京財団では、住民を主体とする地方自治の実現と地域活性化のため、広い視野で地域の課題や行政の役割を捉え、施策や事業を企画立案し、実行のできる人材を育成することを目的として、毎年、「自ら行動し地域をよくしたい」との高い志をもつ自治体職員に対して約6か月間の人材育成プログラムを実施している。その週末学校の研修の一環で、この8月7日から8月15日までの9日間、米国で最も住民参加が盛んといわれるオレゴン州ポートランド市においてポートランド州立大学(PSU)の協力の下、「市民参加」をテーマとした海外研修を実施した。ポートランド市における住民参加の仕組み等の講義とともに、ネイバーフッド・アソシエーションと呼ばれるコミュニティの会合の場への参加や街頭での市民インタビューなどを実地体験も交えながら、これからの住民自治のあり方について学ぶという充実したものであった。 

また、海外研修プログラムの一環で、研修生有志とともに現地で活躍している日本人建築家渡辺義之氏(ZGF ARCHITECTS LLP所属)を訪問、公共交通の整備とポートランドの都市再生の変遷についても貴重なお話を聞くことができた。

地域再生政策を研究する研究員として、滞在中、ポートランド市がなぜ「全米で最も住みたい都市」と言われるのか、その魅力の源泉とは何かについて考えてきた。日本における今後のまちづくりや地方都市の再生に関する議論の参考に供するため、ポートランド市での体験や日本人建築家渡辺氏との意見交換等を踏まえ、感じたこと、考えたことを以下に整理することとしたい。

1.ポートランド市の概要-公共交通の充実したポートランド

ポートランド市は全米で”最も住んでみたい都市”ベスト1をはじめ、歩行者に最も優しい都市、女性が起業しやすい都市など数々の表彰を受賞している。市の人口は約55万人、周辺を含めた都市圏人口は約200万人。成長境界線による都市の成長管理政策とライトレール等の公共交通の整備をきっかけとしたダウンタウンの再生・都心居住等を一体的に進めることで、ヒューマンスケールのまちづくりで成功した都市と言えるだろう。

ポートランド市の都心部には、Maxと呼ばれるライトレールやストリートカーが街の中心部を縦横に走っており、市民だけではなく、旅行者を含め誰でも無料で利用することができる。また、市内にはバスも頻繁に運行されているが、バスロケーションシステムが導入されており、あと何分でバスが到着するのかが一目でわかるようになっている。

公共交通機関のバリアフリー化も万全で、たとえば、ストリートカーでは車椅子の利用者を見かけると、ボタン1つでステップが自動で車両から停留所との隙間を埋めるなど車椅子利用者が安心して乗降している姿を何度も見かけられた。複数のPSUの留学生と話をした際に、留学先をポートランドに決めた理由として挙げていたのが、治安の良さと車を持たなくても生活ができることというのが印象的であった。このように、車社会が当然の前提となっている米国にあって、ポートランド市は極めて特異な公共交通の充実した都市であり、車がなくても十分生活ができる、人が歩いて暮らせる環境を実現している。

2.ポートランド市の都市再生の変遷

-充実した公共交通サービスの提供と都心居住の推進によるヒューマンスケールなまちづくりを目指して-

しかし、ポートランド市も、1960年代までは、米国の他の都市同様、モータリゼーションの進展に合わせて郊外の開発が進められたことで、都心部から郊外に人口が流出、空き店舗が増え、歴史的建造物が次々に壊され、空き地や駐車場に変わるといった都心部の空洞化・荒廃と都市のスプロール化が進んでいたという。当時の都心の写真を見てみると、至る所に駐車場となったが空き地があり、そこは車で埋め尽くされているという殺伐とした状況にあったことが分かる。

1970年代に入ってこのような状況を変えようという動きが生まれ、1972年にはダウンタウン再生のための計画が作成された。


ダウンタウン中心部にあった駐車場をまち歩きを楽しむ市民の憩いの広場パイオニア・コートハウス・スクウェアとして再生するなど、歩行者中心のまちづくりが進められた。この広場の整備にあたっては、整備に必要な事業費の一部を、市民が広場に使用するレンガを購入する形で支援している。レンガ1つ1つには協力した市民の名前が刻まれ、広場に敷き詰められている。こうした経緯もあり、この広場は“自分たちの広場”として市民に愛されており、多くの市民でいつも賑わっている。

さらに、驚くことは、ウィラメット川沿いに走っていた6車線の州間自動車道を撤去し、市民の憩いの場、レクリエーションの場となるウォーターフロント公園として再整備したことである。私がポートランド市に滞在していた時に、このウォーターフロント公園では、“Bite of Oregon”という地産地消の食のイベントが開催されていた。

ここに多くの市民が集まり、深夜まで賑やかにイベントを楽しんでいたのが印象的だった。

こうしたオープンスペースの整備と同時に進められたのが公共交通の利用促進である。パイオニア・コートハウス・スクウェアを挟んで南北に走る2本の通りをトランジット・モールとして整備し、バス停留所を集中的に設け、バスの利便性向上が図られている。また、ポートランド市のまちづくりに大きなインパクトを与えたのは、ライトレールMAXの整備である。これは、当時計画されていたハイウェイ整備を中止し、代わりにライトレールを整備し、スプロール化に歯止めをかけようというもので、MAXは1986年に開業している。さらに、2001年には、ストリートカーと呼ばれる路面電車システムが整備された。1990年代まで売春婦や麻薬の密売人が跋扈する危険な倉庫街と荒地が広がる都心のパール地区にストリートカーの線路を通すこととなり、その整備に合せて、沿線の再開発を戦略的に進めてきた。その結果、今では、歴史を積み重ねたレンガ造りの倉庫を生かしたおしゃれなギャラリーやレストランが立ち並び、その上の階には都心居住用の住宅が整備されるなど、ポートランドで最もハイセンスで活気のあるスポットとして生まれ変わっている。地元の人は、これを”Pearlの奇跡”と呼んでいる。



このように、公共交通の結節点となるMAXの駅等の周辺では、マンションや商業施設の整備・集積を図るなど土地利用の高度化が進められるとともに、こうした拠点を公共交通でネットワーク化することで、車の利用を前提としない都市再生が戦略的に進められている。

公共交通の整備と合わせて進められたのが、歩道の整備である。モールに沿って、植栽やパブリック・アートのあふれた、歩くのが楽しくなる幅広歩道の整備が進められている。歩道は木漏れ日が心地よい街路樹並木となっており、ストリート・ファーニチャーが各所に配置されるなど、まち歩きが楽しめる仕掛けが随所に施されている。また、モールの整備にあたっては、単なる停留所ではなく人が集う”場”として、また、安全で連続性のあるモールの形成を目指し、停留所の位置・屋根、街路樹、電柱、信号、駅標識のデザインや配置などが詳細にスタディーされている。こうしたスタディーの結果は、計画段階から徹底して行われている市民参加の場に報告され、様々な議論を経て決められている。



また、ユニークなのが、モールの整備にあたり、歴史的建造物などの改修を経験したことのある小さな建築事務所の建築家20人程度の積極的な登用を図ったことである。モール全体のイメージと合わせて、全体としての統一感を損なわずに、個々に特色のある商店が連続するストリートの整備を目指し、ポートランド市が、雇用した建築家集団にモール全体の将来像とモール沿いの各店舗・建物の具体的な改修イメージを描いてもらい、商店等の現況とを対比した図面をもって、モール沿いの不動産所有者や商店主一人ひとりに、その効果が目に見える形で提示し、改修を働きかけるという地道な努力をしている。このような取組は、日本の中心市街地や商店街の活性化を図る上でも参考になるだろう。



ポートランドの都市政策のもう1つの特徴は、都市の成長を計画的に管理する政策を推進していることであろう。ポートランド市及び周辺自治体で構成されるポートランド都市圏には、当該エリアの土地利用を含む長期ビジョンや総合計画の作成を担当している”メトロ”と呼ばれる地域政府が設けられており、都市化すべき地域と開発を抑制する地域とを明確に区分する都市成長境界線を定めている。MAX等の公共交通の整備と都市成長境界線による規制を巧みに生かし、境界線内側の荒廃地の再生や土地の高度利用を進めることで、都市の成長管理を戦略的に進めている。

このほか、ポートランド市住宅局では、都心におけるコミュニティの持続性を確保する観点から、年齢や所得など様々な要素において多様性の豊かなコミュニティを構築しようと、街中でのアフォーダブル住宅の確保をはじめ都心居住を積極的に進めている。

週末学校の研修の一環で、研修生と一緒に街頭インタビューを行った際、ニューヨークからポートランドに移転してきた若い女性市民に話を聞く機会があった。「Quality of Lifeを求めてポートランドに移転してきた。安全で、緑が多く、センスのいい街で気に入っている」とのコメントであった。ライトレールなどの公共交通や歩道の整備をはじめ、都心居住の推進や憩いの場となるオープンスペースの整備など住んでいる人が居心地のいい、人にやさしいヒューマンスケールの街づくりが徹底して進められてきた結果だと実感した。

3.おわりに

以上、ポートランドでのヒューマンスケールのまちづくりと都市再生の変遷について見てきた。ポートランド市と日本の地方都市とでは、取り巻く環境は大きく異なっているが、公共交通やオープンスペースの充実、都心居住の推進、公共交通の整備と一体となった街区のリノベーションなど、住んでいる人が居心地のいい、人にやさしいヒューマンスケールのまちづくりによって都市再生を進めることで、全米から多くの人を引き付け、成長を続けているポートランド市。この実践例は、人口減少社会の中、益々激しくなる都市間競争を生き抜いていかなければならない日本の地方都市が、今後、魅力的なまちづくりや都市再生を進めていく上で様々な示唆を与えてくれるものと確信している。

今回のポートランド訪問の主な目的が週末学校の海外研修の実施であったため、このレポートは、あくまでポートランド市を訪問し、現地で見聞したこと、感じたことを中心に整理したという性格のもので、ポートランド市の都市政策、交通政策や商業活性化等の詳しい仕組みや制度の概要等については、市担当者等へのインタビュー等を十分に行うことができていない。至らない点については、機会をみて、関係者への更なるインタビュー等を行うなど、今後、引き続き調査を行い、いずれかの時点で、さらに充実した報告を行うことができればと考えている。