タイプ
レポート
日付
2007/10/25

奨学事業レポート「SYLFFフェロー ジミー・チャン氏 第4回ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクールで第1位」

奨学事業部が運営するSYLFFプログラムには、世界45カ国69校の高等教育機関が参加していますが、そのうち3校は音楽・芸術大学です。この3校、パリ国立音楽院(フランス)、ウィーン音楽芸術大学(オーストリア)、ジュリアード音楽院(アメリカ)、には当該国からの学生のみならず、世界中からの優秀な音楽家の卵たちが集結しています。

今週の奨学事業レポートでは、ウィーン音楽芸術大学出身のSYLFFフェロー、ジミー・チャン氏の活躍についてご紹介します。チャン氏は、先日クロアチアで行なわれたロブロ&リリー・マタチッチ財団主催の「第4回 ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクール」で見事優勝しています。



ウィーン音楽芸術大学出身のSYLFFフェロー、ジミー・チャン氏(Mr. Chi-Bun Jimmy Chiang)が、去る9月24~29日にクロアチアの首都ザクレブで開催された第4回ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクール(Lovro von Matacic IVth. International Competition of Young Conductors)で優勝しました。

ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクールは、20世紀を代表する指揮者・作曲家である故ロブロ・フォン・マタチッチ(1899-1985)の没後10年を機に、1995年から4年毎に開催されています。コンクールへの応募資格が35歳までとされているように、将来の音楽界を牽引すべき若手指揮者の表彰が目的です。第4回目の今回は、書類選考で絞られた16名のうち、予選を通過した6名が演奏をし、チャン氏が第一位を獲得しました。チャン氏には、賞金として5,000 ユーロが贈られた他、クロアチア・シンフォニー・オーケストラの演奏会で指揮する機会を与えられることになっています。

ジミー・チャン氏は中国出身。4歳のころからピアノを習い始め、後に作曲とチェロも勉強しました。13歳から、香港やアメリカでコンサート・ピアニストとしてオーケストラで演奏を始めています。16歳でトリニティー・カレッジ・ロンドン(Trinity College London)の奨学金を獲得し、その後、米国ベイラー大学(Baylor University)でクラジミーラ・ヨルダン氏(Krassimira Jordan, ピアニストおよび指揮者として国際的に活躍)に師事し、学士号を取得しました。2000年には、ウィーン音楽芸術大学にてSYLFF奨学金を受給し、国際的に演奏活動を行っている音楽家に師事して研鑽を積みました。また、同大学から優秀賞(“Würdigungspreis”)が授与された他、ヨーロッパでの数々のコンクールで業績を積んでいます。2003年には、ローム・ミュージック・ファンデーションが主催する「京都国際音楽学生フェスティバル」に参加し、チャン氏がマエストロと尊敬する世界的な指揮者、小澤征爾氏から指導を受ける機会にも恵まれました。チャン氏は現在、テキサス州ウェイコ市において、自身が創立した「アンサンブル・アマデウス・ウェイコ (Ensemble Amadeus Waco)」の総監督を務める傍ら、ゲスト指揮者として、世界各国で活躍しています。

なお、ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクールを主催するロブロ&リリー・マタチッチ財団(Lovro & Lilly Matacic Foundation)は、マタチッチの遺志により、クロアチアだけでなく世界各国の才能豊かな若手指揮者を育成することを目的に1987年に設立されました。同財団は、コンクールを開催するのみならず、若手指揮者たちに世界の最高レベルの教育環境を提供すべく、奨学金を支給したり、留学生とクロアチアの共同オーケストラ・プロジェクトを実施したりしています。

マタチッチは、ウィーン音楽アカデミーで学んだ後、若くしてベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮をするなど、その天才的な才能は早くから認められていました。また、親独・親ナチ主義者として活動したために、第二次世界大戦後に死刑宣告を受けましたが、死刑当日に収容所所長の命令でピアノを弾き、死刑を免れたという奇跡的な逸話も持っています。フランクフルト国立歌劇場音楽総監督、ザツブルグ・フィルハーモニー管弦楽団終身名誉指揮者に任命されるなどの一方で、日本でも特に親しまれた指揮者の一人です。

(文責:石川絵里子、星野文子)