タイプ
レポート
日付
2007/11/15

奨学事業レポート「国際開発政策における保健衛生および心身障害」

奨学事業部が運営するSYLFFプログラムでは、「協働プロジェクト支援制度(SYLFF Joint Initiatives Program: JIP)」により、SYLFFフェローの共同研究活動を支援しています。今週は、ヘルシンキ大学出身のフェローによる、「国際開発政策における保健衛生および心身障害("Health and Disability in International Development Policy")」をテーマとする研究プロジェクトをご紹介します。このプロジェクトでは、国際開発政策において保健衛生・心身障害が、特定の分野に偏らず主要課題として取り入れられているか=メインストリーム化されているか、また、メインストリーム化に係わる様々なアクター(援助国・被援助国政府、NGO、障害者団体、国際機関等)がこの問題にどのように係わり、その結果どのような状況が生じているかということを、ケーススタディを通じて検証しています。
(本文は、執筆者の了解を得、最終報告書を要約したものです。)



「国際開発政策における保健衛生および心身障害」

プロジェクト・リーダー: 勝井久代、リチャード・ワマイ(ヘルシンキ大学/フィンランド)

はじめに


国際連合は、保健衛生、貧困・飢餓、環境、ジェンダー・乳幼児を取り巻く様々な問題を克服すべく、ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)を設定し、2015年までに、これらの分野で設定した様々な数値目標の達成を加盟国に呼びかけている。

「私たちは、MDGsを達成するまで―世界中で、殆どの国で達成するまで―にまだ時間があります。しかし、それは私たちの通常の仕事と縁を切るという前提での時間です。(中略)そして私たちは、これから数年の間に国際開発援助費を2倍以上にしなくてはいけないのです。最低限これを行わなければ、MDGsは達成できないのです」 コフィー・アナン国際連合前事務総長

国連MDGsウェブサイトより引用)

MDGsなどでは数値目標が主要な政策目標として掲げられているが、実施のためのプロセスは、それぞれのアクターに委ねられていて、さまざまな政策テーマがどのようにメインストリーム化されているかは、はっきりしない。今回の研究では、保健衛生および心身障害を例にとり、これらが政策レベルでどの程度メインストリーム化しているか、またメインストリーム化と政策の実施プロセスがどのようなものかを、具体的な国を例にとり、調査を行った。

プロジェクトでは1)ドナー側の開発援助政策における保健衛生、心身障害のメインストリーム化と、2)途上国側で、特にNGOが活動する現場での実施状況に焦点をあてた。また、1)日本とフィンランドの開発援助政策における心身障害のメインストリーム化、2)イギリスと日本の開発援助政策における保健衛生のメインストリーム化が、エチオピアとケニアでどのように実施されているか、という2つのケーススタディーを通じて、問題の検証を行った。 政策・文献のレビューと各分野における政府やNGO等の専門家へのインタビューを主な手法として調査を行った。

研究結果


第一のケーススタディーでは、「日本における心身障害のメインストリーム化に関する現状」、「フィンランドにおける心身障害のメインストリーム化に関する現状」、「日本とフィンランドにおける心身障害のメインストリーム化に関する認識」という各論で、研究結果を述べている。日本のケーススタディーで言えることは、心身障害のメインストリーム化に関する認識は高まっているものの、まだ十分なメインストリーム化は行われておらず、開発援助分野の活動では、ある特定の心身障害に特化し、メインストリーム化というよりも、障害者自身のエンパワーメントに焦点が置かれがちである。

フィンランドの場合、政府と非政府組織のどちらも、政策レベルでは障害者問題はメインストリーム化されていると認識しているが、政策自体が解決策であるとは考えていない。また、政府も非政府側もこの問題に関して、ある種の当事者意識を持ってはいるが、幾つかの問題が存在する。例えば、非政府側は「障害をもつフィンランド人の国際開発協会」(Finnish Disabled People’s International Development Association: FIDIDA(当該分野におけるNGOなど様々な組織をコーディネートする組織)を通じて、ロビー活動をおこなうが、FIDIDAは政府からすれば外部組織であるので、政府に対する直接の政策ロビーのためのチャンネルとはなっていない。また、フィンランド政府は当該分野に関する活動の多くをNGOにアウトソースしていると非難を受けている。

第二のケーススタディーでは、「イギリスの国際開発省(UK Department for International Development: DFID)と日本の国際協力機構(JICA)のエチオピアとケニアにおける保健衛生政策」、「DFIDとJICAが国際開発援助(ODA)をエチオピアとケニアのヘルスケア・セクターで導入、実施する際に用いられる制度上のメカニズム」、「エチオピアとケニアに対するDFIDとJICAが行う保健衛生分野のODAの範囲と成果」、「エチオピアとケニアにおけるDFIDとJICAの援助のNGOによる実施状況」という各論で、研究結果を述べている。

ケーススタディーによると、イギリスの場合は開発政策全体の枠組みの中で、発展途上国のヘルスケア・セクター育成のために、保健衛生分野のメインストリーム化を実施している。一方、日本のODAはというと、受給国とのパートナーシップと、パートナーである発展途上国の開発プロセスの所有(オーナーシップ)という概念に基づいて実施されている。また、イギリス、日本ともに、エチオピアとケニアに対しては、多額の支援をしている。支援のメカニズムは、イギリスDFIDの場合、直接的な財政援助を含む、中央政府を通しての支援で、日本のJICAの場合は、エチオピアに対しては地方分権化された地方政府を通じた支援を行い、ケニアに対しては政府とNGO両方のチャンネルで支援を行っている。


ヘルシンキ大学ではSYLFF奨学生が、SYLFFアソシエーションを立ち上げ様々な活動をしています。これは出版活動のために集まった時の写真です。(2列目中央が勝井久代さん、その右隣がリチャード・ワマイさん)


分析


まず、政策レベルにおける保健衛生についてはメインストリーム化が実施されているが、心身障害のメインストリーム化は非常に限定的である。フィンランドと日本のケーススタディーでは、心身障害のメインストリーム化に関する諸活動によって、この問題が政策アジェンダに発展していく交渉過程を明らかにしたが、それは、必ずしも正式に文書化された政策とはなっていないことが多い。たとえ最終的な政策化が両国の政府によって実施されたとしても、様々なアクターたちは、エンパワーメント型の活動を積み重ねて政策をさらにメインストリーム化するような交渉は行っていない。つまり、メインストリーム化志向の活動は限定的であるといえる。これには開発システムの構造的問題が関わっている。

一方で、エチオピアとケニアのケーススタディーからうかがえることは、ドナー国と受給者の間では、保健衛生のメインストリーム化は、前提条件となっている。それは、貧困対策として行われる開発援助は、そのプロジェクトが農業やインフラに関するものであっても、保健衛生が(それらのプロジェクトで)人的資本の生産性を上げるために、必要な前提となっているからである。

次に、メインストリーム化を実施するための戦略については、心身障害に対する戦略の方が、保健衛生よりも、(目標設定が)より控えめであるということだ。また、健康・衛生問題がメインストリーム化されているといっても、実施段階で克服すべき課題は多い。

概して、発展途上国、先進国どちらにおいても、心身障害などのマイナーなテーマを政策としてメインストリーム化していくことは難しく、そのプロセスは複雑である。一方で、健康・衛生や心身障害は、各セクター内の課題もあり、それが、メインストリーム化のプロセスをより複雑化している。

また、メインストリーム化に関して、政策実施プロセスにおけるアクター相互の関係という側面から分析した結果によると、メインストリーム化のプロセスという観点から、NGOが様々な形で開発分野において重要な役割を果たしていることがうかがえた。先進国では、心身障害をメインストリーム化するためにNGOが大きな推進力となっている一方で、政府はこの問題について依然認識の程度が低い。先進国の政府はすでに競合する様々な政策のメインストリーム化に謀殺されて、心身障害のメインストリーム化については、国内外の圧力がない限り手をつけようとしない。

マイナーなテーマのメインストリーム化の難しさについては上述したが、健康・衛生のようにメインストリーム化が既に成功しているとしても、(実施活動の)優先順位付けは政治的に非常に困難な交渉プロセスを伴う。いずれにしても、周辺に追いやられたテーマをメインストリーム化するために必要なことは、途上国側の関係当事者、すなわち障害者団体や健康・衛生分野のNGOの発言力を高めることであると言える。

提言


  • 発展途上国は心身障害に関わる問題を主要なテーマの一つとして政策に取り入れ、それを適切に実施しなければならない。心身障害は単なる提言としてだけではなく、先進国側の主要な開発協力に有益な価値を付与するものとして明記されるべきである。

  • MDGs自体に改善の余地が大いにあることを考慮しても、現時点では国際社会の責任としてMDGs達成に向けたペースを加速し、援助の効果を改善すべきである。つまり、ドナーは抜本的かつ迅速に援助を増やすべきである。また、セクターごとに(援助金を)プールする仕組みをつくり、援助全体を調整すべきである。実証的で費用対効果の高い開発援助を、系統だった評価とモニタリングを通じて積み重ねていくべきである。そして、推進力を維持していくべきである。

  • 最も深刻で優先順位の高いものを明確化する合理的かつ現実的な政策を立案するための努力を、被援助国は行わなければならない。それを実行するためのシステムと制度を強化し、ドナーの援助と被援助国での活動を調整するメカニズムを作るべきである。

  • NGOは主要な援助を実施するシステムとして、社会的弱者、家計、共同体を対象とした援助の機会をより多く提供する役割を担っている。また、NGO自身と、ドナーや政府との調整にも配慮することが求められる。そして、変革が必要なときは、現状維持に満足しない姿勢が求められる。



勝井久代 (Hisayo Katsui)
ヘルシンキ大学(University of Helsinki)で2002年にSYLFF奨学金を受給。2005年に同大学で博士号を取得、現在は、フィンランドのアボ・アカデミ大学人権研究所(Institute for Human Right of Abo Akademi University, Finland)のシニア・リサーチャーを務める。関心は、心身障害、市民社会、人権、開発など。


リチャード・ワマイ (Richard Wamai)
ケニア出身。ヘルシンキ大学で2000年にSYLFF奨学金を受給。2004年に同大学で博士号を取得。現在は米国ハーバード大学公衆衛生大学院人口・国際保健学部(Department of Population and International Health, Harvard School of Public Health)の武見国際保健プログラム(Takemi Program in International Health)のリサーチ・フェローを務める。 関心は国際保健衛生、公共政策、非営利活動のリサーチなど。