タイプ
レポート
日付
2011/7/11

Sylff人物往来「海外から見た日本」

Sylff人物往来「海外から見た日本」



東京財団は将来の世界を担うリーダー育成を目指し、世界的な奨学金プログラムSylffの管理を行うとともに、メンバーである世界44カ国69大学とのネットワーク育成につとめています。

大学が夏休みとなるこの時期、大学側の運営員会に属する教授やSylffフェローが東京財団を訪れ、研究員やプログラムオフィサーとの意見交換をおこなっています。最近来訪したカリフォルニア大学サンディエゴ校の星岳雄教授、プリンストン大学のクリスティーナ・デイビス准教授、そしてバングラデシュ出身のSylffフェローで、ジェトロ・アジア経済研究所の研究員として活躍するションチョイ・アブーさんをご紹介します。


星岳雄

 カリフォルニア大学サンディエゴ校 国際関係・環太平洋地域研究大学院教授

金融・日本経済論を専門とする星教授は、租税・財政政策を専門とする森信茂樹上席研究員、日本経済・金融政策を専門とする原田泰上席研究員と、それぞれ意見交換をおこないました。

森信研究員との対談では、東日本大震災後の日本経済の見通しと、近年よく指摘される日本人の若者の「内向き志向」について、原田泰上席研究員との対談では、復旧・復興の現状、今後の財政のあり方、エネルギー政策を中心に意見が交わされました。在米の経済学者の視点がうかがえる星教授のコメントの一部をご紹介します。

東日本大震災後の日本経済について
自然災害後のマクロレベルの経済については、経済学においても過去の研究の蓄積があり、3~5年程度の短期の影響についてはよくわかっている。最初は当然マイナスだが、復興需要によって成長率の高まることが多い。ただ復興後、長期的に見て以前の成長パスに乗るのか、より高いところにいくのか、それとも低いところにとどまるのかは、政策がカギを握っている。

津波の被害を受けた地域はストックがほぼゼロになってしまったが、ゼロから出発できることを活かして新しいタイプの投資ができれば、高い成長パスへ行ける可能性もある。

今後、電力を使うタイプの消費需要は減るかもしれないが、それは必ずしも消費全体を落ち込ませるとは限らない。消費のパターンが変わって、電力消費の少ないタイプの消費需要が増えることも大いに考えられる。

アメリカからみた日本について言えば、やはり距離が遠いこともあり、情報が十分に伝わっていない面が多い。特に原発対応について、日本政府の言っていることが信用できないという意見は多い。しかし現時点では、放射能を気にして日本産の食べ物に不安を持ったり、来日を控えたりする人はいるものの、少数派ではないかと思う。

復旧・復興の現状をどう評価するか
震災後の復旧・復興の動きが、より望ましい変化を促進する契機になればと発言してきた。震災前から続いていた日本の長期停滞には、ゾンビ企業の問題や、種々の競争を阻害する規制に代表される、制度的要因があると考えている。震災後にこの制度的競争阻害要因がどう変わるかで、今後の長期的成長の見通しが変わってくる。残念ながら現在のところ制度改革が進んでいるようには見られないが、まだ可能性は残っており、その確率を高めていく努力が必要だ。政治状況を見ると楽観できないが、今は日本にとって大きなチャンスでもあるはずだ。

インフラ整備については、政府が担わざるを得ないところがあると思うが、全ての復旧活動に政府が関わるのではなく、市場メカニズムの活用を通じた復旧・復興を考える必要があるだろう。その際、公共事業の見直しは不可欠であり、かつて問題となった「誰も使わない道路」まで復旧させる必要はない。再度定住するためのコストがあまりにも大きくなるのであれば、無理に復旧・復元は行わず、別の形で復興を図るという選択肢も考えなければならない。

復興費用を増税で賄うということの趣旨は、将来世代に負担を回さないということだろう。ただし、日本が抱える本当の問題は、復興費用10~20兆円をいかに調達するかではなく、900兆円の財政赤字をいかにファイナンスするかということだ。これは早急に解を出さなくてはいけない。社会保障費負担の問題もあるし、インフレもますます避けられないものになるだろう。

今後のエネルギー政策について
放射能もさることながら、温暖化ガスも人類にとって大きなリスク要因である。従って、例えば中国が石炭火力による発電から原子力発電に転換することは、そのリスク要因を低減するという点で、大いに意味のあることだと思う。

我々はこれまで、原子力発電のコストを過小評価してきた。火力や太陽光発電と比べて、実際の原子力発電のコストはどの程度なのか。リスクも含めて、原子力発電に関するバランスのとれた議論をおこなう必要がある。原子力発電が是か非かという二者択一の議論であってはならない。

原子力発電が抱えるリスクは、素人であっても説明があれば理解できる。その理解を基に対策を講じてくるべきであったが、実際には、説明しても理解できないだろうと専門家が説明責任を果たしてこなかった。また、「想定外の事態にどう対処するべきか」というリスク管理も怠ってきた。金融の世界では、リスク管理は非常に大切な要素だと考えられている。有事対応のシミュレーションを繰り返してきた日銀は、今回の震災に対して迅速に適切な対応をおこなった。東電の対応は、日銀や、普段の訓練の成果を生かして現地で過酷な作業にあたっている自衛隊の対応とは対照的だ。

当面は石油・天然ガスによる火力発電でつなぎながら、風力・太陽光発電の普及を目指すしかないのではなかろうか。日本ではこれまでも代替エネルギー政策が行われてきたが、実施にあたっては失敗も多く、せっかく設置された風力発電装置が動かないという例もある。これについては今後大いに改善の余地がある。発電効率にしても、今後の技術発展に期待したい。

日本人の若者の「内向き志向」について
日本の若者が海外を目指さなくなっていると言われる。確かに大学院はそういう状況かもしれないが、学部学生はそうではないという印象を持っている。自分が教鞭をとっているカリフォルニアでは、2年間のコミュニティカレッジで学んだ後、4年制大学に進学する学生が結構いる。そうしてアメリカにやってくる学生は、リスクテーカーが多いのだと思う。日本の社会や仕組み、現状に、何らかの不満を持っている人も多い。

卒業後の進路については、男女ではっきりした違いがある。女子学生のほうが現地にとどまって就職する割合が高い。日本企業では自分の活躍の場がないと考えているようだ。男子学生は日本企業への就職を希望する者がほとんどだが、企業側はなかなか採用してくれない。リスクを取って海外経験を積んだ人材が日本で活躍できないのは残念なことである。これは日本企業側の問題だと思うので、ぜひ改善してほしい。


クリスティーナ・デイビス

 プリンストン大学 行政大学院(ウッドローウイルソン・スクール)准教授

通商貿易政策の研究を専門とする同教授は、通商政策の歴史的考察として、各国の国際通商機構加盟プロセスを研究中です。特に、1955年の日本のGATT加盟、2001年の中国のWTO加盟の過程を追っています。今回の来訪では、通商貿易政策一般について研究員と意見交換を行いました。デイビス教授のコメントの一部をご紹介します。

TPP参加の議論をめぐって
今回来日して驚いたのは、本屋に行くとTPP関連の書籍がずらっと並んでいること。しかも「
TPPが暮らしを壊す」「TPP亡国論」「TPPが日本を壊す」「TPP反対の大義」といったタイトルが目につく。まだ交渉の議論にも参加しておらず、内容が明確でない段階でこのような反対論が数多く出ていることを不思議に思った。

公正で自由な貿易環境を実現するというプラスの面がよく理解されていないのではないか。農業部門からの反発は理解できるが、大きな視点での議論が不足しているのではないか。米国でも自由貿易を推進するたびに、影響を受ける国内産業の抵抗があったが、セーフガードを設け、必要な場合は補助金を用意して、影響を強く受ける産業を説得してきた。貿易協定を結ぶ際には、相手国が実際に国際貿易法を履行するかどうかに強い疑念の持たれることが多い。相互不信が高い場合には、自由貿易による利得があると分かっていても、貿易協定締結に反対する声のあがる可能性が大きい。紛争処理手続きは、こういった問題への対策の一つである。相手国の貿易保護措置を訴えることにより、政府は国内利益団体や議会に、市場開放の利得を保証することができる。このように紛争処理手続きは、国際関係と国内政治のバランスをとるために有効な手段である。

日本は戦後、自由貿易の恩恵を受けて経済大国になった。その日本で、自由貿易によるメリットが評価されないのは残念に思う。日本企業は研究開発によってどんどん新しい技術を開発してきた。自由化によって技術の流出がおこるかもしれないが、日本はさらに優れた技術を開発する力のある国だと考えている。

台頭する中国とどう向き合うか
中国のレアアース輸出規制は、国際通商貿易の観点からは非常にまずい対応だと考える。中国側にもプラスがない。中国を相手にしたときの価値観の違いや、商業取引上の規範の違いに対応するには、紛争解決の手続きを利用することも重要になるだろう。


アブー・ションチョイ

 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 研究員(バングラデシュ出身のSylffフェロー)

ションチョイ氏は昨年同研究所の常勤研究員となり、開発研究センターミクロ経済分析研究グループで研究を行っています。日本の公的機関が外国人の正規職員を採用するのはまだ珍しく、ジェトロでも以前から客員研究員の採用があったものの、正規職員枠での外国人採用は、ションチョイ氏が第一号です。

ションチョイ氏はバングラデシュ出身で、ダッカ大学卒業後オーストラリアで研究を続け、ニューサウスウェールズ大学オーストラリア経営大学院で博士号を取得。同大学院在学中にSylffプログラムの奨学金を受給しました。
ジェトロでは開発経済の観点から、マイクロクレジット、雇用、財政問題を研究し、母国バングラデシュを定期的に訪れて、世帯ごとの経済調査を行っています。また今年度後半には、東京大学公共政策大学院において、実務家として「ミクロ経済から見た開発経済」の講義を担当する予定です。

「博士課程在学中に自分の好きな研究に専心できたのは奨学金のおかげです。卒業後も研究を続けたくて、研究者の道を選びました。奨学金を提供してくれた日本にはいつも感謝していましたが、こうやって日本で働くことになるとは思ってもいませんでした。恩返しのためにも、自分の研究が社会に役立つよう頑張りたいと思います。」


ジェトロは、日本とアジア地域との貿易拡大及び経済協力の促進をめざしています。ここで活躍するションチョイ氏は、日本とアジアの懸け橋となってくれることでしょう。

(文責:人材育成プログラムオフィサー 鈴木真理)