タイプ
レポート
日付
2014/6/4

フィリピンでフードバンク立ち上げ―Sylffフェローの挑戦―

人材育成プログラム・オフィサー
石川絵里子



食料の大量廃棄と貧困層を中心とする食料不足、いわゆる「食の不均衡」問題が世界各国で発生する中、それに対する1つの対応策として、「フードバンク」という草の根レベルの取り組みが各地で徐々に広がりつつある。このうち、フィリピンでは、アテネオ・デ・マニラ大学出身のSylffフェローが、その普及を通じて同国の「食の安全保障」の向上を図ることを目指し、フィリピン初のフードバンクに関するシンポジウムを開催した。東京財団は、SylffサポートプログラムのひとつであるSLI(フェローによる社会貢献活動支援)のもと、このイニシアティブを支援。本稿では、このSylffフェローの活動の様子をご紹介する。

Sylffフェローのイニシアティブでスタート


Sylff(The Ryoichi Sasakawa Young Leaders Fellowship Fund、“シルフ”と発音)、日本語名「ヤングリーダー奨学基金プログラム」は、人文社会科学分野を専攻する大学院生を対象とした奨学金制度で、日本財団が基金を寄贈、東京財団がプログラム全体の運営を行っている。世界44カ国69大学に基金を設置し、1987年のスタートから現在までに、1万5千名を超える大学院生に奨学金を提供してきた。Sylffプログラムは、将来世界各国のリーダーとなり得る優秀な学生に学位取得のための奨学金を支給するだけではなく、奨学金支給後も様々なサポートを続けていることが特徴的で、これを総称して「Sylffサポートプログラム」と呼んでいる。このうち、SLI(Sylff Leadership Initiatives:フェローによる社会貢献活動支援)では、Sylffフェローのイニシアティブによって実施される社会性の高いプロジェクトを支援しており、昨年度は、本稿でご紹介するシンポジウムを含む4件のプロジェクトが、SLIのもとで実施された(詳細はSylffウェブサイトを参照)。

このうち、フィリピン初のフードバンクに関するシンポジウムを実施したのは、アテネオ・デ・マニラ大学(Ateneo de Manila University)出身のSylffフェローであるシェリリン・シー(Sherilyn Siy)氏。同校では、大学を挙げて学生の社会貢献活動への参加を推進しており、シー氏も在学中から同窓のSylffフェローらと共に、貧困地域の公立学校における絵画コンクールやスラム街の生活環境向上プロジェクトなど、様々な活動に従事してきた。このような活動を多数経験し、常に地域社会に対しての問題意識を持ち続けた彼女は、修士号(応用社会心理学)取得後、縁あって、日本で最初で最大のフードバンク「セカンドハーベスト・ジャパン(Second Harvest Japan)」の活動に参画。そして、日本で得た経験やネットワークを活かして、2012年3月にフィリピン初のフードバンク「サルサロ・フードバンク・フィリピン(Salu-Salo Food Bank Philippines)」を仲間とともに立ち上げた。設立から2年間は、マニラ首都圏を中心に展開の可能性を探り続けたという。

しかし、所変われば品変わるで、日本とは異なる社会構造や文化的背景が作用し、この2年間、様々な壁(後述)に直面してきたという。この状況を打破しようと、シー氏から提案されたのが今回のシンポジウムだった。東京財団は、彼女の強いイニシアティブとリーダーシップに賛同し、この挑戦を支援することとした。「私たちのコミュニティ、私たちの資源:食の安全保障の向上を目指して~フィリピン初のフードバンクシンポジウム~(Our Community, Our Resources: Increasing Food Security~The First Philippine Food Bank Symposium~)」と題したシンポジウムで、設立からちょうど丸2年を迎えた今年3月20日、マニラ首都圏に属するケソン市内の会場で実施された。


フードバンク(Food Bank)とは


そもそもフードバンクとは、主に原料の段階から消費者に至るまでの供給網(以下、サプライチェーン)の中で生み出される廃棄される運命にあった食品を、食品関連企業や小売店、農家や個人から無償で引き取り、生活困窮者や彼らを支援する福祉施設・団体等に無償で届けるという取り組みだ。扱う食品の大半は、賞味期限が迫ったものや包装の一部に破損があるもの、過剰生産・発注されて売れ残っているものなどだそうだ。1967年にアメリカで始まり、現在では、ヨーロッパや南米、日本を含むアジア各国など1で導入され、各種運営主体が設立されている。日本では、シー氏も活動に参画したセカンドハーベスト・ジャパンが設立されて以来、全国12の運営団体が設立2されるとともに、多くの一般ボランティアの参加により活動は広まりを見せ、今や行政や大手民間企業など、様々なステークホルダーを巻き込んだ取り組みとなりつつある。

団体によって様々な運営形態があるようだが、総じて言えば、フードバンクとは、経済的弱者の「食の安全保障(Food Security)」を確保し、そのことを通じて彼らの尊厳を守ろうとする、社会的に重要な存在と位置づけることが出来る。また、日々廃棄される食料を再配分すれば、世界の数億人を飢餓から救うことが出来るという主張もあり3、全世界的な社会課題に対する挑戦とも言うことが出来るだろう。

では、シー氏の取り組むフィリピンはと言うと、まず大前提として、教会や各種NGOによるいわゆる炊き出し(スープキッチン、フィーディングプログラム)は大変盛んな一方、フードバンクに対する認知度はゼロに等しいという状況がある。炊き出しとフードバンクは、両者とも生活困窮者に食べ物を配るという点では同じだが、フードバンクでは、寄付金で食品を「購入」することは基本的にせず、主にサプライチェーンの中で生み出される廃棄される運命にあった食品を「利用」するという点が特徴である。市場主義経済を前提とした取り組みと言えるのだが、フィリピンでは、後述の理由により、食品ロスがどこで起こっているのか、どこから有用な廃棄予定の食品を得られるのかがまだつかみ切れていないのだという。そのため、今回のシンポジウムは、フードバンクの認知度向上を純粋に目指すと同時に、関連企業・団体や各種支援団体と課題を共有し、対話を深めるプロセスを通じて、今後のパートナーシップの可能性を探るという意味合いが強い。

フィリピンのフードバンクが直面する壁:シンポジウムの議論から


では、フィリピンのフードバンクが直面する課題を、シンポジウムの議論から見ていきたい。当日は、以下6つのセッションで構成された:

① フィリピンにおける食料廃棄の実態を探る("Where is the waste? Food loss in the Philippines”)
② 食料再分配のための物流(ロジスティックス)の在り方("From A to B: Logistical considerations of recovering and redistributing food”)
③ 説明責任力、透明性、食品のトレーサビリティの向上("Reaching recipients: Increasing accountability, transparency and traceability”)
④ 本来支援すべき貧困層の捉え方("What we get wrong about the poor and what to do about it?”)
⑤ 自然災害への対応、台風ヨランダの教訓(”Responding to disasters: Problems encounterd. Lessons learned”)
⑥ フードバンクのフィリピンモデル構築を目指して("Building a business model for Food Bank Philippines”)


   


各セッションの詳細はシー氏本人のレポートに譲るが、同国におけるフードバンク普及の大前提として立ちはだかる壁は、セッション①、および③にかかわる事項である。それは、フィリピンでは、生産者および消費者までを含むサプライチェーンのいずれのレベルにおいても「食品ロスなど起こっていない」という一般的な認識があるということだ。例えば、違法ではあるが、店頭で賞味期限の過ぎた食品を持ち出し、家族・親戚に配布したり、貧困層に安く売り流したりということが日常的になされているとのことだ。つまり、正規のサプライチェーンの中で生み出された余剰食品は、フードバンクというシステムを経由せずその代わりにブラックマーケットで消費されている。このシステムが長らく維持されてきているため、多くの国民が「食品ロスはない」という実感を持っており、フードバンクを展開しようにも、食品ロスがどこで起こっているのかを把握することが困難ということのようだ。また、ブラックマーケットで流通する食品も、既得権益のある人々の間で消費されてしまうことが多く、本当に支援を必要としている最貧困人口にまで届かない。このような状況下で、フードバンクを通じて社会の底辺にいる人々にリーチしようとするシー氏らの取り組みは、ブラックマーケットを含む経済システムの在り方や、同国の国民全体に広がる意識に疑問符を投げかける、意義ある活動と言うことも出来よう。

一方、国民全体の意識は別として、生産や流通の過程で大量の食品ロスが発生し、ブラックマーケットに流通する以外にも廃棄される食品が多く存在するという実態も、シンポジウム全体の議論から明らかになっていった。それらを再分配する際の障害は物流(主にセッション②)で、特に、未発達な道路網が原因で運送コストが高止まりしているということと、冷蔵・冷凍車による物流が存在しないという2点が大きな壁になっているとのことだった。この点についての議論は、インフラへのさらなる投資を含む経済発展を前提としたものとなり、日本におけるフードバンクの議論とは全く異なっていた。物流関連企業の参加者から、インフラ未整備の地域への国内物流よりも、近隣諸国への輸出のほうが利益を上げられるという率直な意見が出されたのに対し、コミュニティにおける消費に集中すべきという反論が出されるなど、グローバル化や都市と地方の格差拡大のもとに、価値観が多様化していることも浮き彫りになった。

シンポジウムの成果


上記の点からも分かるとおり、同じフードバンクとは言っても、国によって抱える課題に大きな違いがあり、シー氏が日本で学んだノウハウをそのままフィリピンにあてはめればうまくいくいう話ではもちろんない。また、国民全体の意識や経済構造など、立ちはだかる壁は低くはなく、その普及には中長期的な努力を要するだろう。しかし、今回のシンポジウムでは、100名を超える参加者を得ることが出来、認知度の向上には強く寄与したものと考えてよいだろう。実際に、参加者からは意義深かったという声が多く寄せられているとのことだ(以下参照)。

また、参加者100名の中には、農家・農業関連団体、食品関連企業、物流関連企業、行政関係者(社会福祉省、基礎自治体の首長)などの支援を提供する側と、炊き出しなどの活動を行う各種NPO関係者などといった支援を受ける側との両者が存在し、休憩などを利用して交流を図っている様子だった。シー氏は、「フードバンクにとって今後重要なステークホルダーとなり得る様々な関係者が一堂に会したことは、支援提供の可能性と支援を必要とする側の実際のニーズを当事者から同時に探ることを可能にしたという点で意義があった」と報告しており、シンポジウム開催の一番の成果はここにあると言えそうだ。中でも、フードバンクの安定的な運営には、食品関連企業からの物資提供が欠かせない一方、食品の安全に関わるトラブル4を敬遠して支援に踏み切らない企業が多い中、数社の大手食品加工・販売メーカーからの参加が得られたことも、今後の展開を期待させる。

参加者の声①
食の安全保障の向上のためには、他分野の異なるステークホルダーが関わっていく必要があるということが分かった。今後、その一端を自分が担うことが出来るかもしれないと思った。(農業者)

参加者の声②
食の安全保障に関する様々な問題を学ぶことが出来たことに加え、今後、支援先となり得る団体の方々と直接お会いする機会を持てて貴重だった。フードバンクへの協力を会社経営陣に提案していきたい。(食品関連会社スタッフ)

全世界的に見て数字の上では再配分によって数億人を救うことが出来るとは言っても、それを叶えるためには、厳格な消費期限や美しい包装を望む消費者心理や、それに呼応した企業の行動原理、大量生産・大量消費という現在の経済形態そのものを変えなければならず、問題の根本的解決は容易くないだろう。しかし、各コミュニティにおける地に足のついた取り組みの積み重ねが社会課題の解決には欠かせない。シー氏が今回のシンポジウム主催を通じて培った問題意識や各種ステークホルダーとの関係性が、同国におけるフードバンク普及の基盤となっていくことは間違いなく、Sylffフェローである彼女のさらなるリーダーシップを中長期的に期待していきたいと思う。



1 フードバンクのグローバル組織であるGlobal FoodBanking Networkには、現在25カ国のフードバンク運営主体や関連組織が加盟している。http://www.foodbanking.org/site/PageServer?pagename=work_where

2 『平成21年度フードバンク活動実態調査報告書』(三菱総合研究所、2010年2月)p.3。

3トリスタム・スチュアート「世界の食料ムダ捨て事情」(TED Talks、2012年5月)。
http://www.ted.com/talks/tristram_stuart_the_global_food_waste_scandal?language=ja

4 これに対する措置として、例えばフードバンク先進国アメリカでは、1996年に成立した「ビル・エマーソン食糧寄付法(善きサマリア人法)」により、善意で提供した食品にトラブルが起こっても、故意や重大な過失が認められない限り、提供した側の法的責任は問わないとされている。