タイプ
その他
日付
2015/5/27

ダンスの力を信じて ~障害者と健常者が手をとりあう「車いすダンス」をすべての人に~

浜本まり紗さんは、慶応大学大学院政策・メディア研究科在学中の2007年にSylff(ヤングリーダー奨学基金プログラム)奨学金を受給しました。幼少時よりダンスに情熱を注ぎ、プロのバレエダンサーを目指した時期もありましたが、大学と大学院では、ダンスを科学的に分析する研究をおこないました。
その間、首から下の機能がマヒする難病に襲われましたが、ダンスへの情熱が病魔に勝り、奇跡的な回復を遂げました。
その後、プロダンサーとしてさまざまな経験を積み、2015年1月に全米初の非営利の車いす社交ダンスカンパニー「Infinite Flow」を立上げました。パフォーマンスやワークショップなどを通じてリハビリ効果のあるダンスをすべての人に提供することにより、障害者と健常者の壁を破ることを目指し、ロサンゼルスを拠点に地域に密着した活動をおこなっています。
このたび、日英二カ国語新聞として米国最大の発行部数を誇るRafu Shimpoで、浜本さんの歩みとその活動が取り上げられました。 =======================================

 

浜本まり紗さん:踊りの魅力をすべての人に

プロの車いすダンス団体 ー「Infinite Flow」設立


「脊髄梗塞です。再び歩くことはできないかもしれません」―。医師からの突然の宣告に号泣した9年前のあの日、「歩けなくてもいい。踊り続けたい…」。そう願い続けた思いが奇跡を起こし、プロダンサーとして再び華麗にステップを踏む浜本まり紗さん。ダンスに寄せる情熱で人生最大の試練を乗り越えた今、すべての人にダンスの持つ魅力とそのパワーを伝えるため、全米初となるプロの車いす社交ダンスカンパニー「Infinite Flow」を設立した。
【取材=中村良子】
物心付いたころから音楽に合わせ体を動かすことが好きだった。6歳からクラシックバレエを習い、ニューヨークシティーバレエ団の公演を見た時、「世の中にこんなに美しいものがあるのか」と、幼心に美への憧れが芽生えた。
16歳でワシントンDCにあるエリートバレエ学校「キーロフ・バレエ・アカデミー」に合格するもののレベルの高さについていけず他校に転入。卒業後はノースダコタ州のバレエ団を経て、著名バレエダンサー、ラスタ・トーマス氏のコーチに指導を受けたが、けがとオーディションになかなか合格できない挫折感からダンスを断念。学業に専念するため、03年に慶応義塾大学環境情報学部に入学した。

踊るために生まれた

ダンスが頭から離れる日はなかった。街中でダンス公演のポスターやバレエ教室を見かけるたび、ダンサー精神が騒ぎ出す。大学でのレポートや研究プロジェクトもダンスをテーマに発表した。たまらず駆け込んだスタジオでコンテンポラリーを習うと、水を得た魚のように体が喜ぶのを実感した。小澤征爾氏指揮のオペラ「エレクトラ」をはじめ、著名振付師の平山素子氏や山崎広太氏の公演など、ダンサーとして日本のさまざまな舞台に立ち、ダンスを通じ日米の違いや日本の文化を学んだ。
「自分は踊るために生まれてきた」。そう思えるほど充実していた日々が、2006年7月26日、突然崩れた。
いつものようにスタジオで練習していると、突然左肘にしびれを感じ床に倒れ込んだ。体の感覚がなくなり、首から下の機能がまひ。検査の結果、脊髄の動脈がふさがって起こる非常にまれな病気、脊髄梗塞と診断された。
「特効薬はなく、再び歩くことはできないかもしれません」と言われ、歩けないということよりも、もう踊れなくなるかもしれない、自分を表現できる場がなくなるかもしれないことに泣き崩れた。
寝たきりの状態でも、頭には踊り続ける自分の姿があった。体は動かなくても、バレエで鍛えた筋肉の動かし方を何度も繰り返し、脳に体の存在を伝え続けた。「たとえ歩けなくても、車いすでもダンスはできる」。ダンスのない人生は考えられなかった。
理学療法、作業療法に加え、イメージトレーニングを欠かさず行った結果、医師が「奇跡」と驚くほどの早さで身体的回復力をみせ、入院から約1カ月で歩くことができるようになった。大学にも復学し、再び踊れる喜びを感じながらも、ダンスフロアに近づくと動悸や息切れに襲われた。いつ起こるか分からない再発に不安を感じ、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされ、再びダンスから距離を置いた。

社交ダンスとの出会い

慶応義塾大学大学院修士号取得後、とあるイベントで老若男女が手を取り合い、楽しそうにサルサを踊る姿を見て感動し、「ここに私のダンスがあるのでは」と、ダンサー精神が再び騒ぎはじめた。
長年、バレエやコンテンポラリーダンサーとして1人で踊ってきた浜本さんにとって、リズムに合わせて体を動かすこと、またダンスを通じパートナーとの間に生まれる感性と信頼関係は新鮮だった。その後社交ダンス指導者の資格を取得、インストラクターとして日本で経験を積み、11年に地元オレンジ郡へ戻った。

パーソナルストーリーの力

ロサンゼルスでダンサーや指導者としてだけではなく、女優、モデル、振付師として忙しくする中、ABC系列で放送された「Dancing With the Stars」、またそこで共有される出演者のパーソナルストーリーに惹きつけられた。それぞれが困難や苦境をさまざまな形で乗り越え、ダンスを通じ自己表現している姿に多くの勇気をもらった。
 自身の病気のことは、ごく親しい人以外、公にしていなかった。しかし、自身が他人のパーソナルストーリーに励まされるように、自分のストーリーも人に前向きな力を与えることができるのかもしれないと気付き、少しずつ過去を話しはじめた。
 個人的なことを共有することは、簡単ではなかった。しかし勇気を出して話してみると、「話してくれてありがとう」「勇気づけられました」など、驚くほど反響があり、人の輪が広がった。そして話せば話すほど、「私は奇跡的に歩けるようになりダンスを再開できたけれど、そうでない人たちはどうなのか。彼らにもダンスの魅力を知ってもらいたい」と思うようになり、プロの車いす社交ダンスカンパニーの立ち上げを考える。

健常者と障害者の壁を破る

健常者と車いすのダンサーがペアで社交ダンスを踊る車いすダンス。スウェーデンが発祥といわれ、現在ではヨーロッパをはじめ、日本やアジアなどで広く普及、競技大会に加え、パラリンピックの競技種目でもある。しかし、アメリカで目にすることはあまりない。 浜本さんのダンスパートナーで、元Dancing With the Starsのプロダンサー、ブライアン・フォルツーナ氏をはじめ、車いすボディービルダーのアデルフォ・セラミ・ジュニア氏、そしてミア・シャイケウィッツ氏の4人で今年、プロの車いす社交ダンスカンパニー「Infinite Flow」を立ち上げ、非営利団体として501(c)3を取得した。 今後は、(1)地域に密着したクラスやワークショップの開催(2)地域普及のための教員養成(3)一般の人に活動を知ってもらうためのパフォーマンス―の3本柱を基盤に活動を広めていく。
自身を苦境から救ってくれたダンスをすべての人に―。浜本さんは今後、ダンスの素晴らしさ、ダンスが持つパワーをより多くの人に知ってもらい、車いすダンスを通じて障害者と健常者の壁を破りたいと願う。自身のストーリーを共有する勇気を与えてくれたDancing With the Starsにプロのダンサーとして出演することを目指し、踊れる毎日に感謝しながら、浜本さんは今日も、ダンスフロアで華麗なステップを踏む。
www.MarisaHamamoto.com