タイプ
論考
日付
2012/6/11

中国の日本語学習者が学ぶ「日本国語」 (Page2/3)

2.結果

調査結果について以下に記す*11

2-1.基礎段階
研究方法で述べた(1)について、対象となった総合日語基礎段階用日本語教科書の第3・4冊*12 において、掲載作品が国語教科書に掲載されたものと一致する度合いが最も高かった日本語教科書はTB20で、引用作品全体の85.3%の文章が国語教科書掲載作品と一致している。続いて、TB19が83.3%という数値を示した。調査対象とした20冊の中で、書き下ろし文章だけではなく、引用文章が掲載されているのは9冊(TB4、TB7、TB8、TB11、TB12、TB15、TB16、TB19、TB20)であるが、高い重なり度合いを示したTB19・TB20を除くと、TB8は0%と全く重なりを見せず、TB4、TB7、TB11、TB12、TB15、TB16についても、それぞれ20%、12.5%、30%、20%、23.1%、44.4%と、50%以下を示し、TB19・TB20以外は過半数が国語教科書掲載作品と重なるようなものはないことが明らかとなった(引用文章が掲載されている全9冊の重なり度合い平均値は約35%である)。



また、研究方法で述べた(2)については、「本文」、「応用文」、「読み物」に引用された作品の作家が、日本の国語教科書に掲載されたことのある作品の作家と一致する度合いが最も高い日本語教科書は91.7%(TB19)を示し、50%以上の重なりを示した日本語教科書は、引用作品が掲載されている9冊(TB4、TB7、TB8、TB11、TB12、TB15、TB16、TB19、TB20)のうち7冊(TB4、TB7、TB11、TB15、TB16、TB19、TB20)であった。逆に、国語教科書で取り扱われたことのある作家に重なる度合いが最も低い日本語教科書(TB8)は、25%を示し、引用作品が掲載されている9冊(TB4、TB7、TB8、TB11、TB12、TB15、TB16、TB19、TB20)のうち2冊の日本語教科書(TB8、TB12)が30%以下の重なりを示した。

作品の重なりの比率と該当する日本語教科書を【図2】に、作家の重なりの比率と該当する日本語教科書を【図3】に記す。

最も多く総合日語基礎段階用日本語教科書に作品が掲載されている日本の作家は石森延男であった。総合日語基礎段階用日本語教科書に複数回作品が掲載されている作家名と掲載教科書名、掲載された作品名を【表2】に記す。

【表2】総合日語基礎段階用日本語教科書に複数回作品が掲載されている作家と作品名*13



2-2.高年級段階
研究方法で述べた(1)について、「本文」、「課外読み物」、「読み物」、「補助教材」のいずれかとして掲載された作品が国語教科書に掲載されたものと一致する度合いが最も高い日本語教科書は88%(TH9)を示し、17冊のうち12冊の日本語教科書が50%以上の重なりを示した。また、(2)については、国語教科書で取り扱われたことのある作品の作家に重なる度合いが最も高い日本語教科書は100%(TH5)を示し、17冊全ての日本語教科書が50%以上の重なりを示した。




掲載作品の重なりの比率と該当する日本語教科書を【図4】に、作家の重なりの比率と該当する日本語教科書を【図5】に記す。最も多く日本語教科書に作品が掲載されている作家名と掲載教科書、掲載された作品名を【表3】に記す。

【表3】総合日語高年級段階用日本語教科書に最も多く掲載された作家と作品名*14



3.考察

以上から、中国の大学専攻総合日語基礎段階用日本語教科書では、1)シリーズ前半の第1・2冊では全て著者の書き下ろし文章が掲載されているが、第3・4冊では引用文章も掲載されること。2)第3・4冊に掲載された引用文章の中には日本の国語教科書に掲載された作品・作家と重なるもの*15 が存在する*16 こと。3)最も多く総合日語基礎段階用日本語教科書に作品が掲載されている日本の作家は石森延男であること。4)さらに、総合日語高年級段階用日本語教科書では、国語教科書に掲載された作品・作家と一致する度合いが全体的に高いこと。5)「本文」、「課外読み物」、「読み物」、「補助教材」のいずれかとして、最も多く日本語教科書に作品が掲載されている作家は金田一春彦・司馬遼太郎・森本哲郎・山崎正和であること。以上の5点が明らかとなった。

筆者はこの要因を明らかにするために、まず、実際に中国で総合日語教科書の利用・開発に携わった経験を持つ日本語学科専任教師7名(中国籍日本語非母語話者)に対しインタビュー調査を行った*17 。その結果、学習者の興味や学習目的を考慮すれば、教科書は日本の国語教科書に掲載された文章以外にも掲載する必要があるのかもしれないが(A・B・C・D氏)、専攻日本語教育が高度日本語人材の育成を主眼としていることから、「正しい日本語・日本文化・日本人の考え」の習得と理解は不可欠であり、そのためには近代の名著や古典作品を読むのが適している(A・B・C・D・E・F・G氏)。また、掲載作品の選定方法としては、日本の専門家が既に選定し、日本人の大多数が読む国語教科書から選ぶことが効率的であるし(B・C・E・F・G氏)、結果的にそれらの作品・作家は別の機会に触れる可能性も高いため(B氏)、読んでおく意義があるといった指摘がなされた。

学習者対象の調査結果でも、学習者が日本語学習に求めるものは、第一に日本人とのコミュニケーションに必要な能力の向上であり、そのためには「正しい日本語」の習得と、日本人の考え方や文化への理解が欠かせず、理想的な教科書は「正しい日本語・文化・歴史・日本人の考え」が学べるものとする考えが大半である(田中ほか、2010*e)。

『教学大纲』(教育部高等学校外语专业教学指导委员会日语组、2000)においても総合日語は「3・4年次には文章の読解、言語心理及び言語文化の背景の理解、そして、正しい日本語の習得に重心を置くべきである。」(pp.2-3、翻訳筆者)とされており、明確に「正しい日本語・日本文化」の学習・理解が打ち出されている。

また、本研究が対象とした各日本語教科書にも、「学生が正しい日本語を身に付けられるよう、表現の面で現代的且つ規範的な言葉を採り入れ、適切で流暢な表現を求めると同時に、いきいきとした美しい文を採用するよう努めた。」(『日语』前書き、p.1)、「良い日本語教科書は、学生が日本語学習の中で日本文化を理解でき、さらに日本語学習と日本文化への理解を有機的に結びつける働きを果たしているものである。従って、言語教育と学生の言語応用力を強化するとともに、日本文化を教科書に採り入れることは非常に重要だと考えられる。」(『日语精读』序言、p.1)と明記されている(いずれも翻訳筆者)。

さらに、大学専攻日本語教育・日本語教科書に関する論考には、正しい日本語と日本文化への理解がコミュニケーション能力向上のための重要な要素であること(窦・李、2000、p.94*f)や、日本文化と国民性への理解不足はコミュニケーションに支障をきたす原因ともなり、語学教育と社会文化教育を結びつけた日本語教育にすべきであること(常、2008、p.167*g)、高年級段階は学習者が日本社会の様々な面を反映した作品を読むことによって、日本の社会、文化、歴史、地理、風習、習慣、そして日本人の考えを理解することを目指すべきであること(张、2010、p.34*h)が指摘されている。

以上から、中国の大学専攻総合日語用日本語教科書の取り扱う作品・作家は、日本の高等学校国語教科書と重なるものがあり、その要因として、1)「正しい日本語・日本文化・日本人の心」の習得と理解という目標が、教学大綱・教師・学習者・教科書作成者・研究者間に広く共有され、2)教科書制作における作品選定では国語教科書を参照することが適切かつ効率的であると考えられていることが示唆された。



*11 各課掲載文章の重なり度合い等の詳細は田中(2011・2012)に詳しいので、本稿では割愛する。
*12 本研究による調査の結果、現在中国(北京・上海・大連)で利用されている主要な総合日語基礎段階用日本語教科書の第1・2冊については、全て書き下ろし作品であり、引用作品は存在しないことが分かった。王(2004)、篠崎(2006)では基礎段階前半期における総合日語用日本語教科書第1・2冊では日本語学習用に教材制作委員自身によって書き下ろされた文章や会話が中心となっていると指摘されているが、本研究は、その実態を明らかにするものである。また、篠崎(2006)では、基礎段階後半期における総合日語用日本語教科書の第3・4冊になると、日本で出版された外国人向け日本語教科書や、日本の国語教材の文章を経て、日本人向けの既成の文章で学習する構成となっていると指摘されているが、本研究によって、日本語教科書ごとの掲載作品の一致する具体的な度合いが明らかとなった。
*13 作品名、および、表記は教科書の表示に従った。同じ教科書に同一作家の作品が複数掲載される場合もあるため、「日本語教科書名」として掲載された教科書の数と、「作品名」として掲載された作品の数は、必ずしも一致しない。なお、作家名は五十音順で記す。
*14 掲載された作品の数が最も多かった作家名を五十音順で記す。
*15 基礎段階の教科書が高年級段階ほどは国語教科書との重なり度合いが高くない理由は、語彙・文法の基礎力を育成することが主眼とされ、掲載作品が国語教科書掲載作品と同じものだけになってしまっては、語彙・文法のコントロールが難しく、扱い辛いものになってしまうためである(田中、2011)。
*16『基础日语教程』シリーズ(T1~T4)の第3冊を除く。
*17 A氏(教授歴約15年・男性・上海)・B氏(教授歴約15年・女性・上海)・C氏(教授歴約30年・女性・天津)・D氏(教授歴約10年・女性・南京)・E氏(教授歴約10年・女性・天津)・F氏(教授歴約15年・女性・上海)・G氏(教授歴約15年・男性・大連)。調査は調査協力者に対し、半構造的面接調査方式をとり、2011年6月〜12月にかけて実施された。対象者に対し、本研究による調査結果を示し、その要因についてどのように考えるかについて質問した。回答は筆者がコーディングを施し、同コードとして認められる回答(非同一人物)が半数以上認められるものを考察対象とした。

引用・参考文献
*e 田中祐輔・伊藤由希子・王慧雋・肖輝・川端祐一郎(2010).中国の日本語専攻大学生に対する日本語教科書の課題―学習者への学習状況調査を通して―『大学外語研究文集』11、362-381.
*f 窦文・李庆祥(2000).高年级日语精读课教材的内容、结构、规模『山东师大外国语学院学报』4、93-96.
*g 常娜(2008).从学习的角度看日语教材的发展趋势『?龙江科技信息』30、167.
*h 张新(2010).对高年级日语精读课的几点思考『吉林工程技术师范学院学报』26、34-36.