タイプ
レポート
日付
2008/5/1

レポート「北欧の大学におけるグローバル化戦略 -オスロ大学・ウプサラ大学訪問記-」

北欧の大学におけるグローバル化戦略
―オスロ大学・ウプサラ大学訪問記―

松信章子(奨学事業担当常務理事)


 東京財団奨学事業部が運営する事業の一つにヤングリーダー奨学基金がある。これは、英語名をThe Ryoichi Sasakawa Young Leaders Fellowship Fundといい、通称「シルフ(SYLFF)」と呼ばれている。グローバル化が進む今日、文化や国などの「境界」を越えて世界的な視野を持って諸問題に立ち向かう将来のリーダーを育成することを目的に、1987年に設立された奨学金プログラムで、現在44カ国、68の大学で実施されている。その運営方法はユニークだ。各大学が日本財団から寄贈された100万米ドルの基金を自主的に運用、運用益を大学院生に奨学金として支給するという仕組みとなっている。世界の各国各地域にはそれぞれ特有の文化的・社会的事情があるから、一口に「リーダー」といっても一様ではない。SYLFFプログラムでは、その国の実情にあったリーダーを育成するにはその国の大学がふさわしいとの考えから、基金運用も奨学生の選考も各大学の自主性に任せているのだ。21年前に最初の基金が米国タフツ大学に設立されて以来、すでに10,000名を超えるSYLFFフェロー(奨学金受給者)が誕生し、社会の第一線で活躍している卒業生も少なくない。

 このほど、スウェーデンのウプサラ大学とノルウェーのオスロ大学という北欧の2つのSYLFF基金校を訪問する機会を得たが、そこで見聞した高等教育事情を紹介しよう。

北欧最古の大学
 人類をホモサピエンスと命名し、分類学の父と呼ばれる植物学者のカール・フォン・リンネ。江戸時代に鎖国中の日本を訪れて植物を採集し、日本植物学の祖となった医師のカール・ツンベルグ。世界の平和のために東奔西走し、その活動の最中にアフリカでの飛行機事故で不慮の死を遂げた第二代国連事務総長ダグ・ハマーショルド――。

 この人たちは皆、スウェーデンのウプサラ大学と深い関係がある。リンネとツンベルグはウプサラの学長を務め、死後ノーベル平和賞を受賞したハマーショルドは法学士と政治経済学修士を取得している。ストックホルムの北約70kmに位置するウプサラ市に1477年に設立されたこの北欧最古の大学は、彼を含めて現在まで8名のノーベル受賞者を輩出、また自然科学と人文社会科学の両分野における多くの著名な卒業生の存在は、この大学の水準の高さを物語っている。

 ウプサラ大学のSYLFF基金は68校ある基金校の中でも二番目に古く(1988年基金設置)、2008年4月11日、その設立20年を祝う記念式典が開催された。式典には、学長はじめSYLFF奨学金の対象となっている学部の学部長、SYLFF奨学金運営委員会のメンバー、SYLFFフェローのほか、同大学の教職員や学生が多数出席し、大学の歴史的な建築物である博物館で友好的な雰囲気のもと執り行われた。同大学ではこの20年間に国際問題を研究する博士課程の学生およびポスドクの若手研究者、計56名を対象にSYLFF奨学金が支給されている。そのうち、10名がすでに教授となり、10名が准教授となっている。スウェーデンでは、研究者を志す博士号取得者が大学や研究機関での職を探しながら自分の研究を継続していくのは至難の業で、生計を立てる手立てを見つけられないために研究を断念するケースも少なくないと聞く。実績を積みながら生計の基盤を築くという若手研究者にとって緊張と不安でいっぱいの時期に、彼らが研究に打ち込める環境を保証するSYLFF奨学金の存在はとても大きなものであるようだ。

ノルウェー最古・最大の学府
 一方、1989年に12番目のSYLFF基金校となったオスロ大学は、首都オスロの中心に位置し、当時の支配者であったデンマークのフレデリック6世によって、1811年に設立されたノルウェーで最古、最大の名門校である。同大学は、多くのリーダーの育成を通じ、ノルウェーのナショナル・アイデンティティと、近代国家の形成に大きく関わってきた。現在までに経済、化学、平和の分野で4名のノーベル賞受賞者を輩出している。

 オスロ大学は、ノルウェーの最高学府として、医学、自然科学、人文社会科学などの分野で、9つの国内COE(センター・オブ・エクセレンス*)、また2つのノルディック(北欧)COEの認定を受けており、多くの優秀な研究者を有し研究水準の高さを誇っている。また、オスロ大学は、3つの美術館を運営し、文化面での貢献も大きい。さらに大学の図書館には、世界でも有数のチベット曼荼羅のコレクションを有しており、チベット大学との交流も活発である。なお、同大学では現在までに146名の大学院生にSYLFF奨学金を支給している。

* 中核的研究機関のこと。優秀な研究者が最先端の研究環境で、世界的に評価される研究活動を行う機関。具体的には、各分野・テーマの第一名者と称される研究者が集まり、最先端の機材を利用して研究を行い、画期的な研究成果が得られることが要件。日本でも意識的にCOEを生み出そうとする施策「21世紀COE プログラム」を文部科学省が2002年にスタートさせている。

大学におけるグローバル化に対する取り組み
 ウプサラ大学は、世界中の1,000を超える大学と、3,000を超える共同研究の協定を交わし、世界の500以上の大学と交換留学の取り決めも行っている。同大学が得意とする5つの領域、すなわち平和・安保・民主主義研究、ゲノム、新薬開発、脳・認知・行動学、エネルギー供給・再生可能エネルギーを、積極的な共同研究により強化していきたい考えだ。

 また将来的に対外競争力が増す可能性がある研究分野を見出して今後の戦略立案に役立てるため、2006年から2007年にかけて、全学の研究活動の大規模な見直しを行った。このプロジェクトはQuality and Renewal 2007と名づけられ、それぞれの研究分野で著名な学者を国内外から招いて分野毎にパネルを形成し、評価を依頼、その結果は本プロジェクトに関わった全研究者の名前と共に英文の分厚い書物にまとめられ公開もされている。研究レベルの向上に対するウプサラ大学の意気込みが伝わってくる。

 オスロ大学でも国際化は大きな波となっている。英語によるコースは800を数え、学生のモビリティは2001年以来倍増し、留学生は全学生の11%を占めている。また、共同研究の相手先はより国際的になり、研究テーマもより国際的・学際的な視点から設定されている。オスロ大学は海外へも拠点を拡大し、ヨーロッパでは、ロシア、フランス、イタリア、ギリシャ、ドイツ、英国に、アジアでは中国の北京、上海、そしてインドのデリーの3カ所にセンターを設けている。

 ノルウェー、スウェーデン両国とも、公用語かと勘違いするほど英語が通じる(しかも非常に聞き取りやすい発音である)。これが国際化推進にとって大きな利点になっていることは間違いない。これらの国では小学校から英語を習うが、テレビ番組等で普段から英語に触れる機会が多いことも、英語習得の大きな要因とのことである。

学術的な市場としての中国、東アジア
 オスロ大学の目下の注目エリアは中国で、中国からの留学生数は、ドイツに次ぎ二番目を占め、研究テーマとしても、アカデミズムという市場においても、中国の存在感が非常に増していることがわかる。私たちが同大学を訪問する直前に、大学の大代表団が中国の北京大学、復旦大学、上海交通大学、中国社会科学院などを訪問し連携を探っている。Ellingsrud学長によると、中国志向の理由として、中国が本物の超大国になる前に、ノルウェーがいわば「先行投資」をして、優位性を確保すると共に、オスロ大学での中国研究を推進し、この分野での学生により多くの可能性を与えること、さらに中国という国を仲間として国際社会に組み入れるために、共同研究や人材交流を通じて、価値を共有できるパートナーにしていくことなどが挙げられた。いずれにしても、同大学の中国に対する視線には非常に熱いものが感じられた。

 また、ウプサラ大学はこの4月から東京に居住することになった准教授を学術交流代表として任命している。日本とスウェーデンとの学術交流促進のため、「研究」を生業とするプロに交流の窓口を担当させるということからも、実質的な共同研究を実現させようとの意気込みが感じられた。

国際的な共同研究と東京財団の役割
 両大学ともグローバル化の波にのって、それぞれの最高学府としての「知」のクオリティーをより広げたい、高めたいとの強い意欲を持っていることが感じられたが、この背景には、1999年にヨーロッパ29カ国が署名した「ボローニャ宣言」における「ヨーロッパ教育圏」構想があるように思われる。これはヨーロッパ内の高等教育機関間の互換性・流動性を高め、大学間の競争を通して教育の質を向上させてヨーロッパの大学の魅力を向上させる試みだ。世界的に繰り広げられる激しい競争は、大学の世界でも無縁ではなく、どのように独自の特徴や魅力を打ち出していくか、その対応如何によって大学の将来が大きく左右される可能性がある。

 また、東京財団では、2007年1月のSYLFF代表者会議(於コペンハーゲン大学)において、グローバル化に関するアンケートを実施したが、会議に参加者した61大学(42カ国)の回答にはグローバル化に対する大学の考えや対応ぶりが如実に現れていて興味深い。調査対象となったすべての大学がグローバル化の影響を受けていると答え、学生や教員の流動性の増加やそれに伴う多様性の向上、学問の質の向上、国を超えた連携の可能性など、ポジティブな影響を挙げた回答が多かった。一方、ネガティブ面の影響としては、国を超えた競争の激化や頭脳流出などが挙げられていた。

 しかし、海外との共同研究といっても、実効性のあるものに結実させるのはなかなか困難なようである。学会誌などで注目している研究者と国際学会でコンタクトをとり、そこからリエゾンパーソンとしてお互いの国の研究パートナーを広げていくというのが一般的なようだが、研究費用の手当てやオフラインによる共同研究のむずかしさなどから、非常にゆっくり少しずつ進んでいるのが実情のようだ。若い研究者の中には、インターネット電話などを活用して一度も面識のない同業者と実験を重ねていくケースも増えているようだが、いずれにしても、専門家が同一専門内で試行錯誤を繰り返している模様だ。

 そのような背景があるからだろう、2005年にユネスコが国際的な高等共同研究のガイドライン**を発表しているが、これも急速にグローバル化する教育界においては、必要なスタンダード化ということかもしれない。

 奨学事業と並び政策研究活動をもう一つの大きな事業の柱としている東京財団では、社会科学分野における海外高等教育機関や研究機関と、日本の研究機関との橋渡し役が出来るのではないかと考えている。グローバルな課題が国内政策と密接に連動する昨今では、東京財団が行っている国内政策のための研究報告や提言が、海外の政策に対する大きなヒントになることもあろうし、またその逆も多いに考えられる。グローバルな範囲で様々な政策研究機関が「世直し」を試みるという「競争」ならば、大いに活性化させていきたいものである。その意味で、日本との研究を摸索する海外の政策研究機関のための「助っ人」となるべく、信頼性の高い研究・奨学活動を展開していくつもりである。

** Guidelines for Quality Provision in Cross-border Higher Education (UNESCO, 2005)