タイプ
論考
日付
2008/7/30

第2回「日本の農業はここまで衰退している!」

中国の冷凍ギョーザ事件は半年経ってすっかり鳴りを潜めてしまったが、あの事件を契機に、つくづく安全なモノを食べたいと思った日本人は少なくないだろう。そんな矢先に食料自給率が40%を切ったことが発表され、さらに食料高騰がじわじわと家計を直撃し始めたのだから、国内の農業にもっと頑張ってもらいたいと考えるのは当然な流れだ。ところがこの度のWTOの交渉を見ても、日本の農業の国際競争力は到底、楽観視できるものではなさそうだ。では日本の農業の実態は一体、どうなっているのか、山下上席研究員に聞いた。(安井美沙子 政策研究部ディレクター)



日本の農業はここまで衰退している!


English Version→ The Perilous Decline of Japanese Agriculture  

山下一仁 東京財団上席研究員


数字で見る農業衰退の現実

日本農業にはかつて不変の3大基本数字といわれるものがあった。農地面積550万ha、農業就業人口1,400万人、農家戸数550万戸である。明治初期の1875年から1960年までじつに85年間、この3つの数値に大きな変化はなかった。

大きな変化が生じたのは皮肉にも農業の構造改革を掲げた農業基本法が作られた1961年以降である。それは農業にとって好転ではなく暗転であった。1960年から2005年までの50年の推移を見ると、GDPに占める農業生産は9.0%から1.0%へ、農業就業人口は1,196万人から252万人へ、総就業人口に占める農業就業人口の割合は26.6%から4%へ、農家戸数は606万戸から285万戸へ、いずれも減少している。

農業のGDPに占める比率や農業人口の減少などは先進国におしなべて見られる現象であり、農業の大輸出国であるアメリカでも同様である。日本だけが特殊なわけではない。問題なのはその中身である。

農業就業人口が4分の1に減少したのに対し、農家戸数は半分の減少に過ぎない。この結果、現在では不思議なことに農家戸数を農業就業人口が下回っている。これは主として農業に従事する農業就業者のいない農家、すなわち農外所得の比重が高い兼業農家や農産物の販売さえしない自給的農家といわれる農家が増加しているためである。農業以外の職業を行いながら週末農業に従事したり、青年層が移動したため残された高齢者層が引き続き農業を継続したりしたのである。専業農家は34.3%から22.6%へ減少しているのに対し、兼業所得の比重の多い第2種兼業農家は32.1%から61.7%へ大きく増加している。

高度成長期以後の機械化の進展は(機械により労働を代替して)労働時間の短縮をもたらした。適切な政策が採られていれば、フランスのようにこれを農業の規模拡大、体質強化につなげることもできたのであるが、労働時間の短縮は他産業への就業による兼業化を推進し、零細な第2種兼業農家の滞留をもたらした。これは機械化の進展した米作において最も顕著であった。

年齢別農業就業人口の構成(2008年)をみると、39歳以下8.5%、40~49歳6.5%、50~59歳14.7%、60~64歳9.9%、65~69歳13.6%、70歳以上46.8%となっており、高齢化が著しい。専業農家でも、その57.8%が65歳未満の男子のいない高齢専業農家である。これに対し、フランスの農業経営者の年令構成(1997年)は35歳未満12%、35~54歳51%、55~64歳21%、65歳以上16%となっており、我が国農業の高齢化の著しさが分かる。

2002年の農業の生産額は9.9兆円である。農業のGDP(国内総生産)はここから農業中間投入額4.7兆円を差し引いた5.2兆円である。しかも、関税や価格支持等によって守られたところが大きく、これらの支持を示すOECDが計測した日本の農業保護額(PSE)は5.3兆円で農業のGDPとほぼ同額である。つまり、農業保護がなければ農業のGDPはゼロとなってしまうのである。


食料安全保障に不可欠な農地資源が危うい

食料安全保障の前提は農地資源の確保である。戦後、人口わずか7,000万人で農地が500万ha以上あっても飢餓が生じた。国民へ食料を供給する長野県の農地は長野県民だけの農地ではない。東京都民の農地でもあるのだ。農家が自らの資産運用のため、あるいは地方が地域振興のためだと称して、宅地や商業用地に転用したいといっても勝手に処分を認めてはならない。それが食料安全保障の考え方であり、そのために農業には手厚い保護が加えられてきたはずである。

しかし、公共事業等により110万haの農地造成を行った傍らで、1961年に609万haあった農地の4割を超える260万haもの農地が耕作放棄や宅地などへの転用によって消滅した。これは現在の水田面積と同じ規模であり、また農地改革で小作人に解放した194万haをはるかに上回る規模である。今では人口が1億3,000万人に達しているにもかかわらず、イモとコメだけ植えてやっと日本人が生命を維持できる460万haが残るだけである。これが国際交渉の場で日本が主張する食料安全保障の内情だ。

コメは過剰で40年近く生産調整を実施し、水田面積の4割に達した生産調整をさらに強化しようとしている。食料自給率が低下しても、コメ余りの中では農地も余っているという認識が定着し、誰も食料安全保障に不可欠な農地資源の減少に危機感を持たなかった。生産調整の強化は東京都の1.8倍の39万haに上る耕作放棄地の更なる拡大を招く。この10年でも水田は18万ha減少した。


日本の農業が低収益なワケ

日本農業には国際競争力の低さ、高い関税の必要性を指摘されているコメやムギなどの土地利用型農業と、花や野菜などそれほど多くの土地を必要としない農業の二つの種類のものがある。後者では主業農家の比率も高く、企業的な農業経営により多くの収益を上げている農家が多いのだが、問題は前者の土地利用型である。コメやムギの生産の場合、まとまった農地を大規模に集積したり、独自の加工やマーケティングにより高い収益を上げている農家もあるが、多くは農地が分散し、規模も零細で、かつ兼業農家が多く、収益は低い。これには、日本では耕作可能な土地自体が少ないという自然条件に加え、農地政策におけるゾーニングの不徹底や高米価政策による零細農家の滞留、減反政策により稲作のスケールメリットが発揮できなかったことなどの政策の失敗によるところが大きい。

以上は日本の農業の厳しい現実のほんの一部である。1957年の農業白書が挙げた?農業所得の低さ、?食料供給力の低さ、?国際競争力の弱さ、?兼業化の進行、?農業就業構造の劣弱化という日本農業の5つの赤信号は、悲しいことではあるが半世紀たった今日でも妥当する。悲しいかな、ますます悪化している。国民・消費者に必要な食料を供給する農業の体力が弱まっているのである。耕作放棄の増加は農業収益の低下、農業衰退の裏返しである。