タイプ
論考
日付
2008/8/26

第3回「日本の食料自給率はなぜ低下したのか?」

日本の食料自給率が40%を切ったという情報は、ショッキングな事実として国民に浸透したようだ。しかし、その原因について正確に理解している人はどのくらいいるのだろうか。日本の食料自給率はなぜ、主要先進国中で最低レベルまで下がってしまったのか、山下一仁上席研究員に聞いた。(安井美沙子 政策研究部ディレクター)



日本の食料自給率はなぜ低下したのか?


山下一仁 東京財団上席研究員


農業基本法の本来の趣旨

1961年に制定された農業基本法は、経済が著しい成長を遂げる中で、労働力は農業部門から他産業へ移動するとともに、所得の向上により農産物需要は畜産物や果樹等へシフトしていくという見込みの下で策定された。

農業基本法が作られた数年前から、農家所得が勤労者世帯の所得を下回るようになり、農工間の所得格差是正が政治的な課題となっていた。所得とは【売上額(価格×販売量)-コスト】である。所得を上げるためには、価格または販売量を上げるかコストを下げればよい。

当時から食生活の洋風化は予想されていた。わが国の基幹作物であるコメの消費は減少する、コメについては売上額の増加は期待できないと予想されたのである。このため、農業基本法は、まずコメから牛乳、食肉、果樹、野菜などの、需要が増加するだろうと思われる農産物に生産をシフトさせようとした。また、コメ作については、消費は減ってもコメが依然として基幹作物であり続けるだろうと考え、コストダウンによって農家所得の向上を見込んだ。つまり農業基本法は、農業の規模拡大によるコストダウンによって農工間の所得格差是正を図ることを大きな目的に掲げたのである。


現実の政策=米価引上げと減反

しかし、実際には農工間の所得格差是正のため農業基本法が示した方向と逆の政策が採られ、それが食料自給率を低下させた。60年代以降の高米価政策である。

戦後しばらくの間、食料政策は消費者政策だった。1942年に制定された食糧管理法は食料需要がひっ迫した戦時中の事態に対処するため、乏しい食料をいかに国民に均等に配分するかという目的で作られたものであった。高度経済成長期以降は生産者保護法であるとの評価が定着しているが、当初は消費者保護を目的とした立法であり、国民の購買力が乏しい中で米価は戦前の水準、国際価格よりも低く設定された。1945年で国際価格の約半分の水準であり、国際価格よりも低い米価は1953年まで続いた。輸入食料価格が国内価格よりも高かったため、1950年代前半、政府は補給金を支出して輸入食料を安く国民に供給していた。しかし、60年代になると、食料増産という目的は達成され、「もはや戦後ではない」というフレーズにも見られるように国民所得は向上し、消費者家計をさほど考慮することなく農政を展開することが可能となったのである。生産者米価は1967年まで年率9.5%上昇した。


食料自給率の低下へ

高度成長期以降の農政は消費者からどんどん離れていった。これを端的に示すのが食料自給率の低下である。自給率低下の過程は我が国の農業生産が食料消費からかい離し、消費の変化に対応できなくなった歴史そのものである。

60年の79%から現在の40%に至る自給率の低下は、食生活の洋風化のためであるというのが農林水産省の公式見解である。しかし、コメの需要が減少し、パン食など麦の需要が増加することは予想されていた。本来ならば、米価を下げてコメの生産を抑制しながら需要を拡大し、麦価を上げムギの生産を増加させて需要を抑制させるという政策が適用されるべきであった。

しかし、その逆の高米価政策により生産は1967年に1445万トンにまで拡大し、コメは過剰となった。米価の引上げは、食生活の洋風化とともに、コメの消費減少に拍車をかけた。1人1年あたりのコメ消費量はピーク時の62年118キログラムから、2006年には61キログラムに減少し、総消費量は63年の1341万トンから2005年には874万トンへ減少した。1970年から実施された減反は年を追うごとに拡大し、現在では250万ヘクタールの水田の4割に相当する110万ヘクタールに及んでいる。



一方で、米価と異なり、生産者価格が物価上昇程度の引き上げにとどまった国産ムギは「安楽死」した。生産が60年の383万トンから75年には46万トンにまで減少したのである。その上、消費者価格(製粉メーカーへの国の売渡価格)が60年代から引き下げられ、その後も低い水準に抑えられたことで、ムギの消費量は60年の6百万トンから今では8.5百万トンに増加した。この結果、ムギ供給の9割は競争力のあるアメリカ、カナダ、豪州からの輸入ムギとなった。要は国産主体のコメの需要を減少させ、輸入ムギ主体のムギの需要を拡大させる外国品愛用政策を採ったのだから、自給率低下は当然ではないだろうか。現在では約500万トン相当のコメの減産を実施する一方、約700万トンにも及ぶムギを毎年輸入している。国民1人1日あたり供給熱量(キロカロリー)の内訳は次の表の通りで、コメの独り負け状態は一目瞭然である。



コメを高く買っても相当安く消費者に売れば、過剰は生じないが大きな赤字が生じてしまう。消費者米価は食管法の消費者の家計の安定を旨として定めるという規定により、当初は生産者米価ほどには引き上げられず、政府の買入価格が売渡価格を上回るという「売買逆ザヤ」が生じ、これによって食管赤字が拡大していった。しかし、国全体の財政が悪化する中で、食管の赤字解消が叫ばれ、これは最終的には消費者米価の引上げによって解消されていった。

もし、このとき輸入ムギをより高く売ってその差益をコメの差損=食管赤字に回せば、消費者米価を上げなくてすんだのである。しかし、コメ・ムギとも同じ食管会計の下にありながら、このような方式はいかなる理由か議論もされなかった。

その後73年の穀物危機を契機として国産ムギの生産者価格を引き上げたため、ムギ生産は100万トンまで回復しているが、いったん品質の違う輸入ムギに移った需要は戻らない。コムギの自給率は13%である。今では讃岐うどんの原料はオーストラリア産のASWという品種で、昔はあのように真っ白ではなかったといわれている。しかし、今では白くなければ讃岐うどんとして売れないだろう。これ以上ムギの生産を増やしても、今の品質では製粉メーカーは引き取らない。食料自給率低下の原因のかなりは政策の失敗なのである。