タイプ
論考
日付
2008/9/10

第4回「米の豊作による減反強化の可能性とその功罪」

米の豊作による減反強化の可能性とその功罪


山下一仁 東京財団上席研究員

今年の米は豊作らしい。米業界では平年作を100とした場合の作況指数は102になるという見通しである。しかも、生産調整、減反が、十分に達成されていない。この分だと、また価格が低下する。

昨年の政治決着
昨年は作況指数99だったにもかかわらず、減反が十分に達成されず、4.5%の農地で過剰作付けが生じ、60kgあたり1万5,000円程度の米価は1,000円程度低下した。コメ政策の改革により、昨年から減反は政府から農協に任されることになったが、集荷量の5~6割のシェアしか持たない農協組織がカルテルを実施できるはずがない。予想通り減反は未達成となった。春の段階で、種もみの流通が活発でコメは過剰に作付けされているという情報は農林水産省も把握していた。しかし、作柄が判らない状況では財務省も相手にしてくれず対策を打てない。過剰作付けがあっても不作になれば何も対策を打たなくてすむ。ところが、米価低落を予想した農協は先手を打って農家への仮渡金を前年の60kg当たり1万2,000円から7,000円へ大幅に減額した。売れないコメを抱えると金利・保管料を負担しなければならなくなるので、できればコメは扱いたくないという農家へのメッセージだったのではないだろうか。これは業界では7,000円ショックといわれた。

おりしも、選挙目当ての農家への補助金バラマキと批判された民主党の戸別所得補償政策によって7月参議院選挙で惨敗した自民党は、次に迫る衆議院選挙に危機感を募らせていた。秋口の米価低落はこれに追い討ちをかけた。この中で農協は政治力を発揮し、自らが買い入れ保管するのではなく、政府に34万トンのコメを備蓄米として買い入れさせ米価の底上げを行わせたほか、補正予算に500億円計上させ本年産について従来の100万haに10万haを上乗せする減反強化を政府に打ち出させた。

減反を農協に任せるというコメ政策の改革は実施初年度で撤回され、農林水産省、都道府県、市町村が全面的に実施するという従来どおりの体制に戻った。さらに、「生産調整目標の達成に向けて考えられるあらゆる措置を講じる」など四項目にわたる「合意書」に、全国段階では農林水産省・総合食料局長と農協など関係八団体のトップが、都道府県段階でも地方農政局長と関係団体が、それぞれ連名で署名するなど、40年近い減反の歴史のなかでも異例の対応を行った。農林水産省幹部が組織の総力を挙げて減反の実施に当たるよう指示したため、ある地方農政局は「コメの作りすぎはもったいない。コメの過剰作付けは資源のムダづかい。」などの表現をつかったポスターを配布し、コメ農家から抗議を受けている。

今年の予想
このような官民の総力をあげての努力にもかかわらず、10万haの減反強化は田植えの終わった7月段階で7割しか実現されていない。減反が進まず、豊作となれば、米価は今年も下落する。すでに政府は備蓄米の上限である100万トンぎりぎりまで購入しており、今年は備蓄米買い上げによる米価底上げという手は使えない。

では、農協・政府はどうするだろうか。もうひとつ、農協による調整保管によって市場からコメを隔離するというという手がある。農協が過剰分を保管して、その金利・倉代に対する補助金を政府が出すというものだ。もちろん、このコメもいずれは市場に放出しなければならないので、来年の減反は従来からの傾向であるコメ消費の減少分にこの分も加えてさらに強化されるだろう。一時的な逃げのために、財政負担はまた膨らむ。

減反政策の罪
このような減反政策を続ける意味があるのだろうか。

1950年代後半以降、農民票に基盤を置く自民党は、食管制度の下で米価を上げた。高米価はコメ消費減に拍車をかける一方で生産を刺激し、コメは過剰になった。1970年以降、95年の食管制度廃止後も続いている減反政策は、コメの過剰分が市場に流れ、米価が低落することを防止するための供給制限カルテルである。現在その面積は水田面積260万ヘクタールの4割に及ぶ。

食管制度のときに減反を実施したのは、過剰米を食管で買い入れさせられて飼料や援助用に処分する(これに3兆円を支出した)よりも、コメの代わりに麦や大豆を作らせてコメとの収益格差を補助金で補填するほうが、まだ財政的に得だったからだ。このとき、出来る限り多くのコメを政府に高い価格で売りたい農協は減反に反対し、全量政府買上げが農協のスローガンになった。

しかし、1995年に食管制度が廃止されコメの政府買入れが備蓄用米に限定されてからは、米価は減反によって維持されている。現在では政府にとって減反を行う財政的なメリットはない。今では、米価維持に不可欠となった減反をかつては反対した農協が支持している。いずれの時代でも高い米価による農業保護を負担しているのは消費者であることは同じだ。

減反には消費者だけではなく財政も負担している。およそカルテルというものはカルテル参加者に高い価格を実現させておいて、その価格で制限なく生産するアウトサイダーの生産者が得をする。したがって、カルテル破りが得だとならないようなメリットが必要となる。減反政策の場合は、政府による補助金がその役目を果たしてきた。この補助金は各年2,000億円、累計で7兆円に達している。

大規模でコストの低い秋田県大潟村や米価の高い新潟県のような地域では、コメ生産による収益が高いので、減反に協力しようとはしなかった。もちろん補助金を大きくすれば協力は得られる。しかし、財政的理由により、補助金は減額され続けた。補助金の額は1982年の目標面積63万haに対する3,611億円から、今日では目標面積が110万haに増加しているにもかかわらず、1,801億円(2008年)へと半減している。このなかで減反面積を消化するため、都道府県、市町村の担当者等は、兼業農家が多いため勤務時間後の夜に開かれる集落集会に参加してまで農家の説得にあたった。本来ならば地域農政の先頭に立って農業の振興を図るべき優秀な人材が減反消化という最も後向きの行政に振り向けられた。

生産者の間でもコメ販売量の多い主業農家が減反の影響を最も強く受けた。コメの低コスト生産を行おうとすれば規模の大きい農家がコメ生産を行い、零細な農家が減反すべきだということになる。しかし、農協の政治的な基盤となっている圧倒的多数の零細な兼業農家に多くの減反を強制することは政治的に困難だった。結局、経営面積に応じた一律の減反面積の配分が実施された。多くの減反面積を負担させられた主業農家は、十分に稲作を拡大できないため規模の利益を発揮できない。彼らは、コストが低下しないので所得が向上しないという不利益を受けた。

農地がなければ食料安全保障は確保できない。終戦のとき、水田面積が300万haもありながら、人口7,000万人で飢餓が生じた。しかし、国民全体に必要な農地は足りないのに、コメの減反で「農地も余っている」との認識が定着した。1969年の344万haまで一貫して増加してきた水田面積は減反を導入した1970年を境に減少し続け、現在は255万haとなっている。減反のかなりは麦などへの転作ではなく耕作放棄につながる不作付けでの対応だからである。減反の拡大は東京都の1.8倍の39万haに上る耕作放棄地の更なる拡大を招く。

しかし、減反が拡大しているにもかかわらず、米価は低下している。これまでは総人口は増加したが、今後は高齢化しかつ減少するので、コメ総消費量は1人当たりの消費量減少と人口減少の二重の影響を受ける。昨年から今年にかけての出来事が示すように、米価を維持しようとすると減反をさらに強化せざるをえない。今後40年で1人当たりの消費量が現在の半分になれば、減反は210万haに拡大しコメ作は50万ha程度ですんでしまい、水田面積はさらに縮小する。これが日本の食料安全保障を危うくさせる減反政策の帰結である。