タイプ
論考
日付
2008/12/11

第9回「農協と農業構造改革」(2)

農協と農業構造改革(2)


山下一仁 東京財団上席研究員


「農協=農林族=農水省」という農政トライアングルはますます強固なものになっている。減反の強化や構造改革の後退がそれを表している。農政は農業の発展や国民への食料の安定供給という目的からますます離れてきている。しかし、農政トライアングルの要にいるのは、農協である。これさえ変われば、選挙が最大の関心事である農林族議員の行動も変わり、農政改革は容易に実現できる。農協が変わる可能性はないのだろうか。

農協という組織は、農林族議員を通じて影響力を行使している農水省という組織の存在抜きにはありえない。銀行は、商法によって設立された株式会社であり、銀行法は業の規制を行っているにすぎず、銀行法がなくても銀行は存続できる(しかも、以前より自由に活動できる)。これに対して農協は、農水省が所管する農協法によって設立された法人であり、農協法がなくなると法人としての根拠がなくなり、消滅してしまう。また農協が、種々の政治活動によって、農産物関税の引下げに抵抗したり、米価を維持したり、予算を獲得したりできるのは、農水省という組織を前提にしているからである。これが解体され、経済産業省の一部組織にすぎなくなれば、農協の政治力も解体されてしまう。すなわち農協の組織維持のために、農水省の組織維持は不可欠であり、BSEや今回の汚染米事件のように、農水省の組織が危機にさらされることは、農協の組織も危機にさらされることを意味する。だから銀行の場合と異なり、農協が自己の利益を推し進めた結果、農水省が公衆の支持を失い、その組織が危機にさらされることは、農協にとっても避けなければならない事態である。金の卵を産む雌鳥を殺してしまっては、元も子もない。農協の活動には一定の自制が働くのである。

ウルグアイ・ラウンド交渉で、農協は包括的関税化反対、一粒たりとも米を入れないというスローガンで強力な政治活動を行った。しかし関税化先送りの代償として、消費量の8%、約80万トンの米市場開放に合意せざるをえなかったのは、その最たる例である。

融資や共済で赤字を埋めるのはもう限界
農協は兼業農家とともに、脱農化によって発展してきた。しかし、脱農化の行き着く先は、“農家”や“農協”の否定である。

まず農家から見てみよう。兼業農家は、割合としては全農家の6割を超えているが、実数を見ると、第二種兼業農家数は1990年の198万戸から2005年には121万戸に減少している。2000年から2005年までの減少率は22%である。しかも、農協が政治活動の中心に捉えてきた米農家の変化が著しい。「稲単一農家」について、主として農業に従事した基幹的農業従事者の分布を見ると、65歳以上の割合は71%にも上っており、高齢化が著しい。その一方で、農協がこれまで冷遇してきた規模の大きい農家層が着実に伸びてきている。米の販売農家数は全体では2000年から5年間で16%減少した。このうち3ヘクタール未満の層が軒並み減少しているのに対し、3ヘクタール以上の層は増加しており、特にもっとも規模の大きい10ヘクタール以上層は3.4%と最も多い増加となっている。つまり規模の小さい(兼業)農家が撤退し、規模の大きい(専業または主業)農家がますます規模を拡大しているのである。農協の存立基盤が揺らいでいる。

次に農協を見よう。

零細兼業農家主体の農協の場合は、組合員平等の原則から、遠くの零細農家から肥料をわずかでも届けてくれと言われると届けざるをえない。兼業農家主体の農協運営を行う以上、農業資材の購入などの経済事業は大幅な赤字にならざるをえない。

このように、零細農家を相手にする非効率な農協の農産物販売や農業資材の購入などの農業関連事業は大幅な赤字であり、信用事業や共済事業の黒字で穴埋めしてきた。2002年では、1農協当たり経済事業等は2億8500万円(うち資材の購入1億2200万円、農産物販売4400万円)の赤字だが、信用事業1億2500万円、共済事業2億8100万円の黒字で補填し、差し引き1億2100万円の利益を上げている。

しかし、農協を支えてきた信用事業にも陰りが見えてきた。農協への貯金は70年代から90年代前半まで各年2兆円を超える増加を見てきたが、95年以降2兆円に届かない状況がこれまで続いている。さらに、相続等によって5000億円から1兆円の貯金が流出し続けている。農外所得や土地の莫大な転用利益が農協に預けられてきたが、都市に住んでいる子供が相続すれば、農協預金を引き上げて都市銀行に預金するようになるからだ。

運用面でも、従来から農協の貯貸率(貯金残高に占める貸出金残高の比率)が、都市銀行は100%程度、地方銀行は80%程度なのに、30%程度しかないことが指摘されてきた。分母の貯金残高は農業縮小の見返りとしての農外所得や農地転用代金の預金で莫大なものとなるのに、分子の貸出金残高はアパート・住宅建設資金で頑張っているものの、農業縮小のために減少してしまうからである。貯貸率が3割だということは、貯金残高の7割を他で運用しなければならないということである。

住専に流れたのはこの金である。信用事業の全国団体である農林中金は、これを主として海外で運用し、“農中の奇跡”という運用益をあげてきた。しかし、これがいつまでも続くものではない。サブプライム問題に端を発した世界的な金融危機の深刻化がわが国有数の機関投資家である農林中金に大きな打撃を与えている。11月農林中金は、金融市場の混乱で1000億円の損失を計上、当初3500億円と見込んだ来年3月通期の経常利益予想を71%減の1000億円に下方修正した。資産の多くを有価証券等で運用しているため、保有資産の価格低下によって時価が簿価を下回る「含み損」は1兆6000億円に達している。農林中金としては、農協組織にとどまるメリットとして、末端の農協を活用して預金を集めることはあるものの、全農系列の経済事業の赤字補填はまっぴらだというのが本音ではないだろうか。また、このように信用事業の利益が減少していくと、農協の農業関連事業の赤字が補填できなくなり、農協は農業から撤退せざるをえなくなる。全農が潰れるということだ。しかも、今回の金融市場の混乱で損失処理等の拡大による自己資本の目減りを防ぐため、農林中金は全国のJA農協グループから逆に1兆円の出資を要請している。これまで成功してきた農協システムが経済面から崩壊しかけているのである。

「政治的中立性」から逸脱する選挙支援
政治的にも農協は揺らいでいる。

2007年の参院選挙では、多くの自民党農林族議員が落選した。民主党が「戸別所得補償」を掲げて大勝したため、農協の政治組織である全国農業者農政運動組織連盟の選挙区での推薦候補45人は23人しか当選しなかった。しかし、前回の比例区選挙で農水省OBを担いで敗北した農協は、「自分たちの仲間」の候補として、前JA全中専務の山田俊男氏を担いだ。同氏は44万9000票で自民党の2番目という上位で当選した。

農協職員は30万人いる。家族を含めると農協関係の有権者だけで60万人もいる計算になる。農家戸数は300万戸だ。農協の組合員数は500万人もいる。山田氏に流れた票は農協組織の危機を感じた農協職員の票であり、農家の票は「戸別所得補償」を掲げた民主党に流れたといわれている。

ロッチデール(イギリスのランカシャー地方)の協同組合原則のなかに政治的宗教的中立というものがある。しかし、これまで農協が政治的に中立だと考えていた人はいないだろう。自民党の最大の支持団体だということは公然の事実である。しかし選挙の際には、全国農業者農政運動組織連盟という、表面上は農協からは独立した組織が自民党議員を支援するかたちをとり、農協自体は表に出ない工夫をしてきた。しかし、前JA全中専務の山田氏を自民党から出馬させたことで、農協が自民党を支持していることを、形のうえでも明らかにしてしまった。自らの代表を国政に送り込もうとしたあまり、ホンネとタテマエを一致させてしまったのだ。

民主党は、金融機能強化法改正案(金融機関への公的資金の予防的な資本注入を可能にする案)の対象に農林中金を含めることにクレームをつけたが、それはこのような農協の政治的な動きと関連しているのだろう。さらに、民主党は農協に政治的中立性を求める農協法改正案を国会に提出した。農協を通じた自民党への揺さぶりである。

政治的にも経済的にも、戦後の農政を支配してきた“帝国”の崩壊は近いのかもしれない。