タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/8/3

アメリカ大統領選挙UPDATE 4: 予備選で外交政策の詳細が争点にならなかった深刻な理由

    2016年の大統領予備選の外交政策議論は、歴史的にみても、不毛な空白であったと結論づけざるを得ない。意味のある外交政策論議が、共和党と民主党の予備選候補の間でも、ほとんど行われなかったからだ。

 比較のために、今回と同様に混戦だった2008年の予備選の外交政策を振り返ってみる。表のマトリックスは、当時の共和党・民主党の各候補の外交政策をもとに筆者が作成したものである。

 

図: アメリカ大統領予備選挙・主要候補の政策軸(2008年/2016年)

大統領予備選 主要候補の政策軸(2008年・2016年)

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    (図1参照)縦軸は、自由貿易から公正貿易(保護貿易)までの政策幅で、横軸は米軍のイラクでの駐留撤退から継続までの政策幅で、民主党のオバマ、クリントン、エドワーズ、リチャードソンが左下に固まっている。クリントンがイラク・自由貿易ともに、より中道的で、エドワーズがどちらも最左翼だ。一方、共和党はすべて右上に固まっており、マケインがイラク・貿易ともに最右翼で、ロムニー、ハッカビーがより中道的なポジションをとってはいるが、全員が一つの枠の中に入っている。そして共和党の中道的なロムニー、ハッカビーでも民主党の中道的なヒラリー・クリントンとは大きな開きがあるのが特徴だ。

 (図2参照)今回の2016年の予備選での主要候補を、2008年の軸のイラク駐留の代わりにシリアへの介入として、マトリックスにいれてみると違いがわかる。サンダースは、2008年のエドワーズよりもさらに孤立主義と保護主義を強め、クリントンも2008年のオバマぐらいには保護主義的に動き、シリアへの介入でいえば、左下から右下に動くほど、共和党候補以上に積極的な介入姿勢を示している。今回の共和党候補で最も特徴的なことは、トランプが保護主義的で孤立主義的な姿勢をみせ、左下の民主党のブロックに入ることである。共和党でトランプに敗北したブッシュ、ルビオ、ケーシックなどは、伝統的な右上のボックスに位置しているが、最終的に有権者の支持を得られなかった。共和党で二番手だったクルーズのポジションは不明のままだ。

 今回の予備選でこれまで積極的にマトリックスを作る意味を感じなかったのは、情緒的な孤立主義および保護主義を、共和党のトランプ候補および民主党のサンダース候補が主張し、多くの有権者が支持したことで、議論が単純な二分法になってしまったからだ。有権者もメディアも、選挙の争点としては単純化されたほうが頭に入りやすい。これは大衆民主主義に顕著にみられる危うい現象であるが、英国のEU離脱(Brexit)を巡る国民投票にみるように、これが世界のトレンドでもある。

 今後、本戦での議論でも、この二分法が支配することになると、今後のアメリカ外交への影響に大きな懸念事項となる。一つは、大衆迎合的な保護主義対自由貿易、あるいは(アメリカファーストという名の)孤立主義対紛争介入かという単純な議論に陥り、政策の選択肢も、ニュアンスが失われ、それに規定されるリスクである。クリントン候補は外交経験も豊富でかなり精緻な政策議論を展開することは可能だが、トランプ候補はそのレベルに達していないし、おそらく興味もない。メキシコ国境から不法移民を排除する、イスラム教徒の入国を拒否する、というようなメッセージを発していれば、一定の支持を得られるうえに、自らの政策の未熟さを露呈することもない。

 今回のBrexitでの離脱派の勝利は、トランプ陣営にこのような戦略の有効性を確信させたかもしれない。実際、Brexit後の6月28日にペンシルベニア州で演説し、「米国を環太平洋連携協定(TPP)から撤退させる」と述べ、就任すれば、日本を含む現在12カ国の枠組みから離脱すると宣言した。これまでのトランプの主張はTPP再交渉を訴えてきたが、今回は完全に拒否する姿勢に転じた。クリントン陣営は、もともと労働組合の支持を受けている民主党候補なので、TPPに対しても、「ノーを突き付ける」という否定的な見解を示していたが、今後はさらに保護主義的傾向を示すことになるかもしれない。

    外交・安保での争点、シリア内戦、中国の南シナ海への進出は、どのようなものになるのか。おそらく両候補とも、中国やロシアに対しては、国際ルールを守るように警告するが、有権者に不人気な軍事力行使のハードルを下げるような政策は打ち出さないだろう。内向き志向の有権者の票を取りこぼすわけにはいかないからだ。そうなると、実はクリントン候補の外交・安保での経験というアドバンテージは、本戦ではそれほど有利な武器にはならないかもしれない。内向きの有権者は、クリントンの豊かな外交資質とトランプの出鱈目な論理の違いを見極める能力はなさそうだからだ。これは、逆にクリントンの外交・安保政策が、選挙中には精緻な批判にさらされない、という別の否定的な側面もある。精緻な議論を行っていてはトランプに勝てないからだ。トランプ候補の登場とポピュリズムの猛威は、米国外交の質を二重の意味で下げていくことになるのかもしれない。

    ただし、これは新しいことではない。2000年の大統領選挙でのブッシュ対ゴアの外交・安保政策のテレビ討論では、理屈や知識では圧倒的にまさっていたゴア候補が、あまりにもレベルの低いブッシュ候補相手に軽蔑と失望のため息を連発したことで、ブッシュを支援する「庶民」からエリート臭い「いやな奴」と思われて支持を落とした。ブッシュ陣営はゴアのため息の音量を拡大した画像を繰り返し流して、イメージダウンに成功したのだ。そしてそのブッシュが遂行したイラク戦争の負の遺産が、米国民の内向きの原因の一つなのだ。皮肉としかいいようがないが、選挙は、政策の理屈や本人の能力よりも、大衆の感情に左右されることも多いというBrexitが示した原則は、大統領本選に影を落とすことになるだろう。

 

渡部恒雄  東京財団上席研究員兼政策研究ディレクター