タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/12/13

アメリカ大統領選挙 UPDATE 6:トランプ政権の経済政策を展望する ~「レーガンの共和党」から「トランプの共和党」へ~

 

 

安井明彦 みずほ総合研究所 欧米調査部長

 

   ドナルド・トランプ氏の経済政策には、米国経済にプラスとなる政策(「良いトランプ」)とマイナスとなる政策(「悪いトランプ」)が混在している。「良いトランプ」が中心となるかどうかは、議会共和党との連携がカギを握る。トランプ氏は拡張的な財政政策を志向しており、ロナルド・レーガン政権以来とされる共和党の「小さな政府」路線は曲がり角に差し掛かっている。

もう一つのサプライズ

   11月8日に投票が行われた米国の大統領選挙には、トランプ氏の勝利以外にもサプライズがあった。市場が選挙結果を好感したことである。

   選挙前の予想では、トランプ氏の勝利は、株価・ドルの暴落を招きかねないといわれていた。先行きの不透明性が高まるため、いわゆる「リスク・オフ相場」となり、安全資産に資金が逃避するという見立てである。

   しかし、結果は正反対だった。トランプ氏の当選が決まった時点で開いていた東京市場こそ株価の急落で反応したが、その後の米国市場で株価は大きく上昇した。為替市場も、予想に反してドル高基調となっている。

2つのトランプ

   市場がトランプ氏の勝利を好感した一因は、経済政策への期待にある。トランプ氏の経済政策には、米国経済にプラスとなる政策(「良いトランプ」)と、マイナスとなる政策(「悪いトランプ」)が混在している。このうち、プラスとなる政策への注目が、市場が好感した背景となった。

   「良いトランプ」の中心は、拡張的な財政政策である。拡張的な財政政策は、先進国が悩まされている「長期停滞」への打開策として、世界的に注目が集まっている処方箋である。トランプ氏は、所得税・法人税の大型減税と、インフラ投資・国防費の増額を提案している。向こう10年間では、5兆ドルを超える財政赤字の拡大を予測する向きもある。

   もっとも、トランプ氏の公約は、経済にとって好ましい内容ばかりではない。「悪いトランプ」の典型は、保護主義的な通商政策だ。日本で注目を集めているTPP(環太平洋パートナーシップ)協定からの撤退は、氷山の一角に過ぎない。NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しは、同協定を利用して生産・販売を行っている米国企業に多大な影響を与える。関税引き上げの応酬となれば、世界的な貿易の縮小すら視野に入る。

    移民に対する厳格な政策も気がかりだ。移民は米国の重要な労働力である。農業や建設業では、不法移民が労働者の1割を超えている。米国は完全雇用に近い状態にあり、不法移民が締め出されただけでも、米国の労働コストは急上昇しかねない。

試される議会共和党との連携

   「良いトランプ」がトランプ氏の経済政策の中心となるためには、上下両院で多数党を維持した議会共和党との連携がカギを握る。通商政策や移民政策等、「悪いトランプ」には大統領権限で進められる部分が少なくない。これに対し、「良いトランプ」は財政政策を利用する場合が多く、議会による立法が欠かせない。

   トランプ氏と議会共和党との調整を通じて、拡張財政の度合いは縮小する可能性がある。議会共和党には「小さな政府」にこだわる議員が少なくない。これまで共和党は財政均衡の実現を提案してきた経緯があり、巨額の財政赤字を容認するような路線変更には抵抗があるだろう。実際に、「小さな政府」の理念にかなった減税はともかく、インフラ投資の増加には懐疑的な声が聞かれる。

   議会による拡張財政の調整は、悪い話とは限らない。あまりに大規模な財政赤字の拡大は、金利の上昇を通じて民間投資を阻害しかねない(クラウディング・アウトの発生)。そもそも財政による刺激効果は一時的であり、米国経済が持続的な成長を実現するには、企業の設備投資等を通じた生産性の向上が必要となる。規模や内容面でのバランスを取りつつ、議会共和党が拡張財政を認める展開となれば、「良いトランプ」の補強材料になり得る。

「レーガンの共和党」から「トランプの共和党」へ

   それでは、議会共和党は拡張財政を認めるのだろうか。

   「共和党はレーガン大統領の政党ではなく、トランプ氏の政党になった」

   経済政策についてトランプ氏にアドバイスを行ってきたステファン・ムーア氏は、11月下旬に行われた議会共和党指導部との会合で、そうした趣旨の発言を行ったと伝えられる。レーガン大統領が目指した「小さな政府」へのこだわりではなく、トランプ氏が主張してきたインフラ投資等も認めていくことが、これからの共和党の姿になる、というわけである。

   もちろん、実際のレーガン政権の財政運営では、財政赤字が大きく拡大しており、必ずしも、「小さな政府」が実現されたわけではない。その意味では、結果としてのレーガン政権の財政運営は、トランプ氏が目指す拡張財政と一致している。

   しかし、理念としてのレーガン大統領の財政政策は、間違いなく「小さな政府」であった。そのため、赤字の拡大に終わった財政運営の結果にかかわらず、共和党においては、レーガン大統領は「小さな政府」のシンボルとして扱われてきた。実際にレーガン大統領は、その就任演説で、「政府は私たちが直面する問題に対する回答ではない。政府こそが問題である」と述べている。財政運営についても、「我々は何十年にもわたり赤字を積み上げ、現在の一時的な都合のために、子世代の将来を借金の抵当に入れている」と指摘し、赤字削減の必要性に言及していた。

   「トランプ氏の共和党」への転換を告げたムーア氏は、そもそも減税や小さな政府を推進する政治団体であるClub for Growthの創設者であり、レーガン政権下で提唱されたサプライサイド経済学の熱心な信奉者として知られてきた。そのムーア氏が率先して拡張的な財政政策に理解を示したことは、共和党指導部に驚きを持って迎えられた。

   ムーア氏は、「レーガン大統領が共和党を保守政党に変えたように、トランプ氏は共和党を労働者階層のためのポピュリスト政党に変えた」と述べている。共和党の「小さな政府」路線は、曲がり角に差し掛かっているようだ。