タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/8/1

アメリカ大統領権限分析プロジェクト:アメリカ大統領研究の現状と課題(1)


  アメリカ大統領について、これまでどのような研究が積み重ねられてきたのだろうか。ここでは簡単に研究の歴史を振り返ることで、現在取り組むべき課題を明らかにしたい[1]

  アメリカ大統領についての研究といえば、まず思い浮かぶのは、それぞれの大統領がその時々の問題にどのように取り組んだのかについて書かれた研究書だろう。1人の大統領を取り上げるものもあれば、大統領列伝の形で歴史を描くものもある[2]。このような研究では大統領の個性と、そのリーダーシップのあり方に焦点が当てられる。この種類の研究の重要性は誰もが認めるところであろう。

  他方で、アメリカ政治における大統領の権限や権力とはどのようなものか、またそれらは長期的にどのように変化してきたのかという、より広い視野から大統領を理解しようとする研究もあり、こちらがアメリカにおける大統領研究の中心をなしている。

 

法制度研究から影響力の研究への転換

  アメリカの政治学における大統領研究の基本的な枠組みは、1960年にリチャード・ニュースタットによって設定された[3]。ニュースタット以前は、「合衆国憲法は大統領の権限をどのように定めているのか」を問う、法学的な研究が主流であった[4]。これに対し、ニュースタットは、「同一の権限が与えられているにもかかわらず、なぜ、政策を実現できる大統領と実現できない大統領がいるのか」を問うた。ニュースタットは、憲法が定める権限と、その権限を巧みに用いて政策を実現する力を分けたのであり、前者はどの大統領にとっても等しいが、後者は大統領によって異なると考えた。

  ニュースタットによって、アメリカの大統領研究は、「合衆国憲法という一定の枠組みの中で、大統領が政策形成にどれほどの影響力を持つのか」という問題に取り組むようになった。この問いは、当時のアメリカ政治学全体で進んでいた行動論革命と歩調を同じくしており、大統領研究のスタンダードな枠組みとなった。

 

計量的研究手法の成果と問われない問題

  1980年代から90年代にかけての大統領研究は、大統領による法案に対する立場表明や拒否権の行使が、大統領の望む政策の実現に結びついているのかを明らかにしようと試みた。大統領の影響力を探ろうとする研究は、どの大統領にも繰り返され、研究者による観察が容易な行動を分析の対象としたのである。これは、大統領の影響力を個々の大統領の特性によって説明するのではなく、一般化可能な形で理解しようとしたためであった。

  このときに用いられるようになったのが、因果関係を明らかにするための統計的手法であった。このアプローチによる研究が進むにつれて、立法に対する大統領の影響力は、議会構成が大統領によって有利な場合に限られるという知見が積み重ねられていった[5]

  1990年代になると、ゲーム理論を用いることで大統領の影響力を明らかにしようとする研究が登場した。例えば、チャールズ・キャメロンは大統領と議会の交渉に着目し、議会が大統領による拒否権の行使を考慮に入れるために、成立する法律の内容が、大統領の望むものに近づいていることを明らかにした[6]。キャメロンは、立法結果を大統領の政策選好に近づける力こそがニュースタットが捉えようとした大統領の力だと主張している。

  2000年代になると、大統領と議会を政策形成のアクターとしてきたモデルに世論を加える研究[7]や、分析の対象を立法過程に限らず、例えば行政命令を対象とする研究[8]や、軍事行動の決定を取り上げる研究[9]もなされた。

  統計的手法とゲーム理論を用いた一連の研究は、大統領が政策形成において最も影響力を発揮できるのは、大統領の所属政党が議会で多数の議席を確保しているときであることを厳密な形で明らかにした。これらの研究は、つまるところ、大統領と議会を既存の憲法秩序の中のアクターとして捉え、その一定の秩序の中でどのような要素が大統領を有利にするのか、不利にするのかを問うものであった。これらの研究は成果を挙げたものの、研究の設計上、問われない問題が残る。大統領をとりまく制度は、はたして一定なのだろうか。

 

法学からの警鐘

  政治学が、法学的アプローチから行動論的アプローチへと研究手法を転換した後も、法学者たちは大統領の権限と憲法の関係について追究を続けていた。彼らは、大統領がそれまでの大統領には見られないような逸脱行動をとることを報告している。大統領は、議会による開戦宣言を求めずに軍事行動を行うようになったし、議会の権限であるはずの予算編成に対して、ホワイトハウスに行政管理予算局を設立することで介入しようとするようになった。あるいは、大統領は制定法の一部を意図的に無視することさえある[10]。これらの研究が示しているのは、大統領が政策形成の前提条件となる、制度そのものを変容させているということである。

 

大統領制の変容という視点

  上述したように、アメリカの政治学は大統領の影響力を一般化された形で理解しようと努めてきた。他方で、大統領をとりまく制度の歴史的変容についての研究も蓄積されてきた。大統領と制度の関係を探る研究は、大統領が自らを支える制度をどのように発展させてきたのかを問う研究と、大統領が用いる戦略の発展に注目する研究とに分けることができる。

  例えば、ホワイトハウスは大統領の日々の政務を支える組織であるが、20世紀中に飛躍的に発展した。ホワイトハウスに置かれた行政管理予算局は、先にも述べたように、予算編成過程における大統領の発言力を増大させると同時に、行政組織をホワイトハウスから監督するための機関としても発展してきた。あるいは、国家安全保障会議や大統領経済諮問委員会は、大統領が安全保障政策と経済政策においてイニシアティブを握ることを可能にしてきた。大統領は、これらの組織の発展に支えられて行政組織をコントロールし、自らの政策を法執行によって実現することを容易にしてきたことがこれまでに明らかにされている[11]

  大統領が用いる戦略の発展としては、署名時声明についての研究がある。現代の大統領は法案に署名する際に署名時声明と呼ばれる文書を付与し、そこで条文の一部を取り上げ違憲であるために執行しないと宣言する。このような振る舞いを合衆国憲法は許していないが、カーター大統領からオバマ大統領に至るまで、政権内部の法律家たちがその振る舞いが合憲であるとして大統領を支えてきた[12]。この研究も、大統領は新しい道具を自ら正当化することによって、それまでの政策形成のあり方を変容させることを示している。

  今後の大統領研究で特に注目するべきは、既存の政治秩序から逸脱するかのような大統領の行動であろう。例えば、議会による立法をまたずにオバマ大統領が銃規制や不法移民政策を大胆に改革しようとした。これらの事例は、大統領制の変容を示唆している可能性が高い。今後の研究では、新しい事例に着目することで、大統領がどのように権限や制度を確立しているのかを明らかにしていく必要があるだろう。

  このような問題関心を中心に東京財団アメリカ大統領権限分析プロジェクトでは研究を進めていくが、次回の論考でもこれまでの大統領研究の蓄積を引き続き紹介したい。今回は研究動向の流れを素描することに努めたが、次回は計量的手法を用いた優れた研究を取り上げ、詳細な検討を行うことにしたい。

 

 梅川健 首都大学東京都市教養学部法学系 准教授

 

[1] アメリカ大統領研究の現状について日本語で読めるものとしては、鹿毛利枝子「アメリカ大統領研究の現状」伊藤光利編『政治的エグゼキュティヴの研究』(早稲田大学出版会、2008年)や、梅川健『大統領が変えるアメリカの三権分立制:署名時声明をめぐる議会との攻防』(東京大学出版会、2015年)第1章などがある。

[2] Fred Greenstein, The Presidential Difference: Leadership Style from FDR to Barack Obama, Princeton University Press, 2009.

[3] Richard E. Neustadt, Presidential Power, the Politics of Leadership, Wiley, 1960.

[4] Edward S. Corwin, The President: Office and Powers, 1787-1957 - History and Analysis of Practice and Opinion, New York University Press, 1957.

[5] George C. Edwards, At the Margins: Presidential Leadership of Congress, Yale University Press, 1989; Mark A. Peterson, Legislating Together: The White House and Capitol Hill from Eisenhower to Reagan, Harvard University Press, 1990.

[6] Charles M. Cameron, Veto Bargaining: Presidents and the Politics of Negative Power, Cambridge University Press, 2000.

[7] Brandice Canes-Wrone, Who Leads Whom?: Presidents, Policy, and the Public, The University of Chicago Press, 2006.

[8] William G. Howell, Power without Persuasion: The Politics of Direct Presidential Action, Princeton University Press, 2003.

[9] William G. Howell and Jon C. Pevehouse, While Dangers Gather: Congressional Checks on Presidential War Powers, Princeton University Press, 2007.

[10] Christopher N. May, Presidential Defiance of “Unconstitutional” Laws, Greenwood Press, 1998; Louis Fisher, Congressional Abdication on War and Spending, TAMU Press, 2000; Curtis A. Bradley and Eric A. Posner, “Presidential Signing Statements and Executive Power,” Constitutional Commentary, Vol. 23(3), 2006.

[11] Richard P. Nathan, The Administrative Presidency, John Wiley & Sons, 1983; John P. Burke, The Institutional Presidency: Organizing and Managing the White House from FDR to Clinton 2nd edition, Johns Hopkins University Press, 2000.

[12] 梅川、前掲書。