タイプ
論考
プロジェクト
日付
2007/12/27

2008年大統領選挙と医療問題 第四回 今後の展望 (研究プロジェクトメンバー 天野 拓)

今後、イラク情勢が一定の安定化をみれば、国内問題、とりわけ医療保障制度改革をめぐる問題が、ますますその重要性を増していく可能性はある。予備選挙、そして本選挙を通じて、2008年11月の投票まで、候補者の間で激しい論争が繰り広げられることは、間違いないだろう。大統領選はいまだ予備選挙段階であり、今後の展開について明確な見通しを立てるのは難しい。しかし、今後の論戦の行方について、最後に若干の展望をおこなってみたい。そのためにも、まず医療問題をめぐる、各党、各候補者の改革プランに対する、国民の反応について概観してみよう。

一方の、民主党候補者についてであるが、医療問題については、やはりヒラリーの知名度や、彼女に対する信頼が高い。先のカイザー家族財団の調査でも、どの候補者が医療問題に最も力を注いでいるか(”placing the biggest emphasis on health care”)という質問に対して、ヒラリーと答えた割合は42%で、オバマ(6%)、エドワーズ(3%)を大きく引き離している。民主党支持層の間では49%、共和党支持層の間でも、なんと36%が、ヒラリーと答えている。また、どの候補者があなたの医療問題についての考え方を最も反映していますか、という質問についても、ヒラリーが23%でトップを占め、オバマの8%、エドワーズの4%を大きく上回った。とりわけ、民主党支持層の間では39%がヒラリーと答えており、彼女への信頼の高さをうかがうことができる。

これに対して、民主党にもまして混戦状態にある共和党についてであるが、同じカイザー家族財団の調査結果によると、医療問題について最も支持を集めているのは、ジュリアーニである。たとえば、どの候補者が最も自分の医療問題についての考えを反映しているか、という質問に対して、ジュリアーニは全体の5%、共和党支持層の14%の支持を集め、トップに立っている。これに続くのが、ロムニーとフレッド・トンプソンであり、全体の2%、共和党支持層の6%の支持を得ている。他方、誰が最も医療問題に力を注いでいるか、という問いについては、ジュリアーニ、ロムニー、マッケインが1%ずつで、横並びとなっている。しかし、共和党支持層の間では、ロムニーが4%を獲得しトップにたっている。その背景には、やはりマサチューセッツ州での改革実現という、過去の実績が影響しているものと思われる。

こうした調査結果から明らかとなるのは、医療問題については、とりわけ民主党候補者のなかで、ヒラリーが圧倒的な優位に立っている点である。これは今後、少なくとも予備選挙段階においては、医療問題の重要性が増せば、ヒラリーにさらなる風が吹く可能性が高いことを意味する。これに対して、共和党内では、医療問題をめぐる候補者の支持率には、それほど違いはみられない。それゆえ共和党の場合、支持層の間の関心が相対的には高くないこともあり、少なくとも予備選挙段階では、医療問題は民主党におけるほど重要な役割を果たさないかもしれない。では次に、医療問題をめぐる今後の論争の行方について、占ってみよう。まず、予備選挙段階では、いかなる論争が繰り広げられるだろうか。

既に述べたように、民主党の主要候補者の改革プランは、概して類似する傾向にある。しかし、重要な違いが存在しないわけではない。たとえば、国民の医療保障制度への加入を政府が義務付ける(強制する)か否か、という点がそれである。とりわけ、トップを争うヒラリーとオバマの間では、この”individual mandate”の是非をめぐり、すでに激しい論戦が繰り広げられている。ヒラリー側は、こうした義務付けなしには、国民皆保険の実現は困難であるとし、あくまでボランタリーなかたちで医療保障制度への加入を促そうとするオバマのプランでは、千五百万人が無保険者のままで取り残されるとし、この点を広告やコマーシャルなどによって激しく批判している。これに対してオバマは、加入を義務付ける以前に、まず医療費を削減することにより、低所得者層でも医療保障制度に加入しやすい状況を作りだすべきだ、と主張している。彼の考えでは、人々が加入しないのは、そうしたいにもかかわらず、あまりにお金がかかりすぎるためであり、この点で、まず義務付けありき、とする議論はナンセンスなのである。以上のような”individual mandate”の是非という点は、今後の予備選挙段階でも、論争の的となるだろう。

これに対して、民主党同様、共和党候補者の改革プランも、全体として似通った内容となっている。しかし、やはり、そこに論点が存在しないわけではない。たとえば、ロムニー、そしてハッカビーなどについては、州知事時代、医療問題についてはリベラルな改革をおこなってきた過去が存在する。既に述べてきたように、ロムニーは、マサチューセッツ州知事時代、州議会の民主党と協力して州民皆保険制度を実現した。またハッカビーの場合は、アーカンソー州知事時代に、無保険者児童のためのプログラムである”ARkids First”を創設し、七万人以上の児童の保険加入を可能にした実績が存在する。しかし、それにもかかわらず、現在大統領選挙に出馬するにあたって、彼らが提示している改革プランは、保守的というほかないものである。こうしたギャップが、今後の選挙戦に影響を与える可能性は否定できない。とくにロムニーの場合、その過去は、今後の戦いにマイナスに働く可能性もある。彼がマサチューセッツで実現した改革案は、まさに現在ヒラリーが提示している案と、”individual mandate”などの点で非常に類似しており、今後それを批判することは、まさに自分の業績を否定することになりかねないからである。実際、ジュリアーニとロムニーの間では、すでにこの点について応酬が行われている。ロムニーが、ジュリアーニについて、1994年時点でヒラリーらが作成したクリントン政権の医療保険改革案を称賛していた過去を批判したのにたいして、ジュリアーニ陣営は、ロムニーがマサチューセッツで行った改革こそが「ヒラリーケア(Hillary Care)」ではないか、と反論している。皮肉にも、ロムニーの州知事時代の過去の実績は、共和党ではなく、民主党候補者の間で継承されつつあるのであり、この点が、今後共和党予備選での論戦のなかで浮上する可能性は否定できない。

では次に、本選挙段階については、どうだろうか。全体的にみて、国民に対する医療保障制度加入義務付けの必要性や、政府が医療保障制度において果たすべき役割について、民主・共和両党の候補者の間には、やはり大きな対立する。とりわけ、個人の自由を尊重する共和党保守派にとっては、政府が国民に対して加入を義務付ける(強制する)ことは、受け入れることのできない点である。また、ブッシュ政権による減税措置の見直しが実質的には増税を意味するとすれば、この点も保守派の攻撃の的となろう。他方、民主党にとっては、共和党がおし進めようとしている医療貯蓄口座の促進などは、健康かつ豊かな人間のみに利益をもたらすもの、個人により多くのリスクを課すもの、そして既存の医療保障制度を危険にさらすものとして、受け入れがたい政策である。また、共和党候補者の多くが主張している個人購買保険の促進についても、既存の企業雇用者提供保険を危険にさらし、個人により多くのリスクを転嫁するという意見が、民主党内では根強い。それゆえ、誰が本選挙の候補者となろうとも、これらの点について、激しいイデオロギー論争が繰り広げられるのは、間違いないであろう。

 こうしたイデオロギー的な対立の激しさは、この夏から秋にかけての州児童医療保険プログラム(SCHIP)をめぐる一連の論争にもあらわれている。1997年に財政均衡法の一環として成立したこのプログラムは、メディケイドに加入するほど貧しくはない家庭の無保険者児童に保険給付を提供するものであるが、現在深刻な資金難に直面しており、多くの州でプログラムの維持が危ぶまれている。こうしたなか、議会では民主党を中心に、新たに五年間で350億ドルの予算を増額し、現在の600万人の保険加入者を1000万人にまで拡大する法案が、一部共和党議員の支持も得て可決された。しかし、共和党指導部は、それは『社会主義化された医療』につながりかねないものであり、政府が運営する医療保険へのステップとなる、と反対した。そして最終的に、ブッシュ大統領は、上下院を通過した法案に対して、拒否権を発動したのである。州児童医療保険プログラムのような、ポピュラーなプログラムをめぐっても、こうした激しい対立が繰り広げられることは、(共和党の一部が離反したものの)改めて医療をめぐるイデオロギー対立の根深さを伺わせるに十分だった。

以上のような対立の激しさは、たとえ医療保障制度改革に積極的な民主党候補、たとえばヒラリーが大統領になったとしても、抜本的な改革の実現が困難なことを意味する。さらにイデオロギー的対立の存在に加えて、1993-94年のクリントン政権の国民皆保険制度改革のケースに見られるように、医療保障制度改革はとりわけ、両党の「政争の具」になりやすい。医療保障制度改革は、両党の政治的な思惑や戦略のなかに組み込まれ、その影響を受けやすいのである。しかし、先にふれたマサチューセッツなど州レベルでは、注目すべき改革の進展がみられる。こうした改革の進展が、連邦レベルでの改革に火をつける可能性もある。また、2008年に同時に行われる議会選挙の結果も、改革の進展に大きな影響を与えるだろう。民主党がさらに議席を伸ばせば、改革への気運は高まるかもしれない。
いずれにせよ、今後改革を進めるにあたっては、クリントン政権時の改革の失敗など、過去の教訓に学びつつ、州レベルでの改革の成果をどう取り入れていくかが、ますます重要になるのではないだろうか。

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■研究プロジェクトメンバー: 天野 拓(慶應義塾大学非常勤講師)