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第9回研究会報告

May 13, 2008

1 第9回研究会の目的

第9回研究会が、4月21日に開催された。第九回研究会のテーマは、近年の外交をめぐるアメリカ国民の政治意識の変容と、2008年大統領選挙戦において重要争点となっている医療政策についてであり、本プロジェクト研究メンバーの泉川泰博氏と天野拓氏によって報告が行われた。

2 第一報告「アメリカ人の政治意識の変容と2008年後のアメリカ外交」(泉川泰博氏)

泉川氏により「アメリカ人の政治意識の変容と2008年後のアメリカ外交」と題された報告が行われた。この報告は、アメリカ人の政治意識に関する最新の論文の主張を実際の世論調査によって吟味し、2008年以降のアメリカが取りうる外交政策の方向性を探ることを目的としていた。

イラク戦争後あるいは新しい大統領の下でのアメリカ外交の方向性については様々な議論がなされている。今回の報告では、ブッシュ政権は多国間主義からの一時的逸脱ではなく、アメリカは今後も多国間主義に復帰することはないという主張と、ブッシュ政権の外交政策を色づけていた保守イデオロギーの優勢な時期は過ぎ去り、今後はリベラルイデオロギーが復権してくるだろうという、二つの主張について検討がなされた。

ブッシュ政権は、多国間主義を基調とするアメリカの外交を終わらせたのだという主張については、世論調査からは、戦後一貫してアメリカ国民は国際社会への積極的関与を好ましく考えていることを読みとることができるのである。また現在も、アメリカ国民の間には多国間協調を支持する態度は存続している。例えば2006年のChicago Councilの調査では、「たとえアメリカにとって最善の選択肢を追求できなくなるとしても、国際連合の枠組の中で意思決定をするべきである」という考え方に対して60%の人が同意すると答えている。

ただし、世論調査からは、アメリカの「国際主義」に変容の芽があることも読みとれる。例えば、「何がアメリカ外交の主要な目的か」を尋ねた調査からは、テロリズムや核兵器の拡散といった脅威への対抗よりも、アメリカ人労働者の仕事を確保することが重要であると答える人が多く、アメリカ人の内向き志向を読みとることができる。

ブッシュ政権後のアメリカ外交について、保守イデオロギーは退潮し、リベラルイデオロギーが復権してくるという主張は示唆に富んでいる。保守イデオロギーの退潮は世論調査から明らかである。「政府は福祉にもっと力を入れるべきである」と考えている人の割合は、90年代中盤から今日にかけて増加の一途であり、現在では、共和党の中にさえも、大きな政府を支持する保守派(Pro-government conservatives)が登場してきているのである。

保守イデオロギーの衰退は、アメリカ国民の政党意識を訪ねた調査に端的に現れている。自分は共和党員であると答えた人の割合は、2005年から急激に減少しているのに対して、民主党であると答えた人の割合は増加している。無党派層に関しても、どちらかといえば民主党寄りであると答えた人の割合が共和党寄りだと答えた人の割合を上回っている。
保守イデオロギーが力を失ってきているのは確かであり、リベラルイデオロギーの台頭の可能性が生じている。しかし、リベラル陣営には、今後この波をどのようにとらえ、復権するかという具体的な戦略が必要である。

2008年後の外交政策については、どの候補が大統領になった場合でも、消極的な理由で国連や同盟の役割が重視されるようになり、日本にも期待と要求が出される可能性が指摘された。民主党と共和党のどちらが外交政策を巧みに運営できるかについては、民主党の方が無党派層の志向にも近いために安定した政策運営の可能性がある。一方、中間派取り込みに有利な共和党候補とされるマケイン候補だが、貿易、イラク問題、政府の役割などに関する立場は中間派からは乖離する傾向にあり、退潮する保守イデオロギーを再定義することも難しいのではないかと指摘がなされた。

3 第二報告「2008年大統領選挙と医療問題」(天野 拓氏)

次に、天野氏が2008年大統領選挙における医療問題について報告を行った。医療問題は、2008年大統領選挙において、経済、イラク問題に続いて三番目に関心の高い争点となっている。

そもそもアメリカには国民皆保険制度がなく、4700万人(国民の15.8%)が無保険者である。さらには、医療費はGDPの15%を圧迫しているにも関わらず、医療の質は低下していると批判がなされている。

医療問題が関心を集めている理由としては、上記のようなアメリカ医療の現状の他に、改革に積極的な民主党が2006年中間選挙に勝利したことや、マサチューセッツ州が州民皆保険制度の導入に成功したこと、あるいはマイケル・ムーアの"SICKO"のインパクトや、ヒラリー・クリントンが1993年から94年にかけてクリントン政権の国民皆保険制度改革の責任者であったことなどが挙げられる。

選挙戦に踏みとどまっている三人の候補者は、それぞれ異なった医療改革案を提示している。

ヒラリーは、全国民に対して、民間保険もしくは公的プログラムを通じた医療保障制度への加入を義務づける"individual mandate"案を提示している。これは、大企業には従業員への保険給付の提供や無保険者対策のための財政支出を求め、さらに個人や中小企業には払い戻し可能な税額控除により保険料補助を行うもので、およそ1100億ドルの費用が見込まれている。

国民皆保険を目指すヒラリーとは異なり、オバマはすべての児童に対して医療保障制度への加入を義務づけるが、すべての国民には義務づけない改革案を提示している。その案の中では、企業雇用者は、従業員に医療保険を提供するか、新たな公的医療プログラムのコストを負担することが求められている。また、National Health Insurance Exchangeという新たなシステムを創出し、中小企業や、公的医療保障および雇用者提供保険へのアクセスを持たない個人が、公的プランや民間保険プランを購買できるにようすることも計画されている。これらの改革には、500億ドルから600億ドルの費用が見込まれている。

民主党の予備選において、ヒラリーはオバマの改革案を1500万人の無保険者が残されると批判し、オバマはヒラリーに対し、すべての国民に保険加入を義務づけると、保険料を支払えないのにもかかわらず保険に加入させるケースが生じると批判している。このような議論の中で、やはりヒラリーはオバマを医療政策の信頼性において大きく上回っている。

共和党の指名を確実にしたマケインは、民主党候補者とは異なり、市場原理を重視した小規模な改革案を提示している。個人が自らの自由と自己責任に基づき、民間保険を購買し加入するシステムを促進するために、医療貯蓄口座や税額控除を推進しようという改革案である。マケインの提案に特徴的なのは、医療過誤訴訟制度改革によって、医療費を抑制しようとしている点である。

本選挙において、医療問題はどのような論戦を呈するであろうか。民主党の候補者がどちらになったとしても、大規模な改革を求める民主党と、小規模な改革ですませようとする共和党の間で、対立が生じることは明らかである。ただし、ヒラリーが予備選で敗退した場合には、医療問題そのものが、議論のテーブルの隅に追いやられる可能性もある。

4 質疑応答

天野氏への質問

Q.ヒラリーの改革案は93、94年と異なり、中小企業の態度を軟化させることができるのか?
A.中小企業にとって従業員の保険料の支払いは重荷であり、反対は必至だろう。

Q.オバマの改革案は、保守からの反発をおさえることができるのか?
A.オバマの改革案は、ヒラリーの案と比べると民間保険を活用するものになっている。

Q.ヒラリー、オバマ両者の改革案の実現のための費用の金額はどれぐらい妥当なのか?
A.ヒラリーについては、93,94年の経験から確かな試算だろう。しかしオバマについては、確かな試算とは言えず、今後金額が上下することがありうる。

泉川氏への質問

Q.Pro-government conservativeとはどんな考え方なのか?
A.大きな政府を支持し、他の保守派に比べて、ビジネスの利益を守ることに消極的であるところが特徴的である。

Q.どちらの党の候補者が大統領になるかによって、外交政策はどのように変わるか?
A.民主党が勝利した場合には、保護主義が加速するだろう。

文責:梅川 健

    • 東京都立大学法学部教授
    • 梅川 健
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