タイプ
論考
プロジェクト
日付
2010/9/8

アメリカNOW 第53号 追加景気対策へのハードル (安井明彦)

米国のバラク・オバマ政権が、追加景気対策を推進し始めている。中間選挙を前に、雇用回復に努力する姿勢を示す必要性に迫られた結果だが、即効性のある政策を講ずるのは容易ではない。本稿では、オバマ政権が超えなくてはならない4つのハードルを解説する。
追加景気対策に進むオバマ政権
追加景気対策を推進するオバマ政権の動きが目立ってきた。対策の全容は当地9月8日にクリーブランドで予定されている大統領演説にあわせて明らかにされる見込みだが、既に6日の大統領演説や各種報道などを通じて、?公共事業(約500億ドル)、?研究開発投資減税(同1,000億ドル)、?企業投資減税(同2,000億ドル)といった内容が浮上している。10日には大統領によるホワイトハウスでの公式記者会見も予定されており、追加対策にかける意気込みを有権者に印象づけようとする政権の思惑は明らかだ。

オバマ政権が追加対策に注力している背景には、いよいよ投票日が近づいてきた議会中間選挙に向けた配慮がある。民主党の劣勢は9月に入って一斉に発表された各社の世論調査でも改めて確認されており*1、上下両院での多数党交代の可能性すら指摘され始めている。オバマ政権・民主党の不人気の理由については様々な解説が試みられているが、雇用回復の足取りの弱さが弱点となっているのは疑問の余地がないところ。先日発表された8月の雇用統計でも失業率の高止まりが示されており、政権としても何らかの行動を起こす以外に選択肢はなかった。

厳しいスケジュール、からむ政治的な思惑
もっとも、オバマ政権が威力のある追加対策を迅速に実現するのは容易ではない。4つの超えなければならないハードルがあるからだ。

第一は時間との戦いである。政権が追加対策を実施するためには、議会による立法措置が必要だが、議会の審議スケジュールに十分な余裕があるわけではない。現在夏休み中の議会は9月13日に再開されるものの、10月8日には再び中間選挙前の休会入りが予定されており、それまでの会期はわずか4週間にとどまる。ここまでに立法作業が完了しなければ、選挙前の対策実現は不可能となる。

中間選挙後も状況は厳しい。議会は中間選挙後の11月15日に改めて召集される予定*2だが、この議会は改選前の議員が出席するいわゆる「レイム・ダック・セッション」であり、本格的な審議がどこまで可能となるかは予断を許さない。例えば、中間選挙で共和党が上下両院で多数党を獲得したような場合には、共和党は議事運営の主導権を握ることが出来る改選後の新議会(2011年~)に審議を先送りしようとするかもしれない。

第二は党派対立の力学である。現在民主党は、上院で共和党による議事進行妨害を阻止できるだけの議席数をもっていない。このため、オバマ政権が追加対策を立法化するためには、一部の共和党議員の賛同が必要になる。しかし共和党は、これまでオバマ政権・民主党の経済政策を批判することで選挙戦を有利に進めてきており。いまさら協力姿勢に転ずるインセンティブは必ずしも強くない。

もちろんオバマ政権も、こうした政治的な情勢は理解している。オバマ政権が用意している一連の対策の特徴は、企業減税などのこれまで共和党議員が支持してきた政策が盛り込まれている点にある。オバマ政権に「共和党議員から賛同を得られる可能性を少しでも高めたい」という思惑があるのは当然にしても、仮に共和党議員が団結して反対に回った場合でも、政権は「共和党の主張は首尾一貫しない」との批判を展開できる組み立てである。

財政への配慮と「ブッシュ減税」
第三は財政への配慮である。2009年にオバマ政権が大型の景気対策を実施した当時と比べると、現在の米国では財政事情の悪化に対する懸念が格段に強い。このため、どのような追加対策を講ずる場合でも、財政への配慮が必要になる。

雰囲気の変化は明白である。2009年の景気対策や08年にジョージ・W・ブッシュ政権が実施した景気対策は、ほとんどその財源を考慮することなく、単純に財政赤字を拡大させる格好で実施された。しかし、その後に断続的に実施されてきた失業保険給付の延長などの追加対策は、後年度に歳出削減を組み合わせるなどの手法によって、中長期的には財政赤字を増やさないような組み立てとなっている。今回の追加対策についても、オバマ政権はその財源をある程度用意しようとしており、石油・天然ガス関連企業への優遇税制の廃止などが示唆されている。

追加対策の規模に見合った財源を確保しようとする動きは、関連法案の議会審議を難航させる要因になりかねないだけでなく、結果的に追加対策の経済効果にも影響を与える可能性がある。追加対策の財源確保は、これまでも議会での論争の火種となってきた。例えば、今回政権が恒久化を提案する研究開発投資減税が昨年末で失効してしまっているのも、見合いの財源確保に議会が合意できなかったからである*3。対策の効果の点では、当初から後年度の財源を確保する制度設計では、足下で大きな対策を講ずるほど、将来に予定される財政緊縮の度合いが大きくなる。このため場合によっては、景気回復の足取りが確かにならないうちに、大きな財政緊縮の時期を迎える結果になりかねない*4

第四に、ブッシュ減税の延長問題も、追加対策実現へのハードルになりそうだ。2001・03年にブッシュ政権が実施した一連の大型減税は、このままでは今年末で期限切れとなってしまう。しかし現時点では、富裕層部分を除く延長を主張するオバマ政権・民主党と、全面延長を支持する共和党の対立が解けていない。ブッシュ減税の延長は年末までの対応が必要となる案件だけに、その議論が混迷するようだと、追加対策の審議にも余波が及んでくる。オバマ政権や議会民主党には、富裕層部分のブッシュ減税失効による税収増を追加対策の財源に充てる考えもあり、これが党派対立を激化させる要因になる可能性も指摘できよう。

議会民主党と大統領の「目線」の違い
最後に指摘しておきたいのが、議会民主党とオバマ政権の「目線」の違いである。いうまでもなく、議会民主党が気にするのは目前に迫った中間選挙である。この点に関しては、法律の成立時期にかかわらず、投票日までに目に見える効果が生まれるような政策を講ずるのは不可能に近い時間帯に入っている。議会民主党の期待は、雇用回復にかける「姿勢」を有権者に印象づけ、返す刀で共和党の無策ぶりを批判する点にある。

一方、オバマ政権の「目線」は必ずしも中間選挙に集中しているとは限らない。むしろ政権関係者の間では、2012年のオバマ大統領の再選キャンペーンをにらんだ計算が始まっているとみるのが妥当だろう。したがって政権にとっては、12年の雇用情勢と、それまでの雇用対策に対する有権者の評価がきわめて重要になってくる。だからこそ、たとえ中間選挙に間に合わない場合でも、政権には追加対策を模索するインセンティブが存在する。また、共和党が議会多数党を獲得する可能性をも見据えた上で、政権が党派間の妥協を模索する動きをみせる可能性も考慮しておく必要があるだろう。



*1: 例えば、Gerald F. Seib, Get Ready for an Anti-Incumbent Wave, Wall Street Journal, September 7, 2010. Dan Balz and Jon Cohen, Republicans Making Gains Against Democrats Ahead of Midterm Elections, Washington Post, September 7, 2010. Lydia Saad, Republicans Hold Wide Lead in Key Voter Turnout Measure, Gallup, September 2, 2010

*2: もっとも召集後1週間で今度はサンクス・ギビング・デーの休会が入り、次の召集は11月29日となる予定。

*3: 研究開発投資減税(1981年導入)については、民主党のビル・クリントン大統領を含め、これまでの歴代大統領も繰り返し恒久化を提案してきたが、結局は時限減税の延長で決着してきた経緯がある。

*4: もっとも、事前に財源を明確にしない景気対策でも、いずれは増税・歳出削減などによる対応は必要になる。国はいつまでも借金を返済しないわけにはいかないからだ。したがって、事前の財源確保の有無は、借金返済の時期と方法を予め定めるかどうかの違いに過ぎない。

■安井明彦:東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長