タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/4/7

オバマ政権の対中戦略の大転換 川上高司

米国の「あいまい戦略」
2011年1月の胡錦濤の訪米後、米中関係は正常化したのであろうか-。この点、1月の米中首脳会談は「大成功であった」とする中国側の評価と、「リセットされた」とする米国側の一般的評価は異にするものである。

冷戦後の米国の対中政策はクリントン政権から、ブッシュ政権を経てオバマ政権にいたるまで、中国を軍事的に適切に「ヘッジ」(Hedging)し、国際社会に「関与」(Engagement)させることにより、責任ある「利害関係国」(Responsible Stakeholder)にすることにある(アーミテージ元国務副長官)。オバマ政権の発足時は米中で共同覇権体制を組むのではないか-G2(Government of Two)体制-とまでいわれるほどまで関与政策がとられた。それに対して、後期にはいり米中は激しく火花をちらし、米国の「対中封じ込め」と言われるほど対中強硬政策(Hedge)がとられた。しかしながら、事実は、対中政策を関与とヘッジの二者択一の政策ではなく、両者を同時に追求しながら、バランスをとる「あいまい戦略」(Ambiguous Strategy)がとられたと考えられる。すなわち、前期はヘッジも行っていたが関与の政策傾向が強く、後期は関与も行うがヘッジの政策傾向が強かったと考えられる。

「米中共同G2」から「戦略的再保証(Strategic Reassurance)」へ
オバマ政権の発足当初、イラクとアフガニスタンからの撤退を優先目標とし、アジア地域への関与の低下を選択した。その結果、米国は、中国に対してアジア地域における共同覇権を呼びかけ、中国が責任ある利害関係者になることを期待した。その結果、前述のように、オバマ政権の前期では米中関係はG2体制の確立か(フレッド・バーグステン米国際経済研究所長)と言われるほど接近した。

そして、米国は米中接近をさらに確実なものにすべく、スタインバーグ国務副長官が2009年9月24日に戦略的再保証という新たな提案を行った。戦略的再保証とは、中国の台頭を歓迎するが、その代わりに他国の安全と平和(グローバル・コモンズ)を認め、それを相互に再確認することである。スタインバーグは、米中間でセキュリティ・ジレンマ(軍拡競争)を回避するための処方箋として戦略的再保証を提案した。スタインバーグは、中国に対して軍事的にも「ゼロ・サム」(ライバル関係)から、「ウィン・ウィン」(プラス・サム)の関係になろうと呼びかけたのである。

中国に対するスタインバーグの戦略的再保証の呼びかけに関して米国内で論議が起こった。ダン・ブルーメンソールAEI研究所(元米国防総省・国際安全保障局上級部長)によれば、ワシントンの中国研究者の間では、スタインバーグのシグナルが中国に対して緊張を高めるものになるのか、緩和するものになるのか、戦略的再保証は責任ある利害関係国に取って代わるものとなるのかが焦点となったとする。ある学派は、中国のいらだちを取り去り米中が完全なパートナーへ向かう新たな政策であるとし、他の学派は、中国は米国に中国の軍事力増強の真意を再保証する必要があるものであると説いた。

ところが、米国が中国に提案した戦略的再保証に対して、中国は傲慢な態度に出始めた。2009年12月にコペンハーゲンで開催されたCOP 15で中国はオバマ大統領の存在を完璧に無視し、スーダンを始めとする発展途上国と組むことに奔走し、オバマの面子を潰したのである。それに対してオバマ大統領は、2010年1月にパトリオットPAC3など総額64億ドル等の台湾向け武器供を行ない、さらに2月にはダライ・ラマと会談を行った。

当然ながら中国は逆上し、中国側は米側からの関与政策をさらに進める提案(戦略的再保証)を反故にする回答を出した。2010年3月に訪中したスタインバーグ国務副長官とベーダー大統領国家安全保障担当補佐官に対して、中国のザン少将は「南シナ海は中国の核心的利益である」と公式に伝えたのである。それまで中国は「核心的利益」という言葉は台湾とチベットにしか用いてこなかった。南シナ海の資源をめぐっては、マレーシア、フィリピン、ベトナムをはじめとする多くの諸国が領有権を主張しているのにもかかわらず、中国は資源獲得に戦略目標を置き、シーレーンを確保するために海軍力の展開を南シナ海で強引に行っていた。しかも4月には中国は中国艦隊を第一列島線を超え第二列島線まで進出させた。それどころか中国はパキスタン、ミャンマー、スリランカで深海港の建設を着々と行い、さらにバングラデッシュ、ナイジェリアとも港湾建設の交渉を行ない、「中国海軍の海外プレゼンスの確立の合理性」(シェン・ディングリ中国復旦大学教授)が訴えられ始めている。中国の前方展開基地ネットワーク構築のための「真珠の首飾り」戦略である。

これらの行為は、アメリカの既存の権益に対する挑戦であると受け止められた。

対中「ヘッジ網」の形成へ
ここにきて米中軍事交流は途絶え、米中間の激しいさや当て(Tit for tat)が本格化し始めた。中国の南シナ海の実効的支配、また東シナ海まで進出する目論見に対して、ロバート・ゲーツ国防長官は2010年6月のシャングリア・ダイアログで、「米国は航海の自由(freedom of navigation)を脅かす行為に断固として反対する」と中国の南シナ海での覇権活動に警鐘を鳴らした。さらに、ヒラリー・クリントン国務長官は、2010年7月のASEAN地域フォーラム(ARF)で「南シナ海の航行の自由は米国の国益であり、同海域の領土紛争関係国の多国間協議を支持する」「ワシントンの国益は南シナ海における紛争の国際的解決だ」と断言した。

ゲーツ国防長官とクリントン国務長官の中国に対する警告に対して、中国は2010年7月下旬に南シナ海で中国3大艦隊(北海、東海、南海)の主力駆逐艦を動員して大規模な演習を行ない、テレビでその様子を放映した。この演習は中国軍が何かことがあれば当該海域に軍事力を投入するという意思表示であり、南シナ海問題で結束を強めるASEAN諸国とアメリカとの間に楔を打ち込む狙いもあった。

この段階で、アメリカは関与よりもヘッジへその対中政策を大きく舵を切ることとなった。事実、クリントン国務長官は「もはやG2は存在しない」と述べるに至り、米中のG2体制時代の終わりを告げるものとなった。米国が対中国防戦略をヘッジに転換したことは、2010年2月に公表されたQDR2010で明示された。QDR2010では、中国のA2AD(接近拒否・領域拒否)能力に懸念を示し、それに対してエア・シー・バトル構想(ASBC)で対策を立てることを明言した。ASBCは、米軍の持つ陸海空・宇宙・サイバー領域の全能力を活用し、中国海軍を第一列島線(東シナ海から台湾、沖縄を経て南シナ海にかかる)の内に封じ込めることを目論む。

この中国の米国覇権体制に対する明確なチャレンジに対して、米国は空母ジョージ・ワシントンおよびイージス駆逐艦ジョン・S・マケインを2010年8月にベトナムに派遣し、ベトナム南部ダナン沖の南シナ海で合同訓練を行った。南シナ海で南沙(スプラトリー)諸島や西沙(パラセル)諸島の領有権をめぐり、中国と対立するベトナムやフィリピン諸国に対して、宣言政策(クリントン国務長官が表明した南シナ海への関与強化)のみならず軍事的に再保証を行ったのである。そして、その直後に米国は「中国の軍事力」を公表し、中国の軍事力に対して懸念を表明した。ここに米中のアジアでの覇権競争が展開され始めた。

ワシントンの中国認識の大転換―胡錦濤訪米前―
2010年中旬になりワシントンの北京に対する認識は根底から変化した。ワシントンでは「新たに台頭する“強引”な中国」(Newly Emerging Assertive China)(シーラ・スミスCFR上級研究員)を、新たな「ゲーム・チェンジャー(The Game Changer)」としてみなすワシントン・コンセンサスが出来上がりつつある。エリザベス・エコノミーCFRアジア部長は『フォーリン・アフェアーズ』(2010年9/10月号)で、中国は?小平の訓戒である「韜光養晦」(能力をひけらかすことなく、控えめを旨とせよ)」を改めた。そして、現在の経済成長を維持し政治的安定を確保していくために、現在のルール(規範や制度)を中国中心のものにするに国家戦略に転換させたと分析する。既存の規範や制度は、第二次大戦後アメリカを中心に作り上げられてきたゲームのルールであり、そのルールを中国はリセットして「ゲーム・チェンジ」をしようというわけである。

また、ウインストン・ロード元国務次官補は、「米国にとっての脅威はイスラム世界と中国であるが、将来米国の地位を脅かすのは中国である」として、米国は8割の力を中国対策に投入すべきであると警告した(『フォーリン・アフェアーズ』2010年11/12月号)。ロードは冷戦が終焉し、当時のクリントン政権が中国を重視するあまり日米同盟が「漂流」する状況をみて、これでは米国の国益が将来重大な危機に直面するであろうとして、米軍のアジア地域からの撤退の流れに歯止めをかけた人物である。

今回もエコノミーやロードの警告どおり、米国は対中重視政策(米中覇権体制の構築)を改め、対中ヘッジへと力点を移しはじめ、軍事的グラビティ(重心)をアジアにシフトさせ始めた。米軍はイラクからはすでに地上部隊が、アフガニスタンからも2014年には撤退するのを見越した戦略に移行しつつある。そして、ゲーツ国防長官は1月14日に訪日し、「在日米軍こそが今世紀の安全保障の極めて重要な部分となる」と述べた。つまり、アジアにおける米軍の地上部隊を日本まで引き、日本を最後の砦にする宣言であるともいえよう。

米国のパワーが卓越していたクリントン政権では、米国だけである程度国際公共財(軍事力や経済力)の拠出が可能であったが、現在のオバマ政権になり米国は長期にわたるテロとの戦いで疲弊してしまいその余力がない。そこで米国が打ち出したるのが「補完し合う抑止(tailored deterrence, QDR2010)」である。つまり、中国が従来の地域的なレルム(影響圏)を拡大しようとしているのに対して、新たな安全保障網(セキュリテイ・ニュー・アーキテクチャー)を同盟国や友好国で構築するという構想である。

東アジアにおいても、北朝鮮の昨年3月の韓国哨戒艦チョナン号沈没事件、11月の韓国・延坪島への砲撃、それに中国の9月の尖閣諸島沖の領海で起きた海上保安庁の巡視艇と中国漁船の衝突事件を巡る中国の過剰な対応に対して、米国は7月、8月、11月に韓国と合同演習を、12月には日本と合同演習を行なうことにより米韓、日米との同盟関係を強化した。そしてその動きは、マレン統合参謀本部議長が、日米韓による軍事演習を呼びかけるまでになった。そして、これら一連の米軍の動きは、米国が政権末期の北朝鮮の崩壊に向けた備えをする一方で、中国に対する示威行動を示したものと考えられる。

米中関係修復作業―対中「関与」―
このように、2011年1月の米中首脳会談の前の年、2010年には米中関係は非常に悪化していた。しかしながら、この状況を打開し、米中関係を安定化させる動きをオバマ政権はとっていた。

そこで、2010年の9月から、2011年の胡錦濤国家主席の訪日までにいかにして米中安定化を行うかという課題につき、ロードマップを策定することがダグ・パール元NSCアジア上級部長を中心としてホワイトハウスで論じられた。

そしてロードマップの第一歩として、2010年9月にトム・ドロニン大統領国家安全保障補佐官とローレンス・サマーズ国家経済会議委員長が訪中し、「もし米中首脳会談を成功裏に終わらせたいのであれば、その間に、軍同士の米中戦略対話の構築、投資や市場アクセス、ビジネス・イノベーション、通貨問題など経済・商業分野に関する二国間関係をより前進させる議論を行う」との交渉を中国側に持ちかけた。しかし、それから10月中旬までの間、中国側からの返答はなかった。10月になり戴秉国国務院委員(外交担当)が、「中国は平和的発展を望み、アジアにおいて米国の現状に挑戦することは意図していない」とする論文を発表した。以後、米中関係の再構築はスムーズに進み始めた。同月、ゲーツ国防長官がハノイで梁光烈国防相と会談し、年内の次官級の国防政策協議開催がワシントンで開催されることが決定した。

2010年10月から11月にかけては、クリントン国務長官とオバマ大統領が重ね併せたアジア歴訪を行った。クリントンが10月27日から30日にかけてハワイ、グアム、ベトナム、海南島、カンボジア、豪州、サモアと周り、その直後にオバマ大統領が11月6日から13日にインド、インドネシア、韓国、日本と回った。アメリカの大統領と国務長官のアジア歴訪は、中国の拡張主義に対する「対中ヘッジ連合」というあらたなセキュリテイ・ニュー・アーキテクチャー形成への動きであり、中国に対するメッセージであった。

その後、中国は米国に対する傲慢(assertive)な態度を改め、2010年12月にカンクンで行われたCOP16では、コペンハーゲンのCOP15とは対照的に、中国は気候変動プロトコルに関して経過報告を行うことで合意した。さらに、「中国が尖閣事件を起こしたり、北朝鮮の暴挙を看過したりするようなことがあれば、我々は更なる強硬路線に戻らざるを得なくなる」(パール)とする米国の要請に応えて、同月に戴秉国は訪朝をし、北朝鮮に対して「さらなるエスカレーションを起こさないように」と警告した。これは、それまで中国が北朝鮮を野放しにしていたことに鑑みれば、大きな前進である。さらに米中間では経済分野での調整がなされ、米中の政策のコンセンサスは出来上がっていた。

そして、ゲーツ国防長官の2011年1月9日から4日間の訪中により、緊張関係にあった米中を緩和させ地ならしをする「氷を砕く旅」が米中首脳会談の直前に行われ、着々と2011年1月11日からの胡錦濤訪米までの道筋は整えられていった。

米中首脳会談の評価
2011年1月19日の米中首脳会談の結果は一見、米中間の「雪解け」に見えた。オバマ大統領は、胡錦濤の顔を最大限に立て国賓として最大級のもてなしをした。しかしながらその真意は、「中国国内では米国ともっと緊密に協力すべきか否か」との論議が活発であるため(エリザベス・エコノミーCFRアジア部長)、中国国内の親米派の力を強めるためである。将来、中国が責任ある利害関係国となり、戦略的パートナーとなる可能性も追求する、硬軟相交えた両構えの賢明な政策をとった。

経済的には胡錦濤は、米中首脳会談にあわせ450億ドルを超す貿易商談を公表したり、シカゴで大豆18億ドル超を買い付けたりして、相互依存が進む様相を見せた。しかしながら、領土問題で米中はしのぎを削った。2009年11月の米中共同声明で入れられた核心的利益という表現が、今回の共同声明からは消された。核心的利益とは、台湾、チベットと並び南シナ海もそうであると中国は主張し始めていたからである。共同声明には載せられなかったものの、米中首脳共同記者会見で胡錦濤国家主席は「主権の尊重」にたびたび触れた。つまり、婉曲的に南シナ海は核心的利益であるということを主張した。これに対してオバマ大統領は、同じ記者会見の席上で、「中国が国際的規範やルールを認めるのであれば中国の台頭を喜んで受け入れる。そうでなければ、米国は中国台頭の封じ込めを考慮する」と明言したのである。

米中首脳会談は期待とは裏腹に米中間の「政冷経熱」」(冷たい政治関係、熱い経済交流)の時代を象徴するものとなった。胡錦濤の訪米により、「米中は緊張関係のなか共存できることを認識した」(Wall Street Journal2010年1月20日)のであり、胡錦濤の訪米直前にクリントン国務長官は、米国は中国を封じ込める意思はないが、「G2はもはや存在しない」と述べたように、「冷たい平和」(ジェフリー・E. ガーテン)のなかでの共存関係の時代に米中関係は突入したと言えよう。

オバマ政権後期の対中戦略
オバマ大統領は1月25日の一般教書演説で、「米国は今、冷戦時代にソ連に遅れをとったスプートニク危機の状況にある」とし、「ゲームをセット・アップ」せねばならないと、激しく追い上げる中国に対して危機感をにじませた。冷戦後、米国が作り上げてきたゲームのルールに対してチャレンジをする中国に対する新たなゲームの開始である。そして、それを受けて立ち「将来を勝ち抜く(Win the Game!)」とオバマ大統領は宣言した。

2012年には中国の胡錦濤国家主席、温家宝首相を含む政治常務委員会7人のうち5人が引退し、新たな指導部が誕生し、ますますゲーム・チェンジのチャレンジを挑んでくることはほぼ間違いない。相対的にパワーを低下させているアメリカと、パワーを増加する中国との関係の中でのオバマ政権の対中戦略は、中長期的に自国のみでは対処できないことを見据えながら、日本、韓国、オーストラリア、ASEAN諸国との間に新たな連合体をつくることにより対中ヘッジを行う「補完しあう抑止(Tailored Deterrence)」(QDR2010)の時代の到来を予兆させるものである。最近の「新たに強引に台頭する中国(Newly Assertive China)」の活動はアジア諸国で大いなる警鐘を鳴らし、米国、韓国、日本、オーストラリアに加えベトナムやASEAN諸国の結束をはかる要因となってきている。アジア地域での米中間の覇権競争(Power Struggle)において、米国は対中巻き返し(Role Back)のための諸国連合の結束を強めている。

相対的にパワーを低下させているアメリカと、パワーを増加する中国との関係の中で、オバマ政権の対中戦略は、対中ヘッジを強めながらも、しっかりと中国に関与し、中国を国際社会に適応するような責任ある利害関係国にするよう環境整備(Environmental Shaping)を行っていく戦略であろう。



■川上高司:東京財団「現代アメリカ」プロジェクトメンバー、拓殖大学教授