タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/6/21

アメリカNOW 第74号 財政再建を巡る米国の風景~「財政再建マフィア」の討論会を聴講して~ (安井明彦)

米国では、財政再建策の作成に向けた議論が白熱している。国債に設けられた発行上限の引上げを迫られる中で、バラク・オバマ政権と議会との間では、これにあわせて財政再建策を実施する方向で議論が進められている。

そんな首都ワシントンで、財政再建の必要性をかねてから説いてきた団体が討論会を開催した。会合の要点をまとめることで、山場を迎える財政再建案作りの現場を取り巻く雰囲気を紹介する。

「財政再建マフィア」
米国には「財政再建マフィア」とでもいうべき人種が存在する。議会や行政府、さらにはシンクタンクなどで財政に関する仕事に従事した経験をもち、財政再建の必要性を強く認識している人たちだ。こうした人たちは、公職(政府・議会)と在野の仕事(企業、シンクタンクなど)を行き来しながら、財政再建に関する発言を続けている。最近次々と提案されている財政再建案にも*1 、「マフィア」が携わったものが少なくない。いわば、財政再建に向けた米国の歩みを、表舞台・裏舞台の双方で演出してきた人たちだ。

6月14日に首都ワシントンで開かれた討論会には、こうした「財政再建マフィア」の錚々たる面々が集まった(図表1参照)。舞台となったのは、それ自体が「財政再建マフィア」の集まりであるCRFB(Committee for a Responsible Federal Budget)という団体の年次会合。要職経験者だけをとっても、行政府で予算を司るOMB(行政管理予算局)の局長経験者が二人、議会で予算を司るCBO(議会予算局)の局長・局長代行経験者が三人名前を連ね、現職議員からも、上院で超党派の財政再建策を模索している、いわゆる「Gang of Six」のメンバーが二人参加した。FRB(連邦準備制度理事会)のベン・バーナンキ議長は、FOMC(連邦公開市場委員会)の会合を控えた時期にしては珍しい公開の講演を行い*2 、オバマ政権からはジョー・バイデン副大統領が主催する議会との財政再建策交渉グループ(通称「バイデングループ」)の会合を終えたばかりのジーン・スパーリングNEC(国家経済会議)議長が駆けつけた。

会場の盛況ぶりは、財政再建を巡る議論が山場を迎えつつある現実を反映しているかのようだった。途中の出入りがあったので確認はできなかったが、主催者の資料によれば40人以上が討論者として参加。会場は討論者用のスペースと聴講者用のスペースがほぼ同じ割合という異例の設定となっており、椅子にありつけなかった多くの聴講者が実質2時間半に及ぶ討論に立ったまま聞き入った。バーナンキFRB議長の講演があったせいか、メディアからも多数の聴講があり、開始間際に現れた日本の報道関係者とみられる人たちが、陣取る隙間を探して右往左往していたのが印象的だった。

以下、討論の内容を三つの視点から整理して紹介したい。

国債発行上限問題と財政再建交渉のリンク
第一の視点は、国債発行上限の引上げと財政再建交渉との関係である。

現在の米国では、国債発行上限を引き上げる必要性が、財政再建策をめぐる交渉の原動力になっている。国債の発行残高はすでに法定上限を超えており、8月2日までに上限が引き上げられなければ、債務不履行に陥る可能性が指摘されている。こうした中で議会共和党は、債務上限の引き上げ幅に見合った財政再建策の実施を要求しており、前述のバイデングループを舞台とした交渉が続いている。

基調講演を行なったFRBのバーナンキ議長は、国債発行上限の引上げと財政再建策の交渉をリンクさせるやり方を厳しく批判した。財政再建策をめぐる交渉の不調によって債務不履行に陥った場合、米国経済が被る悪影響は甚大であり、国債発行上限の引上げを交渉のカードに使うのは間違っている、という主張である。債務不履行によるダメージに関する議長の説明は詳細で、議会の政治的な交渉ごとからは距離を置くFRBの伝統を鑑みると、その口調も異例と思えるほど厳しい印象を受けた。

バーナンキ議長の発言には、一部の共和党議員などのあいだに、「一時的に債務不履行に陥っても、その影響は軽微である」という議論が広がっていることへの危機感が感じられた。続く討論でも、債務不履行の可能性がいわれているにもかかわらず、ここまでの市場の反応が軽微である理由に関心が集まった。

市場の反応が弱い理由としては、討論会では大きく分けて三つの点が指摘された。第一に、市場は米国が債務不履行に陥るとは思っておらず、最終的には交渉が妥結すると信じており、第二に、足下では欧州のソブリン危機への危惧が強く、米国は相対的に優位な立場にある。そして第三に、金融政策が極めて緩和的である影響が大きく、むしろ市場の関心は金融政策の今後にある、といった解説である。他方で、ソブリン危機に対する市場の反応は遅れがちであり、いざ動き出すと混乱の度合いは急速に大きくなる傾向があることも指摘されており、現時点での市場の落ち着き振りに油断するべきではないという警告もきかれた。

米国債がこれまでに培ってきた信頼感の強さを指摘する向きも目立った。なかには、一時的に米国が債務不履行に陥った場合でも、「(金融市場が混乱するなかで)安全資産を求める市場参加者は、かえって米国債の購入に動く」という見解すらきかれた。一方で、一時的にせよ債務不履行が発生すれば、こうした無形の信頼感は大きく損なわれ、そのダメージを回復するのは難しいという発言もあった。

議論がわかれたのは、「市場の期待は何か」という問題である。国債発行上限の引上げが実現しさえすれば良いのか、それとも、米国財政の本質的な改善が重要なのか、という議論だ。仮に米国が国債発行上限を理由に債務不履行に陥ったとしても、それは政治的な意思の問題であり、米国の債務返済能力がなくなったことを意味するわけではない。この点で、足下の米国での「危機」は、ギリシャのソブリン危機とは性格が違う。たとえ本質的な財政健全化にはつながらない程度の再建策でも、政治的には国債発行上限の引上げが可能になる展開は十分に想定できる。発行上限さえ引き上げることができれば、債務の不履行は生じない。

討論を主催したCRFBのマヤ・マギンスは、国債発行上限の引上げが優先されるあまり、財政再建策が中途半端に終わる危険性を危惧する。理由は二つ。第一に、たとえ技術的に債務不履行が回避できても、本格的な財政再建につながらなければ、市場の不信は払拭されない可能性がある。そして第二に、この機会を逃せば、本格的な財政再建の実施が政治的に困難になりかねないことである。

交渉の行方
第二の視点は、交渉の行方である。

司会者が参加者に挙手を求める形式できいた結果では、討論参加者の7~8割が、「期限(8月2日)までに交渉が妥結する」という見方だった。また、数人の参加者は、「8月2日は逃すが、その数日後に予定されている議会の休会入り直前には妥結する」という、いかにも「財政再建マフィア」的な凝った見方を披露していた。なかでも、ジョージ・W・ブッシュ政権の財務次官補としてTARP(不良資産救済プログラム)を担当したニール・カシュカリ(現PIMCO)が、「TARPのように議会が一度(発行上限引上げを)否決し、危機的な状況が発生した後で合意に達する」可能性を危惧していたのが印象的だった。

興味深い論点は、発行上限引上げの度合いである。財政赤字が続く以上、米国の国債発行残高は上昇を続ける。このため、上限引上げの度合いによって、次に上限を引上げなけらばならなくなるタイミングは変わってくる。現在の交渉では、次の発行上限引上げを大統領選挙の後にまで延ばせるような規模での合意が目指されている。選挙前にもう一度同じ議論を繰り返すとなると、市場を混乱させる可能性が高まるからだ。

討論参加者の大多数は、「大統領選挙の後まで持つような国債発行上限の引上げは、今年8月上旬の時点では難しい」という見解で一致した。理由は議会の手続きにある。国債発行上限引上げの条件である財政再建策にギリギリのタイミングで合意できても、その立法作業には時間がかかる。税制や医療・年金を含んだ再建策ならば尚更である。予算決議や財政調整法といった手順を踏むとなれば、立法作業の終了が年後半にずれ込んでも何ら不思議ではない。財政に精通した「マフィア」ならではの見解である。

それでは、具体的な財政再建策の姿はどうなるのか。大きな論点は、歳入の取り扱いである。一般にいわれる現在の構図は、「共和党は増税を拒否し、民主党は増税を含まない再建策には応じない」というものである。今回の討論でも、民主党系の参加者は、増税を含めた再建策の必要性を口をそろえて強調していた。

歳入に関する議論では、目をひいた点が二つある。第一は、民主党系の参加者といえども、財政再建策の大半が歳出削減で構成されることには異論がなかった。オバマ大統領が設置した超党派委員会 *3の議長提案のように、「歳出削減3、税収増1」といった割合が、一つの目安になっているようだ。

第二は、共和党系の参加者から、税収の分野での妥協の道筋を示唆する見解がきかれたことだ。ジョージ・W・ブッシュ政権でNEC議長をつとめたラリー・リンゼーは、「共和党は超党派委員会で(ネットでの)税収増を容認している」と述べた。Gang of Sixのメンバーでもあるマイク・クレイポー上院議員(共)の発言をあわせると、「(超党派委員会の議長提案のように)優遇税制の整理で税収を増やし、その大半を使って減税(税率の引き下げ)を行なう。その上で、残った差額を財政再建にあてる」というのが、共和党が探る落としどころのように感じられた。下院共和党のキー・パーソンであるポール・ライアン予算委員長ですら、「『歳出削減3、税収増1』は受け入れられるか」という司会者の問いに、しばし沈黙した上で、「パッケージ次第」と含みをもたせた回答を行なっている。表向き「増税には断固として応じない」としている共和党にしては、ずいぶん柔軟性のある発言である。

共和党関係者の批判の矛先は、オバマ政権や民主党に向けられた。共和党は税収の面で難しい判断を行なう用意をにじませているのに、民主党側は医療費の削減などで譲歩する姿勢をみせず、だからといって対案を示すわけでもない、という不満だ。ライアン委員長は、国債発行上限と財政再建策の交渉をリンクさせる手法について、「上院民主党が通常の予算審議を進めない以上、これ以外に手段はない*4 」と主張した。また、オバマ政権のジーン・スパーリングNEC議長が財政再建策における弱者配慮の必要性などを主張したのに対して、超党派委員会の議長を務めたアラン・シンプソン元上院議員(共)は、「(超党派委員会の)レポートを読め!」と一喝。政権が指摘する「問題点」は全て超党派委員会の議長提案で検討済みだとして、リーダーシップを示さない政権への不快感を露骨に表した。

世論の理解不足
共和党関係者に限らず、「財政再建マフィア」のなかには、オバマ政権に対する不満が募っているようだ。超党派委員会の議長提案を店ざらしにしただけでなく、しっかりとした対案も示さず、大統領自身のリーダーシップも示されていない。そんな批判が、複数の参加者からきかれた。

オバマ政権への不満は、第三の視点とも関係してくる。財政再建の現実に対する世論の理解不足である。

ニューヨークタイムズ紙のコラムニストであるデビット・ブルックスは、「大半の米国人や議員は財政問題に関心をもっていない」と指摘、経済危機の後遺症に生活が圧迫されている中では、痛みを強いられるような財政再建策を国民が進んで受け入れるような土壌はできていないとみる。勢い議員も政治的なポイント稼ぎを優先するようになり、財政再建のための建設的な議論は進まない、というわけだ。

興味深かったのは、ビル・クリントン政権でOMB局長を務めた、フランク・レインズの発言である。レインズは、1990年代に財政再建が進んだ際には、財政再建は浮動票を獲得できる論点として意識されていたと指摘する。イデオロギーにとらわれず、財政再建を求める有権者層の存在が、各党を再建策の実現に動かす原動力になった、という分析だ。これに対して現在では、こうした中間的な有権者層が形成されておらず、各党は党派的な主張の強い有権者を向いた発言に流れている。レインズは、こうした世論の変化こそが超党派合意の障害だとみている。

レインズの指摘が正しいのであれば、本格的な財政再建策の実現には、これを求めるような世論の形成が不可欠となる。AEIのノーム・オーンステインは、「今こそオバマ大統領が『ロス・ペロー』を演じるときだ」と述べた。1992年の大統領選挙で財政赤字を国民的な論点に押し上げたペローのように、オバマ大統領が国民に語りかける必要性を指摘したわけだ。大統領のリーダーシップに対する不満の強さは、世論形成に果たす大統領の役割への期待の裏返しなのである。

ブルックスの発言が示唆するように、長年財政再建に心血を注いできた「財政再建マフィア」は、一般の有権者からはかい離した特殊な集団である。「マフィア」の間では、財政再建の具体論は議論しつくされており、それでも状況が改善しないことへの焦燥感や無力感がうっ積しているように感じられる。

いくら「マフィア」が議論を重ねても、決断を下すのは政治であり、それを支えるのは世論である。「『財政再建マフィア』が活躍する時間帯は、既に過ぎ去ったのかもしれない」というのが、長丁場の討論をきいた筆者の正直な感想である。

(図表1)CRFB年次会合・討論参加者


*1:安井明彦、米国の財政再建と「政府の大きさ」、アメリカNOW第63号、2010年10月12日。
*2:バーナンキ議長は、基調講演を行なった後は討論に参加せずに退席。質疑応答も受けなかった。
*3:安井明彦、米国が聖域なき財政再建へ?、日経ビジネスオンライン、2010年11月25日。
*4:共和党が多数党を占める下院では、予算審議の最初のステップとなる予算決議が採択済み。これに対して民主党が多数党を占める上院では、民主党指導部が予算決議の審議を進める姿勢を示していない。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長