タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/1/27

アメリカNOW 第67号 オバマ政権の一般教書演説と新人事~内実は不鮮明な「上方シフト」~ (安井明彦)

一般教書演説と新人事を終えて、中間選挙後のオバマ政権は、党派対立の高みに立つ「上方シフト」を鮮明にしている。しかし、具体的な政策面での方向性はいまだ不透明であり、「中道シフト」となるのかどうかは見極めが必要だ。

「中道」ではなく「上方」への移動
中間選挙後のオバマ政権の政治的な戦略は、党派対立の高みに立つ「上方シフト」である。一般教書演説では、「われわれが直面する挑戦は、政治や政党よりも大きい」と指摘、高い観点で協力を進めるよう議会に呼びかけた。

オバマ政権のこうした位置取りは、2008年の大統領選挙当時への原点回帰ともいえる。当時のオバマ候補は、党派対立を超えた新しい政治の実現を約束することで、幅広い有権者の支持を集めた。政策面ではさまざまな期待をもつ有権者が結束できたのは、政治のあり方の面で改革への期待を共有できたからだ。

中間選挙で明らかになった無党派層の離反は、オバマ政権に「アウトサイダー」への復帰を促している。これまでの政権運営を通じて、「新しい政治」を実現するはずのオバマ大統領が、逆に「古い政治」をさらに推し進める絵柄が出来上がってしまったからだ。実際に、景気対策や医療改革の議論では、大統領自身が党派対立の象徴に変質していた嫌いがある。

もっとも、オバマ政権の原点回帰が、一般にいわれるような「中道シフト」であるとは言い切れない。具体的な政策面では、政権がこれまでの持論を譲っている証拠はほとんど見られないからだ。

一般教書演説で目立ったのは、自ら新味のある提案を行なって議論をリードするというよりも、議会側に課題を投げかけるオバマ政権の姿勢である。現時点での政権の位置取りは、いがみ合う議会(「旧態依然の政治」)を見下ろす位置に立つ「上方」へのシフトとみるべきであり、両党の間に乗り込んで調整をリードする「中道」へのシフトには至っていないと考えられる。

それほど譲っていない持論
一般教書演説からは、政治的な位置取りは調整しつつも、実際の政策では持論を堅持するオバマ政権の姿がうかがえる。冒頭からオバマ大統領は、民主党の大敗に終わった中間選挙を、「有権者は両党に統治の共同責任を負わせることを決めた」と総括する。これまでの政権の施政に対する評価と選挙の関係は一切語られておらず、選挙が政策面での方向転換を促しているという認識は微塵も感じられない。具体的な政策の内容も、従来からある提案を「国際的な競争」というテーマの下に組み替えた色彩が強く、むしろ研究開発や公共投資などが重視されることで、「行動的な政府」という方向性は維持されている。

「共和党に手を差し伸べた」といわれる部分でも、新味のある譲歩は驚くほど少ない。財政運営では、赤字削減の必要性が強調される一方で、ブッシュ減税の富裕層向け部分の廃止や公共投資の上積みなど、共和党の反対の強い政策も引き続き提唱されている。また医療改革では、「改革の前進」に同意する可能性は示唆されているものの、昨年成立した改革法の基本姿勢は堅持されている。ここで共和党との協力が可能な分野としてあげられた医療関連の司法改革は、これまでにも政権が提唱していた経緯があり、実際に内容面での歩み寄りがあるかどうかは、現時点では判断がつきかねる。さらに規制改革でも、無駄な規制を見直す方針が示される一方で、共和党が批判する金融規制や医療改革にともなう規制については、逆に高い評価が下された。

中間選挙後に発表されたオバマ政権の新人事についても、政策面での実質的な変化の少なさを読み取る向きがある。一般的な見立ては、リチャード・デイリー氏の首席補佐官就任が、「ビジネスへのアウトリーチを通じた中道シフト」を意味するというものだ。しかし一説によれば、デイリー氏を抜擢した一つの理由は、リベラル寄りとの評判が高いジーン・スパーリング氏を国家経済会議委員長に据えることへの批判をかわす点にあったという*1 。むしろデイリー氏自身については、「政策の方向性を変えようとする意図はない」とも指摘されている*2

不鮮明な方向性
オバマ政権は何を目指すのだろうか。もっとも分かりやすいのは、「再選が至上命題になる」という解説である。政権の新人事についても、2008年にオバマ陣営の選対本部長を務めたデビッド・プラフが政権入りした点について、選挙シフトの鮮明化を読み取る向きがある。

もっとも、プラフ自身はこうした見解を否定する。「選挙を担当するのはシカゴに設けられる選対事務所であり、自分は長期的な視点でのホワイトハウスの戦略的な運営に専念する」というわけである *3

少なくとも、これからのオバマ政権の政策が、これまで以上に「民主党色」を強めることはないだろう。政権の意図とは関係なく、周囲の環境が変化しているからだ。経済危機が最悪期を脱し、医療改革などの主要課題を実現したことで、「行動的な政府」を飛躍的に強化する案件は少なくなった。同時に、財政赤字の拡大は鮮明であり、財政運営は緊縮方向を向かざるを得ない状況にある。民間の協力をあおぐなど、政権はできるだけ安上がりな政策運営を強いられよう。

しかし、それ以上の方向性の変化を判断するのは、現時点では容易ではない。そもそもオバマ大統領は、「効果がありそうな政策は何でも試す」傾向がある*4 。イデオロギーにとらわれない柔軟性の豊富さは強みだが、背骨のない支離滅裂な政策運営に陥りがちな傾向があるのも否定できない。明確な方向転換を見て取ることには、慎重になるべきなのかもしれない。

にじむ余裕のなさ
最後に指摘しておきたいのは、一般教書演説ににじむ米国の「余裕のなさ」である。今回に限らず、オバマ大統領の一般教書演説は、国内の経済問題に相当の比重がおかれる傾向がある。経済金融危機からの脱却が進んでいるといっても、米国の視線はいぜんとして内向きだ。

今年の演説でとくに気になったのは、全編を通じて「国際的な競争」というテーマが採用されたことだ。諸外国の成長を引き合いに、米国民を鼓舞する意図は理解できる。しかしグローバリゼーションを「競争」ととらえる論法は、ともすればゼロ・サム的な印象を与えかねない。従来グローバリゼーションは、共存共栄の枠組みとして擁護されてきた。なりふり構わぬ「競争」の論理への傾斜をオバマ政権が許すとすれば、国際関係にも少なからぬ影響が生じよう。各国が次の成長戦略を模索する中で、そこはかとない危うさを感じる展開である。


*1:Noam Scheiber, SOTU Address: The Real Story of Obama and Corporate America, The New Republic, January 25, 2011
*2:John Heilemann, The West Wing, Season II, New York Magazine, January 23, 2011.
*3:John Heilemann, The West Wing, Season II, New York Magazine, January 23, 2011.
*4:Peter Baker, The White House Look for Work, New York Times Magazine, January 19, 2011

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長