タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/8/22

ワシントンUPDATE  「オバマ大統領の債務(上限引き上げ)取引 」

ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー




 米国政府が債務上限引き上げと引き換えに少なくとも21億ドルの歳出削減を行う政治的妥協を行ったのを受けて、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)社は、米国長期国債の格下げを決定したが、これは拙速だったようだ。米国では、しばしば皮相なイデオロギー論争に明け暮れ、債務不履行に陥ろうとするぎりぎりの瞬間まで取引の成立を見ない状況を見てきた同社が、「アメリカ政府のガバナンスおよび政策決定の安定性、実効性、予測可能性が低下している」との見解を持つことは、理解に難くない。とはいうものの、2011年8月の債務上限引き上げに関する合意は、米国の財政赤字と負債への取組みの最後の一歩というより、最初の一歩となる可能性が高い。

 アメリカの政治は確かに多くの点で機能不全に陥っている。政策論議はますます二極化してイデオロギー色を強め、政治家たちはといえば、主要問題に関する中身のある議論より、むしろ政治劇によるエンターテインメント性を重視する既存メディアのペースに乗ってただ行動するのみである。それに加え議員たちは、責任ある政策を打ち出すことよりも、再選を果たすこと、そしてどの党が連邦議会を支配するかにより大きな関心があるようだ。その結果、税や社会保障のように、米国の財政赤字問題の中には、もはや手を付けられない状態に見える問題もある。

 それにしても、激しく時には破壊的でさえある党派の政治対立は、米国にとって今に始まったことではない。このことは、ジョージ・ワシントンの辞任演説-アメリカの初代大統領が1796年の辞任にあたり行った力強い演説-が何よりも明白に示している。

 ジョージ・ワシントンは、議会において、さらには自らの政権内においてさえ党派が急速に形成されるという事態に対して、「党派心」こそが、議会政治の「最悪の敵」であると非難した。ワシントンはこう語っている。「(党派心は)根拠のない妬みやデマによって共同体を煽動する」「相手方に対する憎悪を燃え立たせる」「常に公の協議の邪魔となり、行政を弱めるよう働く」。さらに、「自由国家における政党は、政権運営に対する有用なチェック機能を発揮し、自由の精神を守るのに役立つ」と認めながらも、「二つの党派が(議会において)交互に相手を支配することは、復讐心の火に油を注ぎ、それ自体がおぞましい専制政治である」との懸念を表明している。そして、党派心は「消してはならない火ではある一方、炎となって燃え上がり、暖める代わりに焼き尽くしてしまうことのないよう、一致団結して警戒することが必要だ」という警告で結んでいる。

 また、事実、米国における初期政党の形成は、やはり公債発行がきっかけとなり生じた。ワシントンの財務長官アレクサンダー・ハミルトンは、信用の活用は経済成長にとって不可欠であり、また連邦政府の債務拡大は連邦の結束を強めると信じ、政府が保証する中央銀行の設立を強く提唱した。(政治的には、自らの計画への支持を得るために独立戦争の退役軍人の動員を図った。というのは、初期の連邦政府および諸州は、退役軍人に対する相当な額の未払い給与と年金という借りがあったのである。) ハミルトンはまた、連邦政府は決して債務不履行を考えるべきでないという原則確立のために奮闘した。

 このことに照らして考えると、S&Pのアナリストは非常に有能な経済専門家であろうが、彼らの下した政治的評価には欠陥がありそうだ。アメリカの政治は200年を優に超える長期にわたり機能不全が続いているが、にもかかわらず、合衆国は国家として多くの偉業を成し遂げている。結局のところ、ウィンストン・チャーチルがいみじくも述べたように、「アメリカ人は常に正しい決断をすると期待してよい。――それ以外のすべてを試みた後で。」に尽きよう。

 さらに具体的に言うと、S & Pのアナリストたちは、党派対立の高まりを理由に、米国の赤字と債務のさらなる削減の成功に疑念を表明しているのである。しかしこのことは、そもそも今回の債務(上限引き上げ)取引に至った政治力学を、彼らが根本的に誤解していることを示すものである。

 債務に関する合意達成が難航したことと、その困難を生じさせた交渉プロセスにおける極度な党派性については、ティーパーティー活動家のせいだと考えるのが米国社会一般の通念となっている。このことから、最初の交渉が非常に困難だったため、さらなる妥協は事実上不可能だろうと考えがちである。

 だが、その考え方はいくつかの重要な考察を無視している。第一に、ティーパーティーの存在は、アメリカの赤字と債務に対する一般国民のフラストレーションの増大によるところが大きい。ティーパーティーからの圧力がなければ、債務問題、とりわけ歳出削減への取り組みは、連邦議会においても、アメリカ政治一般においても、おそらくさほど優先度の高い議題にはならなかっただろう。上下院はこれまでもそうしてきたように、債務の上限をごく当たり前のように引き上げていたかもしれない。そうなれば、党派の激しい対立は回避されただろうが、連邦予算の大幅削減も回避されただろう。S & P のアナリストがその方が良かったと判断するとは想像し難い。

 第二に、ティーパーティー活動家の多くと、2010年に彼らの支援によって下院議員に選出された多くの共和党議員は、政治に関しては素人である。政治のプロセスに積極的に参加してこなかった何十万ものアメリカ人が参加を決意したことは、長期的には重要でありプラスの展開である。だが、短期的に見ると、彼らは経験不足である。債務限度引き上げの前提条件として、財政均衡化を義務付ける米国憲法修正-実現に何年もかかるプロセス-を支持する動きがティーパーティーに広まっていることも、これで説明ができる。これら活動家と連邦議会の同調者たちはここ数か月多くを学んできたし、今後も学び続けるだろう。

 最後に、おそらく最も重要なことだが、米国では連邦政府の支出と歳入をめぐる真剣な公の議論が始まろうとしている。米国の政治指導者たちは、政府の給付金やサービスの安定または充実と減税を同時に約束することで、何十年にもわたり国民を誤った方向に導いてきた。政治家たちはもはや「歳出増は問題ではない。」とか「減税は連邦政府の出来ること、出来ないことについて全く影響しない」などと偽ることができなくなった。その結果、アメリカの一般国民も、ティーパーティー支持者同様に、しかしより大きな規模で、国家財政の実態について知るようになるだろう。

 こうした力学から生じる政治のプロセス、とりわけ政府と連邦議会民主党・共和党の間の合意に基づいて設立された「超党派委員会(Super Committee)」によって提案される追加的支出削減策は、おそらく痛みを伴い、大いに論議を呼ぶものとなろう。「超党派委員会」が2012年大統領選挙戦最初の予備選挙のわずか数週間前に作業を終える(そして、その成果の可否を連邦議会が投票に付する)予定であることから、党派色の強い予算審議が少なくとも1年間続くことはほぼ確実である。実のところ、論争は選挙後もずっと続く可能性が高い。アメリカの選挙民は、2013年1月に就任する大統領に経済再生のための包括的アジェンダを期待するだろう。

 アメリカの政治は間違いなく混乱状態にあるし、アメリカが国難に際し常に最善の解決策を生み出すわけではない。しかし、最近の債務上限引き上げに関する取引が、一連のプロセスの終りであると考えることは誤りであり、始まりと考えるべきだ。

■オリジナル原稿(英文)はこちら