タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/9/30

パキスタンから見るオバマ「対テロ戦争」の現状 (菅原 出)

「現代アメリカ」プロジェクトでは、米国ワシントンのシンクタンク Center for the National Interest(旧称ニクソンセンター)からポール・サンダース氏が来日した機会に、同氏と国際政治アナリストの菅原出氏の二人をゲストに迎えて、8月25日、公開研究会を行いました。テーマは、アフガニスタン・パキスタン情勢について、サンダース氏はアメリカの対テロ戦争の観点から、菅原氏は最近パキスタンを訪問して得られた情報をもとに、今後の見通しを議論しました。サンダース氏はロシアの専門家ですが、国際関係、アメリカ政治に幅広い見識の持ち主です。本プロジェクトでは海外メンバーとして、毎月当財団サイトに「ワシントンUPDATE」を寄稿しており、米軍がビンラディンを殺害した5月には、アフガン情勢の行方について論じました。一方、かつて研究員として東京財団に在籍したこともある菅原氏は、アフガン・パキスタン情勢については現地の体験を踏まえた確かな分析に持ち味を発揮します。以下の論文は、菅原氏が公開研究会で議論した内容を基に、パキスタンの現地から見たアメリカの対テロ戦争の実態について分析をしたものです。

初めてのインテリジェンス・ブリーフィング
2008年11月6日、合衆国大統領に当選した2日後に、バラク・オバマは米国が直面する安全保障上の脅威について、当時の国家情報長官マイク・マコネルから次のような説明を受けた。

「米国にとって最も差し迫った脅威は、イラクやアフガニスタンのような戦場から来るのではありません。約1億7千万人の人口を抱え、アフガニスタン南部と2400キロの国境を接し、100基もの核兵器を持つ不安定な国パキスタンから来ます」
米『ワシントン・ポスト』紙のベテラン記者ボブ・ウッドワードの近著『オバマの戦争』によれば、マコネル長官(当時)はこのように述べ、「パキスタンこそ新政権にとっての最優先課題でなくてはならない」とオバマ新大統領に忠告したという。

「なぜならそこにオサマ・ビン・ラディンとアルカイダ・ネットワーク、そしてタリバンの過激な武装反乱勢力が巣をつくり、米国に対するテロを計画し続けているからだ」とインテリジェンスのプロは新大統領に説いたという。
この忠告を受けたオバマ大統領は、アフガニスタンとパキスタンを単一の問題として捉え、2009年12月に「アフガニスタン・パキスタン(アフ・パキ)戦略」を発表した。

これは、アフガニスタンに3万人の米軍部隊を追加派遣し、パキスタンには無数の諜報員を送り込んで秘密工作にあたらせ、両国でアルカイダやタリバンのネットワークを破壊させるという作戦であった。アフガニスタンでは米軍が「目に見える戦争」を、パキスタンでは秘密諜報員たちが「目に見えない戦争」を同時に進めたのである。

パキスタンは米国の安全保障の最大の脅威
それから一年後の2010年12月、米インテリジェンス・コミュニティは「アフ・パキ戦略」の一年間の評価報告書を発表した。

この報告書は、「パキスタン側のタリバンの聖域がなくならないため、タリバンはパキスタンとアフガンを自由に行き来し、アフガンでテロを行ってはパキスタン側に逃げ隠れる作戦をとっている。このため、アフガン国内での軍事作戦の効果には限界がある」と結論付けた。要はパキスタンの問題が未解決だと指摘したのである。

オバマ大統領も12月16日、アフガニスタンでの軍事作戦は順調に行っているが、「パキスタン国内にタリバンやアルカイダの拠点が手つかずのままに残されている状況は改善されていない」と述べ、「米国はパキスタン国内のテロリストの隠れ家に対処することを続けなければならない」と、パキスタン問題に真剣に取り組む決意を表明した。

バラク・オバマが合衆国大統領に当選してから二年間、常に米国の安全保障上の最大の課題はパキスタンだったと言っていい。

「目に見えない」諜報戦の重要性
アフガニスタンにおいて米国は、いくつもの武装勢力と戦っている。メディアではたいてい「タリバン」としか伝えられないが、もう少し細かく見ていくと、「アルカイダ」、「アフガン・タリバン」、「パキスタンのタリバン運動(TTP)」、「ハッカーニ・グループ」、「ヒズベ・イスラミ・ヘクマティアル(HIG)」や「ラシュカエ・トイバ(LET)」など多くの武装過激派組織があり、これらはすべてパキスタン国内に拠点がある。

彼らが国境を越えてアフガニスタンに来て、米軍やアフガン政府に対するテロを実施してはまたパキスタン側に逃げ帰るということを繰り返している。また、アフガニスタン国内のテロに使用されるIED(即席爆破装置)の原料にあたる化学品などは、ほぼすべてパキスタンから密輸されている。いくら米軍がアフガニスタンで軍事作戦を続けても、このパキスタン側からの支援が続く限り、この戦争は終わらないということになる。つまり、アフガニスタンにおける目に見える軍事作戦を成功させるためには、パキスタン国内のタリバンやアルカイダの聖域を潰すという「目に見えない諜報戦」に勝つことが不可欠な条件である。

CIA無人機攻撃の秘密
オバマ大統領は、アフガニスタンには合計10万人を超える軍勢を投入して軍事作戦を展開しているが、パキスタンでは目に見える戦争が行われているわけではないので、軍隊を派遣するわけにはいかない。そこでパキスタンに隠れているアルカイダやタリバンには、米中央情報局(CIA)が秘密工作で対処している。ここでCIAは、「プレデター」と呼ばれる無人機を使って「テロリスト」を殺害する作戦を実施している。

プレデターは、超高性能のビデオ・カメラとミサイルを搭載しており、三キロほど上空からアフガニスタン・パキスタン国境の村々を監視し、「テロリスト」を発見し次第、ミサイルを発射して殺す能力を持っている。CIAはこの無人機をパキスタン領内のタリバンやアルカイダが潜んでいると疑われている地域の上空に飛ばし、リモコン操作で「テロリスト」を暗殺している。

ミサイルが撃ち込まれれば当然被害が出るので、現地のメディアで取り上げられ、CIAの攻撃が行われたことが分かる。よく分からないのは、CIAが殺害した相手が本当に「テロリスト」なのか、それとも無実の一般市民なのかという問題だ。
オバマ政権は、「2010年8月以来、巻き添えによる民間人の死者は一人も出ていない」と発表している。これに対して7月18日、英国に拠点を置く調査ジャーナリズム協会(TBIJ)がオバマ政権の主張を真っ向から否定する報告書を発表した。

「2010年8月23日から2011年6月29日までの無人機攻撃で、少なくとも740名の死者が出たが、その中の10件の攻撃で45名から56名の民間人の死者が出ている。しかもその多くは女性と子供だ」

筆者は7月末にパキスタンを取材したが、私の取材をコーディネートしてくれたジャーナリストのアミン・ウラー・ベイグ氏は、無人機攻撃を特集したドキュメンタリーの制作に携わり、アフガン国境で取材をした経験があった。ベイグ氏によれば、CIAに、標的(ターゲット)に関する情報(インテリジェンス)を提供しているのはパキスタンの情報機関ISIなのだが、実際にはその現地のエージェントたちが個々の標的の情報を収集して上にあげている。問題は、そのエージェントたちが必ずしも米国に脅威となるテロリストの情報を提供するだけでなく、家族や部族間で敵対する勢力や個人的に恨みのある人物の情報なども含めてしまっていることだという。だから結果としてCIAの標的とされる人物の中には、米国に対するテロとは何の関係もない人まで含まれてしまうというのだ。いくら「プレデター」の性能が優れ、標的だけを狙い撃ちできるとしても、そもそも標的に関する情報が間違っているというのだから事は深刻である。

当然、CIAが無人機で「テロリスト」を抹殺しようとすればするほど、多くの民間人が被害を受けるので、攻撃が行われる度に反米感情が高まり、多くのパキスタン人を敵に回していた。無人機攻撃に反対するデモは各地で拡大していた。

米国が進める特殊作戦と諜報活動
またオバマ政権は、オサマ・ビン・ラディンを殺害したように、特殊部隊をヘリでパキスタン国内に送りこんで「テロリスト」を急襲するという特殊作戦を実施している。あまりメディアでは報じられていないが、ビン・ラディン作戦前に米国はすでに10回以上、同じような作戦をパキスタン領内で実施していた。もちろんたいていは標的に関する情報が間違っており、民間人を殺害して帰っている。

こうした無人機攻撃や特殊作戦には、標的、すなわちパキスタン国内に隠れているアルカイダやタリバンの幹部に関する情報(インテリジェンス)が不可欠だ。そこでCIAは工作員をパキスタンに送り、パキスタン国内で諜報活動をさせている。
パキスタンは米国が進める「対テロ戦争」のパートナーである。パキスタン政府は確かに国内のイスラム過激派勢力と「内なる対テロ戦争」を戦っている。特に「パキスタンのタリバン運動(TTP)」と呼ばれる国内のイスラム過激武装組織と、2004年以来全面戦争を展開中である。

しかしパキスタン政府は、TTPを取り締まる一方で、アフガニスタンで米国と戦っている「アフガン・タリバン」や「ハッカーニ・グループ」などの武装勢力には隠れ家を提供し、密かに支援を続けている。オバマ政権は、上述したパキスタン国内のさまざまなイスラム過激派を十把一絡げにしてすべて取り締まるようにパキスタン政府に圧力をかけているが、パキスタン政府は、米国から多額の援助を受け取り「同盟国」を装いながらもTTP対策しか行わず、密かにタリバンとの関係を維持している。

だからパキスタンの情報機関ISIは、「対テロ情報協力」と言っても、TTPの情報しかCIAに渡さない。しかしCIAは「アフガン・タリバン」、「アルカイダ」、「ハッカーニ・グループ」など、米国が敵視する他の過激派の情報も必要としている。そこでCIAはパキスタン国内で独自の諜報活動を展開し、パキスタンの情報機関ISIと水面下で火花を散らせているのである。

この両者の緊張がピークに達する事件が今年の一月に発生した。パキスタン東部の町ラホールで、米国人がパキスタン人二名を白昼堂々射殺する事件が勃発したのだ。デービス氏はすぐにパキスタン警察に逮捕されたが、彼は外交官パスポートを持っていた。後に彼は外交官ではなく、CIAと契約して働く「民間スパイ」であることが暴露され、両国は外交関係断絶の瀬戸際まで対立を深めた。
こうした米国の秘密諜報活動にパキスタン側は不満を募らせ、対米不信を増大させていたが、そんな矢先にオバマ大統領は特殊部隊をパキスタンに送り込み、ビン・ラディンを殺害してしまったのである。

アボッターバードのビン・ラディン邸を観る
7月末にパキスタンを訪問した際、アボッターバードのビン・ラディンが殺害された現場を観に行った。イスラマバードから北に向かって車を飛ばすこと約三時間。アボッターバードは、軍一色の町だった。軍の士官学校、大きな軍の病院、防空センター、特殊部隊訓練センター、軍統合情報部の訓練センター等々、どこを見ても軍の施設ばかりだ。こんな軍事基地だらけで、おまけに防空センターまである場所に、米軍のヘリコプターが飛んできたとは俄かに信じがたい。ビン・ラディン邸の周りは閑静な高級住宅街で、パキスタン軍の元将校など軍関係者ばかりが住んでいる裕福なエリアだった。

こんな軍人の町に特殊部隊を送り込んで暗殺作戦を実施したのだから、パキスタン軍のメンツは丸潰れだ。このため軍や警察の外国人に対する監視は非常に強まっており、ピリピリとした緊迫した空気が張り詰めていた。

多くのパキスタン人が、「アボッターバードにビン・ラディンが住んでいて、米軍が彼をあの場で射殺した」という説を信じていない。彼らの多くが、「米軍をアフガンから撤退させるための口実づくり」、「パキスタンに圧力をかけて混乱させるため」、「パキスタンに介入して最終的にはこの国の核をコントロールするため」等々、あらゆるバージョンの米国陰謀説を信じていた。

それまでも、無人機攻撃が行われる度に反米感情が高まっていたが、このビン・ラディン作戦により、パキスタン人の対米不信は消し難いくらい強いものになったと言える。パキスタンにいる米国人たちに対する監視はますます強化されており、NGO関係者を含めてあらゆる米国人がスパイではないかと疑いの目で見られていた。

分裂するパキスタンの武装勢力
今回、アフガニスタンとの国境の町ペシャワールに行って、現地の武装勢力について取材した。現在、上述したさまざまな過激派勢力が、どの組織も内部分裂を起こし、分派した勢力がTTPに加わるという現象が起きていた。パキスタンの情報機関ISIは、何とかTTPの勢力が拡大して反パキスタン政府の一大勢力にならないように工作をしているとのことだった。各組織が内部分裂を起こしている一番の原因が反米感情の高まりであり、米国との同盟関係を続けるパキスタン政府に対する反発である。これまではパキスタン政府と敵対していなかったイスラム過激派グループが内部分裂を起こし、その一部が反パキスタン政府のTTPに加わる動きを、パキスタン政府は何とかして防がなければならないと考えていた。

つまり、パキスタン政府としては、オバマ政権が求めているようなアフガン・タリバンやハッカーニ・グループへの攻撃をするような国内事情にないということである。それよりもむしろ、こうしたグループを宥めて、パキスタン政府と敵対していないようにすることの方が重要である。

なくならないパキスタンからタリバンへの支援
米国は、オバマ大統領の再選キャンペーンが本格化していることもあり、早く結果を出したいと考えており、早くアフガニスタンの治安を改善させるために、一刻も早くアフガン・タリバンの取り締まりを強化するようにパキスタンに圧力をかけている。しかしパキスタンはアフガニスタンでの米軍の軍事作戦に協力するよりも、自分たちの国内の事情を優先させる方が大事だと考えている。パキスタンにとっては米軍がアフガンから撤退した後も、隣にはアフガニスタンがあり、反対側にはインドがいる。今、タリバンを敵に回してしまえば、後々に自分たちの仲間が減ることになり、逆に敵ばかり増えてしまうことになるからだ。

米国は自分たちの政治的日程に合わせてパキスタンを急かすが、パキスタンは米国の政治日程に合わせて急ぐことに何の意義も見出していない。米国とパキスタンはつまり、お互いの国益が一致しておらず、脅威認識を共有していない。当然戦略目標も異なる。だから、米国がいくら素晴らしい戦略を立てて、それに協力するようにパキスタンに圧力をかけてもうまく行かないということになる。

この結果、パキスタンからアフガン・タリバンへの支援のラインはなくならず、アフガニスタンの治安も改善しない。だから、今後もあの地域の不安定化は続くという結論に到達する。

パキスタンがアフガン・タリバンたちに聖域を与え続ける限り、彼らは対米テロを続け、アフガニスタンに平和や安定が訪れることはない。オバマ大統領はアフガンからの米軍撤退計画を明らかにしたが、米国のテロとの戦いの終わりは、まったく見えてこない。

■菅原 出(国際政治アナリスト)