タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/4/9

アメリカNOW 第91号 米国の財政協議を「読む」~二つの記事から得られる示唆~(安井明彦)

米国債の格下げ騒動につながった昨年の財政協議について、当時の内情を掘り下げた長文の記事が、米国のメディアに相次いで掲載された。描き出された協議の内情が、今後の財政運営の行方を考える上で参考になると同時に、ニュアンスの違った二つの記事の存在は、米国の政治報道・分析を追う際の注意点を示唆している。

政治過程の内情を記す

昨年の財政協議の内情について、米国の二大全国紙が競うように長文の記事を掲載した。先行したのはワシントン・ポスト紙*1 で、これにニューヨーク・タイムズ紙が日曜版の別冊で続いた*2 。いずれの記事も、2011年春から夏にかけてのバラク・オバマ政権と議会共和党との交渉を、関係者へのインタビューや当時の内部資料などを踏まえて生々しく再現している。

出版されれば日本でも直ちに翻訳がでるBob Woodward*3 の一連の作品に代表されるように、米国では政治過程の内幕を伝える報道や書籍は珍しくない。とくに最近では、第一期オバマ政権の政策運営を取り扱った記事や書籍が次々と世に出ている。経済政策を主題にしたものだけでも、ニューヨーカー誌のRyan Lizza*4 やニュー・リパブリック誌のNoam Scheiber*5 が、これまで非公開だった政権内部のメモなどを使いながら、政権前半の経済チームの姿を描き出している。

こうした中で、今回の二つの記事が注目される理由は二つある。第一は、扱われている題材である。財政運営は引き続き米国の政策運営の中心課題となっている。とくに2012年末から13年初めにかけての時期には、昨夏の財政協議の副産物である歳出の自動削減の発動や、そもそも財政協議の引き金となった債務上限の再引上げ、さらにはブッシュ減税の延長問題など、その行方次第では米国経済が大きな打撃を受けかねない課題が山積している *6。この点で、前回の財政協議の内情を知ることは、今後の政策運営の行方を考える上で大いに参考になる。

第二は、二つの記事の違いである。二つの記事は、同じ時期、そして、おそらくほとんど同じ情報源を使いながら、財政協議が決裂した理由については、微妙にニュアンスの違う絵を描いている。こうした両者の違いは、党派対立の厳しい時代に米国の政治報道・分析を追う際の注意点を示唆している。

財政協議の内情

二つの記事が焦点をあてた昨年の財政協議は、民主党のオバマ大統領と共和党のジョン・ベイナー下院議長が主役となり、米国の債務上限引上げにあわせて、10年間で4~5兆ドル規模の本格的な財政再建策での超党派合意を探る試みだった。

二つの記事は、一時は合意間近ともいわれた協議が決裂するまでの内情を描き出している。二大政党の間には財政再建の方法に関する根本的な立場の違いがあり、超党派合意への期待感は当初から低かった。しかし当時の米国では、表面上の対立とは裏腹に、オバマ政権と議会共和党の協議が水面下で繰り広げられていた。

いずれの記事も長文だが、出来事の推移だけを簡単に整理してみよう。

両者の財政協議は、ベイナー議長が約8,000億ドルの税収増を容認する可能性を示唆したことで、急速に動き出した。ベイナー議長の提案を受けたオバマ政権は、医療保険や公的年金などの歳出削減で議会民主党指導部を説得することに成功する。税収増を嫌ってきた共和党と、医療保険・公的年金などの歳出削減を避けたい民主党が歩み寄り、本格的な財政再建での合意が視野に入ってきたかのようだった。

ところが、情勢は急変する。転機となったのは、別ルートで超党派案の作成を目指していた上院議員のグループ(Gang of Six)の動きである。同グループが約2兆ドルの税収増を含む合意案の骨格を発表したことが、オバマ政権に「8,000億ドルの税収増」というベイナー案の再考を促す結果となった。曲がりなりにも一部の共和党議員が大幅な税収増を受け入れていることが明らかになったために、「その半分以下の税収増で妥協すれば、議会民主党が造反しかねない」と懸念したからだ。

オバマ政権の結論は、1兆2,000億ドル規模の税収増を再提案することだった。これによって、財政協議は決裂への坂道を転がり落ちていく。8,000億ドルの増収ですら議会共和党による造反の可能性を抱えていたベイナー議長は、新しい提案を受け入れられなかった。ギリギリの段階でオバマ政権は「8,000億ドルの増収」を前提とした当初案の再検討を打診したが、時間切れを理由にベイナー議長はこれを受け付けなかった。

今後の財政運営への示唆

二つの記事が明らかにした財政協議の内情からは、今後の米国の財政運営について、三つの示唆が得られる。

第一に、超党派合意の最大の障壁が、増税に対する議会共和党の拒否反応であることが再確認された。両者の議論は税収増の規模に集中しており、1兆2,000億ドルの税収増でベイナー議長が党内をまとめられなかったことが、協議決裂の大きな理由となった。また、ニューヨーク・タイムズ紙の記事では、8,000億ドルの増収案でもベイナー議長は議会共和党をまとめきれておらず、最終段階で議長が交渉のやり直しに応じなかったのは、ようやくその現実に気づいたからだと推測している。

第二は、技術的な側面の重要性である。難しい財政合意をまとめるには、技術的なやり繰りによって、どれだけ双方に政治的な弁明の余地を与えられるかが重要になる。純粋な財政運営の観点からはギミック(まやかし)といえるようなやり繰りでも、政治的には大きな役割を果たすことがある。同時に、技術的な面での曖昧さを残したままでは、見た目よりも合意への距離が遠いことに気づきにくくなる場合も存在する。

好例が本欄でも繰り返し取り上げてきた*7 「ベースライン」である。米国の財政政策の規模は、常にベースラインとの対比で表現される。このため、同じ財政政策の提案でも、基準となるベースラインによって見え方は大きく変わってくる。例えばベイナー議長は、当初の提案を「2兆8,000億ドルの減税」と表現した。これは、「現在の法律」をベースラインとした数字であり、ブッシュ減税の全面失効が前提である。しかし、大増税となるブッシュ減税の全面失効は誰も求めていない。そこで、ブッシュ減税の全面延長をベースラインにすると、ベイナー案は「8,000億ドルの増収」となる。さらにいえば、ここでの結果としての税収の水準は、オバマ政権の要求通りにブッシュ減税が富裕層向けの部分に限って失効した場合と同じである。つまり、ベイナー議長は、表向きは「減税」と言いながら、実際にはブッシュ減税に関するオバマ政権の要求に沿った規模の「増収」を認めていたわけである。

一方で、Gang of Sixは「1兆2,000億ドルの増収」を提案している。こちらは「ブッシュ減税の部分失効」がベースラインである。このため、同じベースラインで比較したベイナー議長案との増収額の差は、見かけ(4,000億ドル)よりも3倍の規模(1兆2,000億ドル)があった*8

「増収」の意味合いも重要である。財政協議を通じてベイナー議長は、「税率を引き上げずに税収増を実現する」と主張した。「税制の簡素化と税率の引き下げを行えば、経済成長が加速されて税収が増える」という論法である。このように経済成長を経由した税収増を事前に織り込むこと(ダイナミック・スコアリングなどと呼ばれる)は、米国の財政運営では過去に例がない。しかしベイナー議長が税収増に対する党内の造反を抑えるには、こうした手法の利用が切り札だった。オバマ政権がダイナミック・スコアリングの利用をどこまで容認していたかは必ずしもはっきりしないが*9 、今後の財政協議でもこの点が重要な論点になるのは間違いない。

第三の示唆は、超党派合意に向けた事務方の作業が相当に進んでいることである。二つの記事が描き出すように、オバマ政権とベイナー議長のスタッフは、一連の協議を通じて綿密なやり取りを行っている。協議中にはこれといったリークもなく、現場の信頼関係もある程度は築かれていた模様である。こうした作業の蓄積は、今後の財政協議の土台になる。たしかに財政運営における双方の政治的な立場の違いは大きいが、協議を進めるための下準備が確実に進んでいることは見逃せまい。

分析・報道の受け止め方

今後の財政運営への示唆とは別に、今回の二つの記事で注目したいのは、微妙なニュアンスの違いである。いうまでもないが、一連の分析や報道には、筆者や情報源の違いが反映される。党派対立が厳しい米国では、報道内容に影響を与えようとする関係者の働きかけも盛んだ。このため、読者がこうした情報を読み解く際には、一つの分析や報道だけで納得するのではなく、常に大きな文脈を意識する必要がある。

二つの記事のニュアンスの違いは、交渉決裂の責任の所在にある。

ワシントン・ポスト紙の記事は、どちらかというとオバマ政権の責任を重くみる。オバマ政権は、ベイナー議長の当初の提案を受け入れる様子をみせながら、Gang of Sixの発表で議会民主党の掌握に自信を失い、到底ベイナー議長が受け入れられないと分かっている提案に方針転換した、というわけである。

ニューヨーク・タイムズ紙は、ベイナー議長に厳しい。医療保険や公的年金の歳出削減で議会民主党指導部を説得したオバマ大統領に対し、ベイナー議長は最後まで党内を説得できなかった。既に述べたように、オバマ政権は最終段階でベイナー議長の当初案に戻ることを提案しており、それでも合意に至らなかったのは議長の力不足、という色彩だ。

どちらかの記事を「間違っている」と断ずるのは意味がない。ここでは両者の違いを敢えて際立たせてまとめたが、いずれの報道も綿密に事実を追っており、ニュアンスの違いはそれほど露骨ではない。

むしろ注意する必要があるのは、政治過程の分析や報道を取り巻く米国の環境である。党派対立が厳しい米国では、分析や報道のあり方を自らに有利な方向に導こうと、関係者が猛烈な働きかけを行うのが日常である。昨年の財政協議はその好例であり、オバマ政権はベイナー議長に、共和党側はオバマ政権に決裂の責任を求める論陣を張ってきた。今回取り上げた二つの記事はいずれも良質な分析だが、こうした両陣営からの働きから無縁ではないことも忘れてはならない*10

米国では大統領選挙が本格化している。第一期オバマ政権も終わりに近づいており、政治過程に関する報道や分析については、これからも多数の労作が予想される。研究者にとっては消化するだけでも大変だが、常に大きな文脈を見失わないように心がける必要がありそうだ。



*1:Peter Wallsten, Lori Montgomery and Scott Wilson, Obama’s Evolution: Behind the Failed ‘Grand Bargain’ on the Debt, The Washington Post, March 17, 2012
*2:Matt Bai, Obama vs. Boehner: Who Killed the Debt Deal?, The New York Times, March 28, 2012
*3:既にオバマ政権の外交政策に関する著書(Bob Woodward, Obama’s Wars, Simon & Schuster, September 27, 2010)を発表しているWoodwardだが、現在はオバマ政権の経済政策に関する著書を準備中だという。
*4:Ryan Lizza, The Summers Memo, The New Yorker, January 23, 2012
*5:Noam Scheiber, The Escape Artists, Simon & Schuster, February 28, 2012
*6:安井明彦、2012年、「不作為の緊縮財政」を回避できるか、日経ビジネスオンライン、2011年12月22日。
*7:例えば、安井明彦、「ベースライン」で読み解く米国の財政問題(1)~米国債の格下げを巡る混乱~、アメリカNOW第77号、2011年11月8日。
*8:数字を使って説明しよう。仮に米国の向こう10年間の税収が、ベースライン(ブッシュ減税が全面失効)で40兆ドルだとする。これに対して、ブッシュ減税を全面延長した場合の税収は36兆4,000億ドルである。ベイナー議長が提案した税収は37兆2,000億ドルで、前者に比べれば2兆8,000億ドルの減税、後者に比べれば8,000億ドルの増収になる。一方で、オバマ政権が求めるようにブッシュ減税が部分失効した場合の税収はベイナー議長の提案に等しく、これをベースラインとしたGang of Sixの提案は、38兆4,000億ドルの税収を意味する。
*9:ベイナー議長側は、当初「8,000億ドルの税収増」が提案された際には、オバマ政権(とくにティモシー・ガイトナー財務長官)は、ダイナミック・スコアリングの利用に同意していたと主張している(オバマ政権側はその事実を否定)。また、「1兆2,000億ドルの税収増」を求めたオバマ政権の再提案においては、ダイナミック・スコアリングが明示的に否定されていた模様である。
*10:今回のニューヨーク・タイムズ紙の記事では、共和党側からの働きかけの強さに敢えて言及している。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長