タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/7/2

アメリカ大統領選挙UPDATE 6:「オバマ大統領とロムニー候補の雇用対策」(西川 珠子)

「経済が全ての選挙(All-about-the-economy election)」と称される2012年大統領選挙。2012年5月の雇用統計の悪化により、バラク・オバマ大統領とミット・ロムニー候補との雇用を巡る舌戦は、ますますヒートアップしている。しかし、具体的な雇用対策のメニューをみると、現状を打破し、短期的に雇用情勢の好転が期待できるような政策論議が深まっているとはいいがたい。

失業率が8.2%の高水準にある以上、雇用面での実績は有権者へのアピールにならないことを認識しているオバマ陣営は、ベイン・カンパニーCEO時代(「強欲な企業乗っ取り屋」「海外移転(アウトソーシング)のパイオニア」)やマサチューセッツ州知事時代(「雇用創出実績は全米第47位」)のロムニー氏の実績を批判し、雇用対策を可決しない議会に責任を転嫁するキャンペーンを展開している。

ホワイトハウスのウェブサイトには、「議会のやることリスト(Congress To-Do List)」と題し、雇用創出と中間層支援のため議会がとりくむべき5つの優先課題が掲げられている。そのうち住宅ローン借り換え促進を除く4つが雇用創出に関連する内容で、1)製造業の国内回帰(インソーシング)を促す税制改革、2)中小企業の採用・投資促進減税、3)クリーンエネルギー製造業への投資、4)退役軍人の就業支援、があげられている。

1点目の製造業支援は、2012年初の一般教書演説で打ち出されたオバマ大統領の経済政策の目玉でもある。中国をはじめとする海外生産拠点の労働コスト上昇などを背景とした製造業の国内回帰の動きは、米国経済にとって数少ない明るい材料であり、これを後押しするため、国内回帰する製造業に対する税額控除の創設などがうたわれている。しかし、相対的な労働コスト低下が国内回帰を促しているとすれば、必ずしも高賃金の良質な雇用の創出につながるとは限らない。実際、国内回帰の旗手と目される建設機械最大手のキャタピラーでは、シカゴ等の工場で賃下げを巡る労使交渉が難航し、ストが長期化する事態も発生している。

2点目の中小企業の採用・投資促進減税は、基本的にはこれまでの景気対策の焼き直しである。採用促進減税は、新規採用および賃上げを行う企業に対して支払い賃金増加分の10%を税額控除する内容だが、すでに「雇用回復のための採用奨励法(HIRE Act)」で類似の減税は実施済み(2010年3月~年末までの時限措置)で、新機軸の政策というわけではない。

3点目のクリーンエネルギー投資は、オバマ大統領が就任時から打ち出している「グリーン・ニューディール政策」を継続するものだ。しかし、太陽電池メーカー・ソリンドラ、蓄電装置メーカー・ビーコン・パワーなど、政府の支援対象企業が相次いで破綻し、非効率な財政支出として共和党の批判にさらされている。当初は「10年間で1,500億ドルのクリーンエネルギー投資により500万人の雇用を創出する」目標が打ち出されていたが、オバマ政権3年半での成果は具体的に提示されていない*1

これらは、議会が夏季休会入りする前に可決すべき課題との位置づけだが、実質的にはオバマ大統領が二期目にめざす施策と考えられる。このほか、一般教書演説では教育・職業訓練の強化も掲げられているが、総じてオバマ大統領の提案は「一期目よりも、二期目の政策の方が雇用は増える」と期待させるような内容にはなっていない。

一方のロムニー候補は、全米の失業率がオバマ大統領就任時の7.8%から8.2%に上昇したのとは対照的に、マサチューセッツ州知事時代の州失業率が5.6%から4.7%に低下したこと等を指摘して、オバマ陣営の攻撃に反論しつつ、「Day One」と銘打って就任初日に取り組む課題を訴えるキャンペーンを展開している。具体的には、就任初日に議会に立法措置を要請する施策として、1)法人税率の引き下げ、2)貿易促進権限(TPA)の復活、3)連邦政府の職業訓練制度の整理統合等を、また大統領令を公布して即日実施する措置として、4)規制緩和(医療保険改革の一部条項について州政府に適用除外を認める)、5)石油・天然ガスの採掘認可、6)労働組合に有利な大統領令の撤回、等の施策を掲げている。

ロムニー候補は、雇用創出はあくまで経済成長の結果であり、政府の役割は歳出拡大等を通じて雇用を直接押し上げることではなく、成長促進的な減税・規制緩和を推進することにある、と考えている。政策綱領である「Believe in America」では、「政府は雇用を創出することはできない・・・少なくとも長期的な繁栄に貢献するような生産的な雇用は」と断言している。おのずと、政策の力点は中・長期的な経済成長におかれ、短期的な景気浮揚の視点は弱くなる。

以上のように、オバマ大統領、ロムニー候補の政策はいずれも短期的な雇用創出の起爆剤となることは期待しにくい。むしろ両陣営は、喫緊の課題である「財政の崖(Fiscal Cliff)」に現実的な処方箋を示しておらず、米国の景気・雇用は下ぶれリスクにさらされている。このままでは、2012年末を境とした減税失効・歳出削減により、米国経済は2013年度に6070億ドル(GDP比4.0%)もの景気下押し圧力に直面する。財政の崖を巡る不透明感は、家計の消費、企業の投資・雇用を手控えさせかねず、大幅な歳出削減対象となる国防産業は、既に人員削減計画の検討に着手したと報じられている。現在なしうる最大の雇用対策は、中長期的な財政再建の道筋を示して米国財政への信認を維持しつつ、短期的には財政の崖を部分的に回避して、先行き不透明感を払拭することともいえる*2 。しかし、両陣営は富裕層増税や歳出削減を巡るイデオロギー対立にあけくれており、選挙前の妥協は難しい情勢だ。


*1:オバマ大統領が就任直後に成立させた過去最大規模の景気対策「米国再生・再投資法(ARRA)」は、総額7,872億ドルのうち、900億ドルをクリーン・エネルギー分野の減税・投資に振り向ける内容で、大統領経済諮問委員会(CEA)は2012年までに約72万人相当の雇用の創出・維持をもたらすと試算していた。CEAは2010年4月に、ARRAの直接・間接の雇用押し上げ効果は2009年10~12月期7.2万人、2010年1~3月期10万人との試算を示したが、それ以降具体的な成果は公表されていない。
*2:議会予算局(CBO)は、財政の崖が全面的に実現した場合、2013年の実質GDP成長率は0.5%に落ち込む一方、給与税減税以外の減税措置が延長され、財政管理法による一律歳出削減が回避された場合には、実質GDP成長率は2.1%となり、雇用者数は130万人押し上げられる(中位推計)と試算している。