タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/10/1

ワシントンUPDATE 「APEC首脳会議におけるロシアと日本」

ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー


 ウラジオストクで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議。特筆すべき多国間協定は多くはなかったが、今後の成果につながる可能性は見られたのではないか。しかし、合意文書に署名することと、政策を実行に移すことは別の話である。首脳会議中に締結された政府間協定や商業協定について、今後粛々と具体的行動に移されることを期待する向きもあるだろうが、そう簡単に事が運ぶと考えるのは禁物だ。

 実際のところ、大規模な国際的首脳会議の場で重要な協定が締結され、閉会を迎えるようなことは稀である。真に重要な成果をあげるためには、膨大な準備過程や困難な交渉が求められる。加えて、牽引な推進力となるもの―例えば、主要国または深刻な危機が迫っている国のリーダーによる大きなコミットメントなど―が必要になることも多い。しかし、開催地であるルースキー島での会合開始に至るまで、こうした取り組みは見られなかった。

 とはいえ、今回のAPEC首脳会議は複数の理由で意義深いものであったといえる。まず、公式アジェンダの内容を見逃してはならないだろう。貿易およびイノベーションに関する進展は限定的であり、食糧安全保障やサプライチェーンに関する議論は技術的かつ官僚主義的な内容に終始したが、これほどの巨大かつ多様な集団―特にアジア太平洋のような、政治面、安全保障面での緊張がジワリと高まっている地域―において、一定レベルの合意が得られたという意味で価値がある。2015年までに、環境関連物品の関税を5%以下に引き下げるという合意は、控えめではあるが有益な合意だろう。

 2つ目に、あらゆる大型国際会合で見られるように、交渉は公式の首脳会議だけで行われているのではない。世界各国のリーダーの大集団が一堂に会せば、二国間、あるいはより小規模の集団内で、他の議題について話し合う機会も生まれる。今回の首脳会議会場であるルースキー島では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する協議や、中国-カナダ二国間投資協定の調印など、様々な活動が見られた。バラク・オバマ米大統領はノースカロライナ州シャーロットで開催された民主党全国大会のため首脳会議を欠席したものの、代わりにヒラリー・クリントン国務長官が複数の要人と二国間協議を行っている。

 最後に、そして最も興味深い点として、ロシアが、同地域、特に東アジアでの存在感と影響力を高めるために、APEC首脳会議議長・ホスト国としての立場を利用すべく尽力したことがあげられる。ロシア政府は、首脳会議の準備に約200億ドルを投じたが、そのうち10億ドルは、ルースキー島とウラジオストクを結ぶ世界最長の斜張橋建設に費やされた。興味深いことに、会合終了後の記者会見中、ある記者からこの巨額の支出がはたして適切だったのか説明を求められたウラジミール・プーチンロシア大統領は、(大部分がインフラに投じられた)今回の支出は、ウラジオストクを含む沿海地方に大きな長期的利益をもたらすだろうと答えた。

 しかし、首脳会議準備期間および開催中に見られたロシアの努力は、こうした支出に留まるものではなかった。これは、同国の外交優先事項について、長期的視点に立った変化が生じていることを反映しているのではないか。旧ソ連崩壊後の歴史の大部分において、ロシアのアジア政策は「無策の策」に近いものであった。ロシア政府高官らはアジアの重要性を繰り返し訴えていたものの、同地域での外交努力に時間も労力もほとんど割いてこなかったのだ―もちろん、対中国政策は例外であるが。これに対して、プーチン大統領は首脳会議において、アジア太平洋地域との貿易額が、ロシア貿易総額の24%に達していると発言した(対欧州貿易額は51%)。イーゴリ・シュワロフ第1副首相は、アジア太平洋地域との貿易額が今後5~10年間で対欧州貿易額を上回る可能性があると示唆している。エネルギー貿易分野の大規模な変動が起こらない限り、これは楽観的過ぎる見解かもしれないが、今後もアジアは、ロシアの輸出先として欧州のシェアを奪っていくものと思われる。

 こうした観点から見た場合、APEC首脳会議における最も重要な発表のひとつは、ガスプロム社と日本企業コンソーシアムとの間で交わされた、液化天然ガス(LNG)プラントおよびその他施設の建設に係る200億ドル規模の契約締結であろう。これが実現すれば、年間最大1,000万トンのロシア産ガスが日本その他アジア諸国に輸出されることになる。プーチン大統領及び野田首相が同契約に自ら署名し、同首相は年内にもロシアを訪問したいとの意向を示した。だが、日本がこの新プラントからLNGの供給を受けるまでには、まだ長い道のりがあることも事実である―なぜなら、ガス価格の合意には至っていないからだ。

 ロシアのLNG取引国や現在交渉中の国々が、これまでどのような経験をしてきたかを考えれば、これは決して小さな問題ではないだろう。現在、欧州規制当局は、露ガスプロム社に対して、EU規則に従いEU加盟各国に同一の価格でガスを供給するよう求めている。これまでガスプロム社は、各国と個別の秘密協定を結ぶことで価格統一化を回避しようと躍起になって取り組んできたという経緯があり、当然ロシアと欧州委員会の間でガス価格に関する対立が深まっている。また、中国との間で、天然ガス供給の枠組み合意に関する協議が続いているが、価格面で折り合いがつかず遅々として進んでいない。さらに言えば、多くのメディアがプーチン大統領と胡錦濤中国国家主席による二国間協議の友好的雰囲気を強調していたが、中国国営新華社通信の報道では、エネルギー協力にあたり胡錦濤国家主席が「継続的発展のためには、両国が互恵の原則を順守しなければならない、との期待を表明した」と伝えている―これは、中国政府からすれば現時点でロシアとの交渉内容は「互恵」ではない、ということを明確に示すものだ。

 ここで、ひとつの重要な問いが浮上する。エネルギー危機が続く日本の状況を考えた場合、日本政府・企業が、欧州や中国同様、価格に関する議論の場で強気でいられる余裕があるか、という点だ。野田政権は首脳会議後、2040年までに原発を段階的に廃止する計画を発表した。これは、日本の国内政治の状況を踏まえると頷けるものではあるが、ガスプロム社との交渉には決してプラスにはならない材料である。ただし、ガスプロム社が欧州でイライラを募らせていることや、同市場の今後の成長が限定的であることを考えると、日本とのプロジェクトを進めることにより前向きになっている可能性はある。

 LNGプラント計画が実現することになれば、北方領土(ロシアではクリル諸島として知られている)を巡る日露両政府の見解の相違は依然あるものの、両国の関係改善の一助となるだろう。プーチンはしばしば、両国の経済関係の改善が、北方領土議論の進展にもつながると示唆している。貿易規模の拡大および投資が、困難な領土問題に関する合意への道を拓くことにつながるのだろうか。予測は難しいが、それでもロシアの独立以来20年間、大きな進展が見られなかったことを考えれば、試してみる価値があるのは確かだ。

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