タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/11/11

アメリカNOW 第107号 オバマケアの躓きで問われる「異次元政府」のマネジメント力 ~「決められない政治」だけが米国の課題ではない~(安井明彦)

米国の医療制度改革(オバマケア)が大きく躓いている。2013年10月1日から受付が始まったオンラインの医療保険加入サイト(Healthcare.gov)に生じた大規模なシステム障害は、稼動から一ヶ月が経過した11月に入っても解消されなかった。急速な技術革新と政府の役割拡大の中で、政府をマネジメントする力の重要性が浮き彫りにされている。

「朝までにはオバマケア」
「朝までにはオバマケア…どうしてこんなに時間がかかるのだろう...ああ、もう我慢も限界に近づいてきた…」

11月7日に行われたカントリー音楽の年に一度の祭典、「カントリー・ミュージック・アウォード」で、司会を務めた人気歌手のキャリー・アンダーウッドとブラッド・ペイズリーが歌い出すと、会場は爆笑の渦に包まれた。全米にテレビ放映されたパフォーマンスは、オバマケアの躓きが、今や「お茶の間の話題」になっていることを象徴した出来事だ。

米国でオバマケアが大きく躓いている。無保険者削減の鍵となるオンラインの官製市場「エクスチェンジ」で、10月1日から始まった来年1月から適用される保険への加入受付が、ポータルサイトであるHealthcare.govのシステム障害で大混乱に陥った。「iPod政府」を標榜し、情報技術を駆使したユーザーフレンドリーな政府の実現をうたってきたオバマ政権の看板サイトは、立ち上げから一ヶ月が経過した11月に入っても、いまだに円滑に加入手続きをこなせない状況が続いている。オバマ政権は10月末までにHealthcare.govを通じて27万人以上の加入手続きを終える目標だったが*1、初日に加入できたのは全米でわずかに6人*2。当初は「予想以上のアクセス数」を混乱の理由としていたオバマ政権も、今では同サイトが立ち上げ時点で約200箇所の修正を必要とする状態だったことを認めている*3

噴出する障害
Healthcare.govでは、保険の加入手続きにかかわる3つの段階でそれぞれ問題が発生しており、複合的なシステム障害の様相を呈している*4

第一の障害は、加入手続きの「入り口」で起こった。Helathcare.govのユーザーは、まず自らに関する情報を入力して、サイト用のアカウントを作成しなければならない。この手続きが円滑に進まず、多数のユーザーが加入手続きを始められない状況に陥った。

第二に、アカウント作成という「入り口」を通過すると、今度は加入手続きが実際に行われる段階で、新たな障害が待ち受けている。この段階では、それぞれのユーザーが加入できる保険の種類や受けられる補助金の金額を導き出すために、入力された個人情報を連邦政府が持つ納税情報などと照合する作業が行われる。この照合作業に不具合が生じ、間違った選択肢が示される事態となっている。

第三の障害は、ユーザーが加入申請を終えた後の「出口」にある。サイト上の手続きが完了すると、ユーザーによる加入申請は、それぞれの保険を運営する保険会社に送られる。ここで正しい情報が伝達されず、保険会社の手続きが混乱している*5。受付開始直後には、ここまで手続きを進められるユーザーが少数だったために、保険会社は手作業による再チェックで対応できた。しかし、「入り口」付近の障害が解消するに連れて、保険会社が処理しなければならない申請の数は増える。手作業で対応し続けるのは不可能だ。

各段階での問題に加えて、新たに懸念が広がっているのが、個人情報のセキュリティである*6。これだけの障害が発覚している以上、セキュリティ管理の万全性が疑われるのは無理もない。ましてHealthcare.govは、稼動前に十分なセキュリティ体制のテストを行っていなかったことが明らかになっている。サイトにアクセスしたユーザーに、別のユーザーの個人情報が提供されてしまった事例も報告されているようだ。

このほか、データセンターの不具合によるサービスの停止や*7、掲載されている医師情報の不正確さなど*8、Healthcare.govのトラブルは枚挙に暇がない。オバマ政権は、「技術者の増派(tech surge)」によって、11月末までのトラブル解消を約束*9。2014年1月の国家経済会議(NEC)議長就任が決まっているザイエンツ元行政管理予算局(OMB)局長代行を責任者に起用し、対応を急いでいる。11月6日に上院財政委員会で証言を行ったシベリウス保健福祉省長官は、修復作業が満足できる段階に達していないことを認めており、その証言中にもサイトの動きが緩慢になる障害が確認されるなど、Healthcare.govは満身創痍の状態である*10

マネジメントよりも政治的な計算を優先
オバマケアを襲ったシステム障害で明らかになったのは、政府をマネジメントする力の重要性である。今回のシステム障害の原因は、二つの観点でのマネジメントに対する意識の低さにあると考えられるからだ。

第一は、政治的な計算との対比での、マネジメントの軽視である。オバマケアが政治的に論争的な改革であるがゆえに、Healthcare.govの立ち上げに向けた取り組みでは、マネジメントの観点からみた重要性よりも、政治的な計算が優先されてきた嫌いがある*11。たとえば、Helathcare.govの設計段階では、オバマ政権による仕様や関連規制の公表が遅れ気味だった。「エクスチェンジ」で販売できる医療保険の必要条件に関する規制などは、2012年11月の大統領選挙でオバマ大統領が再選されるまで、その公表が控えられている。こうした遅延は、オバマケアに対する批判材料を共和党に提供してしまう展開を、オバマ政権が恐れたことが理由だという。これが十分な作業時間を確保できない結果につながり、現場では準備不足への危機感が高まっていった。それにもかかわらず、公開日を延期するなどの対応が取られなかったのは、遅延による政治的な失点を恐れるオバマ政権に、現場の要請を聞き入れる雰囲気がなかったからだと指摘されている。

もちろん、オバマケアを巡る政治的な対立が、今回のシステム障害を悪化させた側面はある。本来「エクスチェンジ」では、各州がそれぞれ独自のサイトを立ち上げることが想定されていた。しかし、共和党の州知事をもつ州を中心に、独自のサイトの運営を拒否する州が相次ぎ、連邦政府は全米36州での加入手続きをこなせるだけのシステムを構築する必要に迫られた。また、立ち上げ準備を強化しようにも、議会共和党の反対で予算が増額できず、むしろ強制歳出削減などによって財源・人員不足が生じていた可能性もある。

もっとも、こうした党派対立を理由とした障害の発生は、ある程度は事前に予想できたはずである。オバマ政権は、議会共和党の反対を押し切り、民主党の賛成に頼ってオバマケアの採択を強行している。政治的な理由での障害が見込まれるからこそ、オバマ政権はマネジメント面での配慮を怠るべきではなかった。

難しい技術革新下のマネジメント
第二に指摘できるのは、急速な技術革新下におけるマネジメントの難しさが、必ずしも認識されていなかったことだ。

情報技術を中心とした急速な技術革新は、行政に大きな質的変化をもたらしている。「エクスチェンジ」にしても、かねてから官製市場のアイディア自体は存在していたが、技術革新が進んだことによって、初めてインターネットを利用した展開が可能になった。技術革新がなければ、加入者の個人情報を連邦政府の記録と照合し、各州ごとに適切な医療保険の選択肢を選び出す作業などは、とても進められなかった筈である。

その一方で、こうした行政の質的変化に対応するためには、マネジメントの面でも新たな発想が必要になる。動きの早い先進的な技術を取り入れるにあたっては、これまでの枠組みや慣例にとらわれず、外部の専門家にも協力を仰ぎながら、関連省庁を取りまとめる強力な司令塔を置く必要性が指摘されている。

この点で失敗したのが、Healthcare.govの立ち上げである。オバマ政権には、2010年にオバマケアが成立した直後から、「改革実行までの作業を統括するために、民間から専門家を登用するべきだ」とする忠告が届いていた*12。こうした声を受けて、サマーズNEC議長やオルザクOMB長官(いずれも当時)は、責任者の外部からの登用を働きかけたという。

しかし実際に作業の司令塔を担当したのは、保健福祉省傘下のCMS(Center for Medicare and Medicaid Services)だった。「法案成立までの政治プロセスをリードしたスタッフに、オバマケア実行の準備も任せるべきだ」というのが、オバマ大統領の判断だったといわれる*13。とはいえ、CMSに先進的な技術を用いた巨大プロジェクトを取りまとめるマネジメント力があったとは限らず、Healthcare.govの立ち上げ作業は、強力な司令塔がないままに進められていった。

マネジメントが行政の質的な変化に対応できないままに、Healthcare.govは公開の日を迎える。事前に十分なテストを行わずに巨大なシステムを一気に公開するなど、民間のベスト・プラクティスから程遠い工程がもたらしたのは、深刻なシステム障害だった。医療改革についてオバマ政権にアドバイスを行ってきたハーバード大学のカトラー教授は、法案の可決とその実行では「求められるスキルが違う」とした上で、「世界で最大規模のビジネスを立ち上げようとしていたのに、立ち上げどころか企業経営の経験がある人材すら携わっていなかった」と述べている。

「決められない政治」の先にある課題
米国にとって政府のマネジメントは、「決められない政治」の先にある重い課題である。技術革新による質的な変化だけでなく、政府の役割の拡大という量的な変化が同時に進行していることで、今までとは「異次元」の政府が生まれているからだ。

21世紀の米国では、技術革新による行政の質的な変化が、政府の役割の拡大という量的な変化と同時に進行している。まずテロ対策での政府の役割拡大をもたらす転機となったのが、2001年の同時多発テロである。諜報活動に代表されるように、こうした分野での政府の役割拡大は、技術革新に支えられて進んできた。話題になっている国家安全保障局(NSA)の盗聴疑惑についても、技術革新があったからこそ飛躍的に拡大してきた活動の結果である。続いて2000年代後半になると、今度は金融危機とオバマ政権の誕生によって、経済政策でも政府の役割が大きくなった。ここでも技術革新が大きな役割を果たしていることは、オバマケアの例で示されている通りである。

質・量の両面で「異次元」の存在となりつつある政府を機能させるには、行政をマネジメントする力がこれまで以上に重要になる。そこで求められる発想は、従来の延長線上にあるとは限らない。巨大な官僚組織である米国政府にとって、越えなければならないハードルは高い。

Healthcare.govのシステム障害は、いずれ解消に向かうであろう。しかし、政府の積極的な役割を重視するオバマ大統領にとって、今回のシステム障害で明らかになった「マネジメントの重要性」は、軽視できる論点ではない。たとえ「決められない政治」を切り抜けたとしても、その先には「政治が決めた政策のマネジメント」という重い課題が待ち受けているのが、今の米国の現実である。

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*1: Washington Post, Tracking the Progress of the Health Exchanges, October 26, 2013
*2: Robert Pear, Troubleshooter Reports Progress and Barriers in Bid to Repair Health Portal, New York Times, November 1, 2013
*3: 2013年11月6日の上院財政委員会におけるシベリウス保健福祉省長官の発言。実際には、”a couple of hundred”という表現。Sandhya Somashekhar, Sebelius Team Working on 200 Fixes to Obamacare Web Site, Washington Post, November 6, 2013
*4: 図示された資料として、Washington Post, What Went Wrong with HealthCare.gov, October 25, 2013、New York Times, How HealthCare.gov Was Supposed to Work and How It Didn't, October 25, 2013
*5: Sarah Kliff, Obamacare’s Most Important Number: 834, Washington Post, October 23, 2013
*6: Ricardo Alonso-Zaldivar, Health Website's Security Prompts Worries, Associated Press, November 6, 2013
*7: Sharon Begley and David Morgan, Data Center Glitch is Latest Problem in 'Obamacare' Rollout, Reuters, October 27, 2013
*8: Melinda Beck, Doctors Fault Provider Lists Exchanges Get From Insurers, Wall Street Journal, October 30, 2013
*9: Jason Millman, Tech ‘Surge’ to Repair Obamacare Websites, POLITICO, October 20, 2013
*10: Amy Schatz, Exchange Site Needs Hundreds of Fixes, Wall Street Journal, November 6, 2013
*11: Amy Goldstein and Juliet Eilperin, HealthCare.gov: How Political Fear was Pitted against Technical Needs, Washington Post, November 2, 2013
*12: Amy Goldstein and Juliet Eilperin, HealthCare.gov: How Political Fear was Pitted against Technical Needs, Washington Post, November 2, 2013
*13: こうした「身内」を重視した政権運営は、二期目の政権が陥りやすい落とし穴である。

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長