タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/12/16

アメリカNOW 第109号 「オバマケアは本当に「復旧」したのか ~時間切れとなる「廃止論」、終わらない「修正」~」(安井明彦)

  米国のオバマ政権が、オバマケアに関するシステム障害の復旧を宣言した。今後もオバマケアに関するトラブルは発生する可能性があるが、オバマケアの「廃止」を求める動きは時間切れになりそうだ。もちろん、オバマケアによって米国の医療改革が完成したわけではない。今後は改革内容の修正を探る動きが焦点となる。

ようやく「復旧」したウェブサイト

「12月1日のHelathCare.govは、(開設初日の)10月1日とは昼と夜ほどの違いがある」

 12月1日、オバマ政権のザイエンツ元行政管理予算局(OMB)局長代行は、こう胸を張った*1。10月1日に開設されたHealthCare.govは、オバマケアの核となるウェブサイトである。ザイエンツ氏は、同サイトが開設と共に大規模なシステム障害に陥ったことを受け、その復旧作業の責任者に任命されていた*2。「11月末までの復旧」を約束してきたオバマ政権は、ほぼ期限までに目標である「大多数のユーザーが満足に利用できる状態」を実現したと宣言している。
 
 たしかにHealthCare.govの稼働状況は、大きく改善している*3。12月1日にオバマ政権が発表した進捗報告書によれば、2ヶ月間で400箇所以上のバグが修復され、機材も大幅に増強された。この結果、11月初旬には40%強の時間帯しか稼動していなかったシステムが、90%を超える時間帯で利用可能になった。ページへのアクセスに要する時間も、8秒以上から1秒以下に短縮されている。

 「復旧後」の2日間(12月1~2日)だけで、HealthCare.govは 約2万9,000人の保険加入申請を受け付けたとされており、これは10月1日開設直後の一ヶ月間の合計を上回る件数である*4。一時は30%台に落ち込んだオバマ大統領の支持率も、HealthCare.govの「復旧」と歩調を合わせるように、12月前半は回復基調に転じている。
 
 もっとも、絶賛するのは行き過ぎである。HealthCare.govの復旧が進んでいるのは事実だが、民間の商業用サイトなどと比べれば、満足できる稼働状況からは程遠い。たとえば、「90%を超える時間帯での稼動」は、メインテナンスのために事前に予定されたシステム・ダウンの時間を除いた上での数値である。これがインターネット通販最大手のアマゾン社のウェブサイトであれば、間違いなく「大規模なシステム障害」に分類されているだろう。
 
 今回の復旧作業を通じて改めて鮮明になったのは、システム障害を招いたマネジメント面での問題の深刻さだ。オバマケアの成立は、2010年3月に遡る。HealthCare.govの開設までには、3年以上の準備期間があった。わずか2ヶ月で大規模なシステム障害から復旧できるのであれば、万全の状態で開設を迎えるだけの作業時間は確保できたはずだ。それでも障害を防げなかったマネジメントの不備は、「復旧後」の米国の報道でも引き続き取り上げられている*5。オバマ大統領自身も「政府がこうしたプロジェクトが不得意であることは知っていたのだから、従来の型を破るようなことを確実に行っておくべきだったのかもしれない」と語っている*6。前述のオバマ政権による進捗報告書が、「(復旧担当は)民間のような速度で活動している」と自賛しているのも、意識せずに「官」の非力さを自認してしまった結果として受け止められている。

 政府の有用性を強調するオバマ政権だからこそ、政府のマネジメントへの気配りは、決して軽視できない課題である*7。既に米国では、「オバマケアのウェブサイトも満足に準備できないのに、移民改革で必要になる不法移民対策のシステムが運用できるのか」などと、他の政策課題への波及を論ずる向きがある*8。HealthCare.govの準備作業を管轄した保健福祉省では、システム障害に至ったマネジメントの問題点を再検証する方針だ*9。こうした地道な作業を積み重ねていけるかどうかが、オバマ政権の足腰の強さを決めることになる。

トラブルの可能性は残る

 HealthCare.govの「復旧」を宣言したオバマ政権だが、オバマケアは今後もトラブルに見舞われる可能性が指摘できる。三つの点を取り上げたい。

 第一に、実はHealthCare.govは、その一部が復旧したに過ぎない。今回の復旧作業では、ユーザーがアクセスする「入口」部分の復旧が優先された。しかし、加入手続きを終えたユーザーの情報が保険会社などに送られる「出口」部分の障害は、いぜんとして復旧作業が遅れている。12月初旬のオバマ政権の発表によれば、たとえユーザー側の加入手続きが完了しても、その約1割は正しい情報が保険会社に送られておらず、加入者情報が全く保険会社に送られていない事例や、同一人物から複数の加入者情報が送られている事例などが報告されている*10。10~11月に行われた手続きについては、その四分の一程度で正しい情報が伝達されていなかった模様であり、保健福祉省では手作業で情報の再確認を進めているようだ*11。年末までに3万件以上の加入者情報の再確認が必要といわれており、このままだと、2014年1月1日に実際の保険の適用が始まった際に、加入したはずの保険への手続きが正しく終わっていない事例が続出しかねない*12

 また、HealthCare.govの「出口」の問題は、伝達される加入者情報の正確さに限らない可能性がある。システム障害が論点となった11月19日の議会公聴会でオバマ政権は、保険会社に加入者分の補助金を支払うシステムなど、その他の「出口」の構築が終わっておらず、HealthCare.govのシステム全体では40%が未完成だと証言していた*13。システム障害が顕在化する前から、「出口」については構築作業自体が後回しにされていた模様であり、支障なく2014年1月1日の本格稼動を迎えられるかどうかは未知数だ。

 第二に、医療保険の内容の問題である。HealthCare.govが入り口となる官製市場「エクスチェンジ」では、公的保険や勤務先の企業が提供する保険に加入できない国民に、個人で加入できる保険が提供されている。実際の保険の適用が開始されるのは2014年1月1日からだが、その保険の内容についての不満が噴出する可能性がある。保険会社が保険料を抑えるために、利用できる医者の範囲を制限したり、保険が適用されない免責額を高めに設定している場合があるからだ。HealthCare.govの混乱が続く中、加入者がこうした詳細な情報を理解するのは容易ではなく、実際に保険を使い始める時点になった時点で初めて、使い勝手の悪さや負担の重さに気がつく可能性がある。オバマ大統領は、オバマケアが実現しても「かかりつけの医者を変える必要はない」と繰り返し述べてきた。既に報道されているように、オバマ大統領については、「今の保険に入り続けることができる」という公約が正しくなかったことが明らかになっている。医療保険の内容でも、同様の公約違反を問われかねない情勢だ。

 第三の論点は、保険加入者の内訳である。比較的若い健康な人々の加入が、エクスチェンジを通じて販売される個人保険の成否を左右する。高齢で健康上のリスクが高い加入者が多くなると、保険会社は保険料を引き上げざるを得なくなる。そうなれば、金銭上の理由で保険に加入できない人が増えたり、政府の補助金負担が増加してしまう。しかし、若く健康な人々は、そもそも医療保険に加入する必要性を感じにくい。むしろ、保険料が上昇すれば、ますます医療保険を敬遠しかねないのが現実だ。こうした悪循環(「死のスパイラル」)の回避こそが、エクスチェンジが乗り越えなくてはならない最大の関門だといわれている。オバマ政権は、エクスチェンジが成功するためには、18~35歳の加入者が全体の約40%を占める必要があるとみているようだ*14

 不安材料はある。現時点では、HealthCare.govを通じた全米規模での加入者の内訳は、明らかにされていない。しかし州独自のシステムを稼動させているカリフォルニア州では、10月中に加入を申し込んだ約3万人のうち、18~34歳の割合は23%にとどまっている*15。それでなくてもHealthCare.govのシステム障害は、保険加入の必要性を感じていない人々の出足を鈍らせた可能性がある。HealthCare.govのシステム障害を受けた世論調査でも、オバマ大統領に対する若年層の支持率が低下しており、若年層の無保険者で「医療保険に加入する」と回答した割合も29%と低水準である*16

 もっとも、オバマケアには、「死のスパイラル」を防止して新保険への円滑な移行を実現するために、リスクの高い加入者の割合が大きい場合に備えた移行措置が用意されている。高額医療者の医療費を賄う再保険制度や、保険会社の負担が一定の範囲を上回った場合に補填する仕組み、さらには、リスクの高い加入者が特定の保険会社に集中した場合に、その負担を同一州内の保険会社間で分担する仕組みである*17。若い健康な人々の保険加入の出足の遅さについても、ある程度は事前に見込まれていたことであり、実際に「死のスパイラル」に陥るかどうかは、引き続き見極めが必要だろう。

「オバマケア廃止論」は時間切れに

 先々もトラブルの発生が予想されるオバマケアだが、オバマ大統領にとっての朗報は、オバマケアが廃止される可能性が大きく低下してきたことだ。

 ティー・パーティー系の勢力などがオバマケアの廃止を実現するためには、2013年が最後の山場だった。2014年1月1日になると、オバマケアが本格稼動するからだ。2014年1月1日には、エクスチェンジで販売される個人保険の適用が始まるだけでなく、州政府が管轄するメディケイド(低所得者向け公的医療保険)の加入者も大幅に拡大される。本格稼動前であれば、廃止派は「オバマケアの問題点」だけを強調すれば良かった。しかし、本格稼動後のオバマケア廃止論は、既にオバマケアによって新たに保険を利用し始めた人から、保険を取り上げることを意味する。政治的な難易度は飛躍的に高くなる。

 言い換えれば、「オバマケア廃止論」は、時間切れに追い込まれつつある。オバマ政権は、僅差でリードしたまま自陣でボールを回して終了時間まで時間を稼ごうとするスポーツ選手のように、何とか2014年1月1日の本格稼動に漕ぎ着けようとしている。いくらシステム障害で傷だらけになったとしても、本格稼動までの時間をやり過ごすことができさえすれば、オバマケアは廃止論に対して圧倒的な優位に立てる。

 もちろん、これで米国の医療改革が完了するわけではない。「オバマケア廃止論」が現実味を失った後の米国では、「次の医療改革」が課題になる。米国の医療改革は、国民皆保険制の実現と医療費の抑制という、少なくとも財政的には相反する目標を掲げた壮大な取り組みである。財政的に両者を両立させると同時に、医療サービスの質という点でも国民を納得させるような改革の道筋は、いまだに模索段階にある。前述のように、オバマケアでは、医療保険の内容に関する不満が噴出する可能性がある。これは、1990年代に民間保険会社が同様の手法で医療費の抑制を試みた際に、利用者から厳しい批判を受けたのと同じ構図である。

 オバマケアは、医療改革の通過点に過ぎない。たとえ「復旧」したとしても、継続的に「修正」されていくのが、オバマケアの宿命である。

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*1: Brett Norman and Jennifer Haberkorn, W.H.: Obamacare Site Now Works for 'Vast Majority', POLITICO, December 1, 2013
*2: 安井明彦、オバマケアの躓きで問われる「異次元政府」のマネジメント力 〜「決められない政治」だけが米国の課題ではない〜、アメリカNOW第107号、2013年11月11日
*3: Department of Health and Human Services, HealthCare.gov Progress and Performance Report, December 1, 2013
*4: Carrie Budoff Brown, Source: Enrollment surge on HealthCare.gov, POLITICO, December 4, 2013
*5: たとえば、Gautham Nagesh, Health Website Problems weren't Flagged in Time, Wall Street Journal, December 2, 2013
*6: Gautham Nagesh, Health Website Problems weren't Flagged in Time, Wall Street Journal, December 2, 2013
*7: 安井明彦、問われるオバマ大統領のマネジメント力~「大きくなった政府」を持て余す米国~、金融財政ビジネス、2013年12月5日
*8: Byron York, Did Obamacare's Tech Problems Doom Immigration Reform?, Washington Examiner, December 2, 2013
*9: Kathleen Sebelius, Building On Our Progress and Moving Forward: Three Initial Steps, U.S. Department of Health & Human Services, December 11, 2013
*10: Sarah Kliff, HealthCare.gov Still Screws Up 10 Percent of Enrollments, Washington Post, December 6, 2013
*11: Jonathan Easley, HHS ‘Hand-Matching' Applications: Sebelius, The Hill, December 11, 2013
*12: HealthCare.govの「出口」では、メディケイドへの加入資格があると判定されたユーザーの情報を州政府に送るシステムでも障害が発生している。Sarah Kliff, HealthCare.gov is Having Trouble Signing People Up for Medicaid, Washington Post, December 4, 2013
*13: Sandhya Somashekhar, Up to 40 Percent of Obamacare’s ‘Back Office’ Functions Yet to be Built, Tech Chief Says, Washington Post, November 19, 2013
*14: Ezra Klein and Sarah Kliff, Obama’s Last Campaign: Inside the White House Plan to Sell Obamacare, Washington Post, July 17, 2013
*15: Chad Terhune, California Enrolls 80,000 in Health Plans; Older People Lead the Way, Los Angels Times, November 23, 2013
*16: Sheryl Gay Stolberg, Poll Finds Young People Souring on Health Law and Obama, New York Times, December 4, 2013
*17: Ross Winkelman, Julie Peper, Patrick Holland, Syed Mehmud and James Woolman, Analysis of HHS Final Rules on Reinsurance, Risk Corridors and Risk Adjustment, State Health Reform Assistance Network, April 2012

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長