タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/4/1

インターネットとアメリカ政治「オープンインターネット:アクセス条件決定で交渉力を増す大手ISP」(藤野 克)

1 FCC委員長の声明1
2014年2月19日、米国連邦通信委員会(FCC)のトム・ウィーラー委員長は、声明を発し、新しいオープンインターネット(ネットワーク中立性)規則の提案に向けたステップを開始すると発表した2

オープンインターネット規則は、ブロードバンドインターネット接続事業者(ISP)が恣意的にネット上の情報流通を阻害しないように規制しようというものだ。ウィーラー委員長がこれを新たに制定しようというのは、FCCが2010年12月に一旦は制定したオープンインターネット規則3(以下「旧規則」という。)の多くの部分が2014年1月14日のコロンビア特別区巡回裁判区控訴裁判所の判決4で無効とされたことを受けたものだ。

この判決は、FCC規則の効力には打撃を与えるものだったが、他方で、議論のあったFCCのブロードバンド展開に向けた規制権限については、FCCの主張どおり、1996年電気通信法第706条の規定を根拠にこれを肯定するものであった5から、ウィーラー委員長はこれを歓迎、この法規定を主な根拠とし、判決の意見に沿った形で新規則の策定に乗り出すことを打ち出したのであった。

2 新オープンインターネット規則の構想
ウィーラー委員長の声明では、新規則を次の3つの内容を持つものとするとしている6

その第一は、旧規則にある透明性ルールの執行と高度化である。透明性ルールは、ネットワーク管理の運用、パフォーマンスの特徴及びサービス提供条件について、プロバイダに開示を義務づけるもので、今般の判決では無効化を免れている。ウィーラー委員長は、このルールを一層効果的なものとする方策を検討すべきだとしている。旧規則において、本ルールの目的のひとつが、ネットワーク上のコンテント、アプリケーション、サービスや端末を提供する事業者(エッジプロバイダ)が製品やサービスを開発・維持したり新プロジェクトに乗り出すリスクや便益を評価したりするのに必要な技術的情報をエッジプロバイダに供給することにあるということをウィーラー委員長は、強調している。

新規則に盛り込むとしているものの第二は、旧規則にあるブロック禁止ルールの目的の補充である。ブロック禁止ルールは、一定のインターネットのトラヒックや端末の接続について、ISPがブロックすることを禁止する規定であったが、今般の判決で無効化されてしまった。ウィーラー委員長は、判決の意見と一貫するような形で、エッジプロバイダの消費者への到達が不公正にブロックされないことを如何に確保するかを検討するとした。

新規則に盛り込むとしているものの第三は、旧規則にある差別的取扱い禁止ルールの目的の補充である。このルールは、合法的なネットワークトラヒックの伝送において、非合理的な差別的取扱いを禁じるもので、固定サービス事業者のみに適用されるものだった。これもやはり、今般の判決で無効化されてしまったのだが、ウィーラー委員長は、根拠法の適用についてよく検討した上で、?エッジプロバイダ等に予見可能性を与えるような、執行可能な法的基準の設定、?その基準に適合するかどうかについての事例毎の評価、?問題視すべき疑念のあるブロードバンドプロバイダの主な行動の特定について検討していくとしている。

3 ネットフリックスの台頭
このように、FCCが目指すオープンインターネット規則の方向性がある程度明らかになりつつある中で、実際にそれが実地にどのように適用されるかについて注目が集まってきている。

これに関して2014年に入ってにわかに注視されるようになっているのは、ネットフリックスのネット接続を巡る動きだ。

ネットフリックスは、1998年4月以来、オンラインで注文を受け付けるDVD配送レンタルサービスを提供7し成長してきた企業で、2007年1月にはインターネットを経由して提供する映像ストリーミングサービスを始め8、更に急成長を遂げてきた。

ネットフリックスのストリーミングサービスは、新作コンテントの発表媒体としてもケーブルテレビともう十分以上に競合する存在となっている。2014年2月、ネットフリックスは、ルーカスフィルムの「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」の第6シーズンに相当する新作を3月に米国とカナダで独占的に配信すると発表した9が、この作品は、ケーブルテレビの人気番組カートゥーン ネットワークが2008年以来5シーズンに亘って放送したものだった。

ネットに流通する情報量においても、ネットフリックスの存在は圧倒的なものになってきた。カナダに本拠を置くサンドバイン社の調査によれば、2013年後半には、北アメリカでピーク時にインターネット(固定網)を流通する情報に係るアプリケーションとして、2位のユーチューブ(16.78パーセント)を大きく離し、ネットフリックスが首位を独走している(28.18パーセント)10。同社が扱う映像コンテントの膨大な流通がネットの伝送容量の多くを占めることで、ネットの設備投資も招来することになっていることは想像に難くない。

こういった事態は、ネットを管理する大手ISPとネットフリックスのようなエッジプロバイダの各々にとってどういう意味を持つだろうか。

先ず、大手ISPにとっては、大量のトラヒックを生むエッジプロパイダは時にフラストレーションの種になっている。一般的に、エッジプロバイダは、こういった大手ISPの直接の顧客になるとは限らない。他のISPを介して大手ISPのネットへのアクセスを得ていることが多い。そうすると、大手ISPからすれば、その投資コストを、そのコストの大きな発生源と見られるエッジプロパイダから直接回収することができないということになる。

そうかと言って、大手ISPでは、パケットの流入元である隣接ISPから容易にコストが回収できるわけではない。何故ならば、互いのネット間を往来する伝送量がほぼ同等であると見られるISP間では、多くピアリング契約が締結され、互いにアクセス料の支払いを行わないからだ。

かつて、SBC(現在のAT&T)のエドワード・ウィテカー会長が、自分たちの投資した基盤を、グーグル、ヤフー、ボナージュなり誰であっても、無料で使えると思っているのなら馬鹿げていると発言したと報じられ11、物議を呼んだことがあったが、これもこういったフラストレーションの表れであっただろう。

他方で、エッジプロバイダ側の立場に立てば、ネット費用の負担は、他の利用者と同様に、直接接続しているISPに対してアクセス料金の支払いという形で行っているという認識だろう。
ネットで伝送速度が十分に安定して確保されていることは、エッジプロバイダの事業基盤の存立に必須なのだが、こういったネット環境を管理しているのは、自身ではなく、ISPだ。ブロードバンドISP市場は寡占状態にあるので、大手ISPでは伝送速度の確保に熱心にならないかも知れない。しかも、大手ISPは、しばしば、自身でケーブルテレビなどのコンテント配信事業も手掛けているから、自らのその事業を重視した場合には、競合相手となるエッジプロバイダに対してネットアクセスに関し好意的に振る舞う必要はないと考えるかも知れない。

4 ネットフリックスとコムキャストの合意
ネットフリックスでは、2012年11月以来、毎月、ISP速度表示結果12をISPネットワーク毎に(例えば、ベライゾンはFTTHのファイオスとDSLとで別表示。)公表し、これをオンライン上でグラフ表示している13。これを見ると、例えば、速度を上げて2014年1月には2.92Mbpsの伝送速度を出しているISPもいれば、1Mbps程度にとどまっているISPもいるといったことも分かる。そこを利用者に対して可視化することで、ネットフリックスでは、ISPに伝送速度における競争圧力をかけようとしているわけだ。

ただ、こういった牽制策は、大手ISPには十分効を奏したわけではなかったのかも知れない。

このネットフリックスの公表データによれば、ケーブルテレビ会社で大手ISPのコムキャストについては、平均伝送速度が2012年11月時点では2.17Mbpsあり、その後も2013年10月までは2Mbps台を概ね維持してきていたようだ。ところが、その後値は目に見えて下がり始め、2014年1月には1.51Mbpsにまで値が落ちてきた。ネットフリックス側では、そのビジネスの継続のために対応策を講じる必要が出てきた。

2月23日、ネットフリックスとコムキャストは、両社間の新しい「相互接続協定」について共同で報道発表を行った14。両社では、何か月もの間共同作業を行ってきた結果、コムキャストのネットワークとネットフリックスとの間で「より直接的な接続」を設定する複数年契約(内容は非公表。)を締結することとしたとしている。ネットフリックスは、報道によれば15、それまで、コージェントコミュニケーションズというISPのネットワークを介しコムキャストのネットワークと接続していたようだが、今後はより直接的な接続をコムキャストのネットワークに対して行うということになる。ネットフリックスは、以後は、アクセス料金をコージェントに対してではなく、コムキャストに対して直接支払うことになるのだろう。

この契約について発表された内容は、これ自体、コムキャストが恣意的にネットフリックスからのパケットをブロックしたり、同社を他の顧客と比べて差別的に取り扱ったりすることを意味するわけではない。発表の中では、その逆に、ネットフリックスが優遇的な取り扱いを受けるわけでもないことが触れられている。従って、本契約についての発表内容は、FCC委員長の目指す新規則に直ちに抵触するものではないようだ。
だが、それでも、この発表は米国のメディアから注目を浴びるものとなった16。それは、これが、ISPとエッジプロバイダとの間の関係に変化が起こってきている兆候かも知れないからだ。

5 パワーシフトの可能性
ネットフリックスとコムキャストの合意が発表された翌日、CNBCの番組「スクォークオンザストリート」に出演したベル系の大手ISPベライゾンのローウェル・マッカダム会長・CEOは、インタビューに答え、この合意の報道に言及して、これをいいものだと評しつつ、ベライゾンでもネットフリックスとの間で1年程にわたり交渉を行っていることを認めた17

ネットフリックスのような大手エッジプロバイダは、インターネットにおける伝送容量の確保のために、大手ISPが伝送容量と引き換えに直接費用支払いを求める動きに応じざるを得なくなっている可能性がある。ここに、エッジプロバイダとISPとの間の力関係に変化が起きている可能性がある18

ネットフリックスの負担金額が今般の合意でどのように変わったのかは、合意内容が公表されないためにわからない。ネットフリックスがコージェントに支払ってきた額も分からないし、今般の合意でコムキャストに対して支払う額も明らかにされていない。ただ、大手エッジプロバイダとの契約関係に立つことに成功した大手ISPは、ネット投資コストの負担を大手エッジプロバイダに対して求める上で、従前よりも強い交渉力を手にしたように見える。

この動きについて、大手ISPは、ネットワーク投資の費用調達にいい効果があると見るかも知れない。そしてそれは、更なる投資と伝送容量の拡張に結びつくのだから、エッジプロバイダにとっても利益になるという見方もあるだろう。

しかし、他方で、米国のブロードバンドアクセス市場は寡占であるから、その寡占性が映像配信サービス市場における競争条件に影響を与えつつあるのではないかと懸念を持つ議論がある。エッジプロバイダ側は、大手ISPの提案するアクセス条件で少々不満があっても、その条件を飲む以外に選択肢がないかも知れない。その上、ISP側では、自ら競合サービスを提供している場合、エッジプロバイダのサービスをネットから排除する誘因が働くかも知れない。

ネットフリックスでは、旧規則のルールを「ネット中立性の伝統的形態」、或いは「弱いネット中立性」と呼び、オープンで競争的なインターネットを守るためには、より強力なネット中立性が求められるという議論を始めている19。ISPは、(追加)料金なしで十分なアクセスを提供すべきだというのである。

冒頭に紹介したFCCにおける新しいオープンインターネット規則策定の動きは、このような中で、間もなく、具体的な段階に入ってくる。FCCでは、新しい規則案を発表し、意見募集を始めるだろう。これまでも繰り返されてきたオープンインターネット政策の在り方を巡る議論が本格的に再開される。

今度の議論の中では、市場の新しい動向をどう評価するかについても激しいやりとりが行われるだろう。その議論の帰趨が、今後のインターネットアクセスの在り方を規定していくことになる。

*文中の意見は、筆者個人の見解である。




1 ここで言及している2010年12月のオープンインターネット規則の策定に到る経過及びベライゾンコミュニケーションによる訴訟の提起に関しては、藤野克「第7章 スマートフォン、ビデオ配信をオープンに!」『インターネットに自由はあるか 米国ICT政策からの警鐘』中央経済社(平成24年)を、同訴訟の2014年1月の判決に関しては、同「振出しに戻る『オープンインターネット』論争 FCC新委員長は敗訴にどう対応するか」『テレコミュニケーション』2014年3月号を参照されたい。
2 Statement by FCC Chairman Tom Wheeler on the FCC’s Open Internet Rules (February 19, 2014)
3 FCC, Report and Order (FCC 10-201) (Adopted: December 21, 2010; Released: December 23, 2010)
4 United States Court of Appeals, District of Columbia Circuit, Verizon, Appellant v. Federal Communications Commission, Appellee, Independent Telephone & Telecommunications Alliance, et al., Intervenors., No. 11-1355 (Argued September 9, 2013; Decided January 14, 2014)
5 Ibid. II. A, B.
6 ウィーラー委員長は、1996年電気通信法第706条の規定を根拠とすることを前提に述べているが、同時に、判決を受けて、ISPへの規制権限のより包括的な法的根拠となり得る通信法タイトル2の利用も留保する旨を述べている。また、旧規則の大部分の失効後、大手ISPが旧規則のセーフガードを尊重し続けるとしていることを正当で責任のあることだと指摘、新ルールの施行までの間は、このコミットメントがオープンインターネットを確保するものとなるだろうとしている。
7 Netflix, “First Online DVD Rental Store Opens - NetFlix.com Site Offers Unprecedented Title Selection, Availability And Convenience” (Press Release) (April 14, 1998)
8 Netflix, “Netflix Offers Subscribers the Option of Instantly Watching Movies on Their PCs - New Feature Will Be Included in Subscribers' Monthly Membership at No Extra Charge and Will Have a Phased Roll-Out Over Next Six Months” (Press Release) (January 16, 2007)
9 Netflix, “The Force is with Netflix - Final Season of Lucasfilm’s Star Wars: The Clone Wars The Lost Missions premiered Only on Netflix in U.S. and Canada On March 7th” (Press Release) (February 13, 2014)
10 Sandvine, Global Internet Phenomena Report 2H 2013 (November 8, 2013), p.6
11 “At SBC, It's All About ‘Scale and Scope’", BusinessWeek (November 7, 2005)
12 ISP Speed Index Results
13 Ex. Joris Evers “Netflix ISP Speed Index Expanded”, Netflix US & Canada Blog (March 10, 2014)
14 Netflix, “Comcast and Netflix Team Up to Provide Customers Excellent User Experience” (Press Release) (February 23, 2014)
15 Ex. Shalini Ramachandran, “Netflix to Pay Comcast for Smoother Streaming - Deal Ends Standoff, Might Serve as Precedent for Relations With Other Broadband Suppliers”, The Wall Street Journal (February 23, 2014)
16 Ex. Shalini Ramachandran, “Netflix to Pay Comcast for Smoother Streaming - Deal Ends Standoff, Might Serve as Precedent for Relations With Other Broadband Suppliers”, The Wall Street Journal (February 23, 2014); Timothy B. Lee, “Comcast’s deal with Netflix makes network neutrality obsolete”, The Washington Post (February 23, 2014); Jon Brodkin, “Netflix is paying Comcast for direct connection to network - Paid peering agreement will improve Netflix quality for Comcast subscribers.”, ars technica (February 24, 2014)
17 Cf. Jeff Morganteen, “Verizon CEO: We expect a deal with Netflix”, CNBC.com (February 24, 2014)
18 伝送速度の確保のためISPとの直接的接続が必要となることはネットフリックスでも見越していたようで、同社は既に、その接続を互いに無料で行う枠組(オープンコネクト)を構築、提案していた(Netflix, “Netflix ‘Open Connect’ Delivery Network Gains Widespread Global Acceptance - Cablevision Most Recent Major Provider to Join Open Connect” (Press Release) (January 8, 2013)。同社では、これに応じたISPもあることを公表しているが、しかし、今般の合意に向けて、コムキャスト側は、ネットフリックス側に対し、明らかにこれとは異なる条件での接続を求めてきたことになる。
19 Reed Hastings, “Internet Tolls And The Case For Strong Net Neutrality”, Netflix US & Canada Blog (March 20, 2014)

■藤野 克:前在アメリカ合衆国日本大使館参事官