タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/5/13

アメリカ経済を考える「格差問題に関する米国の論点(3)~「モビリティ」格差と地域の環境~」(安井明彦)

 これまでの拙稿では、世代間のモビリティ(ある所得階層に属する家庭に生まれた子供が、大人になる過程で異なる階層に移動する可能性)の度合いについて、歴史的な変化(Chetty et al(2014a))*1や、米国内の地域間格差(Chetty et al(2014b))*2についての研究成果を紹介してきた*3。第3回となる本稿では、引き続き地域間のモビリティ格差についての研究成果を取り上げ、その中でもモビリティとそれぞれの地域の特徴との関係に関する部分に焦点をあてる。

モビリティの高い地域の特徴は何か

 Chetty et al(2014b)では、米国における世代間のモビリティには、地域によって大きな格差が存在することが示された。米国では、同じ所得階層の家庭に生まれた子供でも、育った地域の違いによって、大人になる過程で上位の階層に移動できる可能性には大きな違いが存在する。

 当然そこで生ずるのは、「地域間でモビリティの格差をもたらす要因は何か」という疑問である。モビリティの高低を左右する要素が明らかになれば、モビリティを高めるための政策対応を考案する手がかりになる可能性がある。

 こうした疑問を解く手がかりを探ったのが、Chetty et al(2014b)の後半部分である。ここでは、先行研究などで格差やモビリティを左右する要因と指摘されてきたいくつかの要素について、各地域のモビリティの水準との相関関係が試算されている。モビリティの高い地域が有する特徴を明らかにすることが狙いである。

モビリティと相関関係が強い5つの要素

 Chetty et al(2014b)では、モビリティの高低と相関関係が強い要素が5つ特定されている。住居の隔離性(residential segregation)、所得格差(income inequality)、初等教育(primary school)、社会資本(social capital)、そして、家族の安定性(family stability)である。

 住居の隔離性は、人種や所得の面で同じ性格をもつ家計が、地域内で集積・孤立して生活している度合いを示す。隔離性が強い場合、たとえば社会的な弱者が集まる地域において、生活環境の悪化や周囲にモデルとなる成功例が少ないこと、さらには、近隣の就業機会不足などによる悪影響が発生しやすい。Chetty et al(2014b)による調査でも、人種・所得に関する隔離性の強さは、上方へのモビリティの低さとの相関関係が強かった。同時に、近隣における就業機会の不足が示唆される通勤時間の長さについても、モビリティの低さとの相関関係の強さが確認されている。

 所得に関する試算では、地域の所得水準(income level)については、モビリティとの相関関係はそれほど強くなかった。むしろ相関関係が強かったのは、親の世代における所得格差である。この点に関しては、所得格差が大きい地域において、モビリティが低くなる傾向が見られた*4

 初等教育については、テストの成績などにみられる「成果ベース」の指標と、モビリティとの相関関係が強かった。一方で、初等教育に関する公的支出の規模や、一クラス辺りの人数といった「投入ベース」の指標では、モビリティとの相関関係は弱い。また、高等教育に関しても、地域の学費の水準などから見た「入学機会の容易さ」で測る限り、モビリティとの相関関係は強くなかった。

 社会資本では、投票率や地域のコミュニティ活動への参加率が高い地域や、宗教活動に熱心な住民が多い地域で、モビリティが高い傾向が見られた。家族の安定性については、一人親の子供や離婚を経験した親が多い地域で、モビリティが低い傾向が確認されている。

 このほかにもChetty et al(2014b)では、モビリティとの相関関係の弱さが確認されている要素もある。たとえば労働市場の構造(labor market structure)である。米国では、「中間層を作り上げた産業」として、製造業の重要性が指摘されることが多い。しかしChetty et al(2014b)の試算では、地域における製造業の雇用者数は、モビリティとの相関関係が弱かった。また、中国からの輸入品との競合関係や、地域における外国人生まれの比率等、グローバリゼーションと関連する要素も、モビリティとの相関関係は弱かった。

地域社会の重要性と過大評価されている「1%」

 Chetty et al(2014b)の結果からは、今後の政策対応のヒントとなるような、二つの興味深い示唆が得られる。

 第一は、モビリティにおける地域環境の重要性である。既に述べたように、地域の所得水準はモビリティとの相関関係が弱いが、所得面での隔離性は相関関係が強い。すなわち、同じ所得に関する指標でも、地域全体で図った指標(所得水準)ではなく、より暮らしに近い所得の状況(隔離性)に、モビリティとの相関関係は左右されている。このことは、地域の居住環境とモビリティとの関連の強さを示唆している。

 似たような傾向は、人種についても確認されている。具体的には、同じ白人で比べても、人種的な隔離性が強い地域に育った場合には、モビリティが低くなる傾向が示唆されている。モビリティの観点では、個人の属性もさることながら、育った地域の性格や環境が大きな意味合いを持っているようだ。

 第二は、富裕層の存在感とモビリティとの相関関係の弱さである。Chetty et al(2014b)によれば、地域における上位1%の富裕層による所得の大きさは、モビリティの高低との相関関係がそれほど強くない。むしろモビリティが低い地域は、下位99%の中での格差の度合いが大きかったり、中間層の存在感が低い傾向がみられた。隔離性に関しても、モビリティとの相関関係が強いのは、富裕層の隔離度合いではなく、貧困層の隔離度合いであった。米国では、Occupy Wall Street運動にもあるように、所得が極めて高い超富裕層の存在が問題視される場合が少なくない。しかし、モビリティとの関連という点では、富裕層の役回りは不透明である。

今後も進展が期待されるモビリティに関する研究

 Chetty et al(2014b)には限界もある。ここで試算されているのは、モビリティと地域の特徴との相関関係であり因果関係ではない。言い換えれば、ある要素とモビリティとの相関関係が強いとしても、その要素がモビリティの高低を決めるとまでは言い切れない。この点に関してChetty et al(2014b)は、地域間のモビリティ格差について、ある特徴をもつ人々が集積した結果なのか、それとも、それぞれの地域が持つ特徴によるものなのかを見極めることを、今後の研究課題として指摘している。

 以上、大量のデータを使って行われたモビリティに関する研究成果を、3回にわたって紹介してきた。超党派の問題意識があるモビリティの問題は、今後の政策論争の主要なテーマのひとつになると予想される。それだけに学問の側からの関心も高く、さらなる研究の進展が期待できそうだ。

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■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部長