タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/10/24

アメリカNOW第119号 2014年ハワイ州選出 連邦上院選挙:民主党予備選挙 現地報告(渡辺将人)

2014年ハワイ州の連邦上院選挙の予備選は歴史的な選挙となった。第1に、ハワイ政治を長く支えてきたイノウエ元連邦上院議員が「遺言」として望んだ候補が敗北したことだ。2012年にアバクロンビー知事がイノウエの意向を無視して、腹心のブライアン・シャーツを連邦上院議員に就任させた行為は、ハワイ民主党に激震を走らせたが、所詮は「知事の個人的な反乱」との見方が支配的だった。2014年の中間選挙まで待てば、ハナブサが議席を奪うと楽観視されていた。しかし、蓋を開けると有権者が選んだのも、シャーツだったのだ。「知事の反乱」に「有権者の反乱」が上塗りされた。ハナブサの敗北はイノウエの威信を傷つけただけでなく、イノウエが堅持してきた「日系人議席」が、日系以外のしかもアジア系ですらない白人に手渡された。ハワイ民主党のAJA(日系)コミュニティに、「時代の変化」を静かに感じさせずにはいられなかった。

第2に、後味の悪いことに、票数が歴史的な僅差だった上に、選挙日の開票で勝敗が決まらなかった。投票日の週末を襲ったハリケーンで、ハワイ島で投票所までの交通が遮断される被害が出たことで、2つの投票所で選挙が実施できなかったからだ。その分の票を待たなければ、勝敗が決められないほどの僅差だったため、最終決戦が、ごく僅かな未投票の有権者に向けた「第2キャンペーン」にもつれ込んだ。まるで2000年のフロリダ州をめぐる大統領選のゴアとブッシュのような事態に陥ったのだ。以下、今号では、この選挙の詳細と含意について検討したい。

ハワイ日系政界重鎮が推した候補の敗北:イノウエをめぐる代理戦争

2014年8月9日、午後7時の初回開票でイゲ候補に大差をつけられ、意気消沈していたアバクロンビー知事陣営本部を離れ、筆者がイゲ陣営に向かう前に立ち寄ったのは、連邦上院選挙に立候補したコリーン・ハナブサの支持者が集まる会場だった。ハナブサ陣営がチャイナタウンに開いた本部事務所には、支持者を収容できる広いスペースが無いことから、陣営は当日用に別会場を確保していた。会場中央のテーブルには、ジョージ・リョウイチ・アリヨシ第3代知事が、夫人と息子のリョーゾー・アリヨシ氏と着席しており、「ハワイではゆっくりしていってくださいね」と流暢な日本語で歓迎してくれた。アリヨシ元知事がマイクを持ってステージに現れると、支持者に一体感が溢れ、ローカル局の選挙特番がスピーチをそのまま伝えた。

ハナブサ陣営には、アカカ元連邦上院議員も駆けつけた。また、ダニエル・イノウエ元上院議員の息子のケン・イノウエ氏が、会場を埋め尽くした父親の支持者との握手に走り回っていた。その様子を逐一、ローカル局がライブで放送している。会場はまるで「イノウエ派」「アリヨシ派」の合同同窓会の様子だった。7時台までは、アリヨシ元知事もケン・イノウエ氏も楽観的な笑顔を振りまいていた。7時の初回開票では、ハナブサ50%、シャーツ48%で、ハナブサがリードしていたからだ。直前までの世論調査のハナブサ「やや有利」の趨勢とも一致していた。この時点ではハナブサ支持者は、会場で振る舞われた食事やケーキを楽しむ余裕があった。結果が1週間後にもつれ込む異例の選挙になろうとは誰も予測していなかった。

「この選挙は、ダン・イノウエ陣営とオバマ=アバクロンビー陣営の勝負です」。ハワイ州議会上院のグレン・ワカイ議員は2014年のハワイ民主党連邦上院予備選を一言で要約した。「ダン・イノウエが墓から出てきて政治に影響を与えようとうろうろしている、そんな選挙です。私にとって最も驚きだったのは、レガシーというのはいかに早く忘れ去られるかということでした。政治は今、何をしてくれるのかで、常に評価されます。いったん政治権力を失えば、無力の存在になりますし、誰も気にも留めなくなり、忘れ去られます。ダン・イノウエが今のハワイを作り上げました。しかし、2年前にイノウエが亡くなってから、イノウエがしてくれたことを人々がいかに忘れつつあるか。イノウエの代役はいません。基礎を築くべきときにイノウエは必要とされました。4階、5階、6階と上に建て増すことは出来ますが、基礎を築いたのはイノウエです。それにもかかわらず、我々はイノウエがもう亡くなっているからと、その事実を無視したのです」。

ハワイ民主党の伝統的な政治家であれば、イノウエへの敬意を忘れずに、イノウエが後継指名をしたハナブサを推すことが期待された。ワカイは「私は2つの狭間で揺れています」と述べた。「道を築いた先人を尊敬したいが、進歩的になる必要もあります。一方で伝統への敬意を持ちつつ、他方ではより若い進歩的な考え方に共鳴しています」。他の多くの中堅・若手の州議会議員達も同様の考えだった。予備選の結果はハワイが「伝統的な過去」にどれだけ敬意を抱いているかの明白な指標になるとしながらも、「伝統なんか知るものか、違う方向に進むのだ。ハワイの新しい勇者はブライアン・シャーツだ、と考える人がいてもおかしくない」と州議会議員は呟いていた。

たしかにアバクロンビーがシャーツを指名したことに多くの民主党州議会議員が驚いた。だが、アバクロンビーが自分自身のレガシーにこだわった心境には概ね理解を示していた。「ダン・イノウエの影の中で役割をはたすだけでは満足できなかったのでしょう」とある州議会議員は言った。

「脱イノウエ」を志向したオバマ=アバクロンビー新機軸

「脱イノウエ」の新たなハワイ政治は、「アバクロンビー路線」でもあると同時に「オバマ路線」でもあった。2004年の連邦上院選挙で上院議員になったオバマに、イノウエは息子か孫に接するような態度を示したという。同じハワイ出身であるオバマを可愛がり、庇護下に入れば面倒を見てやる、という親心だったのだろう。しかし、オバマはこのイノウエの「誘い」に全面的に乗らなかったのだという。議会の長老がハワイ同郷のよしみで世話をしてやるというのに断ったのだ。オバマは古いタイプの政治を打破していくという当時の闘志から、若手を大きな傘の下に招いて可愛がろうとするイノウエ流の政治と波長が合わなかっただろうし、軍事政策において微妙な思想上のズレもあったかもしれない。

そもそもオバマは政治家としては、完全に「シカゴ人」だった。支持者も政治基盤もシカゴにあり、コミュニティ・オーガナイザー以来、自らシカゴで開拓した人脈に支えられてワシントンまで来たという自負があった。いまさらハワイの大御所に守ってもらうという意識は皆無だったはずだ。しかし、よかれと思って手を差し伸べたイノウエの心証を害しないはずがない。案の定、2008年の大統領選でイノウエはヒラリー・クリントンを支持した。当時、同郷ハワイのオバマをなぜイノウエが支持しないのか、首を傾げる向きもあったが、イノウエとオバマの上院での関係を紐解けば不思議ではなかった。

オバマ政権発足後以降も、国務長官のクリントンとイノウエの距離が前にも増して近づくのに対して、オバマとイノウエの距離は微妙なままで推移した。イノウエの議員としての功績を心から尊敬していたオバマは、イノウエに最高級の敬意を示して葬儀を行った。しかし、イノウエが後継に望んだ連邦上院候補を支持することまではなかった。そこには一線があった。オバマはシャーツを支持したのである。こうした経緯のすべてを知っているハワイの政界インサイダーの間では、「ああオバマはやはりイノウエ派のことを好いていなかったのだ」とため息を漏らした。

しかし、オバマが拒否したものはイノウエ個人ではない。オバマは個人に対しての好悪で根に持つタイプではないからだ。オバマが拒否したのは、抽象的な意味での「イノウエが象徴していた古い政治」であった。

AJA優位体制にとっての背水の陣:「経験」か「若さ」か

皮肉にもその「古い政治」のハワイでの象徴は、今や日系(AJA)優位の政治体制であった。かつてはハオレ(白人)支配の政治が「古い政治」だった。その因習を打破したのが、サトウキビプランテーション時代の労働者に起源を持つ日系移民であり、ハワイの州昇格とアメリカの反連邦思想による州の尊重、50州平等の原則という制度的追い風もあって、ハワイの日系人がアジア人の代表として、ワシントンで想像を超える影響を短期間で持つに至った。しかし、今やそのハワイの日系優位の政治も、人口が増加するフィリピン系、またリベラル派の若年層の白人活動家など「新しい政治」の担い手によって、「古い政治」の代名詞の烙印を押されつつある。

シャーツ陣営は「若さ」を押し出す戦略を採用した。それに対して、ハナブサ陣営は「経験」をアピールした。ハワイ大学卒のハナブサは労働問題弁護士として20年以上のキャリアがあり、1998年に州上院議員に勝利。2010年に連邦下院議員に選出された。社会保障とメディケアの堅持と教育に燃える一方で、イノウエの忠実な後継者としてイノウエの路線を大切にしてきた。連邦下院軍事委員会に属し、「ハワイの経済を成長させる」軍事支出を動かしてきたことをパンフレットで成果として挙げ、退役軍人へのベネフィットの減額にも反対してきた。ハナブサの祖父は第二次大戦で強制収容所に入れられた経験があり、本土の日系人の辛酸を共有している強みもある。イノウエが後継に望んだのも頷ける経歴だ。ハナブサの広報物には、アリヨシのような日系だけでなく、アカカ(中国系とネイティブハワイアン)、カエタノ(フィリピン系)も推薦文を寄せ、テレビCMではイノウエの姿も用いた。

しかし、具体的な政策では両候補の差は少なかった。他方で、イデオロギー的な分裂が背後には存在した。その差は「若さ」と「経験」、言い換えれば「変化」と「伝統」に置き換えられる要素と連動していた。前号までに述べたように、ハワイ民主党内の保守派・穏健派であるイノウエ・ハナブサなどのラインと、リベラル派であるアバクロンビーやシャーツなどのラインには、明確なイデオロギー的な差がある。イノウエ派の保守性を示す好例に、ハワイにおける賭博をめぐる政策がある。ハワイはアメリカで賭博が行われていない2州のうちの1つだ。理由は単純で「イノウエがギャンブルの許可を好まなかったから」だという。個人的にはギャンブルを面白いものだと考えていたイノウエだが、政策レベルでは毛嫌いしていた。本土のアメリカ先住民の居留地ではギャンブルが、彼らの経済を支えるビジネスとして与えられていることが多い。しかし、ハワイではそうはならなかった。ネイティブ・ハワイアンの地位向上を狙ったアカカ法案も、ネイティブ・ハワイアンがハワイの土地でギャンブルを営むことは許さないというイノウエの希望が盛り込まれた。ハワイの政界関係者は、イノウエの保守性を象徴的に語る際、ギャンブル禁止への執着を必ず指摘する。

選挙戦最終盤、筆者はハナブサ陣営本部を訪れ、キャンペーン・マネージャーのジョン・ソールズベリーに話を聞いた。ソールズベリーは州群自治体職員組合連合(AFSCME)から引き抜かれ、ハナブサ陣営の労組票を固めるのに貢献した人物だ。コミュニケーションズ・ディレクターを務める元イノウエ事務所のピーター・ボイランと二人三脚で選挙戦を指揮した。そのソールズベリーは選挙の洗礼を受けずに指名で上院議員になったシャーツを「現職」とは捉えず、オープンシートによる初選挙であるという定義をしていた。ハナブサは「挑戦者」ではなく、平等な立場で今回初めてハワイ州民の選択が下されるという考えだ。「知事がシャーツを支持したのは驚きではありませんでした。シャーツを指名したのは知事です。大統領府もシャーツに近いです。シャーツは2008年にオバマ陣営の議長でした。しかも、知事と大統領も極めて近いのです」とソールズベリーは述べ、起こるべくして起きた対立との見方を示した。そして、オバマ大統領の支持が効果的かどうかには疑問符を付けた。「大統領は現在色々な問題で集中砲火を浴びています。大統領のことを好きな人と嫌いな人に分かれつつあります」。

オバマ派を悩ませる「オバマ効果」の限界

2014年選挙で再確認されたのは「オバマ効果」の限界である。アバクロンビー知事とシャーツ連邦上院議員は「オバマ派」だ。とりわけ、ケニアからの留学生のオバマの父とハワイ大学学生だったオバマの母アン・ダナムのカップルと、ハワイ大学のキャンパスで友人だったアバクロンビーは、オバマ本人もよく知らないようなオバマの両親の素顔を知っている。亡くなったオバマの父親のことを知る生き証人だ。オバマ陣営は2008年、オバマのハワイのルーツをめぐる語り部として、メディア対応にアバクロンビーを重用した。オバマ人気が凄まじかった2008年前後であれば、オバマに近いアバクロンビーに、民主党内でしかもハワイで挑戦するのは、オバマに挑戦するに等しい無謀な試みだっただろう。

シャーツとオバマの接点も同じく多い。共に地元名門私学のプナホスクール出身であり、その後カリフォルニア州の大学に進んだ。シャーツは大学時代に、オバマの父方のルーツであるケニアに短期研修にも行っている。卒業後はハワイに戻って、環境保護活動などに従事してから政界入りし、州議会議員、副知事へとステップアップした。プナホスクールは学校としては政治的中立の原則から特定の候補者に肩入れしないが、有志の父兄はシャーツを強く支えたし、シャブライアン・シャーツは、連邦上院選挙で、オバマとのツーショットをポスターに入れ、オバマ・チルドレンであることを前面に押し出した。プナホは現役生徒が主催する2月の学園祭(カーニバル)に卒業生が家族連れで訪れ、寄付も積極的に行う。小学校や中学校からの一貫校であることから、同窓生が家族ぐるみで結束している。日系人であることと、プナホ卒であることを天秤にかければ、後者のアイデンティティが上回る程の愛校心を持つOB・OGは少なくない。シャーツにとってプナホ・ネットワークは百人力だった。

しかし、オバマ人気は地元ハワイでも一服感がある。オバマの支持表明にもかかわらず、アバクロンビーは予備選で敗退し、ポスターにオバマとの2ショットを用いたシャーツもハナブサの粘りで苦戦を強いられた。ちょうどオバマ政権の「イスラム国」に対する空爆が始まったタイミングと重なったことも関係した。ハワイ民主党の有力者は「これまでオバマの外交を支持してきたが、空爆には賛同できない」と述べ、オバマの介入路線への旋回が、間接的な悪影響を与える可能性も示唆していた。

無論、コアな支持者の態度は変わらない。オバマの政策への好悪と、ハワイの「ローカルボーイ」であるオバマへの親近感は別だからだ。筆者を毎回ハワイ流のホスピタリティで受け入れてくれるのが、オバマの恩師エリック・クスノキ氏だが、教え子のバリー・オバマへの愛情は不変だ。世間のオバマ支持率や政権の政策とは無関係である。ハワイのコアな関係者のオバマ愛は消えない。しかし、政治的にオバマ人気に便乗する集票効果となると話は別である。今やオバマと近いこと自体は、ハワイですら選挙戦でメリットになるとは限らない。

ハワイ島の2地区が決した勝敗:歴史的な接戦

予備選の夜、2回目の午後8時の開票でハナブサ49%(80,365票)、シャーツ49%(80,354票)と並んだ。ハナブサのリードはわずか11票まで縮められ、シャーツの急激な追い上げが始まった。元々、ハナブサが逃げ切るには初回開票から相当なリードが必要だとされていた。ハナブサ支持、すなわちイノウエ派の日系人は、早々に投票を済ませる傾向があるのに対して、シャーツ支持に回っていたフィリピン系が投票所締め切りに相当数の投票をしている可能性があったからだ。フィリピン系労働者層はワイキキ周辺のホテルなど観光施設で働いている。彼らの日勤組が仕事を終えて、帰り際にギリギリのタイミングで投票した票は、初回開票ではカウントされない。「2回目、3回目の開票で、フィリピン系票がどっとシャーツに流れ込むはず」と、あるロビイストは予測していたが、その通りになった。当日の最終結果はシャーツ49.3%、ハナブサ48.6%とシャーツが逆転。1,635票差でハナブサを上回った。

しかし、開票後も勝敗が決まらなかった。ハワイ州247投票区のうち2つの投票区で投票が行われていなかったことが判明したからだ。ハワイ島のプナ地区にあるケネオポコ小学校とハワイアンパラダイス・コミュニティセンターの2つの投票所では、直撃したハリケーン・アイゼルの被害で、選挙が実施できなかったのだ。1週間後の金曜日の8月15日に改めて投票が決定。2つの投票区の登録済み票数は8,269。そのうち1,448票が持ち込みか郵送で既に投票されており、両候補が残り6,821票を奪い合うこととなった。プナ地区のごく僅かの有権者が勝者を決めるということで、ケビン・コスナー主演の映画『Swing Vote』(2008年)の現実化だと騒がれた。映画『Swing Vote』は、大統領選で選挙人合計が伯仲し、ニューメキシコ州が最後の鍵を握る話だ。ニューメキシコ州内でも票が拮抗し、コスナー演じる白人労働者の票が電子投票のトラブルで再投票となる。その1票で大統領が決まるだけに、現職と挑戦者の両者がエアフォースワンまで使って現地入りし、コスナーの歓心を買うことに奔走する。投票の規模は違うが『Swing Vote』の現実版だとして、ハワイ州民は固唾をのんで見守った。

予備選の翌日午後には両者はハワイ島入りし、ハリケーンの被災地に食料を運んだり、現地の被害を視察して回ったが、これらの被災地支援が事実上のキャンペーンであった。ハワイ島ではインフラに影響が及び、何日もシャワーを浴びていないという住民もいた中、上院選候補の両者がメディアを引き連れて現地入りしたことで、思いがけず復興に寄与した。両陣営の支持者やボランティアまでが被災地入りし、水や食料を運んだり、インフラ復旧の手伝いをした。選挙目的が絡んでいると感じても、現地の人にとっては復興支援は有り難いことだ。両陣営はまるで票の獲得を競うように被災地支援を競った。2つの選挙区の人にどれだけ感謝してもらえるかが鍵だったのだ。「地上戦」の票の駆り出し運動(GOTV)は、家の修繕を手伝ったり、物資を運ぶことで行われ、「空中戦」も選挙CMの放送などより、候補者に同行しているメディアに、ハワイ島での支援活動をなるべく多く報道してもらうことに絞られた。

劣勢を感じていたこともあってか、いくつかの地域の電力が完全に戻っていないことを理由に、ハナブサ陣営は投票延期を訴えた。しかし、判事はこれを却下。予定通り1週間後に行われた選挙では、シャーツが1,601票、ハナブサが1,467票を獲得。シャーツ48.5%、ハナブサ47.8%の僅差でシャーツが予備選に勝利した。票差は僅か1,769票だった。シャーツは11月の本選で共和党のキャンベル・キャバッソ候補と対決する。

ハナブサはハリケーンで投票を諦めた有権者にも、改めて投票機会を与えるよう訴えたが、投票を認められたのは投票所が閉鎖されていたプナ地区の2投票区の有権者だけだった。接戦という意味では歴史的な選挙になったが、ハリケーン被災後ハワイ島の現場に最初に入ったのが、知事でも選挙区の連邦下院議員でもなく、選挙を抱えた上院候補の2人だったことは、ハワイ州におけるオアフ・ホノルル中心主義も浮き彫りにした。オアフ島以外の島々は政治的にはどうしても軽視されがちだ。案の定、マウイ島からオアフ島に運ばれた800票がカウントされていない事件も事後で発覚している。これについてはシャーツも由々しき問題として懸念を示した。すべての票がカウントされないままに勝利するほど後味の悪いことはない。マークシート投票用紙の空輸を再考する時期にきているのかもしれない。

ハワイ政界の事情通の間では、「イノウエの遺言をめぐるしこりはそう簡単には消えない」として、次の選挙でまた民主党の誰かが、シャーツにチャレンジする可能性が指摘されている。再びハナブサとの闘いも想定される。あるいはハナブサは、連邦下院1区の議席を取り戻す動きに出る可能性もある。イノウエの忠実な後継者である日系ハナブサの動向からは今後も目が離せない。毎日新聞「発信箱」(2014年7月16日)で古本陽荘記者が指摘するように、日系であることがそのまま日本の代弁者であることは意味しない。だが、親日的な伝統が根強いハワイの日系人の議席は引き続き注視が求められよう。同じく日系のメイジー・ヒロノ連邦上院議員の議席も必ずしも安泰ではない。タルシー・ギャバード連邦下院議員が、ヒロノに次の再選で挑戦するとの観測もある。イノウエという存在を失ったハワイは、しばらくは「流動の時代」になる。

■渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授