タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/12/25

アメリカNOW第121号 政府はマネーボールを演じられるのか?~米国行政の静かな挑戦~

「マネーボール」という本をご存じだろうか。2003年に初版が発行されたマイケル・ルイスの同書は、米メジャー・リーグのオークランド・アスレチックスを題材に、資金難の野球チームがデータを活用して強豪チームに育っていく姿を描く。2011年にはブラッド・ピットの主演で映画化されており、覚えている方も少ないないだろう。
 
そのマネーボールが、米国の行政運営において静かな話題になっている。マネーボールが野球について描いたように、行政の世界でもデータを用いて成果を高めることが出来るのではないか。そんな問題意識が背景にある。2014年11月には、その名も「政府のためのマネーボール(Moneyball for Government)」と題された書籍が出版された。共和党のアヨット、民主党のワーナー両上院議員を筆頭に、執筆者には超党派の有力者が名を連ねる。地味な話題ではあるが、行政におけるデータ活用への関心は、党派の違いを超えて広がっているようだ。
 
超党派で提案された法案
 政府のためのマネーボール、言い換えれば、データを用いた行政運営に対する超党派の関心は、議会にも垣間見られる。
 
2014年11月20日、民主党のマリー上院議員と共和党のライアン下院議員が、「証拠に基づいた政策立案に関する委員会(Commission on Evidence-Based Policymaking)」の設立を定めた法案を提案した[1]。データを用いた行政運営とは、特定の政策目標を実現するに当たって、評価(evaluation)に基づく証拠(evidence)をデータとして活用し、より高い成果をあげられる政策(プログラムや租税特別措置)に資源を集中する手法を指す。それでは、evidenceを政策に活かすには何が必要なのか。その答えを探すステップとして提案されたのが、この法案で設立される委員会である。
 
官民15人で構成される委員会の責務は、二つの論点の検討である。
 
第一は、政策立案にデータを活用する手立てである。具体的には、連邦政府の政策に関連するデータについて、それらを研究者等が政策評価や費用対効果分析に活用できるようにすることを視野に、制度・インフラ面での対応を提案することが求められている。併せて、政策の成果計測(outcome measurement)や、ランダム化比較試験(RCT:Randomized Controlled Trial)[2]、効果分析(impact analysis)を政策立案に組み込む方策についても、検討対象とされている。
 
第二は、政策に関するデータを集積する情報センター(Clearinghouse)の設立である。委員会は、情報センターに集積されるべきデータの種類や、個々のデータ間の関連づけの必要性、さらには、そうした作業を行う上での制度的な障害や、データへのアクセスを認めるべき研究者の範囲等、様々な事項の検討を求められている。個人情報の保護に関する検討も、委員会に課された課題の一つである。
 
歴史のある取り組み
 マリー、ライアン両議院の手による法案には、二つの注目すべき点がある。
 
第一は、歳出(プログラム)と歳入(租税特別措置)の双方が明示的に対象とされていることだ。データを用いた行政運営に対しては、「効果が上がる政策を後押しするというよりも、効果の出ない政策を廃止する口実にされるのではないか」という懸念がくすぶってきた。米国では、どちらかと言えば民主党が歳出を通じた政策実現を重視する一方で、共和党は減税を通じた政策運営(租税特別措置)を志向する傾向がある。この法案は、それぞれが守りたい分野を俎上に載せることで、超党派の歩み寄りを示す内容となっている。
 
第二は、データ間の関連づけや情報センターの設立等にあるように、新たなデータの収集というよりも、既にあるデータの利用に重点が置かれていることである。実は米国では、これまでも政策に関するデータの収集が試みられてきた。問題なのは、そうしたデータが必ずしも十分に活用されていないことである。
 
マネーボールという一般に馴染みのあるフレーズが使われ始めたのは最近かもしれないが、データを活用した行政運営に向けた米国の取り組みには歴史がある。画期的な出来事となったのが、1993年の政府業績結果法(GPRA:Government Performance and Results Act)成立である。GPRAは、各省庁に成果(outcome)ベースの目標を設定し、その達成度合いを定期的に計測するよう義務づけた。理論的な裏付けとなったのは、政策を評価するに当たり、予算投入(input)の多寡ではなく、政策の成果(outcome)を重視し、outcomeベースの目標設定・計測・フィードバックのサイクルを構築するニュー・パブリック・マネジメントの考え方である。1990年代のクリントン政権の取り組みは、2000年代にはブッシュ政権に引き継がれ、個別の政策の業績評価を予算編成の参考とするPART(Program Assessment Rating Tool)の導入へと至っている[3]
 
データの活用に向けて
 米国には、政府によるマネーボールへの挑戦が改めて加速し始める気配がある。情報技術の進展によって、かつては難しかった大量の情報処理が容易になった。また、歳出の強制削減が続く等、米国には効率的な財政運営を求める環境がある。そして何よりも、政府に対する有権者の不信感の強さが、政策の成果を向上させることの重要性を高めている。
 
提案日が会期末に近かったこともあり、マリー、ライアン議員による法案は可決に漕ぎ着けられなかった。しかし、両議員はそれぞれ上下院で予算委員会の委員長を務めた有力議員である[4]。それだけの有力者が携わっているという事実は、データを用いた行政運営への関心の広がりを表している。
 
実はオバマ政権も、2014年の大統領経済報告では、データを用いた行政運営に一章を割いて、これに積極的に取り組む意図を示した経緯がある。産業界に目を向ければ、今やビッグデータの重要性は常識となっている。政府においても、いよいよ本格的にマネーボールに挑む機が熟してきたのかもしれない。
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[1] S.2952、H.R.5754
[2] RCTについては、安井明彦 「米医療改革に波紋を投げかけたオレゴン州の「実験」」 アメリカNOW第102号、東京財団、2013年5月15日。
[3] 安井明彦 「ブッシュ政権の行政改革」 みずほ総研論集2014年?号、みずほ総合研究所、2014年。安井明彦「業績評価が変える先進諸国の行政運営」研究レポート、富士総合研究所、1997年。安井明彦「米国の行政改革」富士総研論集1997年?号、富士総合研究所、1997年。
[4] 2015年の議会では、マリー議員が保険・教育・労働・年金委員会の野党筆頭委員、ライアン議員が歳入委員会の委員長となる見込み。

■ 安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部欧米調査部長