タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/4/28

アメリカNOW第127号 アメリカ大統領夫人をめぐる政治とミシェル・オバマ(渡辺将人)

 
 ミシェル・オバマ大統領夫人の3月の訪日は、総理訪米を目前にした首脳外交の前哨戦としての地ならしになった。歴史的に大統領夫人の単独外遊は珍しくない。しかし、ミシェルの場合は大統領同行での訪日がなく、満を持しての訪日だった。オバマ政権の発足前後、メディアの「オバマ熱」が沸騰中だった頃、夫人伝記も多数出版され、筆者もそのうちの1冊の日本語監訳と解説を担当した[i]。当時の訪日であれば、ミシェル報道は少し違ったものになっていただろう。だが結果として、かつてのオバマブームからすると「季節外れ」の単独訪日は、本号で後述するようにミシェルらしかったとも言える。

 他方、やはり元大統領夫人でもあるヒラリー・クリントン前国務長官が、4月12日、正式に2016年大統領選挙に立候補した。大学新入生の多くは、ヒラリーが大統領夫人として連邦上院選挙を戦った2000年当時はまだ3歳。記憶にあるヒラリーは既に「政治家」であって「大統領夫人」ではないようだ。実はアメリカの18歳の若年層有権者にとっても、この印象は同じである。今のアメリカの若者は、クリントン政権を実感として知らない。それはヒラリー陣営に、吉なのか凶なのか。その論考は別の機会に譲るとして、今号は大統領夫人をめぐる政治について、ミシェルの事例を中心に考えてみたい。
 

ミシェルの安定した支持率:大統領夫人の過去の類型    

 
 世論調査によるとミシェルの支持率はきわめて高い。ピューリサーチセンターによれば、現時点までで平均支持率は69%。ローラ・ブッシュの平均65%を上回り、大統領夫人時代のヒラリー・クリントンの平均55%を引き離している。ミシェルの支持率には重要な特徴がある。それは概ね一定であまり変動がないことだ。
 
 通常、これまでのパターンでは、大統領夫人の支持率には2つの傾向があった。1つは夫の大統領の支持率に連動する型である。近年ではローラがこのタイプだった。2期目は夫のブッシュ大統領の支持率低下と共に沈んでいった。夫を支える良妻賢母型のイメージの夫人は政権や夫の支持率と一蓮托生になることは避けられない。もう1つは独自の乱高下を示す型で、ヒラリーがこのタイプであった。1993年の就任時、約60%と夫のクリントン大統領を上回る支持率でスタートしたものの、座長として推進した医療保険改革が保守派のバッシングを受け、1996年に42%にまで降下。夫のビル・クリントン大統領が順調に支持率を上げて再選した流れとは一致していない。政権末期のモニカ・ルインスキーのスキャンダルでも、気丈な姿勢を貫き、下降した夫のビルの支持率に反してヒラリーの支持は上昇した。
 
 このことから明らかなのは、ミシェルはどちらのタイプでもないということだ。政権や大統領の支持率と一蓮托生でもないし、かといって独自の乱高下もない。きわめて安定している。これはミシェルがどのような大統領夫人を目指したのかと関係している。良き妻であり母である伝統的大統領夫人でありながら、独立したキャリア女性という混合路線を実現した。
 
 2人の娘の母であるとともに、これまでにないこととしては、ミシェルの実母をホワイトハウスに招いて暮らしていることだ。アメリカではミシェルは「親孝行」の象徴でもある。ミシェルの亡くなった父は多発性硬化症(MS)という原因不明、治療法未確立の重度の難病だった。アメリカで発症例の多い病気で、寛解期には病気を抱えていることが分かりにくい元気な患者もいるが、発作が続くと失明や要介護の深刻な症状にも到る。アメリカで2000年代前半に放送された人気ドラマ『The West Wing』(邦題「ザ・ホワイトハウス」)には、主役級の民主党大統領が多発性硬化症を隠しているという設定があるのだが、この病気の認知度が低い日本の視聴者には、その意味が分かりにくかった。アメリカの平均的視聴者にとっては馴染みのある難病なので、大統領が持病としているなら国家安全保障に関わるスキャンダルである、という脚本の含意が成立し得たのだ。ミシェルの父が多発性硬化症だった事実がアメリカでは重く扱われている背景には、この病気に対する幅広い認知が関係している。ミット・ロムニーの妻であるアン夫人も多発性硬化症を発症しており、2012年大統領選挙では同情も集めたが、他方で大統領夫人としての公務が負担にならないかという声もあった。
 
 ミシェルの父は病とハンディキャップを持ちながら、2人の子供を育て、家族は父を支えた。 ミシェルの弱者への目線は、よくある政治的なリップサービスでなく、正真正銘の本物である。上述のように、ミシェルは親への感謝の念からも、母親を引き取って一緒に暮らしている。儒教精神とは無縁に思えるアメリカだが、親子愛は日本と共通で敬意の対象である。たしかに、アメリカでは18歳を過ぎて実家を出ない者は少ない。大学の学部で必ず寮に入るので、一度は下宿生活になるし、そのまま他州に引っ越してしまう人も少なくない。しかし、年老いた親との同居例は、日本と同様に数多く存在する。テキサス州で弁護士を開業している筆者友人のアメリカ人も現在母親を引き取って暮らしているが、「親との同居介護は周囲でも少なくない。アメリカは親子の縁が薄くて、別居が前提と思っているなら誤解だ」と述べる。ミシェル的な親子同居は、アフリカ系の濃密な家族意識や共同体意識の象徴でもあるが、他方で共和党のキリスト教信徒や保守派でも好まれる行為だ。良妻賢母に加え、親孝行な娘という印象が、年配層のミシェルへの好意的評価の背景にある。上記の母親を引き取っている弁護士も熱心な共和党支持者である。
 
 しかし、ただ単に伝統的な良妻賢母の大統領夫人となれば、これまでも多数いた。ほとんどの大統領夫人がその類型にあてはまる。そこがミシェルは違ったのは、誰がどう見ても実力派のキャリア女性であることだ。プリンストン大学で社会学を修めてからストレートでハーバード大学ロースクールに入学して、弁護士になった。シカゴの弁護士事務所時代に、夏期研修のロースクールの学生の面倒を見たが、それがオバマだった。いわば「部下」との結婚だ。法律家としても、ハーバードでも、オバマの先輩にあたる。大統領夫人になる直前はシカゴ大学病院の幹部として、地元住民との交流に尽力していた。どちらが大統領になってもおかしくない資質である法律家夫婦という点では、クリントン夫妻と類似している。
 

クリントン政権の前例からの学習:ヒラリー型との差異     

 
 だが、ミシェルは大統領夫人としては、キャリア女性でありながら、ヒラリー型にはならなかった。それはオバマ政権が、大統領夫人を党派的な政争と関係する政治課題の旗ふり役にさせることを避けたからだ。オバマ政権の首脳スタッフは、政策遂行に邪魔になる余計な党派対立や世論の動揺を抑制することを第1に、過去の政権を研究し尽くした。最も参考にしたのがクリントン政権だった。2010年中間選挙敗北後のオバマ政権の中道化など、積極的にクリントン政権に学んだ部分もある(クリントンは1994年中間選挙大敗後、中道化で再選した)。他方、反面教師の材料にしたネガティブな参考例もある。その代表例が、ヒラリーが党派対立を煽りかねない争点、つまり医療保険改革の座長に就任したことで、共和党の激しい攻撃を受けた問題であった。選挙の洗礼を受けてない夫人が大統領府の公的なポストに就いて、政策を動かすのはいかがなものかという論争を巻き起こし、保守派の攻撃の中で医療保険改革は沈没した。大統領夫人が前に出て政権の目玉の政策を動かしたり、党派的な争いの前線に出たりすると、政権の安定を損ない、ひいては政権の政策実現や大統領の再選に影響を与えるおそれがあると、オバマ政権の首脳部は、クリントン政権の前例に学んだ。そこで、ミシェルには一歩引く形で、政権の目玉政策や外交にどんどん口を出すというスタイルは控えてもらったのである。
 
 なるほど、ミシェルはバレリー・ジェレットという分身的な首脳スタッフを抱えているので、ジャレットがホワイトハウスにいる限りは、ミシェルの意向はジャレットを通じて政権に反映されているとの見方もできる。この見立ては事情通では一般的であり、それはかなりの程度正しい。ジャレットを通じた政策への意見表明は、クリントン政権1期目のヒラリー的な直接手法と違って、表に見えない間接手法なので、かえってフェアではないという批判もある。しかし、ミシェルはジャレットを介した影響力行使にも相当程度のブレーキをかけている。そして、極力サブスタンシャルな政策への関与を避けてきた。食育や教育問題に取り組んでいるのは、ミシェルの能力の限界とは無関係だ。ミシェルの法律家としての実力なら、医療保険や移民政策などに手腕を発揮できようし、アフリカ系初の大統領夫人として人権外交でもクリントン政権1期目のヒラリーのような動きができるポテンシャルがあるのは言うまでもない。しかし、あえてそれをしなかったのだ。結果、かつてのヒラリーのような攻撃を受けることはなかった。ホワイトハウスは「政治の事情」を優先した。
 
 そのため、ミシェルの支持率は、大統領や政権と一蓮托生的に連動もせず、かといって政権アジェンダの前線に出て党派抗争の当事者になっているわけでもないので、乱高下もしない安定型となっている。要するに、ミシェルは良妻賢母型、キャリア型、両方を混合した要素を持つ大統領夫人だが、ヒラリーが保守派に攻撃を受けたクリントン政権時代の前例に学び、法律家としての能力を反映する対象を戦略的に限定した、新しいタイプの大統領夫人と言える。食育、教育などに限定した活動だが、それらでは大きな成果をあげているし、世論調査を見る限りは、アメリカ人は良妻賢母と親孝行、キャリア女性のバランスの取り方に概ね満足を示している。ミシェルのコアなファンはアフリカ系、民主党支持者、女性だが、白人男性も過半数が支持しているし、保守派や共和党支持者も、ミシェルが「良き母」で「知的」であるということでは見解が一致している。もちろん、食育や教育以外の政策分野でも能力を発揮してほしいという熱心なファンもいるが、それをやれば保守派の反発は必至であり、現在の風呂敷の広げ方が現実的なラインである。
 

大統領夫人退任後の立候補期待論           

 
 キャリア型の資質を持つ大統領夫人にとって、夫の再選や中間選挙など、選挙を邪魔してはいけないという条件は、多くの場合はしがらみでしかない。大統領夫人だからこそできることも沢山あるが、それ以上に大統領や政権に気を遣うことのほうが多い。行きたい国を自由に選べるわけではないし、オンレコの発言も自由にはできない。その意味で、大統領が再選を目指す必要がなくなり、政党の中間選挙も終了した最後の2年こそ、大統領夫人としては政治的な制約に縛られずに活動しやすい時期だ。共和党に上下両院の多数派を奪われた今の議会では、残り2年で立法成果は望めず、オバマ大統領は大統領令の発動、共和党議会の法案への拒否権の発動、独自外交などで成果を出すしかない。夫人の活動や発言の自由度も以前に比べれば増えるだろう。
 
 噂が絶えないミシェル夫人の政界進出についてはどうだろうか。ホワイトハウスを去った後、どのような社会活動をしていくのか。本人が望むことと、周囲が期待することは、必ずしも一致しない。アフリカ系の議員や有権者、女性やリベラル派は、ミシェルほどの逸材は政治家になってほしいと考えるだろう。大統領夫人経験後に立候補というキャリアは、ヒラリーが先駆を付けているので、今となっては違和感はない。その意味では、今後もミシェル出馬への期待感が米メディアに表面化することがあるだろう。周囲が外堀を埋めるような形で「誘い込む」「背中を押す」動きは続く可能性がある。他方、手強い女性政治家を牽制したい、封じ込めたい、という保守系メディアや共和党には、警戒感を煽る意図から、ありもしない立候補への「野心」を報じるインセンティブがある。いずれにせよ、リベラル、保守、双方から、違う理由で政界進出の噂が意図的に立てられるかもしれない。
 
 しかし、2つの理由で、当面は「社会活動」を続けていくだろう。第1に、ミシェルの哲学として社会変革の解として政治家になることが必須だと考えていないからだ。たしかに、法律事務所にいたミシェルはシカゴでデイリー市長のスタッフに参加したことはある。しかし、夫のオバマの政界進出には一貫して否定的だった。オバマは2000年の連邦下院選挙で敗北している。そのときの犠牲は少なくなかった。娘を犠牲に巻き込んでほしくないという母としての考えもあるが、政治の力と限界の両方を冷静に見ている人で、生々しい政治とは一定の距離を取ってきた人でもある。ましてや自分が政治家になるという発想がミシェルには元々なかった。無論、大統領夫人をしている間に政治の力や必要性に目覚め、考えが変わった可能性はある。しかし、それでもすぐに立候補はしないだろう。
 
 第2に、ヒラリーの二番煎じはプライドが許さないだろう。夫のオバマの2008年大統領選挙のライバルであったヒラリーの存在を意識しないはずはないが、大統領夫人の後にすぐ立候補すれば、それこそヒラリーの後追いのような印象になる。また、政治家への転身では、ヒラリー型の大統領夫人のほうが有利だ。通常なら唐突感のある大統領夫人の立候補だが、大統領夫人としての医療保険改革への挑戦の足跡が、ヒラリーの2000年の出馬に説得力を与えた。夫人ではできることに限界があったので、政治家になるという動機は分かりやすい。同改革は挫折し、クリントン政権を一時は不安定にさせたが、ヒラリーの上院議席と未来の大統領候補への道を拓いた。ヒラリー型の大統領夫人による政策参加は、政権の不安定要因にはなるが、政界転身に説得力を与える実績にはなる興味深いトレードオフの性質が認められる。ミシェルはこの類型とは合致しない。
 
 勿論、ミシェルが将来的にある段階で何らかの形で政治家にということを完全に否定するものではない。地元イリノイ州から選出されていた史上初のアフリカ系女性連邦上院議員(キャロル・モズリー・ブラウン)が引退して以来、アフリカ系女性の連邦上院議員は出ていない。アフリカ系と女性の双方から強く期待され、議席にチャンスが出れば、可能性はゼロではない。しかし、当面は政治家への野心を持たないことを「ミシェル流」にすることでの差異化を優先するものと見られる。
 
 他方、「社会活動」の内容が、大統領夫人時代と比べて、踏み込んだものになっていく可能性は大いにある。教育や女性支援だけでなく、例えば人種に関する問題での発言だ。アフリカ系大統領夫妻として、任期中は人種分断の火種に配慮して気を使わねばならなかった。ホワイトハウスを去り、言論の自由の幅が広がれば、こうした微妙な問題にも独自の見解を述べたりすることも出てくるかもしれない。元大統領夫人として何か出版することになれば、そこで独自の政治観が示される可能性がある。
 
 筆者はかつてオバマ大統領の評伝取材の過程で、ミシェルがプリンストン大学に提出した学位論文を熟読したことがある。アイビーリーグにおけるマイノリティ学生の問題を扱った興味深い社会学の論文であったが、手間のかかる調査を丹念に行っていた。客観的分析力と筆力の双方を兼ね備えた人である。本を出すにしても、ホワイトハウスでの出来事を羅列した回顧録ではなく、メッセージ性の強い本になるかもしれない。独自の見識を持つ知的なキャリア女性が、政権のためとはいえ、8年も自由な活動や言論を制限されたとしたら、今後は何か表現したいと欲求してもおかしくない。しかし、それがヒラリーのような退任直後の政界進出であるかと問われれば、そうではないだろうというのが筆者の現時点での見立てだ。まずは2016年大統領選挙に正式に立候補したヒラリーの動向を見守り、独自路線を選択するだろう。
 

大統領夫人外交の潜在性                
 

 クリントン政権の医療保険改革の失敗の例に顕著なように、内政では大統領夫人の政策的な活躍は期待できない。ミシェルの選択はやむを得ないだろう。また、アメリカの国民の多くも現状ではそれを望んでいない。大統領夫人のままでは医療保険改革はできないのであり、大統領にならなければならない、とヒラリーが考えたのも自然だ。夫人の外遊も政治と無縁ではない。3月のミシェル訪日でも、共和党筋や保守メディアは、オバマ大統領の訪日には同行しなかったのに中国には母親と娘たちと行っており、それについて日本が怒っていると書き立てた。しかし、それは保守派のオバマ政権叩きの文脈での言説であることは留意しておく必要がある。アメリカの国内言論、とりわけ大統領一家に対するものは、基本的に外交の専門的な見地からではなく、内政の保守・リベラルのイデオロギー対立から生じている。また、保守派を中心に納税者意識が強いアメリカでは、政治家の外遊コストへの目線は日本と比較にならないほど厳しく、大統領夫人の外遊への感情も例外ではない。
 
 しかしそれでも、内政に比べれば、外交における大統領夫人の活躍の潜在的余地は少なくない。それはヒラリーが過去の自分の人生の記憶で、特別な存在として挙げている外遊が、国務長官時代のそれではなく、大統領夫人として行った1995年の世界女性会議であることに象徴的に示されている(Hillary Rodham Clinton “Hard Choices”p.66)。北京で行われた同会議でヒラリーは「人権は女性の権利であり、女性の権利は人権である」という有名な言葉を残した。ヒラリーの演説の放送を中国政府が妨害する中、ヒラリーは「自由(Freedom)とは集まり、組織をつくり、開かれた討論を行う、人々の権利を意味しているのだ」と述べ、活動家に北京の外で関連イベントを開催することを許さず、チベットや台湾の女性の参加も制限するなどした中国政府を牽制した。同じことを大統領が行うことは難しいかもしれないが、大統領夫人、そして女性という立場だからこそ、女性の権利を人権という普遍的価値に敷衍させることで、ヒラリーは中国にメッセージを発した。ピボット政策でアジア重視を推進したヒラリーの対中外交デビューは、厳密には国務長官時代ではなくこの1995年の北京訪問である。
 
 外交には「夫人日程」というものがある。旦那たちの首脳会談やサミットの裏側で文化交流を主体とした日程が組まれる。外交の裏方が知恵を絞ってセットするだけに、有意義な日程も少なくないが、政策的にサブスタンシャルな含意があるわけではなく、儀典色が濃厚であることは否めない。この「夫人日程」マインドとは違う思考回路で、アメリカの大統領夫人との関係を築くことも今後は中長期的に必要になるかもしれないだろう。ミシェルが推進する「Let Girls Learn」プロジェクトを「夫人日程」のようなものだと考えれば、それは間違いである。3月のミシェル訪日が、ほかの外遊と異なるのは、総理訪米の前哨戦という首脳外交上の連続性であった。日米首脳会談前の「空気作り」として、総理も同席しての夫人同士の会談には、政府内にも地ならしへの期待感を示す声があった。しかし、予想通りではあったがミシェルの関心事は実にサブスタンシャルであった。それは訪日の次に女性教育の実践の場であるカンボジアに渡航したことからも明らかだった。
 
 ミシェルが諸外国を訪問する際にその国ゆかりのデザイナーの服で登場する配慮はさすがだ。だが、ファッションばかりに目を向けるミシェル分析は本質を見失いがちだ。ミスリーディングとは言わないが、あくまで付随的な要因ではある。キャリア女性の印象ばかり押し出せば、かつてのヒラリーのように政策に口を出す大統領夫人のイメージが過剰になり、「家族の価値」を重視する有権者を不安にさせる。総合的なイメージ戦略としては、ソフトに見せるために、ファッションなどフェミニンな側面も押し出すバランスのとれた広報が欠かせない。ホワイトハウスのジレンマと思惑は理解しておく必要がある。むしろミシェルの魅力の本質は「人情」と「社会正義」にある。ミシェルを直接知るオバマ家周辺のアメリカ人が異口同音に言うのが、「気が強そうな印象に反してとても人情味とユーモアのセンスに溢れ、会う前はオバマ大統領に興味があった人でも夫妻に同時に会ってからは夫人のファンになる」というものだ。訪日中にミシェル夫人に接した複数の関係者が語った印象でも共通しているのは「抜群に頭の良い人」であったが、それは頭の回転やユーモアのセンスに象徴されるコミュニケーションに表面化している。
 
 また、「社会正義」の根幹にあるのは、機会の平等への執念だ。ミシェルの今があるのは教育のおかげであり、自らの生い立ちから教育と機会の平等の重要性を痛感している。女性の教育に力を入れているのは、お定まりの「夫人日程」としてではなく、本心からのライフワークである。脇役ではなく主役で単独で外国を来訪すれば報道の中心になる(「夫人日程」の報道枠は実に小さい)。訪問国とアジェンダをシェアする上でも、シンボル以上のサブスタンシャルな含意が伴う。その意味で、キャリア型の要素を内面に秘めた大統領夫人の単独訪問には、かつてのヒラリーの北京での女性会議のように、通常は夫人外遊には生じないはずのサブスタンシャルな含意があると考えるべきである。大統領が再選や中間選挙を意識しなくてよくなった2期目後半の時期は、とりわけ独自のイニシアチブを積極的にできる。3月のミシェル訪日はこれに該当した。
 
 この大統領夫人側の「熱」をどう受け止めるのか、日本側のレスポンスは今後も継続していく課題になろう。女性の活躍への支援を押し出している日本政府にとっては上手い具合に適合したテーマであり、共通のミッションを抱えることが同盟にとっては強みである。しかも、単なるセレモニーとしての協力関係のアピールではなく、ミシェル的な大統領夫人は行動を伴うパートナーシップを求めている。政府関係者が、3月の昭恵夫人との会談のハイライトとして評価していたのは、カンボジアの学校で現地の子供達への教育支援を続ける日本人の田中千草さんのことを昭恵夫人がミシェル夫人に紹介したことだ。田中千草さんは北海道根室の出身で、青年海外協力隊で小学校の教諭としてカンボジアへ赴任。それがきっかけでカンボジアに深く関わるようになり、非営利団体アナコットカンボジアを設立し、自ら身寄りのない子供達を引き取って暮らしながら、カンボジアの貧しい子供たちの就学支援に取り組んでいる。北海道のメディアではその活動ぶりが適宜紹介されてきた存在である。すかさずミシェル夫人はカンボジアに行ったら会ってみると返し、実際に会うことができたそうだ。日本の若者が海外で汗を流している。どんな経済協力の額でも代替することができないソフトパワーの証明であった。田中さんの活動は日本のアジアにおける海外協力の象徴として、大統領夫人室経由でホワイトハウスでも、ワシントンでも、語られることになろう。
 
 ところで、大統領夫人訪日に際しては勿論のことだが、日米外交全般におけるケネディ大使の縁の下の力は本来もっと評価されてよい気がする。日本ではいっときのケネディ大使への注目は一服感があるし、確かに専門家の間でもメディアでもケネディ大使の中間評価は定まっていない。しかし、アメリカでのケネディ・ブランドは巨大であり、Japanと聞いて一般のアメリカ人が連想するものが「大使がケネディの国」という状況にあることも事実だ。ケネディ大使が一般的な「著名人大使」と違うのは、超党派で好意的な扱いを受けていることにある。ある共和党幹部は「アメリカでは、キャロライン・ケネディのことを嫌いな人はいない。大統領の父親が暗殺されたとき彼女はまだ幼かった。だからキャロラインは国民的な同情(national sympathy)の対象であり、それは共和党支持者にとってもそうである。駐日大使というキャロラインの役割においても、彼女は政治を超越した存在だ("above" politics)」として、ケネディを大使に持てる日本は幸運だ、と語る。これは日本では意外な感覚かもしれない。
 
 日米外交筋によれば、ケネディ大使は首脳外交の日程はもとより、日本の政治関係者の訪米における要人面会など、あらゆる仕込みで「最後の一押し」となり、日米高レベルのパイプ作りに尽力している。「あのとき大使の口添えがなかったら」という局面が既に多数発生していながら、一切表に出るものではないだけに同大使の日米外交への貢献については、外からの印象と外交コミュニティ内での評価に相当のギャップが存在する気がする。「プレジデントクラブ」と称される党派を超えた大統領だけの仲間意識があるが、大統領夫人や子供たちにも似たような感覚がある。「大統領の家族」にしか分からない心境が共有できる数少ない大使は、夫人外交の潜在力を引き出す援軍であるかもしれない。
 
渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
 


[i] 『ミシェル・オバマ:アメリカを変革するファーストレディ』ライザ・マンディ著、渡辺将人監訳・解説、清川幸美訳(日本文芸社, 2009) Liza Mundy, Michelle: A Biography (New York: Simon & Schuster, 2008)