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サイモン・ローゼンバーグ講演録 「新しい政治の夜明け」

December 25, 2009

「現代アメリカ研究」プロジェクト(リーダー:久保文明上席研究員・東京大学教授)では、12月初め、アメリカ民主党系シンクタンクNDN(ニュー・デモクラット・ネットワーク)代表のサイモン・ローゼンバーグ氏を招聘した。

ローゼンバーグ氏は、民主党議員と幅広い人脈を持つ政治・選挙の戦略家。1992年大統領選でクリントン候補の選対本部スタッフを務めた後、民主党全国委員会および民主党指導者会議のメンバーとして活躍し、1996年にNDNの前身にあたる「新民主党員ネットワーク(NEW DEMOCRAT NETWORK)」を立ち上げた。

その後、ローゼンバーグ氏は、グラスルーツやインターネットを活用した選挙手法により、民主党の支持層を強化・拡大してきた。これまでに多数の民主党政治家を支援し、50名を超える新人議員を連邦上下両院へ送り込むのに貢献している。また、現在は、ヒラリー・クリントン国務長官の新しい外交理念の構築に貢献するなど、オバマ政権の知恵袋として活躍している。

今回の招聘では、前原誠司、枝野幸男、細野豪志、谷岡郁子、中林美恵子、石破茂、林芳正、河野太郎、世耕弘成の各国会議員との意見交換をはじめ、ジャーナリストや研究者との意見交換や公開の政策懇談会などを行った。

ローゼンバーグ氏にとって初めての来日ということもあり、日本政治、とりわけ50年に及ぶ自民党支配を打破して政権に就いた民主党の政策運営を精力的に観察し分析した。折しも普天間問題で揺れる日米関係が連日話題となる中でも、同氏が見出した結論の一つは、日米ともに経済が政権維持のカギを握るという点であった。

アメリカでは、国民がブッシュ政権の政策にNOを突き付けてオバマ政権が誕生したのと同様、日本でも国民が自民党政権に愛想をつかした結果、鳩山政権が生まれた。共和党も自民党も、次の選挙で政権を奪還する見通しが立たないほどの打撃を受けた点も共通している。

しかしながら、日米両国は、過去10年以上にわたって、所得の減少、失業の拡大、財政赤字の拡大という深刻な課題を抱えており、いずれの政権であっても、この問題の解決なくして長期の政権維持は困難であるとローゼンバーグ氏は見る。

同時に、アメリカでも日本でも、国民が、より透明でよりアカウンタブルな政治を求める流れは勢いを増している。また、上意下達型ではなくいかにして国民参加型の政治を実現するかが問われている現実も共通だ。

携帯機器のめざましい進歩・普及によって、それが可能になりつつあるというのがローゼンバーグ氏の主張の一つだ。情報へのアクセスを飛躍的に向上させる通信手段の革命により、アメリカはもちろん、世界の国々において、新しい政治の夜明けが始まったとローゼンバーグ氏は論ずる。

以下は、12月4日東京財団で行われた政策懇談会におけるローゼンバーグ氏の講演の翻訳である。なお、同氏のインタビュー記事が12月17日付け朝日新聞オピニオン欄に掲載されたので、併せてお読みなることをお勧めする。

(報告・翻訳 政策研究部 片山正一)

新しい政治の夜明け

アメリカは新しい政治の夜明けを迎えている。それは、メディアの飛躍的進歩、人口動態の急速な変化、全く新たな政治課題の出現という三つの要素によってもたらされた。

(1)メディアと政治

まず第一に、メディアを取り上げる。アメリカ政治の歴史を振り返ると、戦前の1930年代から40年代にはラジオが大変重要な役割を果たした。ラジオによって人類は史上初めて、どこにいても自分たちの指導者の声を生で聞くことができるようになった。つまり、一国の指導者と国民の関係が根本的に変わったのだ。

戦後1950年代にはテレビがアメリカの全家庭に普及し、政治とテレビの関わりが深まった。1960年の大統領選挙では、ケネディ対ニクソンの論争が家庭の茶の間に持ち込まれ、60年代後半には、公民権運動、ベトナム反戦運動がテレビで報道された。すなわち、テレビを通して国民が全く新たな形で政治と関わるようになった。

さらに、ラジオ、電話、新聞、テレビといった20世紀後半のメディアは、21世紀に飛躍的に普及したインターネット、進化したテレビ、携帯電話に取って代わられようとしており、これまでと全く異なる秩序が出現している。

アメリカでは、2004年から2008年にかけて家庭におけるインターネットの普及率が2倍超上昇し、2012年には75パーセントと3倍に達する勢いである。2004年に比べて2008年の大統領選でインターネットの果たした役割が大きかったのは、まさに2倍以上の人々がインターネットで寄付することに慣れてきたという事情ゆえである。

また携帯電話も近年爆発的に普及した。単に数量的な普及にとどまらず、機能的にも大いに高度化した。アメリカでは、政治は言うまでもなく、市民社会で携帯電話の果たす役割が非常に大きくなっている。

テレビの進化を見ると、ABC、NBC、CBSといった3大ネットワークがテレビ放送を完全に支配した時代から、ケーブルや衛星といった新しいメディアがこれらのネットワークに取って代わる時代に移行している。今では、平均的なアメリカの家庭で120チャンネル、多いところでは800チャンネルも見ることができる。

すなわち、平均的なアメリカの家庭にとってテレビを見る選択肢が飛躍的に拡大したのであり、中にはHBOのようにコマーシャルを全く流さないケーブル・チャンネルすらある。このような状況の下では、3大ネットワークにコマーシャルを流して有権者に働きかけるというこれまでの政治手法は効力を失っており、TVコマーシャルが有権者の目に触れることすら難しくなっている。

この傾向に拍車をかけたのが、デジタル・ビデオ・レコーダー(DVR)だ。アメリカでは全家庭の3分の1がDVRを持っており、いつでも好きな番組を録画して好きな時に見ることができるようになった。そしてある市場調査によると、録画した番組を見る人々の60パーセントがコマーシャルを飛ばしてしまうというのだ。

このようなテレビの進化によって、過去40~50年の間アメリカ政治を支配した手法、すなわち大金を集めてテレビ・コマーシャルに投入するというモデルは時代に合わなくなっている。

さらに、映像はテレビ以外のメディアを通じてアクセスが容易になった。例えば、2006年の上院議員選挙で、2008年大統領選の共和党有力候補の一人とみなされていたバージニア州の現職議員ジョージ・アレンが落選したのは、ユーチューブで流された映像がきっかけだった。

当時民主党の対立候補であったジム・ウェッブ陣営のボランティアでインド系アメリカ人の青年が、自分の演説会場に潜入しビデオ撮影しようとしたのを見たアレンが、人種差別的な蔑称で青年を咎める映像がユーチューブで流されたのだ。

この映像を見て憤慨した多くのアメリカ人が、州の内外からジム・ウェッブ候補に多額の寄付を行いウェッブ候補の当選を実現させただけでなく、共和党が過半数を占めていた米上院で、わずか1議席ではあるが、民主党を多数派に押し上げる結果をもたらした。

2007年には、バラク・オバマとヒラリー・クリントンが史上初めてオンラインで大統領選への出馬表明を行った。オバマは結局伝統的な街頭での出馬表明演説も行ったが、ヒラリーはオンラインのビデオ演説しか行わなかった。ヒラリーの演説は今でもユーチューブで見ることができる。

つまり、映像がテレビ配信から解放され、いつでもどこでも見られるようになったという意味で画期的な出来事である。また、アメリカでは来年、携帯電話でのテレビ視聴が可能となる。このように、映像はテレビ以外のメディアにも乗る時代になった。

新しい種類のメディアに目を向けると、電子メールが世界的な規模で爆発的に普及した。特に、アメリカでは電子メールが有権者とのコミュニケーション手段として重要であり、インターネット上の政治活動の主要な手段となっている。それは、通常の郵便やテレビ広告には多額の金がかかるのに対し、電子メールは何百万人に発信しても金がかからないからだ。

また新しいメディアとしてブログも重要である。民主党系の政治関連ブログで過去10年間最も影響力の大きいサイトは、マルコス・ムリタスというカリフォルニア在住のプログラマーが創設した「Daily Kos」だ。

ムリタスはアメリカ生まれで陸軍にいたことのあるごく普通の市民であるが、ジョージ・ブッシュの政治に腹が立ち、毎日ブログを書き始めたのがきっかけで、今では全米で何十万という読者が読み、何千万ドルに上る政治寄付を集めるようになった。アメリカの政治に大きな影響力を与えているのだ。

さらにインターネットに映像を取り込んだメディアとして注目すべきは、ユーチューブとフェースブックである。ユーチューブでは1年前に10億件の映像が掲載されたが、今では15億件と1年で50パーセントいう驚異的な伸びを示している。

フェースブックは6年ほど前にハーバード大学の学生によって、学生対象のソーシャル・ネットワーキング・サービスとして開始されたのが、短期間のうちに全世界を巻き込む歴史上最も強力なメディアに発展した。最新の利用者数は3億5000万人に上る。

2008年大統領選では、ユーチューブとフェースブックが革新的メディアとして活躍した。その後、驚くべき速さで登場して来たのがツイッターだ。ユーチューブとフェースブックがパソコンによる伝統的なインターネットを前提とするのに対し、ツイッターは携帯電話で使える点が革命的である。

140字という文字数制限があるツイッターは、携帯機器を前提に開発された最初のプラットホームだ。全世界で12億人が伝統的なインターネットにアクセスできるのに対し、ツイッターには携帯電話を持つ40億人がアクセスできるのだ。ツイッターは今後携帯プラットホーム上に出現することが予想されるさまざまな新しい通信手段のさきがけと言える。

これらの新しいメディアの出現は、アメリカに「人民による政治」をもたらしつつある。つまり、政治の原動力が、政府や政党といった集権的な組織から一般の人々へ移るという現象が起きているのだ。そしてこの現象はアメリカに固有のものではなく、これらの通信手段が普及し機能が高度化するにつれて、世界のどの国のどの市民社会でも起こるだろう。

2008年のアメリカ大統領選挙を振り返ってみよう。20年前であれば、どの大統領候補も、アイオワとニューハンプシャーという二つの小さな州における戦いに全精力を注いだものだ。この二つの州における勝敗が、その後の選挙戦を大きく左右したからである。

ところが、2008年、オバマは選挙戦冒頭から全国的な運動を展開した。それはインターネットのない20年前には不可能なことであった。今では、インターネットによりワシントン州の有権者が夜中の3時であっても自宅で寝間着のままアイオワ州の候補者を支援することができるのだ。

この選挙運動でオバマは、「アメリカを変えるためのパートナーとしてあなたが必要なのです」とアメリカ国民に訴えかけた。これに呼応して200万人がオバマのウェッブサイトにオバマ支持を表明する個人アカウントを設置し、400万人が寄付をし、1300万人が名前を登録した。最終的には7000万人がオバマに投票したのだ。これはアメリカ政治史上最大の草の根組織となった。

私は1992年大統領選挙でクリントン陣営の選挙運動を行った。その時我々のデータベースは50万人程度だったが、オバマは1300万人である。しかし、それは数量的な違いではなく、20世紀の選挙運動とは全く質の異なる選挙キャンペーンとなった点が重要だ。

今回の選挙では、平均的な市民がインターネット上で自分の見解を主張し、論争に参加し、国の将来に関与し、家族や子孫のために戦ったのだ。国民は豊かになり教育水準が高まるにつれて、単に候補者に寄付し、ボランティアとして働くことでは満足せず、政治に自分の意見が反映されること、政治に関与することを求めるようになったのだ。つまりアメリカ政治に大きな質的変化が起きたということだ。

この変化を計る一つの物差しが寄付の額だ。オバマは2004年にブッシュとケリーが集めた金額を合わせた金額を上回る寄付を集めたのだ。これはゲームのルールが変わったような大きな変化だ。

私が政治の世界に入った1980年代の大統領選挙は、200名を超える若者がボランティアとして選対本部に詰め、候補者は遊説地の空港に着くや集会を開き、TVコマーシャルを30秒流すというモデルだった。

今日の政治は、ネットでつながる何百万、何千万という市民が共通の目的、候補者、法案、政策のために連帯して活動するという姿だ。つまり、一人の候補者が多数の有権者へ呼びかける1対多のテレビ時代のモデルから、政治家が何百万、何千万という個人と1対1の関係を結ぶというデータベース時代のモデルへと移ったのだ。

この全く新しいモデルは、政治に一般市民が参加できるという点でより民主的でありより優れている。この変化は、アメリカだけでなく世界のどこの国にも遅かれ早かれ出現することになるだろう。

(2)人口動態と政治

第2の大きな要素は人口動態の変化である。まず、アメリカでは建国当時人口が集中した北部および北東部の都市から南部および西部への人口移動が数百年にわたって止まることなく続いている。

また、この40年間でマイノリティ(非白人)人口が3倍に増加している。アメリカでは1964年に公民権法、1965年に投票権法と、二つの歴史的な法律が制定され、それまで数百年にわたって抑圧されてきた黒人に社会的平等と選挙権が与えられた。さらに1965年には移民法が制定され、米国の移民政策が欧州系白人からラテン系・アジア系移民へと転換された。

その結果、アメリカの人口に占める欧州系白人の割合が3分の2に低下し、有色人種の割合は3分の1にまで上昇したのだ。つまり、今日のアメリカでは3人に1人は非白人であり、これはかつてのアメリカとは全く異なるアメリカになったということだ。

かつてのアメリカは、数百年にわたって白人90パーセント、黒人10パーセントの人口比が維持され、その間、圧倒的多数派の白人が非力な少数派の黒人を抑圧してきた人種差別の歴史がある。

こうした人種差別は、輝かしいアメリカの歴史の中で恥ずべき汚点ではあるが、上述の人口動態の変化が意味するところは、我々アメリカ人が人種を再定義し、そのネガティブな歴史を変えて行く機会が与えられたということだ。

アメリカに何が起きつつあるか、将来を展望してみよう。最新の国勢調査によれば、2042年にはアメリカの人口に占める非白人の割合が白人に追いつき、欧州系白人がアメリカに渡ってきた15世紀以来初めて、白人は少数派となることが予測されている。つまり「マジョリティ」と「マイノリティ」が逆転するのだ。

それでは、その時点の人種構成はどうなっているだろうか? 白人43パーセント、ヒスパニック28パーセント、黒人14パーセント、アジア系9パーセントであり、アジア系が大幅に増加する。アジア系の中でも中国人の増加が大きいと予測されている。

人口動態の変化は、今日のアメリカのリーダーの顔ぶれにも反映されている。オバマ大統領、クリントン国務長官、そして史上初のラテン系ソトマイヨール最高裁判事などがその代表例である。特にオバマ大統領の誕生は、この人口動態の変化なしにはあり得なかった。

ここで、20世紀のアメリカには存在せず、21世紀のアメリカ政治を動かす2大勢力について見てみよう。若者(1980年代以降に生まれた世代)とヒスパニックである。アメリカには「ミレニアル世代」と呼ばれるアメリカの歴史上最大の若者世代が8300万人もいる。

彼らはベビーブーマーの子供の世代で、その数はアメリカ史上最大、それゆえ最も強力な世代として登場しつつある。彼らは、ベビーブーマーが20世紀に政治、メディア、文化、社会を変えたように、アメリカを大きく変えようとしている。

2008年の大統領選の投票パターンを年代別に見ると、オバマはより年齢の高い世代については優劣つけがたい結果だったが、この若者世代からは66パーセントという圧倒的な支持を勝ち取った。このように大きな世代間格差がついたのは、アメリカの選挙史上でもかつてなかったことだ。

民主党はこの若者層を惹きつけておければ安泰であろうし、共和党がこの世代を取り込むことができなければ、共和党の復活はあり得ないだろう。

次にヒスパニックを見てみよう。ヒスパニックは前述のように2050年には30パーセントに届こうという程、アメリカで最も人口が急速に増加しているグループである。1965年には300万人だった人口が今では4500万人に膨らんだ。

有権者数を見ても、1996年には全米有権者の5パーセントだったのが、2000年以来毎年50パーセントの率で増加し、2008年には全有権者の9パーセントに達した。注目すべきは、この間アメリカの有権者総数は劇的に増加している事実だ。絶対数が急増する中で、割合が増加するということから、ヒスパニックの有権者数がいかに大きな勢力になりつつあるかを読み取ることができる。

ヒスパニックと政治の関係は、若者と政治の関係とは異なる。ジョージ・ブッシュが2000年と2004年の大統領選で勝った勝因は、ヒスパニックを上手に取り込んだことだ。テキサス州知事だったジョージが、メキシコからの移民と結婚した弟でフロリダ州知事のジェブとともに、アメリカの人口動態に配慮しながら共和党を近代化しているのを見て、私は「これは民主党にとって大きな脅威」だと言ったものだ。

ところが2005年、共和党はブッシュの政策を転換し、ヒスパニックの移民を非難し彼らに対して厳しい態度に転じた。このような共和党のマイノリティに対する悪意に満ちた態度が、アメリカ国民を共和党離れさせた最大の原因である。それは逆にマイノリティに理解ある民主党に大きな力を与える結果となったのだ。

(3)新たな政治課題

第三のポイントは新たに出現した政治の課題である。気候変動、競争と繁栄、技術と環境、市民社会など、先進国が共通して直面する多くの課題があり、そこからまた新たな政治が生まれる。特に、中国、インド、メキシコ、ブラジルといった新興国の台頭がアメリカに与えている影響は重大である。ここでは、アメリカの国内経済への影響について考えたい。

私は、アメリカ経済はつい最近、日本がかつて経験したような「失われた10年」を経験したと考える。このことを理解するために、アメリカでは、家計所得と賃金は、伝統的に生産性とGDPの動きに沿って動くというデータがあり、1990年代まではこの伝統が生きていたことを指摘したい。

ところが1999年から2000年にかけて、アメリカ経済に構造的変化が起こった。生産性とGDPは上昇を続けたのに、所得は伸び悩み下落を始めたのだ。ジョージ・ブッシュ政権の8年間に、平均的な家庭の所得は2000ドル減少した。アメリカの歴史上で、生産性とGDPが上昇したのに、所得が並行して上昇しなかったことはかつてなかったことだ。

これはアメリカが現在直面する最大の内政課題である。増えない所得と賃金、巨額の景気刺激策にも関わらず停滞する経済、巨額の財政赤字という具合に、アメリカが直面する状況と日本の状況は共通する面を持つ。

ここに2005年に行われた興味深い調査がある。アメリカ経済の先行きはどうなるかと問われて、「悪くなる」と答えた人数が、「良くなる」と答えた人数の3倍に達したのだ。2005年といえばアメリカの景気後退が始まる数年前である。

この結果は、アメリカ国民がこの時すでに自分たちの生活に起こっていることを自覚していた事実を物語っている。つまり、政府が「経済は成長を続けておりこの先も良くなる」と言い続けた一方で、国民は長年にわたって所得が増えない現実に直面していたのだ。

この庶民の苦闘に対してブッシュ政権が何ら手立てを講じてこなかったことが、共和党を政権から追いやった決定的な要因であり、その後のアメリカ政治の変動の原因となったと私は考える。

それでは、この大きな政治変動に対処する民主党へのアメリカ国民の評価はどうであろうか。最近の世論調査によると、「政府の経済政策から最も恩恵を受けているのはだれか」との問に、62パーセントが「大銀行」、54パーセントが「ウォール・ストリート」と答えたが、「私と家族」と答えたのはわずか10パーセントに過ぎなかった。

つまり、オバマが庶民の苦しみを配慮する政策を行うと約束したにもかかわらず、民主党もこの重大な政治課題を解決できないでいるのだ。もし民主党が庶民の生活水準を引き上げるための政策を打ち出せなければ、来年の中間選挙で大変苦戦するだろう。

民主党は、庶民の立場に立って、彼らの賃金と所得を増やすためのプランを提示し、そのために戦っている姿勢を国民に示さなければならない。

ここで述べた基本的なダイナミックスは、世界的な動きでもあることを指摘したい。世界のGDPは人口増加率を大きく上回る率で増加している。その原動力はもはやG7やG8に止まらず、中国をはじめとするG20 の諸国でもある。

また、世界の人口を見ると、50パーセント以上の人口が30歳以下という若さである。開発途上国の全人口の3分の1が15歳以下である。このことは、多くの発展途上国や新興国にとっては、ここで行ってきたものとは異なる分析が必要だということを意味している。

通信機器の将来にも注目したい。2002年には、全世界で固定電話を持つ人の数が携帯電話を持つ人の数と同じになった。今では世界の60パーセントにあたる40億人が携帯機器を持っている。10年以内に全世界の90パーセントの人が現在のアイフォン(iPhone)に匹敵するレベルの携帯機器を持つと予測される。

これらの携帯機器を持つ人々にとっては、実質的に世界のすべての情報にアクセスが可能となり、人類史上かつてなかったような情報の民主化が実現することになるのだ。

こうして、世界の人々が豊かになり、教育水準が向上し、世界の情報へのアクセスが高まれば、貧困、無知、孤立、絶望、狂信などの問題と戦う最も強力な武器を、人類が初めて手にすることができると考えられないだろうか。

最後に、今年6月に行われたイランの大統領選挙で、イラン政府は選挙が終わった数時間後には(つまり、抗議行動の起こるはるか前に、選挙結果が出るはるか前に)、国内の携帯ネットワークを閉鎖し、市民が相互に連絡を取り国外に情報を発信する手段を奪った事実を注目したい。

テヘランの路上で抗議活動を行ったイランの女性たち、日本やアメリカのようになりたいと願う国々、民主化を望む国々、そして世界の人々がこの携帯技術に普遍的なアクセスを持てるように、日米両国は協力して側面支援をすることができよう。

つまり、世界の2大経済大国としてさまざまな経験を積んできた日本とアメリカが、先達として、これらの途上国がより民主化され、より安定した豊かな国への移行を実現するための道程を示すことができる。そのような事業が日米の共同プロジェクトとして行われることを心から希望する。 (了)

    • 元東京財団研究員兼政策プロデューサー
    • 片山 正一
    • 片山 正一

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