タイプ
論考
プロジェクト
日付
2010/9/10

現代アメリカにおける政治任用制の動態 菅原和行

アメリカの政治任用制はその性格や規模などの面において他国に類を見ないものであり、この国の公務員制度のみならず、政治・行政のあり方を特徴づける制度である。アメリカでは政権交代のたびに執政部門を中心に約3,500の官職が入れ替わり、それによってその後の政権運営が方向づけられる。また、大統領が政治任用によって応答的な政府を構築することは、新政権がさまざまな政策を実施していくうえでも不可欠な作業である。以下では、現代アメリカにおける政治任用制の特徴を概観し、その意義や課題について考察したい。そのうえでバラク・オバマ(Barack H. Obama)政権の政治任用について検討し、その特徴を明らかにしたい。

アメリカの政治任用制
アメリカでは建国以来、新たに選出された大統領が自らの意思によって人材を配置し、応答的な政府(首長の意向が反映されやすい政府)を構築することは、就任後の政権運営においてきわめて重要な作業とみなされてきた*1。官職任命権は合衆国憲法第2条第2節において規定されており、とくに高級官職に関しては、大統領が任命し、上院が助言と承認を与えることとなっている。また、応答的な政府では官僚制も民主的規範によって統制されることが必要であると認識されており、とりわけジャクソニアン・デモクラシー以降は猟官制によって一般の民衆にも公職が開放され、官僚制の民主的統制が図られた。このようにアメリカでは、政治任用制は応答性や民主的統制といった価値を実現する制度として用いられてきたのである*2

一方、19世紀後半には猟官制の弊害に対処するため、イギリスの公務員制度改革にならい、アメリカの行政機関にも資格任用制が導入された。ここで興味深い点は、英米の公務員制度改革はともに猟官制の打破を目的としながらも、その後、イギリスでは政治任用がごく少数にまで減少したのに対し、アメリカではかなりの数の政治任用が残り続けた点である。この背景には、両国における公務員制度改革の位置づけの相違があげられる。イギリスの公務員制度改革は、一部の特権階級によって官僚制が支配されていたことへの批判から、一般の民衆にも公務員採用試験を受ける機会を与えることにより、公職を広く開放することを目指したものであった。つまり、資格任用制は民主的統制の手段としてみなされていたのである。一方、アメリカでは民主的手続きを経て選ばれた政治家が、猟官制によって官職を分配するほうが民主的統制に資するとして捉えられていた。そのため、資格任用制の導入については、行政の効率化や政治的中立性の向上といった点がとくに重視されていたのである。

こうした歴史的経緯はその後の政治任用制のあり方にも大きく影響することとなった。現代のアメリカにおいても政治任用制のもつ応答性や民主的統制の機能は重視されており、実際に各局長官を含め多くの幹部公務員は政治任用職である。こうした政治任用職は連邦政府全体で約3,500名にも及び、その多くは執政部門において政策決定を担う重要な官職である。一方、イギリスでは伝統的に幹部公務員においても専門性が重視されており、現在でも基本的には資格任用によって登用されている。そのため、イギリスの政治任用は、議員が兼務する閣内大臣等を除けばごく少数であり、指揮命令権をもたない大臣の特別顧問などに限定されている*3

現代政治任用制における諸問題
現代アメリカの政治任用制は上記のような機能をもつ反面、いくつかの問題点も指摘されている。なかでも深刻なものが、任用過程の長期化と政治化である。アメリカでは大統領選後に政権移行委員会が設置され、候補者の選定作業が始まるが、なにより数が膨大なうえ、各種調査や書類の処理、大統領による指名、上院の承認など、多くの手続きが必要となる。そのため、政権発足時に承認を終えている官職は閣僚級の一部に限定され、大部分は政権発足以降に決定される。近年、高級管理職では候補者の選定から実際に就任に至るまで平均約6ヶ月間かかると言われ、ときには1年以上を要することもある。こうした長期化の主な要因は野党による承認手続きの妨害であり、その際に主に用いられる手段がホールド(hold)である。これは各上院議員の申請に基づき、多数党院内総務が承認手続きの中断を認めた場合、当該案件を中断させることができるという非公式な慣習である。近年、ホールドは候補者の資質に関するものばかりでなく、政権から譲歩を引き出したり、地元への利益誘導を図るといった政治的目的にも用いられており、ホールドの使用に関する一定のルールの構築が求められている*4

また、承認手続きの長期化と政治化により、政治任用の候補者も大きな負担を強いられている。たとえば、多くの質問、書類作成、身辺調査に加え、公聴会での発言も求められ、退職後の再就職にも厳しい規制が設けられている。そのため、民間の有能な人材が官職への就職をためらい、指名を受けても辞退するケースが増加しており、できる限り候補者の負担を緩和し、有能な人材を確保することも重要な課題となっている*5

オバマ政権の政治任用
オバマは大統領就任以前から超党派主義の立場を鮮明に打ち出し、国民の統合を訴えてきた。これは党派・イデオロギー・人種の違いを超えたアメリカの統合という理想の実現ばかりでなく、経済・金融危機、アフガニスタン・イラク情勢、医療保険改革といった重要課題に対処するにあたっての現実的な要請でもあった。そのため、政策形成を担う幹部公務員の人事は、オバマ政権による超党派主義の成否を占う試金石となったのである。実際に政権発足後の政治任用では、予備選で接戦を演じたヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)を国務長官に起用したのをはじめ、国防長官にはロバート・ゲーツ(Robert M. Gates)、運輸長官にはレイ・ラフッド(Ray H. LaHood)といった共和党関係者も登用し、多くの要職にエスニック・マイノリティや女性を任命するなど、党派・イデオロギー・人種の違いを超えた人事を実践した*6

それではオバマ政権による政治任用は、全般的に党派やイデオロギーの違いを越え、大統領の意向を反映した人事だったのであろうか。この点では、上記のように政権発足直後の人事はある程度成功したが、その後は従来の政権と比較しても任用過程における党派対立が顕著である。その典型が、財務省等の経済関連機関の人事であった。オバマ政権では経済・金融危機への対応から経済関連機関の人事を優先的に進めたが、財務長官に抜擢されたティモシー・ガイトナー(Timothy F. Geithner)は上院の承認過程において自身の納税漏れなどを指摘されたうえ、就任後もシティグループへの救済策やAIGの賞与問題への対応などに関して批判を浴びていた。しかし、こうしたなかオバマは、財務長官職をその他の人材と交代させることもなく、金融危機にも十分な打開策を提示できずにいた。そのため、その後、経済関連機関の政治任用ではたびたびホールドが行使され、迅速に陣容を整えたいオバマの意向に反し、多くの要職は空席の状態が続いた。たとえば、ラエル・ブレイナード(Lael Brainaird)は国際金融担当財務次官に指名されたが、納税の遅れや自宅とオフィスの共用などが問題視され、承認まで約1年間を要することとなった*7

任用過程の長期化と政治化は、その他の機関でも同様に見られた。たとえば、キース・アレクサンダー(Keith B. Alexander)はサイバー司令部の長に指名されたが、国家安全保障局長と兼務することに対する懸念から、約7ヶ月間承認が延期された。また、エロール・スーター(Erroll Souther)は交通安全保障局長に指名されたが、同局職員に団体交渉を認めることに反発した共和党議員によってホールドが行使され、長く上院の承認が得られないなか、最終的に指名を辞退した*8

こうした状況を反映し、オバマ政権では上院の承認過程が従来の政権と比べても大幅に遅れている。ワシントン・ポスト社の調査(washintonpost.com, “Head Count”)によれば、2010年7月4日現在、行政部では上院の承認を要する官職のうち、すでに承認が得たものは78.3%に止まる*9。そのため、実際には、オバマは自らのリーダーシップによって党派やイデオロギーを超えた政治任用を貫徹できたわけではなく、承認手続きが遅れるなかで共和党との明確な対立を回避した人事もしばしば見られた。たとえば、連邦最高裁判所の判事に任命されたソニア・ソトマイヨール(Sonia Sotomayor)とエレーナ・ケーガン(Elena Kagan)は、いずれもリベラル派とは目されてはいるものの、人工妊娠中絶や銃規制等の争点に関して立場を明らかにしていない。下級裁判所においても、多くは中道よりの裁判官が任命され、保守派の起用も見られる*10。また、法務顧問局長に指名されたドーン・ジョンセン(Dawn E. Johnsen)は、あまりに労働組合よりであるという共和党議員の反発から上院の承認を得られず、オバマは再度指名はしたもの、共和党との対立を避けるために強く支持することはなく、結局、承認を得られずに終わった*11

一方、オバマ政権は、エスニシティや性別の多様性に配慮した政治任用を行っている。ワシントン・ポスト社の調査によれば、2010年7月22日現在、行政部における政治任用職の人種構成は、白人59.1%、アフリカ系12.1%、ヒスパニック系9.0%、アジア系4.5%、性別構成は、男性67.7%、女性32.2%であり、従来の政権に比べてもエスニック・マイノリティや女性の割合は高い水準にある。また、各集団の代表性については、職員全体に占める割合ばかりでなく、政策決定に関わる幹部公務員に占める割合が重要となるが、オバマ政権ではとりわけ閣僚等の高級官職において積極的にエスニック・マイノリティや女性を登用しており、その点も高く評価できる*12

以上のように、現代アメリカの政治任用制では、任用過程の長期化と政治化が顕著に見られる。こうしたなか、オバマの進めた超党派人事についても、党派やイデオロギーの違いを超えた積極的な起用は一部に止まり、多くは党派間の対立を回避し、調整するという側面が強く、かならずしも現政権に応答的な人事が行われているとは言い難い。いずれにせよ、超党派や国民の融和といったオバマの政策目標が政治任用を通してどれだけ実現されたかという点については、今後、各々のスタッフがどのような政策を展開するかを精査する必要があるだろう。また、そうした超党派人事の成否については、オバマの政権運営能力ばかりでなく、これからのアメリカ政治のあり方そのものが試されているのかもしれない。

付記 本稿は慶應法学会(2010年6月12日、慶應義塾大学)のシンポジウム「政党制をめぐる諸問題」における筆者の報告「アメリカ二大政党制における政治任用の機能と課題」をもとに、内容を短縮し、修正を施したものである。



*1: 「応答性(responsiveness)」とは、行政府または官僚が政治家(首長)と密接につながり、その意向に忠実であることを意味し、歴史的にアメリカの官僚人事では重視されてきた要素である。「応答的(responsive)」な政府を構築するためには、官僚人事において首長の裁量が十分に確保される必要があり、その意味では首長による政治任用は不可欠な制度であった。一方、応答性を追求し過ぎることにより、党派的人事や情実任用といった弊害が生まれ、各官職の専門性が阻害される恐れもあり、応答性と専門性との関係がつねに重要な課題であった。なお、公務員制度における応答性と専門性との関係については、以下の文献が詳しい。田中秀明「専門性か応答性か:公務員制度改革の座標軸(上)」『季刊行政管理研究』第126号、2009年。

*2: G. Calvin Mackenzie, “The State of the Presidential Appointments Process,” G. Calvin Mackenzie, ed., Innnocent Until Nominated: The Breakdown of the Presidential Appointments Process (Washington, D.C., Brookings Institution Press, 2001), pp. 11-12; 菅原和行「アメリカ政治任用制の過去と現在」久保文明編著『オバマ大統領を支える高官たち―政権移行と政治任用の研究―』(日本評論社、2009年)、21-25頁。

*3: Joel D. Aberbach and Bert A. Rockman. In the Web of Politics: Three Decades of the U.S. Federal Executive (Washington, D.C.: Brookings Institution Press, 2000); 稲継裕昭他「イギリスの公務員制度」村松岐夫編著『公務員制度改革―米・英・独・仏の動向を踏まえて―』(学陽書房、2008年)、121-126頁。田中秀明「専門性か応答性か:公務員制度改革の座標軸(上)」『季刊行政管理研究』第126号、2009年、4-20頁。

*4: James P. Pfiffner, The Strategic Presidency: Hitting the Ground Running Second Edition, Revised, (Lawrence: The University Press of Kansas, 1996), pp. 191-195; Dan Friedman, “No Holds Barred,” National Journal, January 23, 2010; Walter J. Oleszek, “Proposals to Reform ‘Holds’ in the Senate,” CRS Report for Congress, The Library of Congress, December 20, 2007, http://www.fas.org/sgp/crs/misc/RL31685.pdf (accessed May 30, 2010); Ed O’Keefe, “Obama Criticizes Holds Placed on His Nominees,” The Washington Post, February 4, 2010; 植村隆生「米国連邦公務員制度とその変容(六)―国防総省の公務員制度改革を契機として―」『自治研究』第83巻第4号、2007年、116頁。稲継裕昭他「アメリカ合衆国の公務員制度」村松編著『公務員制度改革』、68頁。梅川健「過去の政権移行はどのように行われたのか」久保編著『オバマ大統領を支える高官たち』、48-50頁。菅原「アメリカ政治任用制の過去と現在」、39-40頁。菅原和行「政治任用の特徴」久保文明編著『オバマ政治を採点する』(日本評論社、2010年 [近刊予定])。

*5: 菅原「アメリカ政治任用制の過去と現在」、39-40頁。

*6: 久保文明「アメリカの民主主義と政権移行」久保編著『オバマ大統領を支える高官たち』、16-17頁。足立正彦「オバマ政権の特徴」久保編著『オバマ大統領を支える高官たち』、80-81頁。

*7: Ezra Klein, “Why Obama Can’t Fire Geithner,” The Washington Post, February 14, 2010; Al Kamen, “At Labor Dept., Some Labor Unrest,” The Washington Post, April 7, 2010; 足立「オバマ政権の特徴」、74-76頁。

*8: Ellen Nakashima, “NSA Chief Faces Questions about New Cyber-Command: Alexander Set to Testify before Senate Panel on his Stalled Nomination” The Washington Post, April 15, 2010; Michael D. Shear, “Failed Attack Renews Concerns Over Lack of TSA Chief: Transportation Security Agency Unable to Adapt to Threats, Critics Say,” The Washington Post, December 30, 2009; 菅原「政治任用の特徴」。

*9: washingtonpost.com, “Head Count: Tracking Obama’s Appointments,” (accessed August 26, 2010).

*10: Robert Barnes and Anne E. Kornblut. “Obama Picks Kagan for Supreme Court: Solicitor General would be Break with Tradition as a Non-judge,” The Washington Post, May 10, 2010; Anne E. Kornblut and Robert Barnes “Obama to Weigh Abortion View: But He Says He Won’t Impose Litmus Test on Candidates for Justice,” The Washington Post, April 22, 2010; 菅原「政治任用の特徴」。

*11: “Repair Work at Justice: After a Failed Nomination, President Obama Must Bring the Office of Legal Counsel out of Limbo,” The Washington Post, April 15, 2010.

*12: washingtonpost.com, “Head Count,” (accessed August 26, 2010); 足立「オバマ政権の特徴」、77-78頁、菅原「政治任用の特徴」。

■菅原和行:東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、釧路公立大学准教授