タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/7/22

米国議会と自由貿易:貿易促進権限(TPA)をめぐる政治的駆け引き

浅野貴昭
(東京財団 研究員 兼 政策プロデューサー)

環太平洋パートナーシップ協定(TPP)交渉が、日米二国間の交渉も含め、最終局面に入りつつある。交渉の進展に歩調を合わせるかのように、米国政治もようやく動き始めたのだが、TPP妥結の鍵となる関連法案の一部が、米連邦下院にて否決されるなど、一時はTPP交渉自体への悪影響が懸念された。

その後、速やかに再採決がなされ、TPP妥結の流れに及ぼすダメージは最低限で済んだ。法案の否決は、民主党の支持基盤である米労働総同盟産別会議(AFL-CIO)による強硬な反対活動が功を奏した形で、専ら米国内政上の課題だが、それは交渉妥結後のTPP批准プロセスのプレビューでもあり、TPP自体の帰趨にも関わる。以下、簡潔に関連法案の否決から再採決まで、約2週間にわたる経緯と、その示唆するところに触れたい。

一括法案の否決

通商の世界では、アルファベットの略語が頻繁に飛び交う。軍事の世界は、とかくアルファベット・スープに溺れがちだが、通商関連も負けず劣らずである。そうした中、今回の主役は、Trade Promotion Authority(TPA)とTrade Adjustment Assistance(TAA)の2つであって、TPPは脇役である。

2015年6月12日、貿易促進権限(TPA)を大統領府に与えるための法案が下院本会議で採決にかけられた。政権が、議会からTPAを取り付け、通商協定の署名まで漕ぎ着けた暁には、連邦議会はその審議にあたって、速やかに諾否を明らかにしなくてはならない。協定の事後修正を求めることもできなくなるため、大統領に対する過度の権限委譲だと議会内には反対する向きもあるが、再交渉のリスクを減らすことで政権の対外的な信頼と交渉力を強化することにもなる。通商交渉が成功裏に終わるためには、TPAが不可欠と言われる所以である*1

既に、米上院では同様の法案が5月に可決されていたため、下院を通れば、あとは大統領署名を待つばかり、となるはずだった。本法案は、TPAに加え、貿易自由化に伴い失業した労働者への補償等を含む「貿易調整援助(TAA)」制度をも含む一括法案であった。一つの法案でありながら、TPA部分とTAA部分の両者がそれぞれ採決にかけられ、両者ともに可決される必要があった。ところが、いざ蓋を開けてみると、TPA部分は可決されたものの、失業者対策であるTAA部分が否決され、一括法案は否決されてしまった。これが6月12日、金曜日の下院の動きだ。

週末を挟んで、共和党議会指導部は、オバマ大統領とも協議の上、成立が見込めないTAAを法案から切り離すことを決意。6月18日、木曜日には、TPAのみの単独法案として、再度、下院本会議にて採決にかけられ、賛成218、反対208の10票差、ぎりぎりの過半数をもって可決された。TPA単独法案は、改めて上院にて可決された後に、オバマ大統領が6月29日に署名し、正式に成立した。これによって、大統領府は8年ぶりに貿易促進権限を手に入れることに成功した。なお、TAA部分についても、6月24日に上院、翌25日に下院にてそれぞれ可決され、TPAと同じ29日に成立した。

自由貿易をめぐる「ねじれ」

一連の流れがわかりにくいのは、議会与野党とホワイトハウスの関係にねじれが見られたことと、議事運営の戦術としてTPAとTAAのパッケージ化や切り離しがあったことの2点にある。

ねじれとは、オバマ大統領の政策アジェンダを支援する立場にあるはずの議会民主党が、政権へのTPA付与に反対する一方で、なにかにつけてオバマ政権のイニシアチヴを阻止しようとしてきた議会共和党が、今回ばかりはTPA法案を積極的に支持したことを指す。

上下両院の多数派を占めている共和党は、そもそも自由貿易支持であることに加え、単なる反対野党ではなく統治能力を備えていることを証明する必要があった。また、民主党を分断し、混乱させる好機と見たとも言われている。選挙戦ともなれば、共和党候補を推す米産業界も、TPAの先にはTPP、環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)協定が懸かっているとあって、オバマ政権を支持した。

しかし、民主党議員の多くがTPA反対に回った。それは、強力な支持基盤である労組、AFL-CIOが自由貿易のさらなる拡大に懐疑的であり、TPP成立への道を開くTPA付与に反対したためである。AFL-CIOは、1992年に米国、カナダ、メキシコが署名した北米自由貿易協定(NAFTA)によって、製造業を中心に国内雇用環境が悪化したとの認識を持っており、同じ過ちは犯さないとの覚悟の下、TPA法案阻止の立場を早々に固めた。2015年3月には、民主党議員への政治献金を凍結するという実力行使に踏み切り、労組からの支援継続を欲するのならTPA法案に反対せよ、と民主党議員に迫った。6年間という長い任期と州単位の大きな選挙区に守られている上院議員と比べると、2年ごとに選挙民の洗礼を受ける民主党下院議員のほとんどは、この圧力に抗しきれなかった。

TPPとTPAのパッケージ化

自由貿易支持の共和党が上下両院の多数を占めてはいるものの、オバマ民主党政権の功績になりそうな案件はことごとく反対する、という議員を共和党は少なからず抱えている。そこで、民主党議員の票を取り組むべく、共和党指導部は策を講じる。それが、失業者対策として1962年から断続的に存在してきたTAAを、TPAとパッケージ化し、一括法案として採決に臨む、という作戦であった。

TAAは再認可による事業延長を繰り返してきており、今年9月末に失効のタイミングが迫っていた。事業の継続には改めて法案を可決する必要があり、これまでTAA存続に尽力してきた民主党としては当然、今次のTAA継続法案にも賛成のはずであった。それをTPAと組み合わせることで、超党派的支持を確保できるはず、との読みが議会共和党指導部とオバマ政権にはあった。果たして、上院では、この抱き合わせ作戦に一定の効果があり、14名の民主党議員による賛成票も得て、無事可決された(図1)。
図1 TPA/TAA法案に対する上院の投票ところが、下院では、この方針が裏目にでる。一括法案のTPA部分については、共和党議員の離反も少ないと見込まれ、可決はほぼ確実であった。そこでAFL-CIOはパッケージ化されたTAA部分を否決に持ち込み、一括法案自体をつぶすことを画策する。TAAはバラマキ政策であるとして、共和党議員の受けは概して悪く、民主党の支持なくして可決は期し難い。そこで下院民主党は、長年にわたってその継続と拡大に尽力してきたTAAに反対票を投じ、一括法案を否決することに成功する(図2)。

図2 TPA/TAA法案に対する下院の投票 AFL-CIOによる反対

民主党議員をTAA反対にまで追いやった背景として注目すべきは、AFL-CIOによる反TPAキャンペーンの存在である。自由貿易に反対はしないが、交渉の最終段階にさしかかっているTPPに対して、今回のTPA法案では、連邦議会が有意義に関与することはできず、米国労働者の利益が損なわれる、とリチャード・トラムカAFL-CIO会長は議会公聴会にて証言している*2。労組や環境団体など、民主党の支持基盤による従来からの主張は、米国の交渉相手は自国の労働水準や環境基準を緩く設定することで、実質的なダンピングを行っており、通商協定を通じて、米国はより公平な競争環境の実現を迫るべし、というものである。

振り返れば、通商協定が米国において極度に政治化したのはNAFTAが契機であったといわれる。交渉が妥結し、NAFTAにH.W.ブッシュ政権が署名したのが1992年、しかし、議会による承認を取り付けたのは1993年、クリントン政権の時代であった。その際に、クリントン政権は、強硬な反対ロビーを前に、労働と環境にかかわる補完協定を改めて交わすことで、なんとか反NAFTA派の声を抑えたのである。その後も、労組や環境団体の不満がくすぶり続けたことは、2008年大統領選を争っていた当時のヒラリー・クリントン上院議員とオバマ上院議員がともに、NAFTAは見直しの必要あり、と言明していたことでもわかる。

AFL-CIOからすれば、約20年の時を経て、今、NAFTAのうらみをはらしているとも言えようか。組織率が下がり、その政治力低下が指摘されてきたAFL-CIOにとって(図3)、一旦は下院にてTPA法案を阻止できたことは、ポスト・オバマを見据えての影響力誇示という点で政治的勝利であった。かつて国務長官としてアジア回帰政策の旗を振ったヒラリー・クリントン候補が、言を左右にして、TPA、TPPに関して「曖昧戦略」をとっていることも、民主党候補による政治的な綱渡りとしてみれば、理解しやすい。

図3 米労働組合の組合員数と組織率 自由貿易を支える政治的基盤

労組が果たした役割と併せて、確認しておくべきは、民主党の保護主義的傾向*3と党派対立の厳しさである。図表にある通り、TPAは上下両院ともに、共和党の賛成票に大きく頼る形で成立しており、特に際立つのが民主党賛成票の少なさである。上院では、5月、6月の2回にわたってTPA賛成票を投じた民主党議員は13人しかいない。下院民主党議員にいたっては、在職中の188人のうち、賛成に回ったのは28人のみであり、TPAをめぐる投票行動を見る限り、民主党において自由貿易を支える層はあまりにも薄い*4

転じて、下院共和党を見ると、自由貿易推進派であるはずの共和党から約50のTPA反対票が投じられている(上院では共和党議員5人が反対)。これらは、議会権限が制約されることへの反対、そして対オバマ協力拒否の表明である。さらに、バラマキ政策として保守派が批判するTAAへの投票行動を見れば、失業者対策への共和党の嫌悪感は一層明らかである。

自由貿易の促進と、その結果として生じる弱者の救済は、これまで対になって、米国の通商政策を形作ってきた。しかし、今回のTPP、TAAをめぐる一連の事象が指し示しているのは、その大きな社会合意が、少なくとも従前の形では維持しにくくなってきており、米国の通商政策を支える政治的基盤が米国において脆弱になってきている、ということである。TPA、TAA、そして米輸出入銀行の再認可問題といった通商関連案件に対して、超党派の姿勢で臨むことが年々、難しくなってきている。通商交渉に臨む政府としては、支持基盤を広げるためにあらゆる利害関係者に働きかける必要が生じるが、それは各種利益団体に通商交渉を乗っ取られるリスクと裏腹であるとの指摘もある*5

TPP締結へのカウントダウン

2002年にブッシュ政権がTPAを議会から取り付け、それが2007年に失効してから、8年ぶりにオバマ政権はTPAを手に入れた。TPPやTTIPがオバマ政権の任期中にまとまらずとも、TPAを付与されたこと自体が政権の大きな功績だと評する向きもある。今後、最大6年間にわたって、2015年TPA法*6の下で米国政府は通商交渉に臨むことができる。次期大統領への大きな置き土産、といったところだ。

昨年来、TPP交渉各国は、最後の交渉カードを切るタイミングを計っていたと言われるが、2014年11月の中間選挙、そして今回のTPA法案の可決を経て、交渉妥結に向けた大きな政治的障害はほぼなくなった。交渉戦術と、単にやりたくないための言い訳が入り混じって、ここまで延びに延びてきたTPP交渉も、7月28日からハワイにて閣僚会合が開催され、大枠合意に至るのではないか、との観測がある。

日本では、2013年4月の交渉参加表明をもって、TPPの是非をめぐる国内議論は少なくとも一旦は収束した。仮に交渉妥結した場合、国会での条約承認は比較的スムーズなものとなるのではないか。それに対して、TPPをめぐる米国政治の展開はまだまだ不透明である*7。通商協定署名後の連邦議会の速やかな審議に対する交換条件は、TPA法の詳細なスケジュールに則り、大統領府が議会との対話を密にし、議会が定めた交渉目的を達成することである。この批准プロセスの中で、2016年大統領選をも見据えながら生じる政治的綱引きが、TPPの行方を左右する。
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*1: 「貿易促進権限を政権に与える」、「貿易促進権限を議会から取り付ける」という言い回しにはなるものの、厳密に言えば、TPAは大統領府に何か新しい権限を授けるものではない。そもそも憲法上、外交交渉は大統領府の専権である。ただし、通商は連邦議会が取り仕切ることになっており、また協定締結後の国内担保法案も必要になることから、議会と大統領府の間で事前了解が存在することが好ましい。そこで、政権の国際交渉力を確保し、事後の議会審議をスムーズに進めるための政治的な知恵としてTPAが存在する。
*2: Richard L. Trumka, “Congress and U.S. Trade Policy,” Testimony before the Senate Committee on Finance (April 21, 2015).
*3: 議会民主党の保護主義的傾向については以下参照。安井明彦「TPAは党派対立で僅差の争いに:尾を引きかねない民主党の保護主義化」(みずほ総合研究所『みずほインサイト』2015年6月9日)
*4: すでにAFL-CIOは、TPA賛成の民主党議員が改選を迎える際、予備選にて対立候補を擁立する、としている。TPA法案に対して、二度にわたり賛成票を投じた28名の民主党の下院議員のうち、11名は西海岸3州(ワシントン、オレゴン、カリフォルニア)の選出で、アジア太平洋地域との貿易促進に理解のある選挙区であると推測されるが、一方で、TPA反対票を自ら投じ、下院民主党内の反対の流れを決定づけたペロシ院内総務もカリフォルニア州選出である。
*5: Richard Katz, “Trade Trials: Getting TPP Right is Better than Getting It Fast,” Foreign Affairs, (May, 2015)
*6: Bipartisan Congressional Trade Priorities and Accountability Act of 2015(P.L.144-26)
*7: TPAをめぐる一連の動向は、米国の政治制度に根ざすものであり、日本への直接的な含意はない。しかし、国際交渉に臨む行政府に対して、交渉目標や情報開示について一定の事前了解を取り付けようとする連邦議会の動きは、外交に対する民主的コントロールのあり方、立法府の関与のあり方という点で中長期的な国内議論の材料になる。